「ずいぶんと積もったのね…」
 窓を開けば。世界があまりに眩しくて、くらくらとした。
 けれどさすがに、少し立て付けの悪い窓から飛び込んできた風は冷たすぎた。思わず上掛けの前を強く引き寄せて、仕方がないので窓も閉めようと手を再び伸ばす。と。
「――あれは」
 手を止めて、思わずくすりと笑みをこぼした。
 この村は中央の広場を囲むように家々が並んでいて、ここはその中央に面しているから。
 こんな日は絶好の遊び場になるだろう広場が、よく見えたから。
「まったく、なにをしているのかしらね」
 こうして見ているのも、きっと気づいてはいないだろう。早起きの子供たちと一緒になって、雪と戯れている彼は。
 誰かに腕を引っ張られて、周りの子もろとも雪の上に転がったりとか。
 木を蹴飛ばして、枝に積もった雪を落としてみたりとか。
 真新しい雪は固くないから、彼が巻き上げてやればちらちらと粉になって、子供たちの上に舞い散った。
「子供みたいなんだから」
 呆れたつぶやきを唇にのせて、窓を閉める。水滴がびっしりとついたままでは、到底ガラス越しに外を見ることなど叶わなかった。
「…………まったく」
 いつものようにはためく青がないから。
 彼が本当に子供のように笑ってるから。
 ――ふと、思ってしまった。
「どうかしてるわね…」
 苦笑を浮かべて。
 手早く身支度を整え、深いワインレッドの外套を羽織った、ところで。
 ぼすっという鈍い音が窓を響かせた。
 先ほど開けていた窓からだ。何だろうと思っていたら、もう一度、ぼすっと音がして、ガラスに何か白いものがついた。
「まさか」
 窓に駆け寄って、開けると。
「おはよう!」
「おはよー!」
 彼の言葉を、子供たちがたどたどしく繰り返すのは、きっと微笑ましい光景なんだろう。
 けれど、彼も子供たちも、雪玉を抱えているのはどうしたことか。
「今、投げたわね?」
 その雪玉を。この窓に。
「起きてたんなら声ぐらいかけてくれたっていいじゃないか、こんなにすぐそばなんだから!」
 問いに対する答えなんて返ってこない。
 彼は明るく笑いながら、そう言ってきた。おそらくは子供たちの一人が気づいて、彼に教えたんだろうけれど。
「えぇと…」
 あふれた苦笑は、先ほどとはまったく違って。
「もう、あなたって人は!」
「? 俺がどうかしたのか?」
 深い青を瞬かせ、不思議そうな顔を彼がする。
「楽しそうね!」
「ああ、下りてこいよ。どうせこの雪じゃ山は越えられないぜ?」
 つまり出発は出来ないから。
「私にも雪で遊べって言うのね?」
「言ったが?」
 何の迷いも躊躇いもなく、無邪気に笑い返すのだから。
 本当に。本当に、彼は。
「……」
 彼を見下ろしていて、その雪のかたまりに気づいてしまったから。
 ちょうど今開けている窓が出窓で大きかったから。
 何故だか、そんな気になってしまったのだ。
「今、行くわよ!」
 窓を全開にして、窓枠から大きく身を乗り出して。
 何故だか、飛び出してみたくなったのだ。
「――っ!」
 雪の上に落ちるというのはどんなものか、結局わからなかったけれど。
「…………え?」
「ったく、驚かすなよ…」
 雪の上に座り込んで、大袈裟に安堵のため息をつく、彼がすぐそばにいたから。
「あぁ、なぁんだ」
「なんだって、何なんだよ」
 膝の上にいるままで笑い出したら、彼は怪訝そうに眉をひそめる。
「なんでもないわ」
 煙に巻くかのように微笑んで立ち上がろうとすると、雪の上が思っていたより不安定で、足を取られて転けてしまった。
 しかも、今度は彼の上ではなくて。
「……やだ、埋まっちゃった」
 咄嗟についた両手は、突っ張ろうとしてもずぶずぶと沈んでいくばかり。
「仕方ないな」
 立ち上がった彼は、手を差し出す。
「無茶なコトするからだ」
「あなたのせいよ」
 すぐさま言い返された一言は、どうにも謎めいていて、彼はまた不思議そうに目を瞬かせた。
「あなたって子供みたいにはしゃぐんだから」
「……それは」
 言った途端、ぱっと手が離されて。
「――きゃ」
「例えば、こんな風にか?」
 再び雪にはまってしまう。
 見上げると、いたずらっ子のように笑うのだ。彼は。
「…ええ。そうよ、そうよ!」
 こんなことでいちいち怒る気にはならない。
 だって、彼はそんな人なのだから。
 好きになった人は、そんな人なのだから。
「二度はなしにしてよね」
 そんなことは、言わないけれど。
 今度はしっかりと手をつないで。
 今度こそ立ち上がらせると、冗談めかした仕草でもって、彼はダンスホールにでもエスコートするかのように平らな場所まで手を引いた。
「これでよろしいですか、お姫様?」
 のぞき込んでくると、彼は秀麗な笑みを見せた。
 なんだかおかしくなってきて結局、二人揃って吹き出した。
 それから、子供たちと雪合戦なんかもして、雪まみれにもなった。






 一面の白い大地が、朝の陽を浴びてきらきらしていた。
 皓くて眩しくて。
 こんなささやかな時間が、ひどく愛おしかった。