道 、 重 な り て
 道 、 重 な り て




 どうしようもなく、厄介なヤツ。
 何度もこの僕の手を、煩わせてくれてさ。
 ……それでも、嫌いには、ならないでいてあげたけどね。


 再会したときは、だから、気になった。


 らしくもない。本当に、らしくない。ったく。
 何も変わらないくせに何か変わっている。真の紋章の継承者というのはそういうものだ。時の流れから切り離されたようでいて、しかし時は等しく降り積もるものだから。
 これは。――何と、呼ぶべきか。
「ルックといると遠巻きにしてもらえるから、便利だよなぁ……」
 ぐてりとそこそこ太い木に背を預けたシフォンが、気の抜けた声でそうつぶやいた。
「何したいのさ」
 湖を望む崖近く、背後に広がるのは牧草地と畑。
「……今は、だべってるだけでいいや」
 リーヤンの端と言うべき場所だ。
「いい迷惑なんだけど」
 シフォンがこちらへ来てから、他人の言う定位置は定位置でなくなった気がする。うんざり感を盛大ににじませながら即座に切り捨ててしまうと、
「つれないなぁ……」
 ねだるような――実にわざとらしい――眼差しを、ルックはめいっぱい浴びせられた。
「話し相手なら他にもいるだろう」
 それは確かだけれども。
「だってみんな訊いてこないからさ。これまでのことは」
 それも確か、だった。
「訊いてほしいわけ?」
「あ、そんな露骨に嫌そうな……」
 そうやって寂しそうなふりをするのも大仰すぎて。
「一人で勝手にしゃべってれば? 聞いてあげる保証はしないけど」
 つきあいきれないとばかりに投げ遣りにルックが言い捨てた刹那、風向きが変わった。
「僕は変わった?」
 突然の問いかけかもしれない。
 必然の問いかけかもしれない。
「それを、君は僕に訊くの」
「君だから訊くの」
 答えてはくれないと、わかっているから。
「そう。なら――懐かしかった、とでも言ってあげようか?」
 時はその流れをとどめることなどありはしないから。
「……そう、か」
 これは。こういうことは。
 懐かしい、と呼ぶべきなのだろうか。


「来て、よかったと思う」
 ささやくような微かさで、ぽつりぽつりと。
「よかったと、思えるんだ」
 悠々と階段を降りながら、独り言のように。
「たぶん、これがひとつめの答え」
 一瞬だけ歩みを止めて、シフォンは傍らに向けて言った。
「気楽なもんだね」
 ルックの細められた目には呆れの色が濃い。
「ちょっとだけな」
 静かな答えは、言葉通りなのかも定かでないから。
「何が"ちょっと"なのぉ?」
 ひょいと、誰もいなかったはずの二人の背後から、長い黒髪を揺らしながらビッキーが顔をのぞかせた。
「……また失敗かい」
 嘆息一つ、うんざりとした面持ちを強めたルックが、シフォンが口を開く前にそう言い捨てた。一瞬前にあったのは、微かな空気の揺れ。
「そうー。えへへ。でも、今回はお城の中だよぅ」
 まったく悪びれた様子もなく、ふわふわとビッキーは笑う。
「そういう問題じゃない」
「それはよかったね」
 まったく方向を異にした発言が、二人の口から同時に紡がれた。
「あ。シフォンさんだ、こんにちはー。……あれ、久しぶりって言わないといけないのかな?」
「僕はどっちでも構わないよ。でも、久しぶりかな」
「じゃあ、久しぶりぃ」
 常人とはワンテンポずれた会話の隣で、頭痛でも持ったかのようにルックは眉を寄せる。
「シフォンさん、何かいいことあったぁ?」
 ほら、唐突で。
「ん……ああ、ちょっと――かなり、かな」
 それを聞いて、そうかそうかと、一人ビッキーが首肯を繰り返し納得を動作で表した。
「それでシフォンさんもルックくんも嬉しそうなんだねぇ♪」
「その呼び方はやめろって何度言わせれば気がすむんだい」
 間髪入れず横合いから飛んできた怒気に、ビッキーが笑いながらきゃあと身をひるがえし、シフォンの影に隠れるような位置に逃げ込む。
「ルックくんすぐ怒るんだよぉ」
「へぇ」
「だから…!」
 長々としたため息をつくルックに、シフォンが意地悪く口の端を歪め、
「ビッキーと仲いいんだなぁ」
 それは質問というよりも、むしろ。
「冗談は性格だけにしときなよ……」
 うんざりとルックは言い捨てる。
「そっちこそ」
 シフォンは即座に切り返す、が。
「なに、冗談にしたいわけ?」
 打てば響くのごとき即答に、シフォンはしばし視線を虚空にさまよわす。そして。
「…………いい。遠慮しとく」
 額に手をやり、くらりとめまいを起こしたかのような仕草をわざとらしくしながら、辞退を申し出た。
 一瞬、とんでもなく恐ろしい想像が脳裏をよぎったから。
「にこやかなルックなんて世界の終わりだよな」
 とても真剣なふりをして、そんなことをシフォンはしみじみと言い放った。
「なんか引っかかる言い方するね」
「まだまだ。ルックには及ばないさ。ねぇ?」
「ん〜?」
 不意に同意を求められきょとりとするビッキーに、それこそ、つきあいきれないとばかりにルックは首を振った。
「私もね、みんながいて嬉しかったよぉ」
 しかもビッキーはまた話題を飛ばすから。
「僕もね、嬉しかったよ」
 さらにシフォンはそれになんら抵抗なくついていくから。
「気楽だね……」
 そしてルックは憮然と息をつくから。
「まぁ、わりとね」
 楽しいのかもしれないから、微笑んだ。