それはとても綺麗なものだった。
 だから宝石箱に入れて、鍵を掛けて、一番深いところに埋めた。






ほしのゆめ






 それはとても大事なものだった。
 だから真ん中に置いた。ずっとずっと、それがすべてだった。
 青い空、青い大地、青い海。――青い星。
 夢に見続けた、美しい幻。
 空には太陽が輝き、草はらはさわやかな風に揺れ、湖はきらきらと煌めいていた。
 ずっと夢見ていたエデンの幻。
 その岸辺に、どうしてか彼がいた。
 だから。



 ──これは夢だと、わかっていた。



 振り向いた彼は、静かに微笑んでいた。
 いつかソロンシティでまみえたときのような水辺で、しかしあのときのように笑えなくなっていた姿ではなく。
 トルディアで一緒だった頃のような屈託のない、懐かしい笑顔でもなく。
 ただ静かに。
「俺はゼハートみたいになりたかった。おまえみたいに優秀でXラウンダーだったら、きっと父さんを失望させたりしなくて、期待にも応えられた。だからずっと羨ましかった」
 ダウネスで最後に会ったときのように、傷だらけで脆く弱くて、けれど強くて優しい、碧く透き通った不思議な微笑みだった。
「けど、俺は俺にしかなれないんだ」
 諦めのようで諦めでなく、絶望のようで絶望でなく。
 そうやって不完全さを許して受け入れる、彼が行き着いたしなやかな強さを彼らしいと思った。
 だから。
「俺もたぶん憧れていた」
 立ちつくしたまま、言えたのはそんなことだった。
 これは夢だとわかっていた。
「ゼハートが? 俺を?」
「ああ。戦争も死病もない明るい世界で平凡な日常を生きて、家族と仲良く暮らして、信じられる友達がいて、そして当たり前のように人に優しくできる、おまえに憧れていたんだ」
 ずっと夢見ていた、憧れていた、綺麗なもの貴いもの美しいものを、彼の中に見ていた。
 遠い幻想でしかなかったエデンに思い描く幸せのかたちは、いつの間にか彼のかたちになっていた。
 エデンでならきっと誰もが優しくなれる、そう願って。
「ゼハートだって優しかったじゃないか」
「俺がそう出来ていたのは、おまえが俺を受け入れてくれたからだ。俺にも優しかったからだ。だから俺も返せただけでしかない」
 だから戦場にいてほしくなかった。
 ずっと幸せなまま、遠いところで生きていてほしかった。
「違うよ、ゼハートの優しさは、ゼハートがもともと持っていたんだ」
 生きていて、ほしかった。
 これは夢だとわかっていた。
 宝石のような優しい想い出だけをずっと、奥深くにそっと埋めていたかった。
「そうやって、おまえが当たり前のように信じてくれるから、だから俺は」
 それはとても綺麗でとても貴くて、けれど。



 ──これは夢だと、わかっていた。



「俺は、おまえのことが好きだったんだ、アセム……!」
 だから、いくな。
 けれどゼハートの伸ばした手が届く前に、ひどく綺麗に微笑んで彼は、赤い大きな火になって消えてしまった。



 これは夢だ。
 けれど、わかっていた。
 ──彼はいなくなってしまったのだと。



 そしてゼハートが夢から覚めたときには、最後に彼と会ってから二十年以上が経過していた。
 再び戦場に立つまでに、多くの知っておかなければならないことと、少しの知りたいことがあった。
 二十年間のこと、じきに発動される大きな作戦のこと、それから彼のこと。
 ヴェイガンと同様に銀の杯条約以前の技術に深く根差しているガンダムの動向は、ヴェイガンにとっても重要事項になっている。彼の行方も容易に引き出せた。
 彼はあの後、無事に地球へ降り立っていた。
 戦場に立ち続けて、生き続けていた。
 だが今はもう、いなかった。
 十年以上も前に、彼はいなくなっていた。
 宇宙での作戦行動中に行方不明になったという。連邦軍の捜索隊はガンダムの破片さえ見つけられず、ヴェイガンとの交戦による戦死との認定を下した。しかしヴェイガンは関わっていない。奇妙な点はあったが、地球種同士の愚かしい抗争に巻き込まれ闇に葬られたのだろうと結論づけられていた。謀殺など彼にそぐわないにも程があったが、彼の父親は内通者粛清の中心人物だ、よけいな恨みを買っていても不思議ではない。
 それに今となってはどうでもいいことだった。



 アセムはもういない。この世界の、この宇宙の何処にもいない。
 それが現実だと、わかっていた。

















 目を閉じれば青い空の下で、いつも、ゼハートはひとりきりで立っている。
 これは夢だと、エデンの幻だと、わかっていた。



 夢の岸辺に一輪、白い花が咲いていた。
 それが何の花なのか、ゼハートにはわからない。
















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ゼハートにとってのアセムを考えた話。癒着した友情、あるいは憧憬、理想化。きらきら星の花。
アセムに対する執着の根っこはこんなイメージ。

アセムとゼハートもずっと書きたくてネタ考えながらアセム篇の決着を待ってたんだけど二人の話は次代に持ち越されてしまったので、とりあえずゼハートは結局どんなキャラだったんだろうと改めて考えてたら、うっかりポエミーなSSが出来た。
キオ篇での状況がまだわからないので、ここは「目が覚めたらアセムはとっくに死んでいた」と知ってごっそり抉られるパターンにしてみた。
花が咲くのは信じているからでも無自覚に気づいているからでもいい。

アセム篇最後にアセムはコンプレックス乗り越えたけど、じゃあゼハートは「戦士だ」とか言って何を見つけたんだ?とずっと悩んでたけど、戦場でもアセムは何も変わらないことを理解したのかなと思った。ゼハートの中にあった優しさの定義は物凄く狭くてトルディアのような楽園の中でしか存在できないもので、戦士になることと決して両立できないとずっと思い込んでいたけど、あのときアセムの本質を再発見してやっと受け入れられた、みたいな感じで。
思えばアセムはいろんな理想像に振り回されっぱなしだったなあ。しかもスタートラインに立った途端にアセム篇が終わってしまったので、仕込みが生きてくるとしたらAGE全体の転換点を迎えるであろうキオ篇からっていう。6月から海賊登場らしいけどその直前に7月号の外伝がまた何かやらかしてくれそうな期待と不安で今からのたうち回りそう。