Second Days of Sequel |
「何見てんだ?」 「雑誌。ほら、『Magic & Wizards' World』の紹介記事」 ひょいとのぞきこんだモクバに、遊戯は開いていたページを見せた。 「…ああ、こないだの取材の」 カラーページで大きくページ数を割いて、事細かな記事がつくられたのだ。なんといっても、名目上の責任者である海馬のみならず、遊戯らも交えてのインタビューを申し込んできたところで。 「兄サマ、むくれてるなぁ」 先ほど遊戯がずっと眺めていたらしい全員が並んでいる写真も、皆の表情がはっきりと見て取れた。 「なんかもう一人のボクが意趣返しって燃えてるみたいだからねぇ…」 不機嫌な海馬と険悪な視線を交わらせているのは、どうやら上機嫌だったらしいもう一人の遊戯。 「仕返し? 何の?」 「うん……やっぱりボクからは言えないな」 そんな、海馬くんがもう一人のボクにデュエルに負けそうになって、負けたら塔から飛び降りてやるなんて言ったこと。 取材の時の一触即発状態も、元はと言えばそれが原因だ。もう一人の遊戯はわかっていて、子供じみた手法で挑発したようだし。 「そういえばさ、何で、取材の時こっちの遊戯だったんだ?」 写真の遊戯を目で示して、モクバが遊戯に訊ねた。もう一人の遊戯が仕返しを虎視眈々と狙っているというなら、一騒動起きることは予測できなくもないはずだ。それを見越して取材時に今の遊戯が出ていれば、きっともう少し穏便な取材風景にもなったと思えるというのに。 「だって、最後に写真撮るって、言ってたでしょ?」 遊戯はひどく嬉しげに、もう一人の遊戯がいる写真を指さした。 |
非 日 常 的 、 日 常 。 |
何であれ、モクバにとっては遊戯というのは二人いると、事実は事実として受け入れるものだった。 それがどういうものかだとか、たとえば二重人格なんだろうかとか、直接に訊いたこともない。最初こそお互い最悪の対面ではあったが、今となってはどちらの遊戯も"仲良くしてくれる近所のお兄さん"といった感じだ。兄の"友達"という言い方は、きっと兄本人がたいそう嫌がりそうなのでやめておくけれども。せいぜい"クラスメイト"か。 それでいいと思っているから、そこで止まっていたから知らなかった。遊戯にとってのもう一人の遊戯――ややこしいとこういう時には思う、普段に見ることが多い遊戯にとっての、兄とライバルな遊戯――はどうなのか、とか。 そんな難しいことを考えたから、というわけではないけれど。 どちらの遊戯も兄の次くらいに好きだから、協力するのだ。 「遊戯。そろそろだぜ」 時計の針の位置を見て、モクバは声を掛けた。 「え? あ、ホントだ」 肝心の中身が全く見えない会話に、何事かと皆の視線が集まる。しかし当の遊戯はまるで意に介した様子もなく、それどころか。 「城之内くん」 いきなり首に掛けていた千年パズルを外して。 「へ?」 それを手渡され反射的に思わず受け取ってしまった城之内に対し、ぱんと顔の前で両手を合わせた。 「海馬くんと話があるんだ。今だけお願い、ごめんね!」 そして、大急ぎで開発室を飛び出してどこかへ行ってしまう。 「……な!? おい、遊戯!?」 きらきらと輝く千年パズルに、城之内が遅れて慌て出すのも気づかずに。 だから、遊戯の姿が見えなくなってまず始まったのは、残った全員集合。 「何だ何だ何なんだ?」 もしかしなくてもあれは内緒話というヤツですか。 「遊戯、海馬くんと話があるとか言ってたわよね…?」 「つーか、どうすんだよ、これ……」 なんだかそこらに置いておくわけにもいかない気がして、城之内は千年パズルを腕に抱いたまま、途方に暮れる。 「遊戯の宝物なんだから、落としたりしたらヒドイわよ?」 「んなもん、いちいち言われるまでもねぇぜ」 けれど今とてつもなく気になるのは話の内容で。 「モクバくんは何か知らないかな?」 それこそ頭突き合わせてひそひそ囁きあっていた皆の、輪の外に抜け出していたモクバは突然に話を振られて、明らかに狼狽えた。 「え、……知ってる……けど」 「けど?」 それはもう、協力者なのだから。 「今は内緒にしときたいって、口止めされてるから、言えない」 とはいえ、遊戯が内緒にしたい相手というのはただ一人だけれど。 「だったら――」 「遊戯が戻ってきてから! 絶対、兄サマも許可くれるから!」 こう言ってしまったら、もし内緒にするつもりだったとしても、遊戯も引っ込みつけられないだろうなと、思いながら。 「何のようだ」 社長秘書の人に入れてもらって、遊戯が海馬のいる最奥に辿り着いた瞬間、その声が飛んできた。 「……実はその、お願いがあって来たんだけど、いい…かな?」 休みなく叩かれるキーの、乾いた音がひどく正確で。 「よかろう。話ぐらい聞いてやる」 ちらりと時計に目を走らせた海馬は、ゆっくりと一つ瞬きをして。 「うん。その、『Magic & Wizards' World』のことなんだけど」 入るのがこれで二度目の、瀟洒な社長室にもはや物怖じはしないが、顎でしゃくるだけですすめられたソファのやわらかいスプリングは、やはり遊戯を驚嘆させる。 「それで、モクバくんに訊いてみたら、システムプログラムをいじることになるから海馬くんの許可がいるだろうって」 視線を彷徨わせがちにぽつぽつと話を続ける遊戯の言葉を、聞く海馬は目線をディスプレイに落とし眉一つ動かさず、しかし眼球だけが素早く左右を往復し作業を休まない。 本当に海馬が聞いているのか傍目からすればはなはだ疑問だが、 「――なんだけど、その……ダメかな?」 その締めくくりで遊戯の話が終わったとたん、海馬は机上の内線につと手を向けた。回線が開いたことを示す色にランプが変わり。 「オレだ。AGV820の0.164で使われたシステムデータとプレイデータはまだ残っているか。……至急持ってこい。あとプログラマを数人捕まえておけ」 そんな指示を下した彼に、きょとんとした顔をするが。 「これですべて清算だ」 もしかしてもう一人のボクにいいように言われたことを根に持ってたりするのかな。そんな思いもよぎらないではなかったが、承諾の返事が嬉しくて遊戯は笑った。 「ありがとう、忙しいのに」 「ふん。ヤツに貸しをつくったままなど、冗談ではないからな」 何が貸しで何が借りか、もうごっちゃになってる気もするけれど。 「海馬くんも一緒にだからね?」 「……何?」 「絶対に、約束だからね!!」 「…………」 何でオレまで。 その言葉が海馬の脳裏に浮かぶのは一瞬のことだったが、それを実際に口に出すまでに要した時間はなんと数分もあって。 そのときには遊戯はもういなかったり、したのだった。 こんなにも願いが叶ってしまって、いいのだろうか? 皆のいる開発室に戻るさなかも、気を緩めれば思い出し笑いをしそうになって、遊戯は少し難儀した。 最初は、ささやかな願い。 それが叶ったら、まもなく夢のようなことになった。 どんな顔をするだろう、そう思って彼に言ってしまいたくなる自分の気持ちに、だめ押しをきつく重ねて。 『ヤツと、いったい何の話をしてたんだ?』 千年パズルを再び首に掛けての、それが第一声だった。 よっぽど、あの海馬へのお願い事とやらが気になったらしい。正面切っていがみ合わない遠回しの手段で、今も機会あっては仕返しを続けているからか。 しかも、よほど待っている間じりじりとしていたのだろうか。静かながらもその声音は重く、そこはかとなく怖かった。 「まだ秘密」 けれど、そんなものに遊戯は折れたりしない。 『……相棒……』 一段と低くなったもう一人の遊戯の声にも、笑って。 「拗ねたって、ダメなものはダメだからね」 次に"みんな"が集まる、その日まで。 こうと決めたら途方もなく頑固だった遊戯に、もう一人の遊戯が渋々ながら引き下がるのも時間の問題でしかなかった。 しかも、それだけでなく。 「オレってもしかして、ワケもわからず押し切られると弱いんだろうか…?」 以前の取材当日よりいっそう、困惑げに考え込んだ表情をしたもう一人の遊戯は、城之内の顔を見るなりそう問いかけたのだった。 「相手があいつだからじゃねぇの?」 なにやらどうやら、あの海馬にも"お願い"を聞かせたぐらいだし。 城之内は、思わずそう答えを返していて。 もう一人の遊戯はしきりに首を傾げながらも、それで納得してくれた。 いつも通りの『Magic & Wizards' World』開発室、だったはずが。 いつもと違う、社内スタッフの多さ。プレイヤーカプセルはオープンしているし、スタッフらは本体をなにやら慌ただしく調整している。 いつもと違う、――何故だか、海馬が、この部屋でコンピュータ・チェアの一つにふんぞり返っているではないか。 「おまえ、何でいるんだ?」 海馬やモクバたち以外の、今来た皆の思いを代表して、遊戯が言った。 「貴様が……、貴様でない遊戯が何を言ったか、貴様は何も知らんのか?」 どうやら海馬はいつになくぴりぴりと不機嫌らしい。 「何も教えてもらえなくてな。とりあえず、何だかしらんが御愁傷様とだけは言っておくぜ」 こちらも相棒には勝てないことを思い知らされたばかりとは、遊戯はあえて黙っておく。 「……ふん。こちらとしてもオレが直々に承認をくれてやった手前、伴う責任もあるからな」 たとえほとんど一方的な口約束といえども。断り損ねたこともモクバからの口添えのことも、意地でも海馬は口にしない。 「…………」 そしてそのまま流れるように、二人は睨み合いに突入する。 「あの二人、最近子供っぽいね」 本人たちには決して聞こえないような小声で、獏良がささやく。 「遊戯が、らしくなく喧嘩売りまくってるしな」 そのままとんとんと続くのは、暇だからで。 「聞いたんだけど、なんか兄サマに仕返ししたがってるらしいぜ?」 「何それ?」 「ペガサスの城の前で、あの二人、ちょっとあったのよ。遊戯、スターチップ足りなかったでしょ?」 「そうそう。あれ、何でだったわけ? あそこにいたってことは揃えてたんでしょ?」 「あ、それオレも聞きたい。遊戯は教えてくんねーし」 「……言っていいの、あんなの?」 「いやー、見方を変えればってヤツになるんじゃねぇか?」 「遊戯くんが面と向かって責めないのも、わかってるからじゃないかなぁ?」 「何なんだよ、いったい? なぁ?」 「いい、のかなぁ」 「んじゃ、言っちまえ。まずかったら自業自得。実はなー、海馬のヤツ、ペガサスの城に入るために遊戯とデュエルしたんだが、そんとき――」 つと。本能的な警告に従ってか、無意識に声が途切れた。 「オレの弟に何を吹き込むつもりだ、馬の骨」 「だっれが"馬の骨"だっつの! てめーそれいい加減やめろ!!」 広くて狭い開発室の片隅で、円く輪になっていた中から飛び出した城之内が振り向きざまに応戦する。 それはさらりと右から左に聞き流す海馬だったが、しかし。 「兄サマ、遊戯とのデュエルで何したの?」 「…………」 弟に真摯な眼差しで見上げられ、これにはさすがにうっと言葉に詰まった。 「海馬、答えてやらないのか?」 「そうだそうだー」 横から遊戯と城之内がおもしろがって口を挟むのを、睨む暇もなかったそのとき。 「瀬人様、システム変更が完了しましたが……」 声を掛けづらかったのかおろおろしていたスタッフの一人がおずおずとそう告げたことに、海馬が人並みに助かったと咄嗟に思ったかどうかは、わからないが。 「貴様ら、無駄口を叩いている暇があったらさっさと中に入れ……!」 追い立てるように、怒鳴ったのだった。 思えば、最初にこのゲームに触れた時にあんなことになってしまって。 それ以降しょっちゅうゲーム世界に入る機会はあったのだがそれはいつも遊戯で、このもう一人の遊戯がステージに出ている時にというのは、これが初めてだった。 「大丈夫だとわかっていても、さすがに抵抗があったぜ……?」 懐かしいあの黒衣で、懐かしいあのゴーランド城――もちろん美しい姿のままだ――の玉座の間に降り立った遊戯は、千年パズルに指を添えながら、決まり悪く苦笑を浮かべる。 「しかも、よりにもよってこの場所、ってのは」 かつてあの時、遊戯が立っていた場所に立って。 「確かにちょっと、ごめん、かな。でも、君がこのゲームに嫌な思い出のままっていうのも、ボクはもったいないと思ったんだ」 そう言って笑う、玉座の前に立つ遊戯を、見上げて。 「ったく。相棒には……」 ――かなわない。 そう、ふわりと笑い返した。 「しかも知らなかったのは、オレだけとはな」 遊戯の両脇には、海馬とモクバが。 自分の周囲には、城之内と杏子と舞と獏良と本田が。 そう、 「ボク。海馬くん。モクバくん。城之内くん。杏子。舞さん。獏良くん。本田くん。そして君が――もう一人のボクがいて。みんな、集まったよね、これで」 その言葉に、ふと視線が巡る。三つめの金色を見つけて。 「海馬くんに頼んで、またボクと君が別々にゲームに入れるように、今だけ特別にしてもらったんだ」 玉座の段を駆け下りて、二人の遊戯がまっすぐ向きあった。 「ここって本物の世界じゃないけど、ボクと君がこんな風にいれる場所だから、ここでやりたいこと、あったんだよ。みんなで」 こうして向かいあって。 笑いあって。 手を触れることも出来て。 「写真って、言ったらゲームの中だし変かもしれないけど。もともとあるんだって、記念にパーティで写真撮るための機能が」 それで、もう一人の遊戯にも、この計画の目的が察せた。 「……相棒。おまえ、あの取材の時も、なんだかんだ言って本当は、オレを写真に写らせるためだったんだろう?」 「あれ、わかっちゃった?」 「わかるさ。当たり前だぜ。雑誌だけじゃなく、わざわざ写真までもらってきておいて」 そして今度は。 「ま、そーゆーことなんだよ! オレらだって聞いた時は驚いたけどよ。まさか嫌だなんて言わねぇよな?」 遊戯たちの間に割って入って、城之内は二人まとめて肩を抱いて。 「言うわけないだろう? ……本当に」 かなわない。 どうしようもないほどに。 思いっきり笑って、誤魔化したけれど。 そのまま、くっついていた二人の遊戯と城之内を中心に、その両隣に、杏子と本田と獏良が、舞とモクバと不承不承ながら海馬も入って。 みんな揃って、初の"記念写真"が作成された。 |
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