ひな鳥たちの歌








 ひょいとのぞき込んだ食堂の隅に、青い後ろ姿を見つけた。
 アセム。思わず呼びかけそうになった声を、アリーサはすんでの所で飲み込む。
 今は食事時を大きく外しているので食堂に人けはまばらだ。そんなところに端末を持ち込んで、一人で何をしているのだろう。わき起こる好奇心に従ってアリーサは、そうっと猫のように足音を忍ばせながら彼の背中に近づく。
 そして。
「うりゃ」
「ひっ!?」
 脇をくすぐったのはほんの出来心だったが、まったく周囲に注意を払っていなかったアセムは見事に不意打ちを食らったようで、びくんと派手に跳ね上がった。そうしてようやく彼もアリーサに気づいた。
「な、何するんだよいきなり!?」
 非難がましく睨まれても、くすぐられた脇を腕で庇いながら椅子の上で小さく縮こまった姿では、ちっとも怖くない。
 それでなくてもアセムは成人男性の平均身長に少し足りてない。もっと低いのがいるからあまり目立っていないだけで、女性にしては背の高いアリーサと並べばほとんど差がないくらいだ。
 だが、理由はそれだけでもない気がする。
「いきなりじゃないと、悪戯になんないだろ」
 面白いなあと思う。
 アセムは今まで周りにいたことのないタイプだ。
 同じ男でも、アリーサの男家族とは全然違う。学校の男友達とも全然違う。
 毛並みが違うとはこういうことを言うのだろうか。
 親同士は昔なじみらしいが、アリーサの父は一介の整備士、彼の父はビッグリング基地指令、これだけ格が違えばきっと育ちも違っていて当然だ。
「子供みたいなことするなよな」
「だーって、おまえがあんまり無防備だったから、つい」
「無防備って……」
 今だって居住まいを正しながら文句を言うだけで、仕返しはもちろん、手をはたいたりもしないし、本気で怒鳴ったりもしない。
 妹が一人いるらしいが、もしかすると小さな子供の頃でも、兄妹で取っ組み合いの喧嘩なんてしたことがないのではないだろうか。
 面白いなあと思う。
「んで、何やってんだ?」
 勝手に隣の椅子に座り込んで、アリーサは端末の画面をのぞき込む。そもそも最初の目的はこれだった。だが一目見て思わず眉根が寄ってしまった。
 文字だらけだ。しかもなんだか小難しい内容だ。
「何だこれ」
「レポートだよ」
 少し拗ねたような声で、しかし素直にアセムが答えた。
「レポート? 始末書じゃなくて?」
「じゃなくて! いい加減それやめろよな」
 口をとがらせ言い返しながらも、諦めたようなため息まじりだ。
 初陣の命令違反で受けた謹慎処分はすぐに解かれ、その後はアセムも格納庫でメカニックたちとAGE2のセッティング調整を詰めていたのだが、その合間に持ち込んだ端末で始末書を書いていたのだ。そこをアリーサたちの訓練を終えたウルフに見つかってからかわれたのはまだ記憶にも新しい。その後オブライトにウルフも始末書をまだ提出していないことを暴露されて、紆余曲折の末に格納庫の隅でMSパイロット二人が端末を抱えていた様も。
 ただでさえ目立つ人間がそんなことをしたら、目立って目立って仕方ないに決まっている。
「そのうちみんな飽きるって。で?」
「士官教育課程のレポート」
「やっとスクール卒業したってのに、また勉強なんかよくやるなあ。でもそういうのって士官学校行ってやるもんなんじゃねえの?」
 首を傾げて言ったアリーサに、ぐっとアセムが口ごもる。
「それは……俺が士官学校行きを取りやめて入隊したから……」
「はっはーん、また特例ってヤツかぁ?」
 にやりと笑えば、彼の表情はますます苦いものになった。
 彼の父親はあのガンダムの開発者で、しかもガンダムの運用に必要なデバイスは非常に特殊な代物なのだがそれは軍の物ではなくて彼の家の物で、だから彼は新兵にもかかわらずガンダムに乗っている。父が言うにはそういう事情らしい。
 それでも特別扱いには違いなくて、その分を結果で返そうと勢い込むあまりに無茶も多くなって、整備士たちの仕事を増やしてしまってはハンガー前でしょげている。すぐにディケに見つかり、アリーサが引っ張っていくのだが。
「も、もともと入学資格は持ってたんだよ、だから」
「けど普通はないんだろ?」
「普通にあるぞ、士官の通信教育課程」
 背後から唐突に割り込んできた低い声に二人が固まった、次の瞬間。
「ひぁっ!?」
 再びアセムが悲鳴を上げてびくっと固まった。今度はアリーサではない。白ずくめの犯人は椅子の裏で、感心したようにしみじみとつぶやいた。
「おまえ脇弱いな」
「た……隊長まで……何するんですか……!」
 いつの間にか後ろにいたウルフを、椅子の背に小さく隠れながら見上げて弱々しい抗議の声をアセムが上げるが。
「さっき廊下にまで間抜けな悲鳴が聞こえてきてなあ」
 つい。襲っておきながらウルフはまったく悪びれもせず言い放つ。
 さらには。
「今そこを通りがかった整備兵に見られたから、しばらく流行るかもしれないな。遊ばれたくないなら背後には気をつけることだ」
「君は妙に気に入られてるからなぁ」
「ええっ!?」
 傍観者姿勢のオブライトとマックスに追い打ちを掛けられてしまい、アセムが途方に暮れた顔になった。
 戦果も多いが問題も多いMSパイロット、しかし性格にひねくれたところはなく、なによりまだ士官ではないうえに整備主任の娘であるアリーサと同じ18歳という年齢から、アセムはベテラン整備士には子供扱いされ、年若い連中にはからかわれている。実は失敗しても格納庫では一人でゆっくり落ち込んでいる暇もない。もちろんそこに悪意はまったくないのだが、さすがに可哀想にも思えてきてしまって、アリーサは励ますように力いっぱい背中を叩いた。
「んな暗い顔するなって、あたしが守ってやるからさ!」
「元はといえばアリーサのせいじゃないか……」
「だから責任はちゃんと取ってやるって言ってんだろー?」
 恨めしげなアセムに、胸を張って言い返す。と。
「アリーサくんは生身だと頼もしいな」
「MSでもそれくらい言えるようになりゃあなあ」
「た、隊長! んなことよりさっきの!」
 とても残念そうな苦笑いを年長者二人が滲ませるので、アリーサはぱっと顔を赤らめて腕を振り回す。改めて言われるまでもなく、現状ウルフ隊で実戦でも訓練でも最下位の戦績なのはアリーサだ。
「あー、通信教育課程の話だったか?」
 ウルフも特に混ぜ返したりせず、アセムを挟んで空席に腰を下ろす。すっかり話し込む形になったことで、オブライトとマックスも向かいに座った。
「初級課程だけだがな。コロニーでハイスクールまで普通に出てるヤツならMSや航宙、EVAなんかの免許は一通り持ってるだろ。んでMSパイロットは特例があって経験者は演習の大半を実戦で振り替えちまえるから、あとは座学のレポートや、試験をこなしゃいい」
「へーえ」
「でかい士官学校がいくつか今でもやってるはずだぜ」
「で、君は何処の士官学校?」
 普通に士官学校を出た組であるマックスが、テーブルの向こうから身を乗り出す。
「スライスレインズです」
「うわぁ」
 アセムが学校名を口にした途端、マックスの声が一気に冷たくなった。
「そこ凄いんすか?」
「超エリート校」
 アリーサに答える声も、地を這うように低い。
「へえ!」
 感嘆の声を上げたアリーサの横で、アセムが表情をわずかに陰らせる。
「フリットが推薦状書いたのか?」
「はい……」
「あいつらしいな」
「あの、やっぱり珍しいですか」
 ウルフの大きな手がアセムの肩をぽんと軽く叩いた。
「軍に入ったばかりのヤツが受けるのは、最近じゃちいとばかし珍しいかもな」
 最近。強調されたそこに、アリーサが食いつく。
「んじゃ昔はよくあったんですか?」
「おまえら、この俺がわざわざ士官学校なんか行ったと思うか?」
 にやりと笑った上司に、アリーサは手を打ち鳴らした。
「ああ!」
 つられたようにアセムも小さく笑い、テーブルの向こうの二人は深々と首肯する。
 入隊時の学歴にもよるが、最短でも一年。今ですらこれだけ奔放に生きている男が、まだ青年だった頃にそんな檻の中に閉じ込められるような士官学校生活を選ぶとは思いがたい。
「よくわかってるじゃねえか。せっかくレースやめて軍に移ったってのに、退屈な士官学校なんぞに放り込まれたら腐っちまう」
「レース?」
 アリーサがアセムと揃って目を瞬くと、ウルフは苦笑いを滲ませた。
「もう知らねえよなあ。おまえらの親がまだガキだった頃の話だ」
「隊長は昔、プロのモビルスポーツ・レーサーだったんだよ」
「へえー!」
 後で親父に聞いてみよう。オブライトの言葉に、ぐっとアリーサは拳を握り込む。
「どうしてレースをやめて軍に入ったんですか?」
「ん? 俺があんまり強すぎて、敵が全然いなくなっちまってよ」
「隊長にかかったらレースも戦争も同じなんですね……」
 アセムの問いに返された答えの軽さに、マックスが呆れた声を上げた。
 そこで故郷を守るために銃を取ったなどの聞こえのいい話は出てこないのがウルフ・エニアクルという男なのだろう。
 ふと気づくと、アセムが何か言いたそうな顔で、しかし何も言わずウルフを見上げていた。その視線に気づいたらしいウルフは少しだけ困ったように笑う。と。
「アセム、そいつの期限はいつだ?」
「え? えっと、ビッグリングに着いたら提出することになってます」
「ならまだ日があるな。暗礁宙域もそろそろ抜けちまうし、せっかくだから走ってみるか」
 え。とウルフ隊のメンバーが異口同音に驚きの声を上げる。
「おまえらだって、いつもシミュレーションかお決まりの訓練ばかりやってたんじゃ味気ねえだろ」
 まるで面白い遊びを思いついた子供のように、ウルフは笑っていた。





 果たして、真っ白なGバウンサーは本当に速かった。
 標準性能のアデルがいるからと相応の加減をされているというのに、アリーサもマックスもただ追いかけて飛ぶということさえ満足にかなわず、結局スラスターをいくつか壊して呆気なく終了になった。
「まあ、新人にしては頑張った方だ」
 全員で艦を空けるわけにはいかないからと残っていたオブライトが、ふらふらとアデルから降りてきた二人を出迎えて、笑う。
「隊長もアセムも、こないだの戦いでよくあんなに飛び回れましたね……」
「ほんとっすよ……」
 小さなミスは重ねていたものの、アセムのAGE2はGバウンサーになんとか食らいついていた。
 先だって暗礁宙域で襲撃を受けたときにも足の速い敵機体と高速戦闘にもつれ込んでいたが、もし同じ機体性能があっても同じことが出来るとは思いがたい。
「隊長も本命はAGE2なんだろうな」
「どういう意味っすか?」
「どれくらい飛べるか試してみたいのかもしれない。──そろそろ始まるぞ」
 いそいそとモニター前に向けて床を蹴ったオブライトを、アリーサもマックスも慌てて追いかける。
「機体のスペックだけでいえばGバウンサーよりAGE2が速い。変形していなくてもだ。だがそれはあくまでスペックの上だけの話で、加速の掛け方から姿勢制御、障害物の回避、ありとあらゆる技術でアセムは隊長に遠く及ばない。その差はスペックの差を埋めてあまりある」
 十代からプロのレーサーとして走り、さらに何十年も前線で戦い続けているウルフの技術も経験も、途方もないものだ。
「だがそんな技術は口で説明して教えられるようなものでもない。だったら目の前で見せてやるしかない。自分でやらせるしかない。隊長はそういう人だよ」
「それに技術は盗むものと言いますしね」
「あ、親父」
 先にモニター前にいたディケが振り返って深々とため息を落とした。
「おまえがパニックになって固まっても、機体は止まってくれんぞ」
「えへへ」
 見られていたらしい。すっかり呆れた声で言われて、アリーサも笑って誤魔化すしかない。
「親父も見に来たのか?」
「そりゃAGE2担当のメカニックとしちゃ見逃せんさ。ウルフさんにくっついて飛ぶだけでも良い経験になるだろう。アセムはもちろん、AGE2もまだ生まれたばかりのひよっこだからな」
「生まれたばかり?」
 昔から機械ばかりいじっている父親でも、そういう言い方は珍しくてアリーサは目を瞬いた。と。
「ガンダムは単に強いだけのワンオフ機じゃあないってことだ。乗り手と一緒に経験を積むことで成長していくんだよ」
 そのうちわかる。その笑みを含んだ声を、さながらクリスマス・プレゼントを隠す親のようだと思った。





 その会話をアリーサが聞いてしまったのは、偶然だった。
 オブライトにブリーフィングルームへ行っているよう言われていたのに格納庫をうろついていたのは、特にトラブルもなく訓練時間を消化して帰投したアセムに一声かけてやろうと思ったからだった。今は戻ったばかりの機体の整備があるから大丈夫だろうが、悪戯から守ってやると本人に宣言した手前もあるし、それに――あの赤い敵に負けてから、妙に塞ぎ込んでいたから。
 彼のことを面白いと思う。と同時に、どこか危なっかしくて放っておけないような気もする。ウルフが何くれと構い倒しているのも、もしかしたら同じなのかもしれない。
 そうしてAGE2のハンガーの前に二人の後ろ姿を見つけて、思わず呼びかけそうになった声を、しかしアリーサはすんでの所で飲み込んだ。だって。
「どうだ、全力で走った感想は?」
「凄かったです。それにAGE2も、あんなに飛べたんですね」
 邪魔したらダメかなと思ったのだ。少し興奮気味の声が、いつもより子供みたいだったから。
 大きな箱のようなAGEシステムに背を預けて、立てた人差し指を口もとに添えて声もなく笑ってみせる。ちょうど機体のチェックに近づいてきていた整備士の一人は、その仕草に察してくれたようで黙って手を振って踵を返していった。
「おまえもよく振り落とされなかったな」
「AGE2が助けてくれたおかげです。俺だけじゃとてもついていけませんでした」
「とか言って、最後の方は結構余裕あったろ。ぴったり真似してきやがって」
「必死だったんですよ! 隊長をなぞるのが一番確実だと思って」
「面白かったか?」
「え? あ……はい」
「そうか」
 と、嬉しそうににかっと笑ったウルフが、アセムの頭を荒っぽくかき回した。
「ちょ、隊長やめてくださいよっ」
「おまえはガキのくせに面倒くさく考えすぎなんだよ。ぐちゃぐちゃ考えながらじゃ走れねえぞ」
 ウルフの手から逃げようとしていたアセムが、ふと動きを止める。
「隊長は、戦うのが好きなんですか?」
 そう問うたアセムの声に非難がましい色はなかった。少し躊躇いがちで、何かたくさん考え込んで考えすぎて、ほんの少しだけ溢れてしまったような声だった。そういえば初陣の少し後、敵のことを考えたことがあるかと訊かれたことを、アリーサはふと思い出した。
「レースだろうが戦争だろうが、戦場で命懸けなきゃ得られないもんがあるんだよ。よけいなもん全部削ぎ落として、ぎりぎりの一瞬を勝ち残る快感とかな」
 わからなくてもいい。答えるウルフの声はシンプルだった。
「だから今でも少佐なんですか」
「そりゃ買いかぶりすぎだ。自分のやりたいことをやりたいようにしかやらねえ不良軍人が組織の上には行けねえよ。ま、前線に居座るにはちょうどいいんだがな」
「だったら……どうして、こんな」
 こんなところで。
「新兵のお守り役なんかやってるのか、ってか?」
 言いさした先をあっさり言い継がれて、アセムが俯く。が。
「そうだな、おまえが一人前になったら教えてやってもいいぜ。美味い酒でも飲みながらな」
 だから。
 ウルフの大きな手がもう一度、くしゃりとアセムの金髪をかき乱すように頭を撫でる。そんな子供扱いを、今度はアセムも黙ってされるがままに受け入れていた。
「生き延びろよ。いつか年を取ったら全部、笑い話になる」
 そう言って笑った声が、響きが、途方もなく深い気がした。





 ──結局、そんな機会は永遠に失われてしまったけれど。





 ハンガーに佇む、真っ白な機体を見上げる。
 そこにあるのはAGE2だ。
 Gバウンサーはもう何年も前に、空の上で一つの火になってしまった。
「そんなにむくれんなって、良い酒持ってきてやったんだからさ」
 小さな約束をした日のことを、実は盗み聞きされていたと今さら言われて憮然としている戦友の横顔を眺めながら、アリーサは一気にグラスを干した。
 久しぶりの帰港で長期休暇に入った艦内は静かだった。格納庫の片隅に座り込んで酒盛りなんて、とんでもないことも出来てしまうくらいには。
「そんな飲み方して大丈夫か」
 そのまま一人でどんどん飲み進めれば、さすがに眉をひそめられたが。
「平気平気、あたしママに似てワクだから」
「ザルですらないのかよ」
 アリーサの軽口に表情をゆるめ、アセムもグラスに少しだけ口を付ける。
 あの頃から彼は少し背が伸びた。白いジャケットの袖丈が余らなくなった。まだ子供の面影を残していた輪郭の甘さは消えて、生来の造りの良さも相まってずいぶんと見栄えが良くなった。最初はぎこちなかった隊長という呼ばれ方にも、すっかり馴染んだ。
 あの頃から少しは、自分たちも大人になった。
「アセムはさあ、何だったと思う」
「何が」
「ウルフ隊長があたしらガキのお守りやってた理由」
 するとアセムが目を伏せて微笑んだ。甘いようなほろ苦いような、懐かしいような切ないような、曖昧で複雑な色合いを滲ませて。
――勝手な想像しかできないから、やめとく」
「けーち。相変わらず変に真面目だなあ」
「悪かったな」
 声を立てて笑うと、この酔っ払いと言わんばかりに軽く睨まれた。
「悪いなんて言ってねえよ」
 うん、悪くない。
「アリーサ?」
 怪訝そうな顔になるアセムに、アリーサはそっと深呼吸する。
 あの頃から少しは、自分たちも大人になった。
「なんかさ、おまえ見てたら、あたしにも隊長がどんな気持ちだったのかわかるのかなあって気がするんだ。だからさ」
 あの頃から彼は少し背が伸びた。白いジャケットの袖丈が余らなくなった。まだ子供の面影を残していた輪郭の甘さは消えて、生来の造りの良さも相まってずいぶんと見栄えが良くなった。最初はぎこちなかった隊長という呼ばれ方にも、すっかり馴染んだ。
 そして自分は。
「だから絶対に死ぬなよ、アセム」
 この艦を降りる。
「……アリーサの方こそ無茶するなよ。もう助けてやれないんだから」
 ほんの少し目を瞠ったアセムが、ふっと意地悪く笑う。
「あたしは後方の基地勤務になるんだから、前線飛び回ってるおまえの方が危ないに決まってるだろ」
「どうかなあ」
「ああもう、ちょっと強いエース様だからってな、この!」
 アリーサが拳を握って殴りかかるような振りをすれば、彼は大袈裟に首を竦めてみせた。
 二人して子供みたいに、バカみたいに笑いながら。
「近くに来たらちゃんと声かけろよ」
「ああ」
「子供ができたら写真よこせよ」
「それはお互いにな」
「もちろん」
 二人きりで話をしたのは、その夜が最後だった。





 年を取ったら全部、笑い話になる。
 だったらこれも笑い飛ばしてやろう。真っ白な封筒に入っていた真っ白な手紙を傍らのチェストに置いて、アリーサは窓の外を見上げた。
「相変わらず、変に真面目なんだから」
 真っ青に晴れ渡った空を、白い鳥が飛んでいた。





 あの頃みんなで撮った写真は、すっかり色褪せてしまったけれど、今もチェストの上で笑っている。
















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ひな鳥たちの歌。

141年(18歳)→148年(25歳)→16x年(?歳)を想定してます。
最後についてはそのうち拾えたらいいなという願望を込めて。

後先考えず詰め込んでたら当初の目的見失って悪ノリして小ネタ盛り合わせのツッコミどころだらけになった気もしますが、私は楽しかった。もう私だけが楽しくてもいいやと開き直るくらいにはアセムいじり楽しかった。あと写真は『ひかり』でアセムが持ってたデータと同じものです。
士官教育や過去その他まるっと捏造。軍の知識もないので適当捏造。実は19歳の白い特務隊隊長さんの階級が気になって出来たネタだったりする。公式にはスライスレインズと同等の教育をアセムは軍で受けられるってだけだったはず。

アリーサは最初はまったく何でもなかったのに最後うっかり手が滑ってちょっと妙な空気になりかけたので慌てて軌道修正したんだけど大丈夫ですか。二人は友達だよ。余白に何かあったりも面白いかもしれないけど。まあ、部下たちに「めちゃくちゃ仲良いのに色気まったくないですよねあの二人」「ばっか隊長あれでも既婚者だぞ」「え!?」とか言われるような関係が本命だがな!
ここの友情はアセムが地に足を着いてからが本番だと思うんだ面白いコンビになれると思うんだ。書いてる途中に6巻この二人って発表されてビックリした。
でもってそのうちロディも加わってJr.コンビがトリオになって、非番の時は格納庫の隅っこで三人きゃっきゃしてたらいいと思うよ!