人が死んだ。殺されて、死んだ。
微熱
黒い夜も、赤い火も、死んでしまった人も、もう何処にもない。
ここにはない。
そう思って、ようやくヤクモは体の奥から息を吐き出した。
熱っぽい空気の名残が、今更のように喉を灼く。
ここは、刻を渡る前と同じ、あの場所だ。自分の家の、社の奥の、隠し部屋だ。
からからに乾いた剥き出しの肌に、木の匂いの混じった冷気が染みる。
帰ってきた。
もう一度、そう思った。
部屋の真ん中へと振り返れば、柱に縫い止められた、動かない父がいた。
ヤクモは右手の白い闘神機をきつく握り締めて、微熱の時のような、頭の奥の甘い痺れを振り払う。
たとえ石にされ色を失っても、優しくて静かな笑い方は、その大きな手でヤクモの頭をくしゃくしゃに撫でてくれる時にそっくりで。
けれど今は、あの声も、あの手も、ない。
「ただいま、父さん」
ちゃんといつものように、言えただろうか。
いつもより高い位置にある父の顔を見上げていたら、炎の熱に灼かれた眼球の、奥が今更のように痛んでくる。
父は笑っていた。だからヤクモも、笑って言う。
「俺、大丈夫だから。絶対に倒すから。――父さん、助けるから」
だから。
だから笑って、そして。
「ああ、モンジュは安心して待ってろよ!」
つとヤクモの頭を抱くように回された、ふさふさした白い腕に引き寄せられた。
「コゲンタ」
びっくりして腕の中から見上げると、コゲンタは笑っていた。
「この俺が一緒なら、絶対も絶対だぜ」
間近に見えるその笑い方がとても力強くて、ヤクモもつられて笑った。
「式神もあたたかいんだ」
契約を交わしてからの短い間でも、もう何度も庇われ抱きかかえられていたのに、今更のように初めて気がついた。
「当たり前だろ。俺は白虎族なんだぞ」
毛もふわふわしていて、まるで猫みたいだとヤクモが続けると、さすがにコゲンタには苦い顔をされた。
「猫じゃねえ、虎だ!!」
ついでに仕返しのように髪の毛をかき回してくる、手は大きかった。
大きくて、あたたかくて、優しくて。
――くらくらと眩暈がした。
お題no.11「37.5」。微熱。消えない微熱。内に潜む熱。
ほんの少しの違和感。薄くなる日常。指先に触れる冷たさ。微かな熱を持ち続ける傷口。
漫画一巻収録「印の五」より、燃え落ちる本能寺から帰還直後。信長編はモンジュ父さんが石にされた翌朝だと、私は勝手に思ってます。
目の前で人が斬り殺され、信長も炎に消え、ヤクモったら初っ端の経験が非常に重苦しい。そんなだから銃で撃たれても本当に命を狙われても、そのこと自体には気が向かないような子になっちゃったのか。
小六になった今の豊穣姉妹編、ヤクモが学校以外で上手く笑えなくなってきているように感じるのは、マホロバの動きがないことへの焦燥を宥めるコゲンタに、表情を緩めることも出来ず押し黙ってしまったから。
連載でヤクモの心理面に突っ込む描写があったら続き書いてみたいです。これ、もともと導入部分のつもりで考えていた文章ですし。六年後は穏やかな再会だったので妙なことはしない、つもり(笑)
あ、信長編の敵が使役した式神、雷火のタカマルだ(笑)
なんという奇縁。未来のヤクモさんちの式神戦隊の一員に「また会おうぜ」言ったのかコゲンタ。