道 、 重 な り て
 道 、 重 な り て




 たぶん、兄のような人。
 しばらく一緒にいて、気が楽になれた。
 ……忘れないまま生きようと、思えるようになった。


 再会したときは、だから、話したかった。


 いろいろなことがあった。とりあえず、三年ぶりに会った解放戦争時の知り合いなんかに驚かれるぐらいには、自分は変わったらしい。
 背が伸びた。言葉遣いが変わった。その辺りのことなら、フッチも自覚していることだったが。
「そういえば――」
 ふと。まだ少し湿ったままの土色のクセっ毛にタオルを引っかけたまま、愛用の槍に手を伸ばして、気づいた。
 鍛錬の後に水を引っかぶるのも日課、ここで髪を拭くのも日課、でも、気づいたのは今日の今だ。
「同じぐらい……だったよな」
 少し汚れた鏡に映る自分。
 背が伸びた。大人に近づいた分だけ、あの頃の、あの人ぐらいには。
「何が?」
 隣でサスケが、フッチのつぶやきを聞きつけて問うてくる。
「いや、ちょっと――あれ?」
 しかし、それに気づいたために話は途切れたのだった。


 それは突然の来訪者。ふにっと、足下にすり寄ってきた、白いもの。
「きゅい?」
 なんとはなしにシフォンがそのまま見ていると、それは芝生の上に投げ出されたままの足によじ登り、膝の上から深い藍の瞳で見上げてきた。
「……」
 白くて小さな、たぶん、生き物は。
 ちびの脇の下に手を差し入れ、シフォンは自分の目線にまで持ち上げてみる。すると何が嬉しいのか、ぱたぱたとしっぽを振り子のように振りながら短い手を精一杯伸ばしてきた。
 飛ぶにはまだ大きさも力も不足だろうが、翼だろう、ちびの背中にあるのは。
「さて、と……」
 とりあえず。白いちびを膝の上に下ろすと、なにやら慌ただしい足音が徐々に近づいてくるのを待ってみることにした。それが最良の選択というものだ。
「あぁあっ!!? シ、シフォンさん!!」
 案の定。建物の影から飛び出してすぐさまこちらに気づくなり、
「そそ、そいつ、何か変なコトしませんでしたか?!!」
 それこそまさに血相を変えて、フッチが走ってきた。少し遅れて、当たり前にサスケもついてきている。
「変なこと?」
 いたって御機嫌らしいちびを、フッチのところの子だったかと思いつつ軽く頭を撫でてやりながら、シフォンは聞き返した。
「え、と――」
 フッチがうっと言葉に詰まると、
「セファルにシカト、俺も最初触ろうとしたとき噛みつかれた」
 隣で、にやにや笑いながらサスケが代わりに答える。それに対しフッチは不満そうに睨むが、何も言い返さないところを見ると事実ではあるのだろう。
「へえ……それは。でも大丈夫、僕はそういうことになってないから。大人しくしてたよ」
 さすがに苦笑がこぼれた。触れてくる左手にじゃれついてくる白いちびは、そんなに人見知りが激しいのか。
「動物は飼い主に似る……」
「サスケ!」
 かっと赤くなって耳元で怒鳴るフッチに、サスケは大仰に耳をふさいで目をそらす。なおもフッチは友人に言い募ろうとするが、
「フッチ、このちび助、名前は?」
 一瞬の隙を縫うように滑り込んできたシフォンの問いかけに、ぱっと切り替わると、片膝を落とした。
「ブライト、です」
 その変わり身の素早さに、後ろでサスケが口を尖らせていたが。
「竜?」
「まだ、はっきりとはわかりません。竜洞では、こんな真っ白なヤツ、見たことがないし……」
 手を伸ばしてきたフッチの存在に気づいて、白いちび――ブライトがそちらへ抱き上げてくれるのを待つように手を伸ばし返す。
「でも、何にせよ、こいつは僕が面倒見るって決めたんで」
 抱き上げられすり寄ってくするブライトに顔をほころばせながら、フッチがそう言葉を続けた。
「フッチ、なんか変わったね。ハンフリーの教育の賜物かな?」
 それを見てシフォンはしばらく目を見張っていたが、やがて小さく笑いながらそう言った。
「そう、かな……自分ではよくわからないんですけど」
「なぁなぁ、こいつって前はどんなだったんだ?」
 それを耳にし、照れ笑いをするフッチの横から興味津々といったようにサスケが割り込んだ。
「サスケっ」
「ん。前、ねぇ……」
 考え込むようにシフォンが首を傾げた刹那。
「別にたいして変わってないじゃない。ガキはガキのままだよ」
 さらりと降ってきた素っ気ない声から一拍置いて、ルックがシフォンの隣に忽然と現れた。
「ルック」
 そして、身も蓋もない言い方に苦笑をにじませるシフォンにずいっと詰め寄ると、
「あのねぇ、シフ。昔じゃあるまいし、こういうところに隠れないでくれる? 君がいないいないってわめく馬鹿が多くて、しかも、なんでよりにもよってそれが全部僕のところに来るのさ……」
 ルックはうんざりと吐き捨てながら睨みつける。
「それはルックがいっつもわかりやすいところにいるからじゃないか」
 その怒気はさらりと受け流され、返されたのはさも当然とばかりのシフォンの即答だった。
「…………」
 よりいっそうルックの視線に含まれる険悪さが増すにも関わらず、シフォンは何処吹く風とばかりに笑みを湛えている。フッチもたいして気にしていないようだが、サスケはその不穏さに過敏に萎縮していた。
「おまえさぁ、こーゆー中で平気なわけ……?」
「うん? よくあることだし」
 小声で交わしながら、慣れとは恐ろしいものだとサスケは憮然とした顔をする。と。
「あ、そうそう聞き忘れてた。なぁ、フッチ。ここに来て、初めてこれと顔会わせたとき、なんて言った?」
 何がそんなに楽しいのか、ルックを指差し"これ"呼ばわりして、にこやかにシフォンがフッチに訊ねた。すかさずぴくりとルックの眉が跳ね上がる。
「ちょっと」
「え、えーと……」
「君もわざわざ思い出そうとしなくていいんだよ!」
 ルックは腹立たしく怒鳴るが、
「きゅ?」
 フッチの腕の中に収まっていたブライトの、首を傾げて大きな藍を瞬かせ上げた一声に、一気に畳みかける勢いを崩された。しかし小動物には彼お得意の皮肉も嫌味もまったく通じはしない。
「……あ」
 それを見ていたフッチがぱっと顔を輝かせたかと思うと、シフォンを手招きし、その耳元にこうささやいた。
「"見つかったんだ、よかったじゃない"って、言ったんです」
 いつもと変わらぬ素っ気ない口調で。
 それでも彼が自分から口を開くことは非常に稀だからと、横でセファルやナナミらがたいそう驚いていたような気もするが。
「そう言ってくれたんです」
「そっか」
 そして顔を見合わせ、また、笑った。