明日、死ぬとしたら。







最後から二番目の真実

おわりのあした







「……あれ、何で黙るの」
 途端に生まれたひどく気まずい沈黙に、しかし張本人だけは意外そうに不思議そうに視線を巡らせる。
 真っ先にルックが、呆れ果てた表情で首を横に振った。
 カスミは困り切った苦笑を滲ませ、サスケもぐったりと机に突っ伏した。
 セラに至っては完全に固まってしまって、その手から離れた本はぱたんと音を立てて机の上に横たわった。
 そんな周囲の惨状を一通り眺めてから、フッチは力なく肩を落とすと仕方なしに口を開いた。
「言いにくいんですけど、それ、物凄く突っ込みにくいです」
「そう?」
 やはり不思議そうに首を傾げたシフォンに、今度こそルックが詰め寄った。
「それをあんたの口から聞かされるこっちの身にもなれ」




 そんな下らない冗談みたいな、妄想みたいな。
 結局、そんな計画なのだろうと思う。
 分厚い魔術書の隙間からこぼれ落ちた、見覚えのある薄っぺらな本を拾ってセラは表紙を撫でる。
 もう少し臆病ならばよかったのだろうか。
 それとも。
 ──こんなにも臆病でなければ、よかったのだろうか?
 呼び起こされた想い出に付随するこの甘い痛みは、それでもやはり後悔ではなくて、戻れない時間への郷愁でしかないのだ。
 今の自分を突き動かしている衝動の根源を、上手く言い表すことは出来ない。
 ただ、あの言葉の意味を、今になって少しだけわかったかもしれない気がした。




「珍しい物をお読みですね」
 掛けられた言葉に、ルックは声の主を目線だけで一瞥した。アルベルト。
「これ知ってるの」
「ええまあ」
「僕が読んでるのが意外?」
「最初はそう思いましたが、よく考えてみれば意外でもないのかもしれません」
 しれっとした顔でそんな答えを返した赤毛の軍師に、ルックは振り向いた。だが彼にそれ以上の言葉を続ける気はないらしく、静まり返った沈黙に一つ嘆息して、視線を投げ捨てるように外した。
「……昔、これ見て笑えない冗談を言った奴がいたんだよね」
「ほう」
 一本の糸で繋がっているように手繰り寄せられてきた、そんな下らない記憶をルックは口ずさむ。
 ──あの言葉の、いったい何が本音だったのだろう?
「それを仰ったのは」
「君もよく知ってる、あの莫迦」
「ええ、想像つきます」
「あっそ」
 つまらない奴。
「で、君は?」
「そうですね……、あの方の案も悪くないですが」
 考えに沈む、素振りがわざとらしい。
「最期くらいは物凄く良い兄とやらになってやってもいいかもしれません」
「最期まで弟いじめ?」
「それは心外です」
 そんなことを本当に不本意そうな声で言うものだから、ルックは思わず目を瞬いた。
「何ですか?」
 相も変わらぬ鉄面皮だが、その時、唐突に気づいた。
「ああ、そういうことか」
 気づいてしまった。
「でもそれ、盛大に気味悪がられるのがオチだよ」
「そうですか」
「勝手すぎるんだよね」
 呆れた声で言って、ルックは読みかけだった本を閉じた。
 気づいて、今更どうなるものでもないけど。
「本当に、兄なんて勝手なもんだ」




 ぱたんと音を立てて、シフォンは薄っぺらい本を閉じる。
「きっと、少し臆病なくらいがちょうどいいんだろうね」
 そう呟くように落とした声に、隣で座っていたカスミが訝るように小首を傾げる。
「シフォン様?」
「考えずにはいられないけど、変に思い詰めすぎても潰れるってことかな」
 耳に聞こえるのは街道を歩く馬車の立てる音、鼻をくすぐるのは背を預けている麦藁の匂い。
 なのに目を閉じると見えるのは、あの蒼い草はらなのだ。
 揺れる草は乾いて、さながら波の音のようだった。
 それはやがて、朱に染められていくのだろうか。
「来た」
 刹那、はっとカスミが顔を上げる。
 よく晴れた青空から舞い降りてきたのは、よく知っている気配を纏った、真っ白な羽の使い魔だった。




 終わる。
 夏が終わる。







かえり道





(質問1) 明日、あなたが死ぬとしたら。
(回答4) 大量虐殺とか妄想しつつ、チキン精神出して最後まで何もしないまま、善良な一般市民として生きる。
お題配布元: 207β