黒には薄い、濃いグレーの髪が窓からの風をはらんで浮いた。
「行かなくてよかったの?」
窓の方に顔を上げると、ふわふわと微笑む女性がいて、長い金髪は煌めきをこぼしていた。
「今は、いいんだ」
視線を落とせば、自分のすぐ傍らに眠る幼子が二人。
「寝てるから」
それが自分にとって絶対であるかのように、静かに答えた。
「なら、スタンとシャルが起きたら、一緒に行きましょう」
ゆらゆらと影が揺れて。
「それは行く」
黒髪の幼子に握られたままの、自分の手を見つめたままで。
カーレルは小さく頷いた。
恐る恐るのぞき込むと、目があった、気がした。
「あ…」
深く鮮やかな翡翠の目と。本当に、宝石のようで。
――同じ色をしてる。あの人と。
思わず少し身を乗り出して、そうしたら、その小さな小さな赤ん坊が、小さく小さく笑ってくれた。
「名前は…?」
目が離せなくて。
その次に響いた音は、忘れない。
「金色の眠ってる方はシャルティエ。紅い方は、ディムロス」
生涯、忘れない。
ハロルドはそっと手を伸ばした。
「シア!」
照明を弾く髪の金色以上に、無邪気な子供のように表情を輝かせて男は扉を開けた。
「やっと時間が出来た…!」
「まぁ、ひどい顔」
大きな窓から外を眺めていた女は振り向くなり、徹夜明けだろう男を見て微笑った。
「ちゃんと寝てるの?」
「死なないようにはな。あと何年かで"柱"が揃うんだ、そうすればダイクロフトの数十倍は持ち上げられる。それだけの面積があれば、木や花だって、増やせるようになる」
男はふと言葉を切って、眠る双子に目を落とす。見つめて、ひどく嬉しそうに、常から繰り返し口にする夢をささやいた。
「粉塵を沈めるには…俺たちだけでは力不足だから。でも、せめて、出来るだけ綺麗な世界を見せてやりたい……」
今は男の妹の元へ預けている、娘が産まれたときと同じように。
その妹夫婦にも息子が産まれたときと同じように。
現在のダイクロフトは、緑地がかなり限られてしまっている。だが、このままでいいわけがない。地上にもまだ人が大勢取り残されてもいる。だから、天上都市計画はまだ終えてしまうわけにはいかないのだ。
「この子たちは、俺たちのような思いはしなくていいんだから」
物ではなく人として。
望まれて、愛されて、生きているのだから。
男は瑠璃色の瞳を細めて、初めて出会う二人の息子を見つめる。
「…もしかしたら」
ふと、翡翠色の目を伏せて、女がつぶやいた。
「この子たちは世界を取り戻せるかもしれない」
「――翡翠、なのか?」
「二人ともね。スタンが瑠璃だから、きっとどちらかが真性」
「そう、か…」
先に生まれた娘が、自分と同じ瑠璃ではなく、妹と同じ藍色だったことに安堵したけれど。妹の息子に瑠璃が顕れ、そしてついに、自分たちの双子の息子は共に翡翠を持って生まれた。
「終わらないんだな、俺たちだけで」
世界はどうして、そっとしてくれないのだろう。
運命はいったい、何処まで続くというのだろう。
「守ればいいわ」
世界から。
女が男の手を取って、笑いかけた。
「私たちで、守るのよ」
少女が"兄"に守られていたように。
「……そうだったな。俺たちは知ってるんだから」
男が手を握り返して、頷いた。
「好き勝手になんてさせてたまるか」
「私たちの子供だものね」
やわらかな風が流れて。
父と母は、微笑みをかわした。
それは、いつの日か。
自分で道を選ぶ、その時まで。