叶った夢は、いつまでも夢のままでいられるのでしょうか。
 潰えた夢は、いったい何処にいってしまうのでしょうか。

Tales of Destiny - Over the Dream




Preview of Act III [ The End of Dreams ]
 
 
 
 
 
 
 何故、という言葉に、意味はなかった。
 世界はいつだって駆け足で、理解を遠く引き離す。
 今、目の前に在る現実。
 それ以外を、どうして知ることが出来ようか?
 
 
 
 
 
 
 目覚めは、突然だった。
 微睡みにたゆたう不確かな感覚は、特に不快ではなかった。しかし脳が覚醒していくにつれて、最後の凍るように冷えた感覚さえも、まざまざと黄泉帰る。
 今更、こんな場所で目覚めた。
 だが、今この時に、目覚めたのだ。
 大切なものがあった。
 守りたいものもあった。
 若葉色の瞳は闇の向こうを、決して届かぬ空を見つめる。
 ――もう一度会いたい人なら、たくさん、いた。
 
 
 
 
 
 
 ついに訪れた。
 抑え切れぬ笑みがこぼれ、この身は歓喜に打ち震える。
 この時を、どれだけ待ち焦がれていたことだろう。
 神の眼が閉ざされる、この時を。
 
 
 
 
 
 
「急に呼びつけられたから何かと思ったが。まさか……おまえが、継ぐとはな」
「形だけだよ。意外か?」
 クローゼットの上の段を片づけている最中で、脚立の上にいるディムロスからスタンの表情はうかがえないけれど。
「そうでもないが……その、何でなんだ?」
 それは同時に、スタンからもディムロスの表情が見えることもなくて。
「はっきりしたきっかけはないよ、ただ、そうしたいと思っただけだから」
 まるで違う時間を歩んだ、あの天上での別れの日から半年間お互いに何があったかなんて、知る由もなかった。
「――気をつけろよ」
 思いの外真剣な響きに、スタンが振り仰いだ。
 
 
 
 
 
 
 何がしたいのかなんて、もうわからない。
 だって、もう、終わってしまったのだから。
 もう、何もかも、終わってしまったのだから。
 その続く先なんて、もう、わからなかった。
 
 
 
 
 
 
「あんたのお仕事」
「……今の僕はロスマリヌスの人間だが?」
 ひょいと封筒を差し出しながら言われた言葉に、エミリオは目を眇める。ロスマリヌスとアクアヴェイルは、関係としてはかなり友好的なものだ。特にシデン領とは、領主同士のつきあいも長いらしい。とはいえ。
「それくらいわかってるさ。だからこそ、だよ」
 少し危ない橋も渡ったんだからちゃんと役立ててくれよと、苦笑いしながらジョニーは封筒を押しつけた。
「これは忠告――いや、"警告"だ」
 
 
 
 
 
 
 なにより大切だからこそ。
 知らなくてはならない。
 世界のことも、自分のことも。
 大切な"世界"を失わないために。
 
 
 
 
 
 
「私は、どれだけ償えるのだろうか」
 色褪せることなく微笑みかけてくる彼女に。
 答えは返ってこない。返ってくるはずもない。
 もう、何処にも彼女はいない。
「まったく情けない限りだ」
 結局、守ることが出来なかった。
 一番大切な人だというのに。
「あいつも、肝心なことは何も伝えずに逝ってしまった」
 結局、生き残ったのは自分だけだった。
「クリス……私は」
 今更、許してくれなど言うつもりはなかった。
「あの子達を守れるだろうか?」
 
 
 
 
 
 
 ずっと欲しかったものがあった。
 どうしても手の届かなかったものがあった。
 今更、失われたものを取り戻すなんてことは出来ないけれど。
 それでも、代わりのものを手に入れることは出来るだろうか?
 
 
 
 
 
 
「私はここ、嫌いですわ」
 それこそ数えきれないほどの、謀り事。
「この国さえ、……好きではないのかもしれません」
 とうてい拭いきれないほどの、朱い罪。
「どうしたいのかは、わかってんだろう?」
 どうすべきかではなく、どうしたいか。
 飄々と言い切る彼の言葉に、リラは肯定も否定も返さず、ただ自嘲気味な微笑を浮かべた。
「人とは、どうして」
 
 
 
 
 
 
 殺せばいい。それだけ。
 大切なものを引き替えに、別の大切なものを守れるのだ。
 ただ、それだけ。
 ただ、血で汚れることを、諦めればいいだけ。
 
 
 
 
 
 
「おまえが悪いんじゃないから」
 金糸を、真っ赤な水滴がいくつもいくつも滑り落ちて、床を染める水たまりに音を立てて混じっていく。
「おまえは悪くない、おまえのせいじゃない」
 上半身がなくなった死体を隠すように前に屈んで、懇願のように言った。
 
 
 
 
 
 
 どうして、こんなことになってしまったのだろう。
 そんな問いだけが、虚しく繰り返される。
 
 
 
 
 
 
 玉座。それは、王位の証。
 しかし、彼女は"そこ"ではないところにいることが、多かった。
「これは……」
 セインガルド王城内に数多くある会議室の一つで、呼び出されたセインガルド王国七将軍位につく二人は、目前の机上に置かれた書類に目を見張った。
「――先の、グレバム・バーンハルトが起こした事件について、彼に古代技術に関する高度な知識を与えた人物を見つけ出しなさい」
 若き女王が告げた勅命は、いささか不可解にも思えたが。
 
 
 
 
 
 
「叛乱組織?」
「ばらばらでしかない各国の不穏分子を、まとめ上げた誰かが」
 
 
 
 
 
 
 渦巻く炸薬のにおい。焼け焦げた部屋。
 誰もいなくなった、部屋。
「どうして――」
 愕然と、力なく膝を落とす。
 誰も答えられなかった。
 
 
 
 
 
 
 煤けた壁に強く打ちつけられた拳から、真新しい朱がつうっと伝う。
「許さねぇ……っ」
 どうして、また、こんな思いばかりを押しつけられる?
 数多の命とささやかな幸せを焼き尽くした、あの夜のように。
 
 
 
 
 
 
「二十六年前、セインガルドとアクアヴェイルの間では和平条約が締結される寸前まで行ったことがあった。調印式はロスマリヌスで行われ、双方の代表者が集まって」
 
 
 
 
 
 
 それは、一瞬のことでしか、なかった。
 振り返った、その時にはもう、夜の闇の中で赤く燃え盛っていた。
 
 
 
 
 
 
「建物ごと、木っ端微塵。中にいた人間のほぼ全員が亡くなった。犯人は結局見つからず終い、この暗殺事件のせいで和議も立ち消え。以後ずっと両国はいがみ合っていたんだ」
 
 
 
 
 
 
 一瞬で、粉々に砕かれた。
 世界という国家という、枠組みの中で翻弄され。
 
 
 
 
 
 
 その墓碑は、新しくはなかった。
 刻まれている名は、女の名。
 刻まれている日は、あの日。
 この土の下で眠るのは、あの夜、炎の中に消えた一人。
「あの日のことは覚えてないわ……」
「俺は忘れられない。たぶん、ずっとな」
 立ち上がるその動きに、少し伸びた髪がさらさらと揺れた。
「親父もお袋も、この血が背負う運命に生きた」
 腕に抱えていた緋色の大剣を、背に負うと。
「――継いだときから、俺は守れなかった後悔ばかりだったな」
 
 
 
 
 
 
「どうして……」
 自分のものではない血に塗れた、自分の手を見つめて。
「あたしの、せい……?」
 少しでも支えに、助けになりたかった。
 ただ、それだけだったのに。
「あたしが、いたから……」
 その結果がこの現実なのか。
「あたしなんて来なければよかった……!」
 自分が泣くことは、許されない気がした。
 
 
 
 
 
 
「どうして」
 こんなにも寒いのは、きっと深い夜の冷たさからだけではなかった。
「どうして!? アッシュ、あなたがついていたのに、どうして……どうして、あの子から離れてしまったんですの!?」
 肩をしっかり抱いてくれている彼の腕がなければ、凍え死ぬことも出来たかもしれない。
「そんなに責めてやるな、出し抜かれたのは皆同じだ」
「わかってますわよ……!」
 無力、だった。
 世界一の大国の王となっても、何も変わっていないのか。
 ただ目を固く閉ざし耳を塞ぐしか出来なかった、あの頃と何も変わっていないのか。
 
 
 
 
 
 
 どうして。
 ひどく遠いところから聞こえるように、自分を呼ぶ声が聞こえる。
 どうして、こんなことになっているのだろう。
 理解など出来なかった。
 だって、この感覚は、まるで。
 まるで引き剥がされていくかのように、五感が遠ざかっていく。
 霞んでいく視界が捉えた人影に、そんな泣きそうな顔するなよと言いかけて。
 そして、思い出す。
 ――ごめん、という言葉も、もう届かなかった。
 
 
 
 
 
 
 ただ幸せになりたかった、ただそれだけ、だったのに。
 なのに、どうして――
 
 
 
 
 
 
 喉元に突きつけられた切っ先は、微動だにしなかった。
「エミリオ、おまえは守り通せるか? おまえの大切なものを」
 ひたと見据えてくる、その瞳を去来するのは怒りなのか、悲しみなのか、それとも。
「本当に守ることが出来るのか?」
 言葉で答えを返す代わりに剣を抜いた。
 だって、彼女は泣いていたのだ。
 もう何も失いたくない。ただそれだけだった。
 
 
 
 
 
 
「これから私がしようとしていることは、きっと教団に背くことですね」
 どうしてだろう、こんなにも震えが止まらないのに、笑って言えた。
「ガキの頃よく立ち入り禁止の所に忍び込んでは見つかって、こっぴどく叱られたもんだ。フィリス家のお嬢様には無縁だったろうがな」
 どうしてだろう、彼も小さく笑った。
「仕方ねぇな、もし見つかったら一緒に謝ってやるよ」
 だから、迷わず堂々と進め。
「バティスタ……」
 そうして二人、顔を見合わせて、もう一度笑った。
「私、あの人に言いたかったことがあるんです」
 このままなんて、終われない。
 だから、このまま終わらせたくない。
 
 
 
 
 
 
「あの人は、いつだって何もかも知り尽くしているように見えた」
 コンソールの上を踊る指は休むことなく、ただ独白のように紡がれる。
「そしてそのことに、いつも絶望していたように見えた」
 彼が、彼の愛した者達のためにつくりあげた、遺産。
「誰も世界に定められた運命からは逃れられない」
 それでも、取り戻すことは出来るだろうか?
 
 
 
 
 
 
 終わりを希うことは、許されるだろうか?
 
 
 
 
 
 
 "罪"と"咎"。
 決して消えることのない、永遠の一瞬。
 今も手に残り続ける死の感触に、吐き気すら覚える。
 暗く、赤く、ねっとりと絡みつく幻影。
 見えないけれど、それは確かに心を呪縛し続ける。
 
 
 
 
 
 
 罪ばかりを重ねて生きてきた。
 だから、これはきっと、数え切れない罪の償い。
「この世界は、どれだけの人を犠牲にして生き続けているのでしょう」
 涙を流すことなど、もう許されない。
 もう、幸せになることも許されない。
 
 
 
 
 
 
 そうするしか、なかったのだ。
 それ以外に、道がなかったのだ。
 そうしなければ、救えなかったということが現実。
 そうしたことで、救えたのだということが事実。
 けれど。
 その永遠を抱き続け、生き続ける者は、どうすればいいのだろう?
 
 
 
 
 
 
 ――告げられたのは、終焉の始まり。
 
 
 
 
 
 
 ずっとずっと、この時を待ち続けていた。
「これは、復讐」
 これは、もう何年も前から計画していたこと。
 虚ろな名誉のために、幸せを奪われてから。
 幸せを手にする資格を、朱い血に浸してから。
 
 
 
 
 
 
 ――血に染めた願いは、何処へ?
 
 
 
 
 
 
「"柱"を担っていた神の眼は失われた」
 古の封印に綻びが生じる。
 この偽りの世界は揺らぐ。
 
 
 
 
 
 
 ――狂わされた想いは、何処へ?
 
 
 
 
 
 
 ずっとずっと、この時を待ちわびていた。
「潰してやる、セインガルドも」
 何もかも。
 この苦しみの源、悲しみの源、そのすべてがこの世界だというのなら。
 何もかも、壊してしまえば、いい。
 
 
 
 
 
 
 ――終わらされた夢は、何処へ?
 
 
 
 
 
 
「世界を護った英雄……」
 嫣然と微笑んで、銀色の長剣に細く白い指をはわす。
「そう、彼らがこの世界を滅ぼしてくれるのね……?」
 
 
 
 
 
 
 世界の涯てに立ったとき、何が見える?






Become happiness, our children.

Only We wish it.



Become happiness, our children.

Only We pray it.

postscript

 まだまだプロットが未完成状態なので、予告篇といっても、今回も各エピソード案のメモを寄せ集めたような代物と言えますが。というか途方に暮れていますが。
 以前に公開した予告篇と(ほぼ)同じ部分はラストだけですね。物語の核心を掠めてそうなシーンばかりを設定ノート&メモ用紙の束からかき集めて、適宜削ったり手直しして並べてみました(笑) 思いがけず長くなりましたが、なんとなく、どういう物語か読み取れそうでしょうか?

 惜しむらくはメインであるにもかかわらず一部メンバーの適当なシーンを用意できなかったことでしょうか。誰なのか伏せておきたいシーンの正体がばれかねないなので、名前は挙げませんが。一方でリラ嬢はなんと抜粋しやすくて思わせぶりなシーンが多いのでしょうか。3つも入ってしまったのは、ちょっと不本意かもしれません?

 はてさて、本編の続きはいったいいつになるのやら……