クラリベルがやむ



 ひとりでラマダ山の長い長い石段を駆け下りながら、エルクはふと顔を上げた。
 日が沈んだ麓は灯りがまばらにともるだけで、ひどく闇が濃い。
 背後のラマダ寺の境内は、抱え込んだ多くの避難民が夜闇に怯えなくて済むように篝火が明々と焚かれているのに。
 ──そういうことなのだ。
 冷えた思考がささやく。
 傷ついた祖国を背負う輝かしい道を選んだトッシュやサニアは世界の表側で、生き残った人々を照らす太陽にならなければならない。
 けれど世界のどこかで鳴り続けている、悲鳴のような鐘の音がやまない。
 ならば彼らに背を向けてでもあの黒騎士を追うのは、暗がりの奥深くへと飛び込んで人々を脅かす悪意を灼くのは、邪なものを滅する炎でしかいられない自分の選ぶべき道だ。
 これでいい。
 遠く隔てられた二つの道は同時には選べないが、どちらもこの世界には必要なのだ。
 これでいい。
 リーザだって明るい世界にいるべき人間だ。
 これでいい。
 ──ああ、それでも。
 沈みきって冷え切った思考が一瞬、揺らぐ。  ひとりきりで征くには、この夜の道は少し寒すぎた。



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アークR前日譚は、故郷と三姉妹を背負い込んで世界の表舞台に立ったトッシュと、リーザすら置き去りにして世界の裏でひとりで戦い続けると決めてしまったエルクという、火属性バカ二人が選んだ道のくっきり分かれた明暗がたまらない。好き。
エルクの失踪はR世界に対する違和感に突き動かされた部分もありそうだったけど、ちょこの言ってた世界の理が狂わされていくのをエルクも感じていたのかな? 精霊に関する感受性が高いみたいな。理屈じゃなくて上手く説明できなくて共有できなくて、結局全部一人で背負い込んじゃったとか。


註)クラリベル:アーサー・C・クラーク著『天の向こう側』より、宇宙ステーションで飼われていたカナリアの名前。いわゆる宇宙版「炭鉱のカナリア」