そう、確かそれは古い時代の神話の中にあったと記憶している。 何百年、いや数千年とも言えるか、とにかくそれぐらい昔に滅んだ民族の神話だったはずだ。それもあまり有名ではないだろう、神話だ。 それが本当かどうかなんてことは、知らない。 ただ、あの人はそう教えてくれた。 だから少なくとも私にとって、それは真実と相違ない。 「死者の国。そんな意味だそうだ」 話しながら、今の自分は果たして正気なのか狂気なのか、もはやそんな区別をつけることも適わないと彼は思っていた。 そう、叶わないのではなく、適わない。 それにもう、どうだって構わないのだ、もう、正気だろうが狂気だろうが、どちらであろうとも。 「死者の国の王である神の名も覚えている」 正気の人間にしては平坦な、狂気の人間にしては冷静な、声で彼は口を動かし続ける。 「だが、国の方がいいな。私は神の名などいらん」 いつだったか、そういえば彼女たちはこの声を好きだと言ってくれた。 「死者の魂に永遠の安らぎを与える国の名だそうだ」 時の流れぬ柩に、柩に眠る女性に、彼はささめく。 「すべてが定められた運命だというのなら、私はそこに賭けよう。命も時間も、何もかもを、捧げてでも」 たった一人、彼が心から愛した女に。 「そしていつか、運命の日を迎えるまで、安らかに眠れるその日まで、私が共に在ろう」 自分は結局、守れなかったけれど。 玖黎が、フィリスが、託したことは果たせなかったけれど。 悲しみを繰り返さずには、生きられなかったけれど。 「愛してる」 もう一度、会えるなら。 「ミクトラン。私はそう名乗ろう」 そして、あの子たちも助けられるなら。 「私は、神のいない世界で、死の中で、生き続けよう」 この喪失が、運命だというならば。 再会さえも、運命になるのだろう。 |
「七夕」合わせ、ということになりますでしょうか、下書きの時点では特に意図してたわけではなかったですが。いろいろと謎多きお人になりました、ミオスさんの「ミクトラン」の由来話。にしても私、何かと主人公たちの「親」には並々ならぬ愛を注ぎがちのようです。
ほぼ公然の秘密となっている裏設定だったはずなのでここで明かしますが、舞台となっているのはかなり未来の地球です、私のToD世界。
2001/7/7