「ヒューゴくん」
呼び止めた彼の声は、静かだったが、はっきりしていた。決戦を間近に控えた城内の喧噪にもかき消されないほど。
そして。
「少しいいかな? 頼みがあるんだ」
後から思い返せば不思議なくらい、彼は穏やかに微笑んでいた。
だからヒューゴはこの異国の竜騎士を、あの風の魔術師のところまで連れて行かなきゃいけないと、そう強く思ったのだ。
end of the rainbow
虹のふもとにある金色の夢
高い空を流れる強く冷たい風と、秋の少し低くなった朝陽に目を細めて、フッチは視線を地上へと落とした。
真の紋章を破壊するための儀式が行われているという遺跡が、半ば土砂に埋もれた姿で視界に映る。明日の朝、この眼下に広がる岩と砂ばかりの荒涼とした平野は戦場になる。
もし破壊が成ってしまったら、ここを中心に大陸の大半が消失しかねない。
もし負ければ、間に合わなければ、多くの人々が死ぬだろう。
それを為すのは、彼なのだ。
もし勝てば、間に合えば、多くの人が死ななくて済む。
けれど。
「……ブライト、もうレーテに戻ろう」
ささやきは風に吹き飛ばされてしまうが、同時に騎竜の首の付け根辺りを軽く叩いた。その合図に気づいた白竜はぐるりと帰還のために旋回し、しかし一度だけ、遺跡の上で大きく円を描くような軌跡を飛ぶ。数度、高く短く鳴きながら。
その高い鳴き声が、ひどく悲しく聞こえた。
こんな響きを、今までにも何度か聞いたことがあった。
あの日にも。
「まだ、俺達にも出来ることがある」
首のスカーフの上から、胸元の小さく硬い感触を確かめるように握りしめる。
明日の決戦ですべてが決まる。
もし負ければ、間に合わなければ、多くの人々が死ぬだろう。
もし勝てば、間に合えば、多くの人が死ななくて済む。
けれど。
たとえ勝っても、多くの人が死ななくて済んでも。
──すべてが終わったその後、あの二人は生きているだろうか?
あの時、言葉は一つも交わさなかった。
視線すら交わさなかった。
彼はきっと、城門の奥に自分がいたことすら気づいていなかっただろう。
真の水の紋章を巡る一件で知れたという彼の名前は、その直後にアップルから聞かされていた。疲れたようにぽつりと「驚かないのね」と言われたことには、苦笑するしかなかった。
とっくに知っていたのに。
初めから、そのために来たのに。
それでも目の当たりにするまで信じられない気持ちが消えなかった、どうしても。
ただ信じたくなかったのかもしれない。
だからヒューゴから真の火の紋章を奪うためにブラス城に現れた彼を見て、己の目的を告げた彼を見て、もう目を逸らすことは出来ないのだと思い知らされた。
二人と最後に会ったのは、三年前だった。
その時はいつものように会うために会ったわけではなく、一つの事件が理由だった。
ハイイースト動乱。十一年前の国の滅びに際してハルモニアに逃げた元ハイランド王国の貴族たちが、ハルモニアの支援を受け、隠れて暮らしていた最後の皇妃を無理やり担ぎ出し、王国復興を掲げてルルノイエを目指し進軍した動乱である。
フッチたちも統一戦争に協力していたとはいえ他国の揉め事ではあるのだが、ルルノイエ城を占拠した残党にはハイランド皇家に仕えていたカセギの里の忍びが加わっていたために、この事件は初めから他人事ではなかった。カセギの里は恭順の証として人質として、前頭領の娘であり現頭領の姉をデュナンに差し出していた。そのカセギの姫サクヤの身柄は、カセギの忍びに対抗しうるロッカクに預けられていた。そして彼女はサスケの愛した女性であり、つまり家族のひとりなのだ。このまま里の咎で処刑されるのを、黙って見ていることなど出来るはずがなかった。
結局、デュナンに偽皇妃と断定された最後の皇妃が姿を消して間もなく叛乱軍は瓦解した。ハルモニア本国では元ハイランド貴族に支援していた派閥がことごとく失脚し、表向き、一連の騒動は地方軍の暴走でありハルモニア神聖国の中央は一切関与せぬこととして片付けられた。
──ハルモニアが今さらハイランドを引っ張り出したこの動乱も、やはり裏では真の紋章を巡る思惑があったという。
だがその思惑が何であれ、あの物語の結末はハッピーエンドだったはずだ。
サスケはついに本当の意味でサクヤを手に入れた。統一戦争時の昔なじみも多くいた戦勝の宴でも、盛大に結婚を祝福された。
ジョウイは囚われていたジルとピリカを取り戻し、この騒動がなければ会うことはなかったかもしれない息子と、さらにクルガンとシードも連れて、遠い南の国へと帰っていった。今のセファルたちの故郷はトランの南に広がる海の、群島諸国連合よりもさらに遠く、東の果てにあるらしい。
その旅にはシフォンとカスミも同行している。まだ見ぬ異国への興味かもしれないし、ハルモニアから遠ざかりたかったのかもしれない。シフォンがカスミを連れ出したのも、女性が非力な二人だけという不便を慮ったのかもしれないし、ほかに何か思うことがあるのかもしれない。
彼らの船出を見送って、また今度、そう言ってフッチとセラは星見の島に、サスケとサクヤはロッカクに、そして自分は竜洞に帰った。シフォンとカスミが帰ってきたらきっとルックが呼びに来る、それは約束ではなかったが、シフォンが旅に出ればいつもそうだったから、今度もそうだと疑いもしていなかった。
それから三年目の、夏の終わり。
「フッチ! ねえ、フッチー!」
慌ただしく振ってきた甲高い呼び声に、その日の砦への物資搬入を監督していたフッチは小さくため息をつくと、手元のリストから頭上の中二階へと視線を上げた。
「シャロン、今度は何だい?」
手すりから身を乗り出しているこの金髪の少女は、何故か自分に懐いている。それも素直に大人しければまだしも、猫のように気紛れに近づいては離れ、機嫌の良し悪しすらも気紛れで、実に手を焼かせてくれる。さらには。
「お母さんが呼んでるよ! フッチにお客様が来たって!」
現竜洞騎士団長ミリアの一人娘なのだから、どうしようもない。
「僕に客?」
シャロンの言葉に、フッチは思わず目を眇めた。今いるのは砦の正面扉に面したホールである。客人が訪れたならばここを通ることになるはずだが、竜騎士の姿しか見た覚えがない。それに自分に用があるのならば、通りがかりに声くらい掛けていくのではないか。
──いや。
その可能性に思い至った瞬間、リストをもう一人の監督役だった同僚に押しつけると、フッチは急いで階段を駆け上がる。
分厚い扉を開ければ、親友に挨拶代わりに小突かれて、穏やかな笑顔と仏頂面が待っていて、その両隣に一人の女性がいる。それは何度も当たり前のように繰り返されていたことで。
しかし、応接間に佇んでいたのは思わぬ人物だった。
「レックナート様……?」
真っ白なローブと真っ黒な長髪を床に流すこの女性の姿を、あの箱庭のような島の外で見るのはデュナン統一戦争の時以来だった。そもそもフッチが直接言葉を交わしたことさえ、数えるほどしかなかったかもしれない。
「よう、俺もいるぜ」
「サスケ!」
すぐ真横から、ひょいと親友が視界に割り込んでくる。扉のすぐ脇に立っていたのだろう。
「どうして……? それに、ルックとセラは?」
困惑しつつ、サスケに肩を押されるまま応接間の中央まで歩みを進める。
「その二人のことで、お話があって参りました……」
レックナートは力無く、沈んだ声を紡いだ。
音もなく閉ざした目で振り返ったレックナートは、柳眉がひそめられ、瞼が閉じられていても悲痛な色は見るからに明らかだった。この部屋は明かりがいくつも灯っているのに、彼女の肌の色は一層青ざめて見える。
「僕にですか?」
浅く首肯を返す。そして、
「そうです。あなたと……サスケの二人に」
ローブから差し出された彼女の手のひらの上で、小さな金色のリングが一つ輝いていた。
かつてレックナートが愛し子たちに贈った、それは箱庭の門の鍵だった。
それがこの旅の始まりだった。
あの後フッチはすぐさまミリアに竜と領外活動許可を願い出て、サスケは南へ旅立っていった。
見つかるかもわからない。間に合うかもわからない。それでも行かなければ本当に何にもならない。お互いたくさんのことを飲み込んだような表情で、結局二人して少しだけ失敗した笑い方で、またなとだけ言いあって別れた。
竜騎士が竜洞を離れてトランとデュナンの国境を越えるための手続きには少し時間が掛かる。しかも道中は情報を集めながら進まねばならない。それでも二ヶ月もすればティントに抜けることが出来た。実際は思わぬ同行者を許してしまったが、ティントからグラスランドへはもう目と鼻の先だ。さらにはグラスランドの情勢を探っているうちに、ルックとセラの行方もわかった。ルックは名前を隠しているようだったが、セラが一緒なら間違いない。彼らは今はあの忌まわしき大国ハルモニアに身を置いているようだった。グラスランド侵攻軍にアルベルトがいるのもたぶん偶然ではないのだろう。その足跡を辿って国境のカレリアに行き着いて間もなく、炎の英雄と──ヒューゴと出会えたのは、果たして幸運か星の運命か。
炎の運び手に協力を申し出て、そしてフッチは見た。
星の名が刻まれた、約束の石版を。
十数年前の時と違って多くを占める見知らぬ名と、それでもあった懐かしい名。
そして三たび光が灯った自分の名。
けれど。
「驚いてくれるかな。嫌そうな顔されそうだけど。けど」
ここには誰もいなかった。
彼はもう、石版の前にはいなかった。
フッチは手を伸ばして、まだ誰の名も刻まれていないその星を、空白を、そっと指でなぞる。
「来たよ、グラスランドまで。君に、会いに」
それがあの日に選んだ道だった。
城門の外にひっそりとある約束の石版の、誰の名も刻まれていなかったその星は、今もまだ光を得ていない。他にもわずかに空白が残されている。
それが彼らの選んだ道なのだろうと、わかっているつもりだった。
それでも目の当たりにするまで信じられない気持ちが消えなかった、どうしても。
とっくに知っていたのに。
初めから、そのために来たのに。
ただ信じたくなかったのかもしれない。
だから真の火の紋章を奪うためにブラス城に現れた彼を見て、ヒューゴに己の目的を告げた彼を見て、もう目を逸らしていることは出来ないのだと思い知らされた。
ずっと、死ぬまで一緒の道を歩むのだと信じていた。
永遠に続くことなど何もありはしないと、とっくに思い知らされていたのに。
彼が死ぬなんて、一度も考えたことはなかった。
真の紋章がもたらす仮初めの永遠は、そういうものだと疑いもしなかった。
ずっと、いつか死に直面するのは自分やサスケだと思っていた。
それすら実感などなかった。
遙か遠い未来のことにしか思えなかった。
この道は、ずっと当たり前のように続いていくと、ずっと信じていた。
でも、そうではなかった。
明日の決戦ですべてが終わる。
もし負ければ、間に合わなければ、多くの人々が死ぬだろう。
もし勝てば、間に合えば、多くの人が死ななくて済む。
けれど。
たとえ勝っても、多くの人が死ななくて済んでも。
──すべてが終わったその後、ルックとセラは生きているだろうか?
西空に目を向けると、傾いた太陽の光がほのかに色合いを変え始めていた。
一〇四つの名前が刻まれた石版の前からは、レーテ城は逆光で黒い影のかたまりに見える。いつになく落ち着かない様子を見せるブライトの、首筋を何度も何度も撫でてやりながらフッチは目を眩しげに細めた。
「ここにいたのね」
逆光に立つ人影は、そう言うと大きく息をついた。
「捜させてしまいましたか?」
声と共に草を踏みつける音が近づいてきて、フッチはブライトをなだめていた手を止めてうっすらと微笑み返す。こうして彼女が来るかもしれないと思わなかったわけではない。むしろ来るだろうと思っていた。だからここにいたのかもしれない。
と、少し遠い距離で乾いた音が途切れた。
「ヒューゴくんから聞いたわ。あなたが」
躊躇うように彼女の声が途切れたのは、一瞬だけで。
「あなたが、あの遺跡の最深部に突入するメンバーに志願したって」
他にどうしようもないからそうしているだけのような、そんな曖昧な微笑を張りつかせたまま、アップルがフッチを見ていた。
「それで、あなたの教え子は何と?」
「絶句してから、困ったように私を見てきたわ。シーザーも才能はあるんだけど、そういうところはまだ子供なのよ」
彼女と言葉を交わすことに、かつてのような気負いはなかった。アップルもごく自然に苦笑する。
デュナンで和解した後もお互い多少の苦手意識は引きずっていたが、終戦して別れてからの十数年という時の流れは、そのぎこちなさも過去に流してしまうに足る時間だったのだろう。
「悪いことじゃないと思いますよ。まだ十七でしょう。シュウさんのように冷徹に振る舞えるほど、根っからのひねくれ者でもないようですし」
「そうね、もう十七だなんて、一人前扱い出来ないわ」
お互いあの頃のままの子供ではなくなったと、そういうことなのだろう。
「軍師としては甘いけど、──結局は私も甘やかしてるから、お互い様かしら」
くすくすと小さく笑うと、アップルはため息のように一つ息を吐いた。
「あなたたちのこと、話したのね」
すると、フッチはきょとんと子供のように目を瞬かせる。
「そんなことまで言っちゃったんですか」
「そうよ、言っちゃったわよ。さすがに驚いたわ、本当に」
思わず返答に詰まったシーザーに、ヒューゴは必死に承認を請うていた。
むろんアップルとて、ブラス城で紋章を奪われてしまった後、簡単にだが昔のルックのことを話しはした。過去に二度、同じ陣営に属して戦った者として、同じ一〇八星の一員だった者として。そして同様の者が他にもいることも。だがそれ以上のことは、自分が知った風に語っていいことではないと思った。
トウタも同様に考えたのだろうか、立ち入ったことに触れるのは避けていた。時を飛び越えたビッキーはデュナン統一戦争が終わるまでのことしか知らないし、考えこそ読めないがジーンも徒に触れ回るような人間ではない。
だから当人が言わなければ、あんなことをヒューゴが言えるはずがないのだ。
──フッチとあの魔術師たちは家族のように仲の良かった友達だからとか。フッチは本当は、いなくなった彼らを捜して追いかけてグラスランドまで来たそうだからとか。
アップルが呆れ返ったように再びため息をついてみせると、フッチは困ったような苦笑を浮かべた。
「少しだけ。狡いかなとは思ったんですけど、訳ありですかって志願の理由を訊かれたんで」
故郷を守りたくて旧き英雄を求めて、自身が新たな英雄となった少年。
きっとヒューゴは守りたいものを守り抜けるだろう。これから真の紋章によって時の流れから外れてしまっても、真の火がもたらす呪いを背負わなければならないとしても、それでも今の戦乱が終わりを迎えた時、その手には失ったもの以上に、多くのものが失われぬまま残されていることだろう。
「ルックたちに殺された人の仇を取りたいって思っている人は他にもいるからと、そう言われてしまって。それは否定しておきたかったんですよ、やっぱり」
そんな彼に自分たちのことを話すのに、躊躇いがなかったわけではない。泣き言のようになってしまう気がしたからなのか、運命か何かを恨んでいる気がしたからなのか、それとも。
「そう……そんなことを知ったら、心情的には突っぱねられないわよね。少なくともヒューゴくんや、それにクリスさんは全面的にあなたの味方」
そう言って、おどけたように少し肩をすくめる。
「で、軍師殿のお考えは?」
しかしこの問いかけに、さっとアップルの笑みが消えた。
「戦力的には問題ないとシーザーは判断した。あなたは強いし、それに彼の手の内も知っているでしょう。私も同じ考えよ。でも」
シーザーは結局、決定を保留した。そして昔のことなんて何も知らない自分では首を突っ込みにくいと、気の抜けたような困り顔に苦笑を浮かべて、すっかり匙を投げてしまった。
「あなたがルックに剣を向けられるなら、だけど」
まっすぐと見据えてくる、彼女の双眸はそれでも揺れていた。
あの時、言葉は一つも交わさなかった。
視線すら交わさなかった。
彼はきっと、城門の奥に自分がいたことすら気づいていなかっただろう。
ヒューゴから真の火の紋章を奪うためにブラス城に現れた彼を見て、己の目的を告げた彼を見て、もう目を逸らすことは出来ないのだと思い知らされた。
また髪を短く切っていたけど。
声の響きは、とても硬くなっていたけど。
見間違えるはずがない。
あれはルックだ。
僕のもう一人の兄で、『家族』なのだ。
「私は、これを問わねばならないわ。あなたたちがずっと一緒だったことを知っているから。共に戦った者として以上の絆があることを、知っているから」
子供の頃に聞いた英雄物語の魔王は、憎まれ倒される、悪でしかなかった。
「私なんかよりずっと、あなたたちの方が辛いに決まっているから。だからこそ、私は問わねばならないわ。あなたは、本当に」
彼もそうして憎まれ殺されるだけなのかもしれないけれど。
「本当に、行けるの?」
それだけなのかも、しれないけれど。
「ルックを殺すことが出来るというの?」
わざと包み隠しのない言葉を選ぶアップルに、フッチは少し目を細めると、ほろ苦く微笑みを滲ませながら、肯いた。
「その覚悟もなしに、あんなこと、言えないですよ」
覚悟なんて、もはや決めるものですらなかった。
「ずっと考えていました。僕はいったい何のために、ここまで来たのか」
だが、本当にそれだけだろうか。
それだけではない道も、すぐそこにあるのではないか。
「僕に何が出来るのか。それに──僕は、どうしたいのか」
一〇八星という、そんな運命じみた枠組みは、それでも決して心を支配するものではない。ならば、この感情は運命のものではないのだ。紛れもなく自分のものだ。
「じゃあ彼を止めたくて、グラスランドまで追いかけて来たの?」
「少し、違うかもしれません」
かつて取り返しの付かない決断から彼は引き戻してくれたけど、一人で行ってしまった彼はもうとっくに取り返しの付かないことを決めてしまったのだ。
ひび割れるように笑みが声が歪む。
目が涙で熱くなったわけでもないのに、泣きたくなった。
「でも『あの人』は今ここにいなくて、『あいつ』はもうじき何処にもいなくなる」
どうして今この場所に一番いてほしい人が、あの人が、いないのだろう。
「だから僕は伝えるためにも、せめて最期まで見届けなきゃいけないんです」
これから自分たちは、家族を失う。
大切な家族である二人を、失ってしまうのだ。
「だから、行かせてください」
この手が、離れてしまったから。
離れてしまったこの手が、もう届かないから。
「あいつに会わなきゃいけないんです」
選んだ道が、別れてしまったから。
「これが最後になってしまうなら」
ずっと、死ぬまで一緒の道を歩むのだと信じていた。
永遠に続くことなど何もありはしないと、とっくに思い知らされていたのに。
彼が死ぬなんて、一度も考えたことはなかった。
真の紋章がもたらす仮初めの永遠は、そういうものだと疑いもしなかった。
ずっと、死に直面するのは自分やサスケだと思っていた。
それすら実感などなかった。
遙か遠い未来のことにしか思えなかった。
この道はずっと当たり前のように続いていくと、ずっと信じていた。
でも、そうではなかった。
首に掛けていた紐を引っ張ると、通してあった小さな金色のリングが二つ、服の下からこぼれ出る。
一つはずっとずっと前にレックナートから皆に贈られた物、フッチのための鍵。
もう一つはあの日レックナートから託された、あの箱庭に置き去りにされていた、ルックの鍵。
明日、すべてが終わる。だから。
「僕はそのために、来たんだ」
二つの金色をきつく握りしめて、フッチは青く暮れてゆく空を見上げた。
明日、すべてが終わる。
この戦争も、彼の願ったことも。きっと彼の苦しみも。
そして二度と『家族』が揃うことはないのだろう。
だから、どうしても伝えなければいけないことがあった。