窓から低く射し込んだ斜陽は、小さな部屋をくっきりと金色と黒に塗り分けていた。
 机の上で黄金に染まって輝く銀色に、フレンは一瞥をくれる。自分たちの物ではない、犬笛と煙管。
 そこから目を背け、押し殺した声で部屋の奥へ呼びかける。
「ユーリ」
「わかってる」
 暗い影に身を沈めていた彼の、淡い光の滲む双眸が疲れたように閉ざされる。
「それでも、駄目なんだ。俺は」
 甘えるように鼻先を寄せるラピードの、包帯だらけの小さな身体をゆるく抱きとめながら呟かれたその声は、あまりにも小さくて、消え入りそうだった。
「もう、ここには、いられねえ……」
 無理やり微笑んだような彼の横顔は、乾いていても、泣き顔のようだった。



 あの頃、目の前には理不尽ばかりあって、その何もかもに自分たちは無力だった。
 必死に伸ばした手が握り返されることはなく、必死に訴えた言葉は踏みにじられた。
 ──だから。







黄昏に伸ばした手は空を切った







 オレンジ色に染まった空に掲げていた剣を、どちらからともなく引き戻し。
「あ、そうだ。聞いたぜ、おまえ本当に騎士団長になるんだってな。いつの間に決まったのか知らねえけど」
 おめでとさん。ふと思い出したように、ユーリがぞんざいに祝いを口にした。
「ああ。ありがとう。こんな状況だから就任式はまだ先になるけど、評議会から正式な承認を受けて、公表もされたよ。……君が行方不明になっていた間にね」
 言い返す声にフレンは精一杯の皮肉を詰め込む。アレクセイの謀反が片づいていなかったので、ザウデ攻略作戦では騎士団長代行だった。そしてザウデから帰還するとき、ユーリはいなかった。ようやく帰ってきたときには。
「そういやあの時おまえ、帝都いなかった気がするな」
 ユーリが今更思い出したように言った。
「そうだよいなかったんだよ。君の無事が確認されたって報告は後で受けたけど」
「そりゃ奇特な奴もいたもんだ」
「帝都を出るときにルブランたちと会っただろう、彼らが教えてくれた」
「そんなこともあったな。って、まさか俺を指名手配し直したの、おまえじゃないだろな」
 ぱっと起き上がったユーリがしかめ面で、隣で寝転んだままのフレンを見下ろす。
「君がザウデから転落したって聞いて、丸二日ひたすら周辺海域を捜索したけど君はいっこうに見つからないし、ザウデを警備するついでに一応は捜索を続けさせるにしても、とっくに何処かに流れ着いてでもしていたら、その方が早いかもしれないだろう?」
 うそぶきながらフレンは、夕焼け空に目を戻した。
「何だそりゃ」
「死んだなんて少しも思ってなかったよ。でも、待っていることしか出来ないのは結構キツいな」
「……ん、悪かった」
 一つ息を吐く。ここの風は少し冷ややかで、きっと長くは続けられないだろう。
「あとエステリーゼ様も、僕宛に置き手紙を残してくださって」
「へえ」
「ユーリの、怪我のことも聞いた」
「怪我なんかとっくに治ってるって。んな怖い声出すなよ」
「それも知ってる」
「ならそれでいいじゃねえか」
 言う彼の声だけがひどく軽く、曖昧な笑みの色を帯びている。
 ──ひどく苦い。
 だからフレンは上体を起こすと、夕陽に滲む親友の顔を、ひたりと見据えた。
 彼は何も言わない。
「ユーリ。ザウデであの時、本当は何があったんだ」
 苦かった。こびりつくように舌の上でざらつく、自分の言葉が。
 弾かれたように振り返った、表情が凍る。
「何って……おまえ」
「君が帝都で無事を確認されるまで、時間がかかりすぎだ。本当にザウデから転落して危ういところを助けられたなら、どうして君はずっと意識がなかった?」
「それはまあ、怪我のせいだろ」
「何の怪我」
「だから、……飛んできた瓦礫の破片、とか」
 フレンが黙って睨むと、ユーリは逃げるように視線をあさってへ流す。
「あの状況ならそうなってもおかしくないってことは、わかってる」
「違うって言いたげだな」
「そうだね。本当は違うんじゃないか」
 重ねた声は、もはや問いかけの色を残せていなかった。
 だからなのだろう、諦めたようにユーリから、ため息が落ちた。
「俺が言うことは何もねえよ」
「どうして」
「報いだからな。俺がしたことの」
 少し遠くを見るように、ユーリの横顔が青みがかった夕暮れの空に目を細めた。
「そうか……」
 それを見つめながら、ひっそりとフレンは自嘲をこぼす。こんなことは彼への甘えだとわかっている。
 だが少なくとも、ユーリにとってはもう、終わったことであるならば。
「だったらこれだけ聞かせてほしい。ザウデであったことは、君たちの間でケリを付けたと思っていいんだな」
「ああ。もう全部ケリが付いた。──つかちょっと待て、おまえ何処まで知ってんだ?」
 神妙な顔で答えてから、ユーリがはっと目を瞠る。
「さあ、どうだろう」
「おい」
「見たものから推測はしてるけど、それだけだよ。わざわざ僕の方から彼女に問いただす気もない。ただユーリの答えは聞きたかったんだ。それで僕にとっても、あのことは終わりにすると決めたから」
 気色ばんだユーリにフレンがそう言い返せば、彼は気まずそうに声を落とした。
「……フレンは、それでいいのか」
「いいよ。ちゃんとユーリは生きてる。僕はそれでいい」
 でなければこうして、終える勇気も覚悟も持てるはずがない。
 もう待つことはしない。
「ああでも、ラピードにはちゃんと感謝しろよ」
 だから、努めて軽い調子で言い添える。
「ラピード?」
「ザウデであの時、咄嗟に血まみれのナイフを隠してくれたんだ。それで他に誰もいなくなってから僕にだけ教えてくれた。あんな物がエステリーゼ様たちに見つかったらどうなっていたか。シュヴァーン隊長には気づかれたけど」
「ちょ、マジか……おまえな、それ先に言えよっ」
 気が抜けたように肩を落としたユーリが、拗ねた目で睨んでくる。しかしそこに鋭さはまったくなくて、フレンは軽く声を立てて笑い返した。
「だってユーリはこのまま、誰にも何も言わないつもりなんだろう? だから教えてあげるんだよ、君が思ってるほど、実は隠しきれてないんだぞって」
「……他の奴らには、バレてねえんだな」
「どうかな。エステリーゼ様はさすがにそこまで気づいておられないようだったけど、他の人とは話をしてないし」
「怖ぇこと言うなっつの……」
 背を丸めて、ユーリは深々とため息をついてみせる。
「でもそうやって黙ってユーリの好きにさせてくれるのも、ユーリがしてきたことの報いなんじゃないのかい。ユーリのこと、信じてくれてるんだよ。いい仲間じゃないか」
「不義には罰を、なんだけどな」
 うちの鉄拳制裁は生半可じゃねえんだよ。あれはマジでキツかった。そう言って困ったように苦笑いする声は、ひどく優しい。
「少し、羨ましいよ」
 苦笑しながらこぼした言葉に、ユーリが怪訝そうに目を眇めた。
「あ? 何だよ、いきなり」
「こないだヨーデル殿下からお聞きした。ハルルで、君が黙って抜け出して帝都に行こうとしたこと、それを君の仲間たちが怒って追いかけていったこと」
 その時のその行動が、どんな意味を持っていたのか。わかっていたからユーリは一人で行くことを選ぼうとし、彼の仲間は彼を一人で行かせないために追ったのだ。
「その話を聞いて、良かったと思った。今のユーリにはあの人たちがいるから、もうユーリひとりきりで重荷を背負うようなことはなくなる。そう思ったんだ。でもそう思ったら、君の仲間が羨ましくなった。……本当は、僕もそうなりたかったから」
 陽の当たる道を二人で歩いて、そして背負いたかった。
 そう夢見た頃が、あった。
「なあ……また騎士団に戻ってこいとか、マジで言う気じゃないよな」
「わかってる。そんなこと冗談でしか言わないよ」
 ひどく困ったように言ったユーリを、フレンはわざと笑い飛ばした。
 同じ道でないからこそ出来ることがある。それはユーリの傍にいる仲間たちには出来ない、フレンの特権だ。
「でも、少しくらい寂しがってみたっていいだろう?」
「だったら」
 皮肉もなく、苦みも痛みもなく、ひどく素直な色でユーリが笑う。
「おまえもちゃんと増やせよフレン、俺が羨ましくなるような仲間」
「それでも寂しいものは寂しいよ」
「騎士団長様が、俺なんかがいないくらいで寂しがってんじゃねえよ」
 陽が暮れるしそろそろ戻るぞ。早口で言い捨てるなり立ち上がったユーリが、オルニオンの門へ踵を返す。
「寂しがるくらい、いいじゃないか」
 思わず身を捻って言い返したフレンに、その背中は呆れたように片手をひらりと振るだけだ。
 振り返らない。
「ユーリ……」
 軽い足取りでオルニオンに戻っていくその後ろ姿に、どうしてか分厚い壁の向こうへ去っていった姿を思い出した。もういられないと彼が嘆いた、絶望を知った日とは何もかも違うはずなのに。
 青ざめた薄暮の色を、フレンは見上げる。
 ユーリがこの空に、何を見ていたのかは知れない。だが。
「報い、か」
 ならば自分が受ける報いは、何になるのだろう。
 呟いた声は夜の匂いが滲む風に溶けて、音にはならなかったけれど。



 あの頃、目の前には理不尽ばかりあって、その何もかもに自分たちは無力だった。
 必死に伸ばした手が握り返されることはなく、必死に訴えた言葉は踏みにじられた。
 だから自分は力を望んだ。
 隔てた鉄格子を開ける鍵が欲しかった。誰にも潰されない言葉が欲しかった。
 世界を変えられる、力が欲しかった。
 ──そうしたら。



 がらんとした議場は、細いガラスから幾筋も差し込む月明かりで、蒼い薄闇に沈んでいた。
 その向こうに見える夜空にもはや星喰みの影はなく、星屑が散っている。
「君もそういえば貴族出身だったか」
 すっかり忘れていたな。手紙を折りたたみ直しながらフレンが落とした声に、ソディアが気まずげに俯く。
「はい。目立たぬように息を潜め、評議員を取り巻く有象無象に埋没することで保身を計っているような、臆病な家ですが」
 その物言いに潔癖な彼女が実家に向ける嫌悪が滲み出ているようで、フレンは声を潜めて笑った。
「ソディアは家出娘だったんだな」
「……フレン様、今はそんなことではなくて」
「わかっているよ」
 そうして困ったように目線を持ち上げたソディアには、片手を軽く掲げるだけで応じる。
「平民の、しかも下町出身から異例の大出世、反逆者から帝都を解放した英雄、次期皇帝陛下の覚えもめでたい新人騎士団長、──実際はどうあれ看板としては出来すぎだな。その副官ともなれば、目立ちもするだろう」
 貴族でありながら特権階級に胡座をかいて生きることを良しとしない、彼女の生真面目な気質は騎士団でも煙たがられ、廻り巡ってフレンのところに厄介払いされたという噂を聞いたことはあった。もともと武門ではなく文官の家の出で、騎士団内には特に伝手もなかったらしいソディアは、本当なら脱落組にも等しかったろう。だが彼女を拾ったフレンが、この短期間で騎士団長にまで駆け上がってしまった。
 さらにはフレンの背後にヨーデルがいることも、騎士団がかねてからヨーデルを皇帝候補に推していたことだけでなく、ヨーデルがフレンの騎士団長就任について評議会の一刻も早い承認を迫ったことで明白となっている。評議会はしばらく代行のまま置いておきたかったであろうし、フレンもそうなるだろうと思っていたのだが、ヨーデルは帝都解放の英雄を騎士団長に据えることで形だけでも騎士団を正常に整え、少しでも国民の不安を和らげるべきだと押し切ったらしい。
 そして明朝この議場で、ラゴウのやり直し裁判が始まる。ラゴウの悪行は問題なく全貌が暴き立てられることだろう。リヴァイアサンの首領は要求した見返りに恥じない、完璧な証拠を用意していた。それ故に取引を持ち込んだ幹部は帝国に保護され、首領の私的なボディガードだったという少女二人は見逃される。そしてラゴウの罪は滞りなく明かされる。評議会も今更それを妨げることはしないだろう。
 しかし貴族階級の特権に踏み込む取っ掛かりを欲しているヨーデルは、ラゴウの悪行の数々が長く隠蔽され、また発覚した後もいったんは正当な裁きを免れたことを取り上げて、評議会を引っかき回しにかかるだろう。そういった事を起こす不穏な気配を、ヨーデルが評議会相手に匂わせている。
 差し迫った星喰みの脅威が去ったとはいえ、ブラスティアの恩恵が失われた混乱から、不便な代替技術が浸透して社会が立ち直るにはまだまだ時間がかかる。これまではとにかく復興が最優先で、帝国内部の権力争いもなりを潜めていた。しかし帝都も最低限の生活環境が整うようになり、ようやくヨーデルの即位式の日取りも決まり、わずかばかりとはいえ余裕が出来てきたからこその、この嵐の気配だ。
「君のご家族が心配するのも無理はないな。もう間に合わないだろうが」
「いいえ。フレン様が隊長に昇任された時には喜んでおいて、今更になって怖じ気づくなど……曲がりなりにも貴族が。お恥ずかしい限りです」
「返事はしたのかい」
「……いいえ。まだ何も」
 今更こんなことを言われても。小さく呟いたソディアの目に、逡巡に似た色が滲んでいる。
 こんなものは一族の保身目的だと言い切ってしまえれば、もしくは家族として純粋に彼女の身を案じているのだと思えれば、楽だったのかもしれない。
「貴族、か」
 呟いてフレンは、ふと視線を広い議場に巡らせた。
 天井は高く、質の良い木材で整えられた内装が落ち着きと風格を漂わせた、ここは評議会のための議場だ。帝都とザウデが奪還された後に行われたアレクセイの騎士団法会議とは場所が違う。通常の裁判を執り行う法廷とも違う。ラゴウは帝国貴族であり評議会議員であったために、開かれる裁判も特殊になる。
 ここで裁かれるとすれば、それは貴族や皇族だけだ。
「昔、今にも殴り込みそうなユーリを、しがみついて止めたことがあったな」
「ここに、ですか」
 ソディアの訝る気配を感じながら、議場の扉を見据えてフレンはすっと目を細めた。
「ああ。あの扉の向こうで」
 中の音を漏らさないほど分厚い、両開きの大きな扉は、閉じている。
 あの時もそうだった。
「あいつがまだ騎士団にいた頃、──いや、あいつが騎士団を出ていく少し前に」
「何が、あったのですか」
 言い換えた意味を察したらしいソディアの声が、緊張に強張る。
「いいや。何もなかったよ」
 机に肘をつきながら、フレンが口の端を皮肉げにつり上げて笑う。
「本当に何もなかったんだ。それをユーリも僕も知っていた。でもあの日、僕たちはここで何を言うことも、ここに入ることも許されなかった。あの扉の外で、黙って待っているしか出来なかった」
 そして無力と絶望を思い知った。
「こういうことは、君の方がよく知っているんじゃないかな」
「……そうかもしれません」
 ソディアがほうと息を吐いた。
「裁判の、結果は」
「斬首刑だった」
 それから間もなく、ユーリはひっそりと騎士団を離れていったのだ。
「フレン様は……ユーリ殿と一緒に出ていってしまおうとは、お考えにならなかったのですか」
「僕はそこまで思い詰めていなかったんだ。あの時は、残されたユーリたちや自分を守ることに必死だった」
 あの時のフレンは、それ以上ユーリが巻き込まれないように引き止めて守る役割だった。それは最期に託された願いでもあった。そしてフレンはそれを果たしたのだ。
「だからあの時のユーリが何に絶望していたのかも、本当はわかってなかった気がする」
 だからきっと、同じではいられなくなった。
──だからきっと、僕はユーリに何も言えなかったんだろうな」
 何を言えばいいのかわからなかった。
 言えたのは、ほんの少し引き止める言葉だった。
「それが悔しくて情けなくて、騎士団に残ったのかもしれない。上に行って騎士団を変えて国を変えて、僕が何とかするから大丈夫だと、あいつに言ってやれるようになりたかったのかもしれない」
 結局ラゴウの時には何も出来ないままで、あんなことになってしまったけど。
 苦く苦く、フレンは微笑む。
「だから僕は、この国を変えたい。あいつがこれ以上、あんな理不尽な思いをしなくていいように」
 平穏な日々に、彼らが笑っていられるように。
「では、いつかフレン様の夢が現実となった暁には、それをユーリ殿が教えてくれるのですね」
 今日はじめて表情を緩めたソディアの声は、ひどく穏やかだった。
「そんな綺麗なものじゃないさ。私情まみれだよ」
「そうでしょうか」
「そうだよ。僕の根っこにあるのは結局、下町とユーリのために帝国を変えたいと思った私情なんだ。いろいろあって、考えさせられて、それがよくわかった。だから巻き込まれたくないと考える君の家族のことは理解できるし同情もするが、譲る気はない。ようやくここまで来たんだ、今はまだ騎士団長の名前だけかもしれないが、立ち止まるわけにはいかない。最後に決めるのは君だとわかってはいるけど……ソディアにはその話、断ってくれないと、僕は困る」
 うっすらと熱を帯びながらも冷ややかなフレンの言葉に、驚いたように目を瞬かせたソディアが、ふと困ったように微笑む。
「そんな風に言っていただけるなんて、思ってもみませんでした。私などにはもったいないお言葉です」
「自分でも酷い言い方をしたと思ったんだけど」
「いいえ」
 彼女はゆっくりと首を横に振った。そして机の上の手紙に、そっと手のひらを重ねた。
「……こんな意味でではありませんでしたが、ずっと考えていました。近いうちに、そうしようと」
「それは初耳だな」
「はい。理由を申し上げればそこで終わりになるので、言えませんでした。せめてヨーデル殿下が即位なされて落ち着くまではと思っていました。それまではお仕えしお支えすることも、私の償いの一つだと思っていました」
 おそらくザウデでのことを言っているのだろう。ならばこれが、彼女のしてしまったことへ、彼女自身が出した答えになるのだろう。それをフレンも予測していなかったわけではない。ずっと意識の片隅に置いていたことだった。だから。
「ソディア、それは」
 続くフレンの言葉を遮るように、ソディアはもう一度首を振った。
「けれどそんな私のことより、もっと大事なことがあったことを忘れていました」
 つとソディアが、決然と眼差しを上げた。
「フレン様の今の言葉を、私よりもっと、聞くべき人がいます」
「ソディア……?」
 その気配にフレンはかすかな違和感を覚える。それは罪の告白より、もっと透き通った。
「だから聞いていただけますか。私がしてしまったことと、何より──ユーリ殿がしようとしていることを」
 そして彼を止めてください。彼女は祈るような声で、そう言った。



 あの頃、目の前には理不尽ばかりあって、その何もかもに自分たちは無力だった。
 必死に伸ばした手が握り返されることはなく、必死に訴えた言葉は踏みにじられた。
 だから自分は力を望んだ。
 隔てた鉄格子を開ける鍵が欲しかった。誰にも潰されない言葉が欲しかった。
 世界を変えられる、力が欲しかった。
 そうしたら。



 この声も届くと、思ったのだ。







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黄昏に紛れた姿を見失って、その背に伸ばした手は届かなかった。
だから、声を。

完結篇前編。次で決着。
設定はいろいろ捏造だらけです。ユーリとフレンとラピードの過去は、今までの話もこんな感じを前提に作ってます。