乾いた風が吹きすさぶその場所から、夕焼けに染まった帝都の街並みを、男は見下ろしていた。
「来ると思っていたよ、デューク」
硬い石の床をブーツが叩いた音を拾ったか、男は振り返ることなく、やわらかなような、苦く微笑んだ吐息のような、疲れたような、そんな力のない声で言った。
そしてそんな諦めたような声で、問うた。
「私を、その剣で殺すか?」
その言葉に、デュークは立ち止まって嘆息をこぼす。呆れたように。
突き放すように。
「自惚れないでください。あなたを殺めることが、私の悲しみの慰めになるとでも」
「憎しみの慰めにはなるかもしれん」
「そんなことに意味などありません。たかが感情などのために命を奪う愚行を犯すのは、あなた方のやり方だ」
ついと目を落とした右手の剣は、深い紅の光を纏っている。
この輝きを空にある赤星のようだと言った、その声が聞けることはもう、ない。
「そうだな。本当に、そうだ」
ひどく途方に暮れたような声が、冷えた風に吹き散らされた。
「なあ、デューク。今の私がおまえにしてやれることは、一つもないのか」
沈む太陽の前に立っている、その背中はひどく小さく見えた。
長く長く伸びた黒い影は、デュークの足下にまで届いているというのに。
「……もし」
言いかけて、剣の柄をきつく握り込む。
意味などない。そんなことに、意味などないが。
「言ってみなさい」
そう先を促した男の声が、どうしてか優しく聞こえて。
「もし私が、お借りしていたこの宙の戒典を返すことなく帝国を去ったら、あなたは私をお許しになりますか」
吐き出してしまった言葉は、思いのほか奇妙なものだった。
許されたいと、思ったことなどなかった。
「おまえは宙の戒典で、何を為す」
男は、微かに笑ったようだった。
「……私は、エルシフルの、友の願いを受け継ぎます。そしてあの戦争で命を落としたエンテレケイアたちの分まで、この世界を守ります」
「そうか」
風が吹いた。男との近くない狭間に、強い風が。
目が眩むほどの金色の光の中で、ほんの僅か振り返った男がどんな顔をしているのかもわからなかった。
ただ男の声だけが、夕暮れの風に乗って聞こえていた。
「デューク。それを持って、行くといい。おまえの望むままに生きるといい。おまえなら、その剣を正しいことに使うだろう。たとえ手放すことがあっても、持つべき者にゆだねるだろう」
諦めて、何かが終わってしまったような、それでいて優しい声で、男は言った。
「約束しよう。私はもう、おまえを追わない。おまえを縛らない」
別れの言葉を。
「陛下」
これがおそらく、最後の別れになるのだろう。
男はもう、振り返らない。
だからこれが、最初で最後の。
「今までありがとうございました。──父上」
ずっと言えなかった言葉ひとつを残して、デュークは踵を返す。
少しだけ震えてしまった自分の声が、おかしかった。
十年前、エルシフルの死後、御剣の階梯にて。
落日に背を向けて。
出自を捏造してみた。皇族であって皇族でない庶子。