道 、 重 な り て
 道 、 重 な り て




 初めて、恋と呼べる想いを抱いた人。
 必死に生きる、意味を思い出させてくれた。
 ……叶わぬとわかっていても、褪せることなく。


 再会したときは、だから、嬉しかった。


 この恋は、とめおかれるものと思っていた。
 あの日のまま。あの月の夜のまま。
 始まりも終わりもない、このままで。
 そんな半ば諦めにも似た境地だったのが、それが、数年を経て、しかも異国の地で、こうしてまみえることになるとは。
「またお会いできたことを、嬉しく思います……」
 また、こうして話しかけることが叶う日が来るとは。
「うん……カスミも元気そうで、何より」
 また、こうして声を聞くことが叶う日が来るとは。
 ずっと思い出になれていなかった想いが、息を吹き返すのがはっきりとわかる。
 ――自分は、この人が好きなのだと。


 近いようで遠い。
 あの最後の夜が明けて、告げられた言葉に。そうつぶやいて淋しく笑ったのはシーナだったか。
 ただ簡潔に事実だけを述べる彼に、驚きでもって応える者と、そして、やはりとばかりに納得する者と。
 カスミは前者でしかなかった。
 それでも、知らせる人間に選ばれるだけ、近かったのかもしれない。
 けれども、やはり、自分はまだ――遠かったのだ。
 この夏の夜空に散る星のごとく、遠いのだ。
 それは他ならぬ自分が一番よく理解していることだ。
 だからこんなことを訊きたいと思うのだ。
「なぜ、皆に何も仰らずに出ていかれたのですか……?」
 たとえば。
「出ていった、理由?」
 いつもそばにいたあの人たちなら必要のない言葉だろう。
 意味などない、愚かな問いかけになるのだろう。
「お引き留めが叶わずとも、せめて」
 けれども。
「せめて。お見送り、したかったです」
 くっきりと刻まれた一線の外にいる己には、必要なのだ。
 問わねば知れぬ、愚かな己は必要としてしまうのだ。
「それは、……ああ、そうかもしれない。うん」
 困ったように苦笑しながら、シフォンは頬をかく。背後のホールから漏れる灯りだけでは、お互いの表情をはっきりと見て取ることは叶わないけれど。
「でも、みんなと会ったら…さ、出ていけなくなっちゃいそうで」
 綴る言葉は歯切れ悪く、少年のそのままに、はにかむように。
「僕も、本当のところは覚悟を決め切れてなかったんだ」
 ささやかな声で、言った。
「だからこっそり出てったんだ。未練がましいから、僕も」
 こぼれていくばかりなのに、それでも、このままがずっと続けばという望みを捨て切れない自分がいたから。
「……あの、えっと、それって」
 つまり。
「内緒、な」
 言いかけたカスミの言葉をさえぎり、イタズラをした子供のようにシフォンが笑う。
「はい。内緒、ですね」
 すでに光が茜に染まっていてよかったと思いながら、応えるように、カスミも笑顔を見せた。
 それと同時に浮かんだ、自惚れた考えも、内緒。
 思えば、いつからだっただろう。
 それだけではないと、カスミが知ったのは。
 尊敬だけでなく、思慕を抱くようになったのは。
 ああ、そういえば。
「――内緒話、これで二つめですね」
 ぽつりとつぶやくカスミに、シフォンがぎょっと肩をすくめた。
「そう、だっけ?」
 思えば、カスミがシフォンと初めて出会ったのも、戦争のさなかだった。故郷を焼かれ、それでも走った湖上の砦。
 帝国と相対する解放軍のリーダーが、自身と変わらぬ年であることにまず驚き。
 戦場での姿に、さすが革命軍の将たる人物だけのことはあると尊敬の念を覚え。
「ええ、そうです」
 くすくす忍び笑いをこぼすカスミに、シフォンはばつが悪そうに渋面を浮かべる。
「もうお忘れになられました?」
「ああ……いや、思い出した」
 あの頃もいろいろあった。
 いくつもの戦があった。
 いくつもの命が失われた。
 いくつもの命を奪った。
「誰にも、話しておりません」
 いくつもの死を、悼んだ。
「……不公平だ」
 むすっとした低い声で、不意にシフォンがつぶやいた。
「なんだか、……僕ばかりみたいで」
「そうかもしれませんけど、そうじゃないです」
 矛盾したカスミのこの物言いに、不思議そうな顔をするが。
「そういうものかな?」
「そういうものです」
 ふわりと微笑んだ。
「きっと」
 遠いようで、もしかしたら。
 少し、近い。