こどもはひかりだった。





ひかり





 あと二十分。
 宇宙港の軍用待合室で、シャトルの搭乗開始時刻までまだ余裕があることを確かめてアセムは、自分の端末を開いた。
 途端に、妻が産気づいてからずっとほったらかしにされていたメールたちが、待ってましたとばかりに飛び込んでくる。この短い休暇は子供が生まれるからだと知っている部下や同僚たちからの、あるいは今は別の艦隊に配属されている友人たちからの、お伺いのような催促だ。
 ──もう生まれましたか?
 ──どっちに似ていましたか?
 ──家族写真よこせ!
 しかし時間がなくて慌ただしく病院を出てしまったので、彼らの期待する土産は用意できていない。このまま手ぶらで宇宙に戻ったら不満のブーイングに囲まれること間違いなしだろう。
 今のうちに、ユノアに送ってもらうよう頼んでおくべきか。
 それにアセムだって生まれたばかりの息子は恋しい。宇宙での最後の任務が終わるまで一ヶ月は会えないのだ。そんなことを考えながら辿り着いた一番新しい着信は、少し前に病院で別れたばかりのその妹からだった。
 ──お兄ちゃんは帰ってくるまでこれで我慢しなさい。
 急いでメールを開くと、そんなメッセージが添えられた写真の中で、生まれたばかりの息子がくしゃくしゃに笑っていた。
「あいつ」
 アセムは思わず笑みをこぼしながら、妹が送ってくれた写真を端末に保存する。
 これまでハロに溜め込んでいたままだった昔の写真データも、今回の休みの間に整理してすべてこの端末にコピーしておいた。ハロにはこれからはキオの記録が詰め込まれていくだろう。
 そのまま懐かしい写真を手繰る。大半が卒業するまでの写真だった。アセム自身は覚えていないような小さな頃に父や母と撮られたものも多いが、学生時代、特にハイスクールでMSクラブの仲間と撮ったものがひときわ多い。そのほとんどはロマリーが撮ってハロに保存していたものだ。軍人になってからは、完全なプライベート以外では最初にディーヴァにいた頃のものが数枚だけあった。これもハロを気に入ったアリーサが中にアルバムがあると知って、じゃあ自分たちの写真も加えろと言い出したからだった。
 女の子は写真が好きなのかもしれない。
 そのおかげで、アセムの手もとには会いたくても二度と会えない人たちの笑顔が残っているのだけど。
「ゼハート。ウルフ隊長」
 アセムの選択に、彼らなら何と言うだろう。
 家族一緒に暮らすため、アセムは今度の哨戒任務を終えたら最前線を離れる。
 その後は地上でMSの訓練教官として、後進のパイロットを育てていくことになる。
 戦争が続く中、特務隊隊長にまでなり、まだ十分に戦っていける自分が部下を残して宇宙を離れることに後ろ髪を引かれないわけではなかったが、最前線だけが戦場ではない。AGE2の可変機構が次代の量産機に採用されることが内定したのも後押しになった。あれを扱い慣れているMSパイロットは今、アセムを置いて他にいない。
 つとウルフ隊全員で撮った写真が出てきて、ページをめくるアセムの指が止まる。
 まだ青いアセムの肩に手を置いて、豪快に笑っているウルフがそこにいた。
 アセムの命は、彼らに生かされて在る命だ。
 受け継いだ光を、守る意味を、これから戦場に立つ者たちに伝えていくことで少しは返せるだろうか。
 新たな着信が飛び込んできたのはその時だった。
「父さん?」
 メールは今は宇宙にいる、父からだった。







   今ユノアからのメールを見た。
   これでおまえも父親だな。おめでとう。



   ありがとう。父さんもついに祖父ちゃんだな。
   写真はもらった?



   もらった。
   おまえは写っていなかったが。



   時間がなかったんだよ。
   家族写真は帰ってから撮って、また送るから。



   楽しみにしている。
   だが直接顔を見たいからな、次の休みには帰るつもりだ。



   次っていつになるんだろうな?
   なんだかんだ言って俺たちの結婚式にも来れなかったし。



   根に持っているのか?
   孫に会うだけならまとまった日数の休みを取ればいいだけだ。何とかする。



   俺はいいんだよ男だし。でもユノアの時はちゃんと来てやれよ。
   花嫁の父って大事なんだろ。



   待て、どういうことだ、ユノアに男がいるのか。



   いや、今のは流れで言ってみただけ。
   だいたいあいつ結婚する気あるのかな、前にも仕事が恋人って言ってた。
   じゃあそろそろ時間だから。



   そうか。
   おまえも気を抜くんじゃないぞ。



   わかってるよ。
   父さんもあんまり無理するなよ。もうそんな若くないんだから。



   うるさい。まだそんな歳ではない。







 すっかり憎たらしい口を利くようになった息子に一言送りつけてから、フリットは深く息をついた。
 少し前まで小さな子供だったのに、未熟な子供だったのに、この手を離れて今や一児の父だ。
 そしてあの子が生まれて父になった自分はこれから、祖父になる。
 すべてが光だった。
 世界を見知らぬものへと鮮やかに変えていく、光。
 思い返せば、息子には驚かされてばかりだった。
 士官学校を経ずに軍へ入りたいと言い出したときも。
 パーソナルカラーを白に変えたいと言い出したときも。
 それに軍を辞めたいと言い出したときも。
 だが、そのすべてが光だった。
 あの子は、もちろん失ってしまったものもあったが、大切なものをしっかりと抱えながら生きている。
 光の中を生きて、ありきたりだがこの上なく貴い幸せを生きている。
 一度すべてを失って消えない影を今も引きずっている自分は、だから光をくれた妻に、光そのものである子供たちに、救われながら生きている。
 孫には何を土産にしようか。
 そんなことを考える、陽だまりのように生ぬるい幸福がおそろしく心地よかった。







 ──アセムが漂流船の調査中に行方不明になったという連絡が入ったのは、その半月後のことだった。
 現場宙域にAGE2はじめ小隊の行方がわかる痕跡は何も残されておらず、彼らの捜索は間もなく打ち切られた。
 フリットの握りしめた真っ白な通知書が、くしゃりと音を立てて潰れる。



 それは息子の死を意味していた。
















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キオ誕生後のアセムとフリットの父子話。

アセムの身の振り方(予定)は適当に捏造。前線を離れても何かしらの形でMSパイロット続けてほしかった願望。実際どうだったんだろう。
あと、ここの親子仲はアセムが悟り開いたらそれなりに改善されそうな気がするのは私の贔屓目だろうか。思想はともかく。

アセムに父親としての時間をもっとあげてほしかったよ。キオは覚えてなくても一目会えて抱っこしていたことだけが今は救い。
そしてフリットは息子の戦死でプッツンしてしまったんだろうか。アセムまでヴェイガンに殺されたと勘違いして。私も外伝を見てなかったらきっとプッツンしてた。スタッフに。アセムの行方はこのまま外伝で海賊なのかなあ。帰れなくなる理由がまともに語られればいいんだけど。