「ユーリ。先に言っておくけど、怒るなよ」
 先ほどまでいた部屋の、隣の部屋のドアノブに手を掛けて、つとフレンが言った。
「あ? 何だよ、いきなり」
 行きがけにかわしたヨーデルとの約束を果たすだけで、何があるというのか。
 フレンは曖昧な笑みを浮かべて。
「見ればわかるさ」
 そうして一気に開かれた、ドアの向こうには。







暁星は夜明けの光に溶ける
鐘を鳴らして







「お、おまえら……!? 何でここに」
 驚愕に掠れた声を上げてユーリは、呆然と室内を指差しながらその場に立ちつくした。
 その誰を指しているかもわからない腕を取って、フレンが無造作なまでに気遣いのない所作でユーリを室内に引き入れる。そうしてよろめきながら踏み込んだこの部屋は、貴族のティータイムという華やかさよりもっと重苦しい、憮然とした空気に包まれている。
 しかも真ん中の、大きな円卓を囲んでいるのは。
「つか仕事じゃなかったのかよカロルもジュディも!?」
 ユーリの力いっぱいの絶叫に、リタがひくりと片方の眉を跳ね上げたが、それどころではない。今朝方、墓地へ向かう前に面会の約束があるからと別行動を取ったはずのカロルとジュディスが、そこに座っているのだから。
「うん、仕事だよ」
「ええ、仕事よね」
 平然と余裕の笑みをかわして二人は同時に、真ん中に座るヨーデルを手のひらで指し示した。
「依頼人」
「実はそうなんです」
 ぴったり二つ重なった声を受けて、ヨーデルが満足そうな笑顔で肯く。
「驚きました?」
 その隣で、やはり嬉しそうにエステルが小首を傾げて問うてきた。
 揃いも揃って、イタズラに成功した子供のように。リタだけはテーブルに頬杖をついて呆れ果てているようだったが。
「エステルもリタもか。……ちょっと待て、ってことは」
 はたとユーリは傍らのラピードに目を落とす。この屋敷の廊下を仲間たちが通っていたら、ラピードが嗅ぎつけないはずがない。果たしてラピードは、ついと突き刺さるユーリの視線から逃れるように顔を背けた。
「ラピード、おまえもかっ!」
 つまり計られていたのだ。何もかも。
 思わず足下がぐらりと揺れて、ユーリは円卓の端に腕をつく。
 今回のことが計られていたということは、すなわち。
「ちょっとせいねーん、おっさんもいるんですけどー?」
 ヨーデルから一番離れた席で微妙に居心地悪そうにしているレイヴンが情けない声を寄越したが、ユーリはぎっと睨み返した。
「うるせーよちょっと黙ってろおっさん」
「ひどっ」
「こっちはそれどころじゃねーんだよ。……なあおい、何が何処までバレてんのか、誰か教えてくれ」
「いやユーリ、そんな言い方したらバレてないことまでバレる」
 呆れた声で言いながらフレンが手近から引き寄せた椅子を差し出してきたので、へたり込むついでにテーブルに突っ伏す。
「まだバレてねえことがあんのか、この状況で」
 そして横目で見やり低い声で唸るように言えば、フレンは何かを探すように視線を彷徨わせた。それから後ろのソディアを振り返り、ややあってユーリに向き直った。
「そうか、もうほとんどないかも」
「はい。さっきの話も丸聞こえでしたし」
「丸聞こえだぁ!?」
 素知らぬ調子で同調するソディアの言葉の中から聞き捨てならない一言を拾った瞬間、ユーリは弾かれたように顔を上げた。
「ええ、実はそこの壁に隠し扉があるので、隣の部屋の音がよく聞こえるんです」
 すると向かいのヨーデルが、微笑みながらとんでもないことを言い放った。
 つまり本当に筒抜けだったらしい。
「でも同じくらいこっちの部屋の音も響きやすいので、ユーリに気づかれないように静かにしてるのも大変だったんですよ。ねえリタ」
「そうねー」
 その横でエステルから無邪気な同意を求められてしまったリタが、頬杖をついたまま気のない返事を返す。そして冷え切った半眼でユーリを見下ろした。
「ったく、あんたのせいでこんなバカっぽい茶番につきあわされたんだからね、反省しなさいよ」
「……俺のせいか」
「あんた以外の誰が悪いってのよ。いい加減に懲りなさいよね」
「……俺が悪いのか」
「ボクたち謝らないからね、黙ってたこと」
 テーブルの上に両手で頬杖をついていたカロルが、じろりと非難がましくユーリを睨め上げた。
「自分で決められるユーリは強いなって、ずっと思ってたよ。でも、それでこんな答えを選んじゃうくらいなら、そんな強さいらないよ。もうこんな大事なこと、一人で考えて決めたりしないでよ。勝手すぎるよ」
「勝手、って」
「思いっきり勝手じゃないか。僕に何も言わず消えるつもりだったんだろう」
 すかさず顔を寄せたフレンが鋭く口を挟む。
「だって普通、仕方ねーだろ!」
「仕方なくなんかない!」
「そうね」
 くすくすとジュディスが笑う。
「普通、とてもショックよ、親友に自己満足で消えるなんて言われたら」
「自己満足って、俺は別にそんなつもりじゃ」
「あら。もう一度ぶっ飛ばされたいのなら、今度は手加減なしになりそうなのだけれど」
 完璧な笑顔を飾り付けてジュディスは、持ち上げた拳を握りしめてみせた。
「それは遠慮させてくれ」
 白旗代わりにユーリは両手をひらひらと振る。
 クオイの森でカロルとリタにもみくちゃにされた自分に、彼女の鉄拳が華麗に止めを刺してくれた記憶はまだ新しい。
「だったら、もう二度とあんなことを考えては駄目よ」
 あなたが良くても、あなたの親友が可哀想だわ。
 まるで小さな子供を諭すように言われてユーリは、ジュディスの言葉にまったくだとでも言いたげなフレンをちらりと振り返る。
「……だからって、これはねーだろ」
 そうして腕を組んでそっぽを向いた。が。
「エゴにはエゴでしょ、普通」
「そうよね。とても正しい方法だわ」
「ユーリが一人で勝手をするなら、フレンがみんなと示し合わせて勝手をしたっていいんです」
 たたみかけるように積み重ねられた女性陣の言葉に、がくりと項垂れるしかなかった。
「何でこうなった……」
「愛されてんのよ、青年は」
「おっさんキモいぞ」
 目も暮れずにユーリが一蹴すれば、八つ当たり反対おっさんイジメ反対と気の抜けた抗議が返ってきた。
「だってどうせ、あんたも俺が悪いって言うんだろ」
 長身を丸めて肩を落としたまま、ユーリがささやかに口を尖らせる。と。
「そうねえ。おっさんもあんまり青年のことをどうこう言えたもんじゃないんだけどさー、もしユーリにあんな生き方を選ばれちゃったら、今のおっさんはどうしたらいいのか本気でわかんなくなっちゃうわけよ」
 軽い調子で答えてレイヴンは、それでも言葉どおりに心底困ったような苦笑いを色濃く滲ませた。
 シュヴァーン・オルトレインの生死は現在も、曖昧なまま放置されている。アレクセイの謀反発覚直後に騎士団内部へ向けて死亡の報を流したきり、それ以上の公表は何も行われていないままだ。シュヴァーンと呼ばれるたびに別人だと、その男はもう死んだと言い張りながら、すべてを埋めて葬るための墓を建てることは拒んだのだ。
 そして今の彼はレイヴンの名でユニオンと騎士団の合同部隊を与っているが、そこに騎士団側からはシュヴァーン隊所属の人間が多く出向しているのも事実だ。
「そういうこと青年はちゃんとわかってくれてるのかしらって、不安になっちゃったわー」
「……俺の考えてたことは、あん時のシュヴァーンと同じってか」
「ユーリがそう思ったんなら、そうかもね」
 あの一瞬、彼は確かに死のうとしていた。ユーリに殺されようとしていた。それは死を渇望した末の選択だったのかもしれないし、裏切ったことへの罰のつもりだったのかもしれない。
「やっちゃったことは償いきれるもんじゃないけどさ、だからって出来ることまで捨てちゃダメなのよ青年」
 それじゃ誰も幸せになれなかったから。
 その呟きは、ひどく苦い。
 シュヴァーンとしての部下もレイヴンとしての仲間もすべて裏切ったこの男は、捨てた部下に救われて仲間に許されて、今もそのただ中で笑って生き続けている。
「はい、真面目なオハナシ終わり! もうお願いだからホントこれっきりにしてよねー、おっさんの心臓にも悪いのよ?」
 言って、レイヴンが手のひらをぱちんと鳴らした。
 その軽快な音にユーリもはっと我に返ると、それから決まり悪さを誤魔化すように、がしがしと頭を掻く。
「あー……俺、初めて、レイヴンが頑張ってるって思えたかも」
「なーんか酷い言われような気もするんだけど、とりあえず褒め言葉としてもらっといてイイ?」
 ふざけたように甘えたようにレイヴンが言うと、それまで黙ってこの場を見守っていたラピードが不意に景気よくワンと一声吠えた。
「ほら、ワンコもそれでオッケーって」
「……ポジティブだな、おっさん」
 途端ぱっと顔を輝かせたレイヴンに思わずユーリがげんなり息をつくと。
「ユーリが後ろ向きなだけです」
「そうらしいな」
 そんなつもりはなかったんだけどな。肩をすくめて自嘲をこぼしたユーリの傍まで、立ち上がったエステルが迷いのない足取りでやってきた。
「どうした?」
 向き直って、ユーリは怪訝に首を傾げる。
 彼女は黙ってフレンと視線だけを交わすと、ユーリに向けて力強く微笑んだ。そして。
「ユーリに聞いてほしいことがあるんです」
「ん?」
「私、ヨーデルとフレンたちと一緒に、帝国を変えるために頑張ります。この国をもっと良くしていきます。だから、時間はかかると思いますけど、見ていてください」
「俺にずっと見てろって?」
「はい、ずっとです」
 困ったように笑ったユーリに、エステルは笑顔のまま肯いた。
「そしてもし、私たちが間違った道を選んでしまうことがあったら」
 テーブルの上にあったユーリの左手に、エステルはそっと自らの手を重ねた。
「その時はユーリが、私たちを止めてください」
 薄い手袋の向こうから、ほのかに体温が触れる。あの砂漠の夜のように。
「何言ってるのか、わかってんのか」
「わかってます」
 目を伏せてエステルが口にしたのは、誓いの言葉だ。
 彼女の手がそっと離れて、ユーリは微かな熱が残った左手を見やる。次いで沈黙を守るヨーデルに目を向けた。
「あんたの副帝、とんでもないこと言い出してるけどいいのかよ」
 するとヨーデルは、わずかに目を細めて優雅に微笑んだ。
「それがエステリーゼの覚悟の表し方なら、私は祝福します。それに私も、あなたのような人にあのとき助けるのではなかったと後悔されるようなことは矜持が許しません。一口乗りたいくらいですね」
「言ってくれる」
 あの日ハルルで弱音をこぼした彼をきつく突き放したことを、もしかして根に持たれているのだろうか。
「俺はそんな大層なもんじゃないぜ」
「それを決めるのはあなたではなく、あなたの周りにいる人たちですから」
 ヨーデルはあくまで悠然と言い放つ。
「……なんか、そう言われると重てえな。でも」
 悪くない、か。呟くように声をこぼすと、ふらりと近づいてきたラピードが前足をユーリの膝に乗り上げて、首筋に鼻先を寄せる。驚いたユーリがやんわりと支えるように抱きとめた刹那、ラピードの舌が頬を舐めた。
「ああー! ラピードもそんなことしてくれるんです!?」
 それまでの静かな緊張感をかなぐり捨てたエステルが、羨望のこもった叫び声を上げる。それには一瞥もくれず、するりと膝から降りたラピードは澄ました顔で、いつの間にか床に置いていた煙管を再び咥え直した。
 そしてユーリは呆けた顔でまずラピードをまじまじ見つめ、それからフレンを振り返った。
「……何だこれ」
「何だろうな」
 答えになっていない答えを、彼はしたり顔でうそぶく。
 そして。
「僕も約束するよ、ユーリ。あの時の僕は何も出来なかった。でも今の僕は、今だから出来るようになったことがある。過ぎてしまった罪をなかったことには出来なくても、君がもう二度と、あんな重荷を背負わなくていいような帝国に変えていく」
 フレンは静かに、だが凛然とした声で、やはり誓うように言いきった。
「だからこそユーリには、ちゃんと僕たちのすぐ傍で見ていてほしい。──もし僕が道を踏み外してしまったら、君が正してくれるんだろう?」
「悪党になっちまう前に止めねえと、おまえらを斬らなきゃいけなくなるってか」
 そんなことを、言ったこともあった。
 あの夜は、ただ痛みだけでしかなかったけれど。
 左手をゆるく握りしめて、ユーリがほろ苦く笑ってみせると。
「僕は信じているよ。だからきっと、大丈夫さ」
「どんな自信だよ」
「ラピードのお墨付きの自信」
 即座の切り返しに、ユーリは思わず目を瞬く。そうしてふと面白がるような見守るような周りの笑顔を見回して、それから視線を少しだけ上に向けた。
 ──見守ってくれて、いるだろうか。
 そんな夢みたいなことを、本当に思ってみたくなった。空の上に。
「だからユーリも、もし何か困ったことがあったら、一人で思い詰めてないですぐに頼れ。みんなで考えれば、きっと何か出来るよ。これからは」
「そうか、そうかもな」
 夢みたいなことを、信じてみたくなった。
 目の前に。
「ああ、そうだよ」
 頼もしい笑顔で肯いた親友は、ゆるく握った拳を軽く掲げるように持ち上げた。
 今の自分に、出来ることは。
「いいぜ、約束してやるよ。どうせそんなことにはならないだろうしな?」
 くしゃりと笑いながらユーリは、そこに自分の左手をこつりとぶつけた。



 鐘が鳴る。はじまりを告げる、鐘が鳴る。



「フレンの話もしっかり綺麗に終わったし、そろそろお仕事の話もしようよ」
 朝の鐘が鳴っちゃったよ。カロルが椅子の上で、大きく伸びをしながら笑った。
「ああそうでした、その話もしないといけませんね」
「何だ、カロルたちの仕事って俺をはめたことじゃねーのか」
「うん」
「昼にはちょーっと早いぞ」
「あら。出発はお昼すぎからのつもりよ」
「……別にいいけどよ」
「何の話」
「いや? 今日は昼まで休みと言われてたような気がしたんだが、どうも俺の気のせいだったらしいわ」
「君も意外と、いいようにあしらわれてるね」
「しみじみ言うな。さすがにへこみたくなるだろ」
「あんたがそんな繊細さを持ち合わせてたなんて初耳だわー」
「うるせーな」
「ユーリ、お休みだったんです?」
「だってさー、ボクらがいたらユーリが話せないでしょ? ユーリの隠し事バレてないことになってたんだもん」
「いろいろ悩んだのだけれど結局、お休みにするからお友達に会いに行ってらっしゃいって、ぎりぎりまで本当のことを言うことにしたの。私、嘘は苦手だもの」
「わふ」
「……青年も大変ねえ」
「うちの最底辺はおっさんだからな」
「俺様はユニオンのお仕事で出張中だもーん。まだとうぶんオルニオンだもーん」
「キモ」
「ぐっ……オルニオンは、どこぞの天才魔導少女みたいにおっさんをいじめる若人もいない、いいところだもーん」
「あら。ちょっと前にも単身赴任が寂しくなって、モンスター掃討の楽しいお仕事を私たちに回してご招待してくれたのは、何処のおじさまだったかしら」
「はーい、それはここのおじさまでーす。だってぇ、寒い冬は人恋しくなる季節でしょ」
「もう、そんなこと言って何度目だよ。ボクは工事現場に入れて楽しいけどさ」
「あ、じゃあみんな、オルニオンには何度も行ってるんです? 私しばらく行けてないから羨ましいです。こっちの港には何度か視察で行きましたけど」
「人が増えて、街もどんどん大きく賑やかになってるから、嬢ちゃんはきっと見違えるわよ」
「噂は聞いてます。早くまた行ってみたいです。ねえ、リタ」
「イヤよ。この季節はまだ寒いじゃない、あっちは」
「つれないわねーリタっち。近くの山で面白い鉱物が採れるとかで、リンゴ頭くんなんか住み着く勢いよ? 今日のことだって声かけたら手が離せないからよろしくお伝えくださいとか言われちゃったくらい夢中よ?」
「ちょ、何それ、あいつ……!」
「ちょっと待ってください、どうしてレイヴン殿までウィチルをそう呼びますか」
「へ? あー、いやだって青年がさんざんそう呼んでたから、ついそっちで覚えちゃってねえ」
「……ユーリ」
「睨むな怖ぇから。つーか違うだろ仕事の話するんだろ。ほら天然殿下も待ちぼうけだぞ」
「あ、逃げた」
「あら、逃げるのね」
「逃げちゃったね」
「逃げるんです?」
「逃げたわ」
「逃げたわねー」
「ええ、逃げましたね」
「ワフン」
──ラピードぉ!」
「このまま見ていたい気もしますが、そうですね、そろそろお仕事のお話に行きましょうか」
「そうやって必死で笑い堪えるくらいなら、いっそ笑い飛ばしてくれ……」
「すみません。とても楽しそうで、つい」
「そーかよ。おまえも後ろでこそこそ笑ってんじゃねーよ! さっきもさりげなく混ざりやがって」
「なっ、……あなたこそ、いちいち気づくなっ」
「あ、真っ赤です」
「落ち着けソディア、顔が赤い。それにこのままだと本当にまた話が脱線しそうだ」
「も、申し訳ありません」
「いえ。私の依頼も小難しい話ではありませんので、お茶でもしながら気楽に話しましょう。ソディア、厨房に連絡をしてくれますか」
「承知いたしました」
「あー、そういや来た時、ケーキがどうとかって言ってたな」
「はい! 美味しいケーキを用意してありますから期待してください」
「えー、ケーキはちょっとおっさん遠慮したいわー」
「よし。おっさんの分も俺が食う。全部食う」
「……ユーリが本気だ」
 フレンの呟きに、ラピードは呆れたように、黙ったまま尻尾を大きく振った。



「本当に、難しい話ではないんですよ」
「だったらわざわざギルドに頼むようなことか? 未来の皇帝様が」
 騎士団使えよ。言ってユーリが、可愛らしく飾り立てられたプチケーキを一口で丸ごと頬張った。これでいくつめだったか、フレンはごっそりとスペースの空いたケースに目を向けただけで、何も言わなかった。
「残念ながら、騎士団の手には負えないでしょうね」
 ヨーデルは困ったように苦笑する。
「それにおそらく、これはブレイブヴェスペリアの皆さんにしか頼めないことだと思います」
「騎士団じゃ無理だけど、ボクらなら出来ることなの?」
 紅茶をちびちび舐めていたカロルが、不思議そうに首を傾げた。
「ええ」
「……大変なこと?」
「皆さんへの依頼は人捜しです。ある人を見つけて、ザーフィアスまでお連れしてもらいたいのです」
「あら。じゃあその人は騎士団のことがお嫌いなのかしら」
 それとも帝国。ジュディスの言葉に、ヨーデルはいっそう苦笑を強めた。
「そんなところですね」
「どんな人?」
「私の従兄です」
「ってことは皇族か貴族か、どっちにしろそれこそ俺たちの手に負えねえだろ」
 ケーキを飲み込んだユーリが渋面を作る。非公式な場とはいえ、エステルやヨーデルとこうして気安く話せていることが異常なのだ。
「でも、ヨーデルに従兄なんていたんです?」
 ヨーデルの隣でエステルも大きく目を瞬く。彼の伯叔から考えれば、従兄ということは先の皇帝陛下とも近い血縁になるはずだ。ならば次期皇帝候補に名前が挙がらないはずがないだろうに、エステルにとってもその存在は初耳だった。
「実はいたんです。ただその人が皇族だと知っているのはごく一部の人間だけなので、評議会の貴族たちも知りません。先の皇帝の、公式には認められていない息子なので」
「クルノス陛下の隠し子ぉ!?」
 ぎょっと目を瞠って変な声を上げたのは、レイヴンだった。
「叫ばないでよ、おっさん。うるさい」
「えー、でもだって」
「私もビックリです。まさか陛下にご子息がいらしたなんて……」
 レイヴンをぎろりと睨みつけるリタの横で、エステルがほうとため息をついた。
「いろいろと事情があったそうです。そういうわけなので、このことは誰にも内緒でお願いします」
「えっと、ボクたち秘密は守るけど……その人、今は帝国にいないってことなんだよね」
「いません。彼は十年前に城を出て行ってしまって、それ以来ずっと城には帰ってきていないのです」
「隠し子の上に家出息子かよ、すげえな」
 憮然とした顔でユーリが呟くと、さすがにフレンが咎めるように足を蹴ってきた。隣を横目で睨んで追い払うように軽く小突き返せば、即座に足の甲を押さえつけるように踏まれてしまい、ユーリは渋々大人しく引き下がる。
「ヨーデルは、その人に会いたいんだ」
 そんなテーブル下の子供じみた応酬に気づくこともなく、無邪気に笑いかけたカロルに、ヨーデルはほろ苦い笑みを返した。
「はい。本来ならば私自身が彼のもとを訪ねるべきなのですが、今の私は帝都から動くことが出来ません。しかし私は即位する前に、あの人に会いたい」
「んじゃ期限は即位式までか。そいつの居場所はわかってんのか?」
「いいえ、残念ながら。しかし皆さんなら必ず見つけられると信じています」
「どうしてそう言いきれる」
 それは奇妙な断言だった。何の根拠もないとは思えないほどに。
「皆さんは、私の従兄と何度も会っているからです」
 その言葉に、フレン以外の全員が怪訝そうな表情をした。
「何度も……です?」
「ええ。あの人の名前を聞けばきっと、おわかりいただけるでしょう」
 そう噛みしめるように言って、ふとヨーデルは、ユーリの目をまっすぐ見据えた。

「十年前、宙の戒典とともにこの国を去ってしまった、私の従兄の名前は──







to be Continued...?







お話はまだ続くけれど、ひとまず『誰がために鐘は鳴る』シリーズはこれで終わりです。
みんなで運命共同体宣言。一生この十字架を背負って生きる約束。

「鐘を鳴らして」と「Ring A Bell」の歌詞を意識した小説を書いてみようと思ったのが、フレンsideがシリーズ化した時のテーマでした。気がついたらたくさん詰め込み過ぎちゃってて大変でしたが、ここまで書いてこれて楽しかったです。
誓いの言葉の後はもう、これまでの重苦しさとフレンたちばかり書いていた反動で弾けました。空気ゆるゆるオールキャラ。

PS3版で追加されそうな部分も捏造しまくりなので発売前にそれなりに出しきれるよう完結を急ぎましたが、こうして一段落つくまで終わってみると、これからPS3版と劇場版の追加設定でどれだけひっくり返されるか、ある意味楽しみかも(笑)

ヨーデルの従兄殿は、[輝くもの#2]の彼。
まだバレてないことは、四年前の昔話。