「戦争が終わったら……そうだね、何処か遠い山奥に隠居したいなあ」
いつか聞いた、望む未来。
けれど、その望みはこんな形で叶っても虚しいだけじゃないのと。
彼の隣で、そう思った。
ただ、黙って思うだけにした。
もし口に出せば、彼は絶対に笑うから。
らくえん
大陸の北端に広がる、荒涼たる山岳地帯。
「広いねえ」
「広くないわよ、狭いわ」
ひどく狭くなってしまった、現在の人間の世界からすれば、確かにこの山は広いかもしれない。だが、この惑星からすればちっぽけで、この箱庭からしてもちっぽけで、それ以前に人が住まうに適した場所が、この険しい山中にどれだけあるだろう。
「ああほら。あの、ぐっさりと切り立った崖。あそこに造るんだってさ」
何処か楽しげにすら言ってのける、彼が指差した崖は。
「あそこから落ちたら間違いなく、肉の屑になるわね」
あの高さから下の岩盤に叩きつけられたら、脆すぎる人の肉体など文字通り粉々だろう。
「それにこんな岩ばかりの場所じゃ、死んでも、還る土もなさそうよ」
ずっとずっと昔、世界中が闇と雪に覆われるよりずっと前は、もしかしたらこの岩山は木々に覆われていて、あの崖と崖の狭間の底には川が流れていたかもしれない。でも今は、乾いた岩が転がっているだけだ。
「そうだ、神殿は真っ白にしてもらおう」
鬱々とした彼女の言葉を、聞いているのかいないのか。すっかり青ざめた空を見上げた彼が、唐突に名案だとばかりに浮かれた声を上げる。
「この山も、緑いっぱいにしよう。真っ青な空の下で、緑に覆われた中に、真っ白な神殿」
わけもなく泣きたくなってしまいそうな、青い遠い空を見上げて。
「きっと、綺麗だよ」
言って彼女に振り向いた彼の、眼差しは優しかった。どうしようもなく。
「……そうね。きっと、綺麗」
どうしようもなく、優しかった。
だから、肯いた。
泣きそうになりながら、笑った。
「神殿の庭には花をいっぱい咲かせよう。寂しくなんかならないように」
彼女がやっと笑ったから、彼も笑った。
「そうね、それも悪くないわ。時間なら腐るくらいあるもの」
「櫻もいっぱい植えよう。春になったら花吹雪になるくらい、咲くように」
高台の先に立って、何もない空と山を眺めて、二人で笑った。
「きっと、すごく綺麗だよ」
楽園みたいに。
「楽園?」
「そう」
ここに、楽園をつくろう。
愛しさも恋しさも悲しさも苦しさも切なさも、何もかも溶かして。
とても綺麗な、楽園をつくろう。
「君が、心から笑っていられるように」
そうして、今度こそ、幸せに。
ストレイライズ。
地に沈んだ神様を閉じこめた、それは楽園の名前。
お題no.26「パンドラ」。パンドラの箱。閉ざされた希望。箱の中の希望。幸福の箱庭。
数年前に書いていた、天地戦争後のスケッチより。
疲れ果てて逃げることを選び、また同胞の逃げ場にもなった戦後の二人。
それでも、神の眼の番人。
……初戦後物がこの夫婦になるとは。
キルシェはとても複雑な人です。