ずるりと重たい物を引きずるような音が頭のすぐ横でやんだ。
「生きていますか」
 聞き取りにくい、くぐもった男の声だった。誰だったか、聞き覚えがあるような気はしたが、思い出せなかった。顔の見覚えは確かめようもなかった。包帯や絆創膏で覆われていない部分の方が少ない。目の周りの隙間から僅かに覗く肌の色は赤く爛れていて、治りきっていない火傷のようだった。
「……死んではいない」
 治癒術師は放っておいても死なない程度にまでしか治癒しない。駆けずり回っている彼らにもそれ以上を施す余裕がない。それでさえ間に合わず、人は次々と死んでいる。だから目の前のこの男の傷もその類なのだろう。幸運か悪運か、眼前の死を理解する暇もなく消し飛ばされることもなく、転がったまま息絶えることもなく、医者たちの手で黄泉路から引き戻された。
 そして自分も、そんな半死人だ。目の前の男が誰かわからなくても、どうでもよくなっているような。
「あなたには知らせるべきだと思いました」
 そう言った、男の声は静かすぎた。野戦病院に溢れている悲惨な喧噪の中で、静かすぎた。死に逝く者を引き止める声、死に逝く者が足掻く声、そんな騒々しさが消え失せた声。まだ死んでいないだけの。
「キャナリが死にました。亡骸も残りませんでした」
 ──まるで、死人のような。



 理解した時にはもう、そこには誰もいなかった。







クラリベルはもう唄わない














呼吸が止まる。


註*
 クラリベル:アーサー・C・クラーク著『天の向こう側(羽根のある友)』より、宇宙ステーションで飼われていたカナリアの名前。