THE DOOR INTO SUMMER #5





 話を終えて。彼女は少しだけ黙り込んで、やがて目を細めて微笑んだ。
「それってきっと、好きなのよ」
「好き……?」
「恋してるってこと」



 ああ、ならば。
 この想いは、許されない。








夜明けの涙


女神の終焉と少女の目覚め








 2011年12月24日。
 アウラが女神として再誕して、一年が経ったその日。
 ふわりふわりと積もらない雪が降る夜、ネットスラムの中央、がらくたが綺麗に片づいた広場に立てられたクリスマスツリーの前に、カイトたちあの再誕に居合わせたプレイヤーが集まって、たくさんの蝋燭を並べて一つのメッセージを描いていることに、ふとアウラは気づいた。
 ふわりと地面に降り立って、後ろから声を掛ける。
「カイト。誰のお祝いをしているの」
 すると最後の蝋燭を地面に差し込んで振り返った彼は、驚きながら今夜中に来てくれて良かったと笑いながら、アウラに手を差し伸べた。そして。
「ハッピーバースデイ、アウラ!」



 その時、心の深いところが歓喜に震えたことを、今でも覚えている。



 そして2014年12月24日。
 大学受験を控えた彼とは、今年一年を通しても数えるほどしか会うことがなかった。
 この世界に彼がいなくても、世界は常に人に満ちあふれ、騒がしかった。
 時とともに積み重ねられる無数の想いを辿るうちに思い出した、まだ幼かった頃に一度だけ出会った少年に腕輪のレプリカを贈って、この世界に招いた。ひとつの記号と化した、彼の似姿まで添えて。
 『娘』も生まれた。
 このThe Worldは常に人に満ちあふれ、賑やかだった。
 それでも小さな小さな、寂しさが消えることはなかった。
 彼に会えなくなって。
 他に誰がいても、彼を探してしまう。
 たったひとり、彼がいないだけで、どうしようもなく寂しさが募る。
 たとい彼の似姿でも、その空白を埋めることはない。
 他の誰に向ける感情とも、これは別物だった。
 どうしようもなく、彼でなければならないことを思い知った。
 だから。



「アウラ」
 今年もまたネットスラム恒例のクリスマスツリーのふもとに降り立ったのは、この声を、待っていたからだ。
 まるで街で待ち合わせをしていた友達のように。恋人のように。
「……カイト」
 振り向いて、アウラも微笑み返した。
 久しぶりに会えた彼の姿に、声に、笑い方に、心が跳ねる。喜びを噛みしめる。
「もう試験まで一ヶ月ないのに、ログインしても大丈夫なの」
「今夜は特別だよ。それに一日くらい大丈夫だって。その分ちゃんと毎日必死に勉強してるから」
 ブラックローズから聞かされていた受験の日程を思い出して、からかうようにそう囁いたアウラへ、カイトが胸を張って言い返した。そして。
「ハッピーバースデイ、アウラ」
「ありがとう、カイト」
 今年で四回目のその祝福はやはり、特別だった。



 ──特別、だった。
 いつの間にか、世界でたったひとり、カイトだけが。



 その感情に、恋という名前を付けたのはブラックローズだった。
 恋。人間を超越した究極AIとして生まれ変わった、世界のために存在する神が、すべてを愛すべき女神が、たったひとりの人間に恋い焦がれてしまった。人ならざる電子の存在であるこの身を、この世界の外側に存在するカイトに出会うことが叶わぬこの身を、嘆いてしまった。
 死という絶対的に隔絶された世界へ去ったエマを追い求めた、あの創造主ハロルド・ヒューイックのように、父が叶わなかった恋の果てにThe Worldという代理母を創りだしてアウラという娘の誕生を望んだように、女神が持ってしまったエゴはいつしかこの世界を歪め、狂わせるだろう。自分が愛し、またカイトが愛したこのThe Worldを。
 なればこそ、かつての『母』たちへの思慕を受け継いでゼフィが生まれたように、この恋心も新たな『娘』として形を為していくのかもしれない。そうあるべきなのかもしれない。
 けれど。
「カイト」
「うん? 何、アウラ」
 彼の名前を呼ぶことも、それに振り返って向けられる彼の笑顔も、そして彼に名前を呼ばれることも、何もかもが愛おしく、この上ない喜びだった。その奥に芽生えてかけているのは、この想いを誰にも娘にも譲れないと思うほどの、独占欲だった。
 この想いを捨てることなど、出来ない。
 会えない寂しさも結ばれない悲しさも知った、それでも幸せを知った。
 狂おしいほどの彼への想いは、それでも、幸福の色だった。
 だから。
「あなたに伝えることがあるの」
 カイトの手にそっと指を絡めて、アウラは微笑んだ。
 こうして触れるのも、きっとこれが最後になる。



 あなたが好きです。
 だから。



 ──さようなら。








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恋を知ったその時、暁より生まれた女神は死んで、ひとりの少女が目覚めた。