1. 二 人 の 遊 戯
私は小説の文中など以外では、遊戯の呼び分けに「表」と「裏」と「闇」の3つを使っている。本来の「武藤遊戯」たる遊戯を「表」、そして古代エジプトのファラオであるらしいところの遊戯を「闇」。なら「裏」はいつ使ってるということになるが、これはもう今となっては滅多に使わない呼び方。私にとってはという但し書き付だけれども。
私の呼ぶ「裏遊戯」は、DEATH-T篇までの闇遊戯のことになる。
「もう一人の遊戯」たる闇遊戯は、表遊戯が千年パズルを完成させたその時からときどき現れるようになるが、その頃の彼と今の彼とでは、いろいろと特に内面が違うように思える。また、これこそが最たる理由なのだが、表遊戯はその存在を「知らない」頃でもある。
表遊戯は、この頃は裏遊戯がステージ(※)に立っている間のことを覚えていない。にもかかわらず、裏遊戯は表遊戯の記憶をなんら違和感なく持っているし、それはその後も変わりない。
これはおそらく、表遊戯が「もう一人の自分」の存在を知らなかったからだろう。「遊戯」は確かに裏遊戯の間の出来事も記憶しているが、表遊戯がその記憶の存在自体に気づいていない。本当は知っていても、呼び起こそうにもその記憶は「ない」ことになっていて、表遊戯からすれば「知らない」こととなる。
裏遊戯にとっても自分は「遊戯」であり、どこまで区別していたのかは定かでない。シャーディーの接触で混ざり合っていた二人が明確になったという気もする。なにしろ裏遊戯が一人称に「ボク」と使ったこともある(対海馬初戦の#10など)。
※ステージ:いわゆる「意識」上のこと。どちらかの人格が表面化することを「ステージに上がる」などとして、この文に限らず当サイトでは用いている。
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