君の笑い方を知っている。
怒り方や泣き方を知っている。
闘い方も諦め方も、我慢の仕方も知っている。
許し方だって知っている。
――君の愛し方だって、知っている。
空から吹く風
乾いた音を立てて襖が道を開く。
その向こうに人影が見えて、帰ってきたと思った。
思えた。
強く、深く。心から。
「ナナ」
冷え切った冬の境内の、真ん中に彼女は立っていた。
背中を向けて立っていた。
ここに彼女がいたことに少し驚いた。少しだけ。
「全部、見えてたから」
静かな声で呟くように、しかしはっきりと、くるりと振り返った彼女が言った。
「そうか」
ひどく久しぶりに会ったような気がするのは、前に帰ってきた時は急すぎて都合が合わなくて、会えなかったからだろうか。
黙って近づいてくるナナを、ヤクモも黙って待つ。
――五、四、目を閉じて、三、二、奥歯に力を込めて、一。
零まで数えたら、ぱんっと乾いた音がした。
「ごめん」
平手で引っぱたかれた音。ナナが引っぱたいた音。
「謝らないで」
打たれた頬を押さえることもせずヤクモがナナに真っ直ぐ向き直ると、これ見よがしに彼女は深々とため息をついた。
「謝らないで。悪いことしたなんて、ちっとも思ってないくせに」
ひどく呆れたように。
「でも、心配かけたみたいだからな」
じんわりと熱を持ってくる頬が、結構な力で引っぱたかれたことを主張する。けれどそれ以上に、一瞬だけ触れた彼女の手の冷たさが、ひどく痛かった。
「待ちくたびれただけよ。ちゃんと帰ってくることはわかってたもの。ただ、なっかなか帰ってこないから腹立つの」
ほろ苦く微笑んで。
それが寂しそうな笑い方に見えたのは、気のせいだろうか。
「そうか」
「そうよ。だって誕生日もとっくに過ぎちゃったじゃない」
二人とも十七じゃなくなった。十八になった。
「……だったら、やっぱりごめんじゃないのか?」
「違うわよ。謝ってほしいわけじゃないもの。他に言うことないわけ?」
ああ、そう言えば。何か忘れている。
とても大事なことを。
まだ言っていなかったことを。
「ただいま」
だから笑った。
すると、ようやくナナも笑った。
「おかえり」
華やかに、笑った。
ああ、もう一つ、大事なことを忘れていた。
「ところで、父さんは今こっち来てるのか?」
唐突に眉根を寄せたヤクモに、ナナは訝りながら肯く。
「ええ、来てるけど、――ちょっと?」
「じゃあ後のことは何とかしてもらえるか……」
「ちょ、ヤクモ!?」
蹌踉めいた拍子にもたれ掛かってしまって、咄嗟に抱きとめたものの身長差で受けとめきれないナナが慌て出す。
「悪い……限界」
そもそも、どうして今まで忘れていられたのだろう。
こんな、とんでもない激痛を。
「肋やってたこと、忘れてた……」
ずるずると重力に引かれるままくずおれていく。
「はあっ!?」
「ヤ、ヤクモ様っ!?」
驚き半分呆れ半分のナナの声に、ひっくり返ったナズナの声が被さったように聞こえたのは気のせいだろうか。
振り返って確かめる気力もなくて、ただ目が覚めたら今度こそ怒鳴られるだろうなと思いながら、ヤクモは意識を放り出した。