かつんと音が立つほど強く、最後のエンターキーを叩く。
サーバーにアクセスする数秒の時間、それからポンと軽いサウンドが鳴って、画面の中央にメッセージが表示される。
――そのアカウントは現在ログインしています。
その短い一文を目で丹念に読み上げて、刹那、思わず泣きたくなった。
バイタルサインの電子音も、点滴の落ちる微かな水音も、すっかり耳に馴染んでしまった気がする。
白い顔色で昏々と眠り続ける彼は時が止まってしまったかのように変わらず、ただ窓の外の景色だけが色合いを変えるようになってそろそろ二ヶ月になる。R.A.プログラム暴走によるデータの消失と火災によるサーバーの損壊から、『The World』の仮復旧に漕ぎ着けるだけでそれだけの時間が掛かってしまった。完全復旧は絶望的で、上層部は既に次期バージョンを前倒しで公開することを決定している。今現在行われているのは修復作業などではなく、消失を免れたデータと海外サーバからコピーしたデータをかき集めての、『最後の日』を迎えるための準備だ。
何千万というキャラクターデータは一握りを残して初期化されてしまったが、不幸中の幸いかアカウントデータそのものは損失を確認されていない。そこで次期バージョンへの移行に先立って企画されたのが、期間限定でタウンへのログインを開放することだった。かなりの人出を次期バージョンの開発に取られてしまっているものの、海外サーバーのデータによる補填が順調に進んだこともあって、ようやくタウンにログイン可能な状態にまで日本サーバーを回復することが叶った。近日中に開放日のスケジュールも決定するだろう。
復旧作業の成功はアメリカ本社の開発スタッフが全面的に協力してくれたこともあるが、世界各国の『The World』サーバーが開発当初の仕様から予測されていた以上の互換性を有していたことが大きい。それはかつて日本サーバーにおいてアウラが再誕し、モルガナからアウラへのパラダイム・シフトが発生したことと無関係ではないのだろう。おそらく世界中の『The World』サーバーは常にリンクした状態で、インタラクティブに影響を及ぼしあうことでシンクロナイズしていた、一つの世界だったのだ。
あの忌まわしい事故で、真実The Worldが消滅したわけではなかったのだ。
だから、信じられる。
「おまえは、今もThe Worldの中にいるんだな」
答えは返らない。彼はここにいない。
それでも彼の隣には、きっと彼女がいるだろう。
「俺もアメリカに呼ばれたのは、ちょうどいいんだか悪いんだか」
望みは、絶たれていない。
白いレースのカーテンが揺れる窓の外に目を向けて、千尋は苦笑いをこぼした。
もうじき夏が終わる。
事故から二ヶ月後。晩夏。『カイト』のログインを確認できた日。
世界は今も繋がっている。