夢を見た。



 ずっと見ていた夢だった。
 だから夢だと、わかっていた。
 いつも聖堂の扉を背に、自分は立っていた。
 ずっとその場を動かずに、彼の背を見つめていた。
 光射す聖堂の奥に、十字架の前に、いつも彼がいた。
 背の高い人だった。
 黒っぽい髪をしていた。
 赤に縁取られた聖騎士団の服を着ていた。
 彼は、いつも振り返らなかった。
 ずっと十字架を見つめていた。
 彼は、ずっと振り返らずに、十字架を見つめていた。



 彼は、ずっと、カイを振り返らずに十字架を見つめていた。










− 空の記憶 −








「――どうして」
 何かを言いかけた、その途端に夢が終わった。
 そうしたら、自分が何を言いかけたのかも、思い出せなくなっていた。
 急速に意識が冴えてくると、何かを言いかけたことさえ遠く、薄れていく。
 白く素っ気ない天井が見えた。安物のシーツの感触、身体中をさいなむ傷の痛み。現実に記憶が繋がる。
 そして思い出す。
 カイはそっと自嘲をこぼした。
 負けた。
 また負けた。
 また、ソルに勝てなかった。
 意識が途切れる寸前、見上げたソルは、もう背を向けていた。
 振り返らなかった。
 どうして。
 神経を突き刺してくる痛みを、カイは気力だけで無理やり押さえつけて身を起こすと、手早く傷を確かめる。お互いがほとんど牽制として以外に斬り結ぶことないまま終わったせいか、創傷の類は残っていなかった。鈍痛を訴えてくるのは打撲や捻挫だろう、散見する包帯も白いままで、一つを除いて湿布を固定するための物らしい。現時点での痛みや疲労感などから考えると、決勝戦が終わってからそう時間は経っていないはずだ。何より。
 まだ何も終わっていない。それだけは、はっきり感じ取れた。
 しかし。
「くそっ……」
 一番酷く一番邪魔なのは、やはり足だった。試合中もまともに体重を掛けられなかったが、今こうして固定されているということは罅の一つくらい入っていたのかもしれない。下手に動かすと脳の奥まで激痛がつんざくようでは、歩くのにも支障が出そうだった。
 このままでは動けない。
 追いかけられない。
 衝動的な苛立ちがふつふつとわき起こってきて、カイは治癒力を一時的に高める法術を組み上げ始めた。反動として肉体的にも精神的にもかなりの疲労が伴うが、この程度のことは聖戦時代には数え切れないほどやってきたことだ。足首の完治は無理でも、今は動ければそれでよかった。
 ソルとの一戦で使ってしまった分と、今ここで使ってしまう分と、限りある法力のキャパシティとを考えれば、その状態で追いかけるのは無謀だと頭の中の冷静な部分がささやくが。
 だが、どうでもよかった。
 どうでもよかったのだ。
 重心制御には不自由さは残るものの、普通に歩けるまで治してしまうと、案の定じっとりとした疲労が重たくまとわりついている。それを意識から振り払うように、ベッドの傍らに掛けられていた上着を、続けて立て掛けられていた封雷剣を、引ったくるように掴んだ。
 そんなことは、どうでもよかったのだ。
「どうして」
 どうして、どうして――!
 夢から覚めたときに消えたはずの、言いかけた何かが、うるさいくらいに叫んでいる。
 うるさいくらいに叫んで、喚き立てて、吐き気が目眩がしそうなくらい、繰り返している。
 だから。
「行かなければ」
 早く、行かなければ。
「何処に?」
 ぱたん、と。病室の扉が閉まる音だけ、カイには聞こえた。



 もう、あの人の顔さえ、はっきりと覚えてはいなかった。
「あげるよ、それ。君に」
 ただ笑ってそう言った、声の優しさとか。
 手渡される時に触れた、指の温もりとか。
「……ありがとう、ございます」
 戸惑いながらも頭を下げた時に、くしゃりと頭を撫でてきた、大きな手のひらの感触、とか。
 そんなことだけは、今でもはっきりと覚えている。



「何処に行こうってのさ?」
 静かで淡々とした声で問いを重ねる彼は、病室の唯一の出入り口である扉の前に立っていた。塞ぐように。
「――あの先に、です」
 早く、行かなければ。
「そこを……通してください、アクセル」
 だって、始まる。
「ダメ。どいたら、カイちゃんは行っちゃうんだろ?」
 口の端を持ち上げるだけの淡い笑みを湛えてアクセルが首を横に振った。まるで聞き分けのない子供を諭すような、落ち着いた口調だった。
「私は、行かなければ……!」
 始まってしまう。
「なんで?」
 だって、あの先には。
「なんでって……ジャスティスが、復活しつつあるのですよ?」
 もう今は、はっきりと感じ取れる。覚えのある、強烈なプレッシャーが、どこから溢れているのかさえも。
「今のカイちゃんが、そんな大物とやりあえるわけないっしょ?」
 そうだ、それくらい、わかっている。
「それでも、私は行かなければならないのです」
 わかりきっている。
 それでも。
「どうして?」
 消えない音が、残響が、ずっと耳にこびりついている。
「私は……」
 ずっと、叫んでいた。
「私は、行きたいのです! ――見たいのです!」
 ずっとずっと、前から。
「終わりを、見たいのです! これが最後になるなら!」
 終わりが来るというのなら、その終わりを。
 自分が五年前に失ってしまった、終わりを。
 ずっと、何も終われなかったから。
「そっか」
 アクセルはぱっと笑顔を浮かべて。
「そりゃ何が何でも行っとかないと、一生後悔しそうだよな。うん。その代わり、俺もついてっちゃうから」
 だって俺様、カイちゃんのことヨロシクって頼まれちゃってるし?と。
 至極明るい調子で。



 ――閉ざしていた扉を、開いた。



 もう、あの人の顔さえ、はっきりと覚えてはいなかった。
 長身の部類だった彼とは頭二つ分の身長差があって、自分が見上げるか彼が身を屈めなるかしなければ、まだ背が低かったカイからは、彼の顔はよく見えなかった。
 いつだったかも、どういう経緯でそうなったかも忘れたが、彼に付き添われて写真を撮られたことがあった。そのとき撮影役を買って出た者がカイを中心にしすぎてしまったせいで、彼の顔が口元までしかフレームに入っていない撮り損じが出来てしまうほどに、彼は背が高かった。
 写真があったはずなのに、彼の顔をよく覚えてはいなかった。
 あの後すぐにちゃんとした物を、ちゃんと二人一緒に写っているものを撮り直したはずだったのだが、どういう経緯でそうなったかは忘れたが、今はその撮り損じた、彼の顔が見えない写真だけがカイの手許に残っている。
 あの人と最後に会ってからもう、約十年の年月が経っているはずだ。
 だから、顔をもう、はっきりと覚えていなかった。
 名前すら、もう覚えていなかった。
 ただ。



「どうしてか、って?」
 振り返り見下ろされて、目があった。何故かヘイゼル色をしている、彼の目と。
 まだ背が低かったカイからは、彼の顔はよく見えなかった。
「ああ、そうか、そういうことか、そう――Requiem aeternam dona eis Domine, et lux perpetua luceat eis――だろう?」
 彼はすらすらとレクイエム冒頭の聖句を口ずさむ。
 カイは頷いた。
 聖句を暗誦出来るのなら尚のこと、どうしてあの言葉を使うのか。
 Go to glory――天国に行け、などと。
「……私は、聖職を捨てたからな」
 しばらく困ったように苦笑いしていた彼は、ふと、そう言った。
 彼の手首に掛かっていた、いくつもの認識票の鎖が揺れてしゃらりと鳴る。今回の出陣で死亡した聖騎士の死亡証明が。この中の一人は、辛うじて息はあったがもう助からなくて、請われるままに彼が止めを刺した。
 あの言葉を、この上なく慈しむような声でささやきながら。
「もう助かる可能性がないのなら、せめて苦痛を少しでも短くしてやりたい。そう思っても、司祭のままでは出来ない。だから、捨てたんだ」
 言いながら彼は、苦く苦く笑った。
「私は人を殺している。神に背いて、自ら罪を犯すことを選んでいるんだ。どんな理由があったとしても、背徳者には違いない」
 罪深い生き方を自ら選んでいる、と。



 背の高い人だったこととか。
 黒っぽい髪をしていたこととか。
 赤に縁取られた聖騎士団の服を着ていたこととか。
 とてもあたたかかった、低い声とか、大きな手とか。
 そんなことばかり、今でもはっきりと覚えている。



 本部棟に足を踏み入れる直前、カイはふと空を見上げた。
 そういえはジャスティスが封印された日も、こんな空だった。
 彼が逝ってしまったのも、こんな、ひどく晴れた空の日だった。
 もう、あの人の顔さえ、はっきりと覚えてはいなかった。
 名前すら、もう覚えていなかった。
 ただ。
 ――生き残れよ。
 あの日の出陣前、彼は、カイの頭をぽんっと軽く叩いて、笑った。
 そしてカイに背を向けて、手をひらひら振りながら、歩いていった。
 それが、最後に見た彼の笑顔だった。
 彼の名前を呼んで、呼び止めて。そして。
 言わなければならないことが、たくさんあった気がする。
 言いたいことも、たくさんあった気がする。
 もう何一つ、思い出せないけれど。
 本当に、彼がいたのは短い間のことだったから。
 たった一年にも満たない間のことだったから。
 彼はあの日、いなくなってしまったから。



 いつも唐突に、すべて途切れるのだ。
 頭が奥から真っ白に灼きついてしまったように、痺れていた。
 こんなにも目眩がするのは、生温い血の臭いがこんなにも濃いせいだけではないかもしれなかった。
 いつも唐突に、すべて、いろいろな気持ちも何もかも、途切れるのだ。
 俯せに転がっていた血まみれの亡骸を裏返し、判別不可能なほど損傷している頭部は無視して、認識票を取り上げた。血まみれになった手で握り締めた認識票は、名前も読めないほど血まみれになって。
 立ち去る前、ふと思い立って、懐から自分のクロスを取り出した。
「Go to glory……」
 呟いて。
 彼の血で真っ赤なままの手で握り締めたクロスは、鎖まで血まみれになって。
 神の御許に彼が召されることを祈りながら、痺れた頭で考えた。
 わからなかった。
 どうして、彼は死んでしまったのだろう。
 わからなかった。何一つとして。
 どうして、自分は生きているのだろう。
 どうして、こうして生き残っているのだろう。
 いつも唐突に、すべてが置き去りのまま、途切れるのだ。
 亡骸の傍らに跪いたまま、空を仰ぐと、目が痛くなるほどに真っ青だった。
 吐き気がするほど目眩がして、その場に倒れた。
 背中に当たる、地面は当たり前だが固かった。
 涙は一筋もこぼれなかった。
 短すぎる夏の空は、ただひたすら、真っ青だった。



 背の高い人だったこととか。
 黒っぽい髪をしていたこととか。
 赤に縁取られた聖騎士団の服を着ていたこととか。
 とてもあたたかかった、低い声とか、大きな手とか。
 そんなことしか、もう思い出せないけれど。
 本当に、あの人がいたのは短い間のことだったから。
 たった一年にも満たない間のことだったから。
 あの人は、振り返らなかったから。
 振り返らずに、逝ってしまったから。



 生き残れという言葉だけ、遺して。



 だから。
「あんた、死んでもいいって思ってるだろ」
 カイの身体をぐいと引き寄せてアクセルは、そう耳元にささやいた。
 思いがけない言葉だった。
「――そう、見えますか?」
 だから、笑った。



 死にたかったわけではない。
 ただ、死んでも構わないとは思っていた。
 平和のため。正義のため。ギアを斃すため。聖戦を繰り返さないため。
 すべてを、終わらせるため。
 そのためならば、たとえ死んでも構わない。
 だって、彼はそのために死んでしまった。
 だって、自分はそのために生きている。



 それでも、悠然と歩み寄ってくる彼の足音に何故か、ひどく安堵したことを覚えている。
「おい」
 その低い声を聞くが早いか、ずっと閉ざしていた目を開けると、地面に寝転がったまま、まっすぐに彼の赤茶の目を見上げた。
「ソル、おまえ一人か?」
 すぐさま浅い首肯が返されて、わずかに眉をひそめて細く嘆息する。最前線は二人を残して壊滅したことになる。しかし、散り散りになった残党は後方の部隊に漏れなく討ち取られているはずだ。
 不意に、ソルが億劫そうに息をついた。
「で、どっちなんだ?」
「……何が」
「肋骨だ」
 思わず舌打ちの一つもしたくなったが、カイは寸前でそれを飲み込む。肺を膨らませすぎないよう、呼吸を意図して浅くしていたのを気づかれたのだろう。
「とっとと言わねぇと押して探すぞ」
 心底うんざりしたようにソルは顔をしかめて、軽く腰を屈めてカイを睨め下ろしてくる。不機嫌そうで、その言も本当にやりかねないとカイに思わせた。
「……右下だ」
 諦めて素直に答えを口にすると、ため息混じりにソルが右胸の側に屈み込む。
 それを見ているのが何故か無性に癪で、カイは左側に顔を傾けた。しかし。
「血か……?」
 その不意の呟きに振り向く。今回は出血するような裂傷を負った覚えはない。もともと聖騎士団の制服では素肌の露出など顔と指しかないのだ。わざわざソルが気にとめるような出血があるとすれば、それは深い傷になるはずだ。
 そんなカイの目の前で、ソルはカイの胸元からクロスを摘み上げた。それで先の言葉がクロスを指していたと、察しがついた。
「意外に悪趣味だな?」
 ぱっと手放されたのは、不自然な濃淡で黒ずんだ銀色。
 鎖がかみ合う箇所、そして小さいながら精巧に彫り込まれた窪みに、わずかに硫化とは違う何処か赤みを帯びた何かがこびり付いている。
 それは彼の言うとおり、血痕だった。
「鎖の血は落ちなかったんだ。でも、付け替えてしまうのは嫌だったから」
 声に揶揄が潜んでいるのは気づいていたが、何故かそれに反応する気にはならなかった。
 もう、あの人のことを、あの時のことを、ほとんど覚えていなかった。こうして思い出すことさえ、もう何年ぶりになるのだろう。
 それでも、何か、忘れたくなかったものがあったような気がするから。
「……てめぇの血か?」
 一瞬の逡巡の末に発せられた問いは、純粋な疑問もしくは好奇心のように感じた。その声を何故だか新鮮に感じた。
「違う、これは――」
 言いかけて。
 何かを言いかけて、何故だか息が詰まって、声が途切れて。



 もう、あの人の顔さえ、はっきりと覚えてはいなかった。
 名前すら、もう覚えていなかった。
 本当に、彼がいたのは短い間のことだったから。
 たった一年にも満たない間のことだったから。
 背が高い人で、黒っぽい髪をしていて、赤に縁取られた聖騎士団の服を着ていて、そして。
 もう、逝ってしまった人。
 今、カイの目の前にいるのは、甚だ無愛想で、規則破りの常習犯で、神への信仰も持たず、自分を子供扱いして、圧倒的な力を持っていて。
 背が高い人で、黒っぽい髪をしていて、赤に縁取られた聖騎士団の服を着ていて、そして。
 ――生きていて。



 広がる空は、ただひたすら真っ青だった。
 その時、何故か――今更、泣きたいと思った。
 どうして、自分は生きているのだろう。
 わからなかった。何一つとして。
 そしてそんなことが、今更たまらなく苦しかった。



 背の高い人だったこととか。
 黒っぽい髪をしていたこととか。
 赤に縁取られた聖騎士団の服を着ていたこととか。
 とてもあたたかかった、低い声とか、大きな手とか。
 あの日の、後ろ姿とか。
 そんなことしか、もう思い出せないけれど。
 本当に、彼がいたのは短い間のことだったから。
 たった一年にも満たない間のことだったから。
 もう、あの人の顔さえ、はっきりと覚えてはいなかった。
 名前すら、もう覚えていなかった。



 だから何故、今更になって思い出すのかも、わからなかった。



 ただ、彼の名前を呼んで、呼び止めて。そして。
 言わなければならないことが、たくさんあった気がした。
 言いたいことも、たくさんあった気がした。
 もう何もかも、途切れてしまうけれど。



 まさか偶然に出くわせるなんて、思ってもいなかった。
 だから、ひどく驚いたことを覚えている。
「ソル……?」
 微かにこぼれた声を聞きつけたか、首から上だけで振り返り、カイの姿を認めたソルは訝るように目を眇めた。
 今の自分はきっと情けない顔をしている、そんな気がする。
 どうして言葉が続かない。
 彼の名前を呼んで、呼び止めて。そして。
 言わなければならないことが、たくさんあった気がする。
 言いたいことも、たくさんあった気がする。
「おまえも、行ってしまうんだな」
 なのに、言葉になったのは、それだけだった。
 そんな自分があまりに情けなくて、笑いたくなった。
 何を言っているのだろう。そんなことは、"当たり前"のことなのに。
「もう少し欲張っても許されんじゃねぇか」
 だから、珍しく揶揄の含まれない声で、そんなことを言われて、余計にわからなくなった。
 彼の名前を呼んで、呼び止めて。そして。
 それでも何一つとして、わからない。
「生き残れよ、坊や」
 不意にソルが、声もなく呆然と立ちつくしているカイの頭を、ぽんっと撫でるように叩いて。
 口の端だけを持ち上げるように、小さく笑った。
「――ソル!!」
 彼の手の感触で我に返り、咄嗟に、何かを叫びかけて。
 逆光の中で、肩越しに少しだけ振り返った、射し込む光を弾いて瑪瑙のように赤い、その目を見て、何かを言いかけて、何故だか息が詰まって声が途切れて、手も伸ばせなくて。
 ただ、見ていることしか、出来なくて。
 炎の壁がさえぎるように吹き上がった。
 越えられない壁が、拒絶するように。
 彼は赤い炎の向こうで、もう二度と振り返らずに、ただ剣を持たぬ右手を数回振った。
 彼の名前を呼んで、呼び止めて。そして。
 言わなければならないことが、たくさんあった気がする。
 言いたいことも、たくさんあった気がする。
 もう何一つ、わからないけれど。
「……どう、して」
 嫌いだ。とても嫌いだ。大嫌いだ。
 背が高い人で、黒っぽい髪をしていて、赤に縁取られた聖騎士団の服を着ていて、そして。
 そして――届かないまま。
「そうか。やっぱり」
 消えてゆく、炎が、熱が。
「おまえも、私を置いていくんだな」
 深く自嘲しながら思わず呟いた、その言葉に他ならぬ自分が慄然とした。
 真冬なのに珍しく透き通った空は、ただひたすら真っ青だった。



 いつも。息が詰まるほどに、空は真っ青だった。



 いつも唐突に、すべて、いろいろな気持ちも何もかも置き去りのまま、途切れるのだ。
 だから、いつも終われなかった。
 五年前にも、八年前にも、終われなかった。
 何一つ終われないまま、ずっと生き残り続けていた。
 そうして、生き残った自分は何一つ終われないまま、ジャスティスを、ソルを、追いかけ続けている。



 これで、終われるのだろうか。
 ついに、終われるのだろうか。
 自分の"聖戦"は。
 何もかも、終われるだろうか。
 いくつものいくつもの、数え切れないほどの死も。
 何度も何度も、自分が生き残ったことも。
 それに、そう、生き残れという言葉を遺されたことも。



 ――何もかも、全部、やっと終われるだろうか?



 見えてきた、開け放たれたままの大きな扉。
 あの先に次元牢がある。
 走りながらカイは、右手の封雷剣をきつく握り締めて。



 眼前の扉を、くぐった。







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