「なあ。おまえはあんなことを言うために、仕事ほっぽり出してつきっきりだったのかよ」
 呆れたように、もしかしたら哀れむように、一回り年上の彼がそう言った。
「そうだ」
 肯定したはずの自分の声はひどく情けない響きで、思わず自嘲が滲む。
 そんな風に口にしてから、本当は自分が何を肯定したのか気づいてしまった。
 しかもそれすら見抜いてしまったらしい彼は。
「ったく、いい年して相変わらずしょうがねえヤツだな」
 今度こそ呆れ果てたような嘆息をまじえて、こんなことを言った。
「フリット。おまえが言わなくてもわかってくれてると勝手に思い込んでることの99%は、ちゃんと言わねえとわからないことなんだぜ?」



 ああ何がXラウンダーだ。
 たとえ常人より脳が活性していようが何だろうが、莫迦は莫迦でしかないというのに。







英雄の憧憬







 ──ゆらりゆらり。
 今日の戦闘で腕部を大きく損なった三機の修理が、夜を徹して行われている。
 宇宙の夜は時計が決めた便宜上の夜だし、戦争のただ中を行く艦は常日頃から交代制で動き続けている。だが今の格納庫に渦巻く喧噪は真昼、あるいは祭りの前さながらだった。
 次の戦場まで、あまり時間がない。
 ──ゆらりゆらり。
 なのにそこだけぽっかりと喧噪から忘れられたように静かな、AGE-2が佇むハンガーの前をぼんやりと漂っていたアセムは、ふと閉ざしていた瞼を開く。近くで誰かが、床を蹴る音が聞こえたからだ。ガンダムは五体満足だが無傷というわけではない。整備が行われるなら邪魔にならないよう退散しなければならない。慌てて下を振り返ったアセムの視界に映ったのは、しかし整備兵の姿ではなかった。
「父さん?」
 じゃなかった、アスノ司令。ガンダムの足下からこちらを見上げる父の姿に、アセムは思わずこぼれた呟きを慌てて言い直した。
「もう起きてきて大丈夫なのか」
「……眠れ、なくて」
 それから逃げるように視線をそらし、これ以上よけいなことを口走らないよう唇を引き結ぶ。
 使用者の脳に刺激を与えることで、擬似的にXラウンダーに近い状態をもたらすというヴェイガンの装置。それを勝手に持ち出して出撃したアセムはその反動で昏倒し、半日近く意識が戻らなかった。とはいえ意識のないまま検査をされているうちにただの睡眠に移行していたらしいので、目が覚めてから数時間しか経っていない今はまだ、ひとかけらの眠気もわいてこない。
「それでガンダムを見ていたのか? しようがないな」
 視界の外で、父が小さく笑った気がした。
「とりあえず降りてきなさい」
 言われてアセムは目の前にあったガンダムの胸を軽く蹴った。その勢いを利用して身体が緩やかに下降するさなか、くるりと姿勢を入れ替えて父の傍に着地する。
「それと、今は"父さん"でいい」
「え?」
 その瞬間を狙い澄ましたようなささやきは、周囲の音に塗りつぶされそうなひそやかな声だったが聞き間違えようもなくて、ぱっと顔を上げたアセムは目を瞬かせた。
 ビッグリングからずっと、否定を重ねられるばかりだったのに。
「今日の仕事はもう終わっている」
 言って父が目線で指した先では、デジタルの数字が深夜と呼ぶしかない時刻を示していた。艦隊を構成すらしていない戦艦に本来ならばいるはずもない基地指令がまさか夜勤のシフトに組み込まれるはずもなく、むろん現在は戦闘配置でもなく、何事もなければ休息時間なのは当然だろう。
 それでもこんな時間にこんなところにやってくるのは、たぶんおかしい。訝る色が表情に出たのか、アセムが躊躇っている間に父が再び口を開いた。
「さっきウルフに捕まっていろいろ言われてしまったんだが、おまえに言い忘れていたことがあった」
「うん」
 ほらやっぱり。胸の奥にどろりと凝っていた不安が、薄暗く呟く。
 目が覚めて最初に理解したのは、また自分は駄目だったのだということだった。
 命令違反を叱責する父の見下ろす眼差しは厳しく、声は冷たかった。
 だから見放されても仕方ないのだと思っていた。
 自分は父のようには決してなれない。
 なれなくてもいいのだと、ゆるしてくれた人もいるけど。
「何も言わないのは、覚悟は出来ているということか」
 それはきっと、諦めるということでもあって。
「うん、たぶん」
「そうか」
 そして。
 ぱちんという音がアセムの耳もとで弾けて、左の頬にじわじわ熱と痛みが染みこんできた。
 頬を張られた。冷えていく思考がゆっくりと噛みしめる。
 ほら、これがきっと、終わり。
 ──そう、思ったのに。
「あんな莫迦なことは二度とするな。取り返しのつかないことになっていたかもしれないんだぞ。もっと自分を大切にしなさい」
 どうして自分は抱きしめられているのだろう。
「おまえが倒れて、どれだけ心配したと思っている」
「……父さん、も?」
 きっと。きっと今の自分は、ひどい顔をしているんだろう。
「当たり前だ」
 無事で良かった。
 ふと力が抜けて、アセムは自分がひどく強張っていたことに初めて気づいた。
 いいんだ。そう思った。そう思えた。
「ごめんなさい」
 莫迦なことをして。
 Xラウンダーになれなくて。
 そう言えたのは、だからなのかもしれない。
 すると驚いたように目を瞠った父が、困ったように笑って言った。
「私も莫迦だったんだなあ。……いいんだよ、そんなものになれなくても」
 小さな子供だった頃のように、くしゃくしゃとアセムの頭を撫でながら。
「おまえは父さんと同じになんて、ならなくていいんだ」
 アセム。
 そう言った父の声は、まるで初めて聞くような声だった。







 ──ずっと心の奥で憧れていたものがあった。両親がいて、きょうだいがいて、朝は行ってきますと家を出て、学校には友達がたくさんいて、一緒に遊んで騒いで、夕方にはただいまと家に帰る。そんな普通の幸福が、とても美しく思えたのだ。でも自分はそれをずっとずっと小さな頃に失って、ずっと喪ったままで、だから生まれたこどもには、かつて自分が憧れていた得られなかった貴いものをたくさんあげよう、そう思った頃があった。そんな夢を、彼女はくれた。
 だからきっと、こどもたちは夢の結晶だった。
















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バカやらかした息子を叱ることも出来ない父親ってどんな不幸だろうと思った勢いだけで書いたらオチで趣味に走りすぎてしまった。でもアニメは歪なまま最後まで引きずってしまうんだろうなあ。
血の繋がった父子なのにあんまり育った環境も経験も考え方も違いすぎて性質がとにかく正反対すぎて酷い。アセムの『世界』はまだ絶対的な父親の幻想が生きていて、しかも支配的だから酷い。さっさと幻想なんてぶっ壊れて父親殺しのイニシエーションを乗り越えてしまえればいいのに。
アセムはフリットが持ってる凄いものを受け継げなかったけど、その分フリットが持てなかった貴いものを持ってる。

ところでミューセル使うヴェイガンは脳内物質をコントロールする薬漬けのハシーシャンなんじゃないかとか言ってみる。だからアセムにはまともに使えなかったんだよ!