「ああ、雪か」
 グレッグミンスターでもこんなに積もることがあるのかと半ば感心しながら、上着を羽織って彼は窓を開けた。
 目が覚めたとき外があまりに明るくて、驚いたけれど。
 なんてことだろう、大雪だ。
 吐息の白靄の向こうにまっさらな世界を見渡す。
 こんなにも雪が降って、朝も早いから。
「静か――…でもねぇな」
 広い庭を彷徨っていた視線がそれを見つけたから。
 思わず、小さく笑ってしまった。
 しっかり着込んでいる姿からして、他の家人も起きているのだろう。
 自分が一番ではないし二番でもなさそうだというのは、少々つまらない。けれど、最後でもなさそうだというのはせめてもの救いか。
 しかし、それにしてもだ。
 まっさらな雪の上というのは、どうして。
「あいつ…」
 なんでもいいから跡を付けたくなるのだろう?
「ガキだなぁ…」
 まだ誰も触れていない場所ばかりを選んで、雪を蹴って、足跡をつけて。
 雪に足を突っ込んだ角度が深かったのか、逆に足を取られた彼が見事に仰向けに転けて。
「あ、おはよー」
「ああ、おはよう。何やってンだよ」
 二階の窓から身を乗り出して、軽く笑ってやった。
「下りてこないの?」
「残念なことに起きたばかりだっつの。ちょっと待ってろ」
 下の親友にそう言うといったん窓を閉めて、慌てて着替えだす。常にこの屋敷で暮らしているわけではないけれど、とてつもなく泊まることが多かった。ありがたくも自分のためにいろいろと置いてもらったりもしてる。
 とにかく親友に負けじとしっかり着込んで、そのとき。
「ぅわっ!」
 張り上げられた大声。同時に、どどどっという音が外から聞こえた。
 何事かと窓をもう一度開けると――すぐそばの大木に積もっていた雪が滑り落ちたらしく、こんもりと小さな山が出来ていた。
「生きてるかー?」
「当たり前だろ。それよりまだー?」
 急かすような声に、ふと。思いついた。
「今行くって」
 にやりと笑って。
 窓枠に足をかけると、その山に向かって飛び降りた。
「何考えてんだよ!?」
 驚いた親友が、舞い散った雪の粉をかきわけて落下地点に走ってくる。
 けれど。建物の二階からあれだけ積もったやわらかな雪の上に、こんな小さな身体で飛び降りたところで、怪我なんてどうせしない。
「あー、うん、やっぱ一瞬だな」
 体勢がくるりと回って、背中の方から落ちたから、
「……何やってンだよ」
「飛び降り。けど………起こしてくれー、立てねー」
 なんだか少し埋まってしまったらしくて、手足をじたばたしてもどうやら起きあがれそうにない。
「ったく〜」
「わりー」
 親友の手を借りて、引っ張り上げてもらう。と。
「…」
「――ぉ?」
 あ、と思った瞬間には、再びずぼっと身体は雪の中。
「何すんだー!」
「手、離したー」
 言わなくてもいいことを言って、親友は声を上げて笑った。
 なんだかおかしくなってきて結局、二人揃って大声で笑った。
 広い家の広い庭で、小さな子供のように転げ回って雪まみれになった。






 舞い散った雪の粉が、朝の陽を浴びてきらきらしていた。
 皓くて眩しくて。
 少しだけ、涙がこぼれそうになった。