winter garden #1



 廊下に立つその姿を認めた刹那、固めた拳を力任せに叩きつけていた。
 荒事に不慣れな手は二度目の酷使に痛みを訴えるが、どうでもよかった。さしたる抵抗の素振りもなく殴られ、廊下に倒れた男を見下ろして、千尋は荒い息を吐く。と。
「氷上さん!」
 慌てて駆け寄ってきた藤尾が、すかさず右手をやんわりと押しとどめた。
「ったく、これ以上は無茶しないでくださいよ、あんた自分が火傷だらけってわかってるんですか」
「別に。痛みはない」
「今は頭に血が上ってるからです! 勘弁してくださいって……」
 藤尾は心底呆れたように言い放ち、その視線がさっと撫でるように千尋の腕に巻かれた包帯や、頬や額を覆った絆創膏の上を彷徨ったが、結局は何処にも定まらぬまま何処かへ投げ捨てられた。
「それに、殴ってやりたいくらいなのは俺も同じですよ」
「……そうしてくれて、構わない。天城の暴走を止められなかったのは、私の責任でもある」
 廊下に備え付けられた長椅子に手を掛けて身を起こした男が、うっすらと血が滲んだ口元を粗雑に拭いながら、吐き捨てるように言った。
「まさかあの不完全な状態で、最終フェイズまで強行するとは思っていなかった」
「そんなことを言いたいんじゃない!」
 思わず怒鳴ってしまってから、千尋は深く息を飲み込む。
 サイバーコネクト・ジャパン本社ビル火災による多数の負傷者が運び込まれた院内は非常に慌ただしく、この程度の怒声を咎める者は誰もいない。
 それでも今、このフロアには。
「氷上主任……」
「何が神だ。そんなものを追いかけて、挙げ句の果てにこのざまだ」
 今、このフロアにある集中治療室には、出火元の隣室から辛くも救出されたプロジェクトG.U.関係者が収容されている。全員が意識のない状態で床に倒れていたため煙を吸うことはほとんどなかったようだが、火傷も負っており、何より昏睡状態に陥っていて重体であることに違いはない。そして。
「神作りだの支配だのと、そんな莫迦げた妄想のせいで、どれだけの人を巻き込んだ」
 引きずり込まれた、彼らは目覚めない。
「そんなことのために、どれだけの人が」
 エノコロ草を手に彷徨い続けるエルクの、傍らに居続けたカイトは。
 思い詰めた眼差しでそれでも笑顔を貼りつけて、プロジェクトG.U.の招請に応じると千尋に告げた、海斗は。
「あいつは」
 還れなくなった、彼は。
「ただ、おまえらが殺した放浪AIを捜していただけだった、助けたいだけだった……」
 取り戻したい、だけだったのに。








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事故当日。この日一日で天城殴って番匠屋殴って、千尋は大変です。
藤尾は「バルムンクさん」と呼んだり「氷上さん」と呼んだり、たぶん状況と気分で使い分け。でもってカイトとも何気に交流してました、きっと主な話題はヘタレ兄貴分/ヘタレ上司について。