Silly-Go-Round #2



 蒼い、炎。
 それでも懐かしさを感じなかったのは、それには決定的なものが欠落していたからだ。
「君、何……?」
 思わず目を眇めて問うたエンデュランスの胸の奥で、ちりりと何かが燻った。
 現れたそれに対して、肩の上で『ミア』が威嚇するように身を低めたのが気配でわかったが、敵意を向けているのはわかったが、憑神の力を振るえ薙ぎ払え消し去れと囁かれているのはわかっていたが。
 こちらを見上げたまま見つめたまま何も言わない、それは。
「彼じゃ、ないくせに……」
 視線を向けて読み取れた、浮かび上がったそれの名前に奥歯を噛む。
「君も彼じゃないくせに、なのに――どうして君まで、僕の前に現れるのさ!?」
 上擦って掠れた悲鳴のような声で吐き捨てて、手の中のコントローラをきつく握りしめる。
 そうだ。
 失くしてしまった、『正しいこと』は、こんな形だった。
 けれどそれは、もう失くしてしまったのだ。
 なら、この亡霊は何だ。
「いなくなったのに……」
 失くしてしまったことを、失くしていることを、思い出させる、突きつける、この亡霊は何だ。
「僕を置いて、二人ともいなくなったのに、どうして」
 灼きついたように目の奥が熱くなる。
 何も答えてくれない。
 ミアも、カイトも。
 どうして。
「僕を、ひとりにしたくせに……っ!!」
 ふと慰めるような猫の鳴き声がして、ようやく、それがもう何処にもいなくなっていたことに気づいた。
 誰もいないことに気づいて、ようやく、視界が濁るように滲み始めた。
「……嫌だよ、こんなの、もう、思い出したくなんかないのに……」
 本当は知っている。覚えている。
 『ここ』には誰もいない。



 会いたいよ。それは、決して言ってはいけない言葉。
 どんなに願っても叶わない。



「カイト」
 目覚めは、必ず彼女の呼び声から始まる。
 微睡みのような鈍い感覚は、夢を見た後に残る残滓だ。ここに肉体はなく脳はなく、その気怠さも生理的なものではありえない。
「アウラ……、おはよう」
 だが今こうして喉の奥で声を引きずっているのは、流れ込んできたデータなどではなく。
「……カイト」
 アウラが僅かに目を伏せ、カイトの手に自分の手を重ねる。
 感じる、あたたかさすら苦しい。
「かなしい夢を、見たのね」
「僕にとっては夢だけど、あれが現実なんだ」
 複製された薄明の腕輪から伝わってきたのは、今は決して触れられない現実だ。
 白猫の姿を象ったAIDAを伴って、ミアであってミアでない存在を伴って、エンデュランスが、エルクが、カイトの面影を持った蒼炎の騎士を、カイトであってカイトでない存在を詰ったのは、現実だ。
「……ごめん、アウラ」
 憂いに陰った少女の双眸から、カイトは目をそらす。
 触れられないのは、彼女も同じだ。カイトが夢に見た光景を、アウラも見ている。世界を愛した彼女。けれど彼女の両腕は、堕ちてしまった自分たちを抱いて、いっぱいになってしまった。
 だから彼女は、あの蒼い炎に世界を委ねたのに。
「それと、ありがとう、止めてくれて」
 わかっている。あの白猫は本当は救いでも何でもなく、この世界と、何より彼を蝕むものでしかない。だが彼の心を傷つけたのは、彼女のことも伝えられず、守れなくなった約束ばかりを残してしまった自分だ。
「私じゃない」
「え?」
 思わず振り返ると、アウラは薄明の腕輪を包むように手を置いた。
「あの子が見てるものをカイトがときどき夢で見るように、カイトの気持ちをあの子は感じ取ってる。そして今の彼の気持ちを感じ取って、わかろうとしてる。だからデータドレインしなかったのは、あの子がそうしたいと思ったから」
 そして、慰むように微笑んだ。
「私は信じてる。人は出会いながら生きてゆく存在だもの」
「そう、だね」
 微笑み返しながら、カイトは空っぽの手をきつく握りしめる。
 どんなに夢に見たとしても、言葉は届かない。
 彼女といるこの今こそが、夢でしかない。



 夢なら痛みなんて忘れていたい。
 そう思うことさえ、痛みでしかない。








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夢に溺れるなら、いっそ光も届かない水底まで沈んでしまえればよかった。

仮定の話。――もしも現れたAIDAがあの白い猫の姿ではなくミアそっくりの姿をしていたら、果たしてエンデュランスはその紛い物を「ミア」と呼ぶことは出来たのだろうか?
Web拍手でエンデュランスと蒼炎のお話というリクエストを戴いて、考えたのはそんなことでした。
エンデュランスにとって紛い物にしかなれない蒼炎は、だから彼を救おうとしても奪うことしかできない。

愚かな仮定の話。――もしも現実を捨て去って、夢の中で会える「彼女」に心の底から溺れきっていたら?
薫は身を投げて溺れながらも痛みを捨てきれず、海斗は溺れることを拒んで傷つけ傷つきながらそれでも浜辺に居続ける。