こんなの信じられなくていいんだ。ただ覚えていてくれるだけでいい。
 そう言って彼は、笑って手を差し伸べた。
「またいつか、必ず会えるさ」
 だからまだ諦めるな。
 そんな安っぽい気休めのような言葉を、きっと誰よりも彼自身が信じていた。










dream scape

another episode: 断章










 信じて、裏切って、いつか夜明けに花は咲くだろう。




 世界の終焉を洗い流した光の奔流が、天高くへと還っていく。
 美しい、だが酷薄なその輝きを見上げて、白き女は決然とした面差しで呟く。
「この世界がすべて幻想であっても、それは決して、無力を意味するものではない」
 すべてが器でしかないのなら、それは絶望であると同時に、希望にすらなりうるだろう。
 想い出の鏡像にすぎない女を秩序の女神たらしめているのもやはり、器であることに他ならないのだから。
 だから。
「あなたの造り出したものたちは、いずれ必ず、あなたの思惑を越えていく」
 それは予言ですら、ない。





 透き通った風に、ふと空を仰いだ。
 明るい空。なのに憂うように曇った空。寂しげな白い光。
「よぉ、スコール! そんなところに突っ立てないでこっちに来いよ、一緒に行こうぜー!」
「美しいお姫様のナイト役だぜー!」
 不意に騒がしく呼びつける声が二つ響いて、ぼんやりと空を見ていたスコールは深々と嘆息してみせながら振り返った。聞こえた声はまだ少し遠かったというのに、もう目の前で、広すぎる空の白とは異なる賑やかな色彩が笑っている。
「……俺は」
「おっと、まさか一人がいいとか野暮なこと言うなよ? レディを守るのは男の義務だ」
「なんだってさ。ほれ」
 ジタンは胸を張って高らかに言い切り、バッツはするりとスコールの後ろに回って背を押してくる。押されたその先に、二人を追いかけようとしてずり落ちかけたらしい大きな帽子を押さえた子供と、ジタンの言に困ったように微笑む少女が見えた。
「まったく……仕方がないな」
 もう一度ため息をついて、渋々といったていでスコールは承諾を口にした。その口元は言葉とは裏腹に、かすかに緩んでいたが。





 花は枯れた。種は飛ばない。
 あの黄色い花はもう、この世界の何処にも咲いていない。
「誰からも忘れられてしまうということは、そういうこと」
 くすくすと魔女が、妖しく嗤う。
「あわれな子。忘れたことさえ、忘れてしまって」
 小さな影を後ろ手に庇って身構えたスコールの、張り詰めた殺気など微塵も意に介した気配がない彼女の細い指先は、恋うように惑わすように、そろりと伸ばされる。
「あなたは魔女を討つSeeD、なのにあなたは魔女の騎士」





 やはりここにいたか。廻廊の果てから姿を現した、皇帝が冷たく嘲笑を滲ませた。
「深遠なる真理の探究より下らぬ馴れあいと忘却を選ぶとは、実に虫けららしい選択だな」
「おいおい……いきなり何だかわかんねえ理由で、人を虫けら呼ばわりかよ」
 呆れた声を噛み潰した、バッツの口の端に薄い笑みが刻まれる。
 それに。
「下らないものなんてないさ」
 今この手にあるものより大事なものなんて、ない。
 目前の敵を睨み据えたまま左手にガンブレードを形作ると、バッツは背後を振り返ることなく、祈るように叫ぶように言葉を吐いた。
「立てよジタン。なあ。──おまえがここで生きることを諦めたら、本当にあの子も誰もいなかったことになっちまうだろうが!!」





 さらさらと波音を立てる一面のススキ野に、歌が響く。
 いのちの歌が。
 レクイエムのように、優しく、悲しく。





 クリスタル。
 神の力の、ひとかけら。
「それも今はまだ、空の器にすぎぬ」
 夜空を砕いた破片のごとき己のクリスタルを月明かりに掲げ、ゴルベーザは呟く。
 この光はずっと、黄昏を渡る彼に授けられた、ささやかな灯火でしかなかった。記憶を繋ぎながら裏切りを重ねながら、女神の落とす影となって救いの道を模索するための。
 だが女神が世界にあまねく蒔いた種から咲くのは、こんな日陰の花ではない。
「なればこそ、育ててゆかねばならぬのだ」
 いつか、彼らのクリスタルが。
 彼らの内に眠る、今は空っぽでしかない器が、いつか真実の輝きで満たされる時が来たら。
 かそけき祈りの光は生まれ変わって、希望の光として実を結ぶだろう。



 それはきっと、この閉ざされた世界から解き放つための。









back









見えない記憶をいくつも積み重ねた、その先に。

Destiny Odysseyの構図を意識しつつ、好き勝手に書いてしまいました。
気がついたら兄さんが裏主役になってましたが、今回のバッツのいろんな意味で先達として、そしてバッツが選択しなかったもう一つの「道」を征く者として、こういうのもありかなと思ってます。
何はともあれ捏造設定だらけです。イミテーションのこともクリスタルのことも、カオスとコスモスの関係のことも、「最後の一人」になったらその時だけ消えた仲間の記憶が甦ることも。
あと黄色い花はタンポポの花でした。緑の草はらは消えてしまった想い出の欠片。

589、大好きだ。
バッツは自由気まま格好良い兄ちゃんでスコールは可愛い思春期青少年でジタンは自立した男前少年でいいですか。