「うっわ〜、咲いてる咲いてる♪」
 大きく開けた視界に広がる光景に、ファラが歓声を上げた。
「キレイね…!」
「うん。行こう!」
 そして隣で感嘆をもらすメルディの手を取ると、一面の花畑に走り出す。
 ここはラシュアンの森の片隅。古い記憶を辿った先。
 リバヴィウス鉱の結晶を改修に忙しいフリンジ砲の所まで届け、明日にも本当の決戦を迎える以上は身体を休めなくてはならないのだけれど。
 すぐさまインフェリアに引き返してきたのはこのため。
 ファラが少しだけ気晴らしとせがんだのは、昔よく来た花畑だった。
「ま、大丈夫そう…だよな」
 あまりに心配しすぎたら、かえってお互いに疲れてしまうから。ダメになりそうなときに気づければ、手を差し出せれば、それでいいのだ。
 思いっきり伸びをしたリッドは、手近な大木の根元に腰を下ろして幹にもたれかかる。と。
「なに突っ立ってんだ、おまえ?」
 さながら木の棒か何かのような、キールの姿が目に留まった。
「………ああ……」
 上の空な返事をするキールは、ふらふらとぎこちなく座りながら、視線がある方向へ固定されている。花畑の方から目を離さない。
「……」
 しばし。そんなキールと、はしゃぐファラとメルディの方とを、リッドは交互に見ていたが、不意に。
「な〜に見とれてんだよ」
「っ―――な!!?」
 今度の反応は素早い。
 びくりと肩を跳ね上がらせたかと思うと、がばっとキールはリッドを振り返った。
「な、いきなり何、ぼくがメルディに……!」
 見事に焦りを露わにするキールに、リッドが呆れたため息を一つつく。
 ――言っていないのだが。メルディだなんて一言も。
「まっさか、隠してるつもりでしたってか……?」
「バレバレですよね」
 ひょっこりと現れたチャットもしみじみと頷いた。
「早かったな」
「はい、さすがに覚えられてますからね」
 バンエルティアを大きな港に預けてしまえば、留守にしても構わない。バンエルティアの方でリッド達の位置は把握できるのだから、いつものように後から追いかけることになっていたのだ。
「でさ。やっぱわかるよな?」
「あからさまですよね」
「どうやら、あの二人は気づいてねぇらしいんだがな」
「鈍いんですね……」
 ぽんぽんと言い合ってうんうんと頷きあうリッドとチャット。と、そこへようやく我に返ったキールが怒鳴りだした。
「だから! さっきから何を言ってるんだ、ぼくは――!!」
「メルディさんのことをお好きなんでしょう?」
「――――っ!!!」
 日頃の仕返しとばかりにずばりと物を言ってきたチャットに、キールは大きく目をむいて、何か言おうにも声も出ずに口をぱくぱくとさせた。
「おもしれー反応」
 素っ気なく言ったリッドの隣に、ちょこんとチャットも座って。
「そうですねー」
 すっかり撃沈されてしまったキールはさておいて。
 二人は揃ってぼんやりと空を見上げた。




「……果てしなくへーわだな」
 そよ風が吹いて、白い雲が流れて。
 セレスティアがあんなに低くに見えなければ、すべて幻かのような。
 昼寝に最適かもしれないと思ったときには、うとうとと眠気が染み込んできたのだが。
「リッド〜! キール〜! あ、チャットも〜!」
 晴れやかな笑顔で走ってくるファラの声に、リッドの意識が引き戻された。その横でキールもわずかなりと浮上して、振り返り様ファラに後ろについて同じく戻ってくるメルディに自然と目がいく。
「なんだ?」
「つくったの!」
 木にもたれかかったままのリッドが見上げると、ファラはさっと右手を突き出す。手にしているのは、白く小さな花を結んだ輪。
「そういや、昔よくつくってたな」
 そしてそのたびに。
「あげる」
 花冠を頭の上にのせようとしたファラの手を、リッドは自分の手を軽く振ってさえぎった。
「いらねーって」
 ほら。子供のときのままの会話。
「そう言うと思った」
 ファラは明るく笑って、
「んー。……あ、チャットにも教えてあげよっか?」
 横から不思議そうに身を乗り出したチャットを、今度は連れ出す。
 置いていかれた形のメルディはしばらくファラの後ろ姿を見送っていたが、ふと満面の笑みをこぼした。
「キール!」
「……何だよ」
 先ほどの会話が尾を引いているのか、キールはいつになく落ち着かない態度で返事をする。
「メルディもファラと一緒、つくった♪」
 愛想よい返事なんてしないのはいつものこととばかりにそれは気に掛けず、初めてつくったいびつな花冠を、メルディは座ったままのキールの頭にぽんと乗せた。が、うまく乗らなかったそれは膝の上に落ちてしまう。
「………」
 キールは黙ってそれを手に取り、
「………」
 それっきりうつむいたまま。
「………」
「? キールぅ?」
「あ……」
「どうしたか?」
 不思議そうにメルディがキールの顔をのぞき込もうとした瞬間。
「――ああ!! まったく!!」
 弾かれたように顔を上げると、キールは少しだけ身体を後ろへ引いた。
「不器用だな、おまえは! がたがたじゃないか!」
 それを聞いて、メルディがむっと頬を膨らませる。
「そんなコトないよー、メルディ初めて、ファラ上手言ったよー!」
「いいや、そんなこと大ありだな! そもそも円くなってないだろ!」
 耳まで真っ赤になって、しかしついに"ありがとう"とはなぜか言えずにこうなってしまうこの現状は、言っている本人こそ何故だと叫びたいだろう。
「ならキールつくってみる! これ難しい、キールが絶対下手な」
「ああ、いいだろう! やってやろうじゃないか!」
 その様を、げんなりとしたリッドが眺めていたことなど二人はまったく気づいていない。
「バカか、あいつ…」




 花冠の理想と現実について騒ぎあいながら花畑に向かう二人と入れ違いに、何事かと見送りながらファラとチャットが戻ってきた。
「あれ、何…?」
「ほっとけほっとけ」
 怪訝にファラは首を傾げるが。
「んー。楽しそうだから、いっか」
「いいんじゃないですか」
 ちょこんとリッドの頭に花冠を乗せて。
「ファラ……だから、オレはいらねーっつに」
 がくりと首を垂れるとあっさりすべりおちた。
「あー。もう、リッドったら」
 小さく非難がましいファラの声は無視して、リッドは気のない仕草で落ちたそれを拾い上げる。と。
「――ったく」
 メルディほどではないが少し形が歪んだその花冠の、緩かったのかほどけそうになっていた一本を抜き取ると、リッドは手早く結びなおした。
「覚えてるんだぁ」
 その手元をのぞき込んだファラが嬉しそうに言う。
「どっかの誰かさんがなっかなか覚えられなかったせいだな」
「あ、そんなコトまで覚えてなくっていいのに」
「さんざんつきあわされたんだ、そう簡単に忘れられっか」
 しゃべりながらリッドは、花冠の形を円く整えると、
「ほら。返すぞ」
 ぽんとチャットに投げ渡した。
「……ありがとう、ございます」
 小さく小さく。つぶやいて。
「ん?」
「いえ。なんでもないです」
 チャットは黒く大きな海賊帽を顔の前まで引き下げると、留めてある角笛に花輪を引っかけた。
「けどよ、そんなのすぐ枯れちまうのに、よくつくりたがるな?」
 心底わからないとばかりにリッドは軽く肩をすくめる。
「そうだけどー」
 ファラは語尾を長く引き延ばしながら考えるように空を仰ぐが、不意にリッドに視線を戻した。
「でも、枯れるのは今じゃないじゃない」
「――なんだって?」
 なにやら観念的な言い回しに聞こえなくもないが。
「例えば…ファラさんやリッドさんが作り方なんかを覚えていたように。冠をつくったり、それをあげたりって遊んだことが、大事っていうコト…ですか?」
 同じく首を傾げていたチャットが、一つ一つ拾い上げるようにゆっくりと言葉を綴った。
「いいこと言う〜♪ それ、おもいでづくりの基本だよね!」
 ファラがうんうんと深く頷きながら、楽しそうに弾んだ声を上げる。




 結局。キール作の花冠はメルディと大差のない出来だった。それについての本人の弁解曰く、昔のことで作り方などろくに覚えてないからだとのこと。
 しかしそれも嫌がらせのようにリッドがつくってみせたことで、その出来がよかったことで、ぐうの音も出なくなってしまうのだけれど。




 これもきっと、おもいで。

















p o s t s c r i p t . . .

 樹初のとえ小説。極光術の試練篇に突入し、インフェリアに帰る直前でその日のプレイを終えた翌日、大学の講義中、一気にプロットを仕上げた物でした。ただ、本筋のどこに置こうかそれとも本筋に一切触れないか、その辺りを迷い続けてたのでなかなかまとめられなかったでした。しかも、なんか文章の書き方忘れかかってたみたいで、言葉のテンポがあまりよくないですし。
 結局、ラスト直前に挟んでみたワリには雰囲気がのどかだねというオチになったです(笑)

 リッドとファラ。キールとメルディ。そしていつのまにか樹の頭に住み着いてしまったほんのり風味のチャット→リッド(笑) あれやこれやと好き勝手に書いていたら、クィッキーとフォッグいないことに気づいたのは書き終えてからだったりします。試練篇の頃には入れてなかったフォッグはわかるのですが、クィッキーは…本気で忘れてるらしい(^^; 追加しようかとも思いましたが、これ以上冗長になるのも嫌だったのでごめんなさい。

2000.12.16.