水色の憧憬




 雨。
 水色。
 水の音。
 水の匂い。
 湿った空気。
 雫に曇る硝子。


 雨。
 静か。
 とても。


 ――まるで、ブラックが死んだ時みたいだ。




「何、ぼ〜っとしてるんだ?」
 突然、横手からぬっと目の前をさえぎられた。
「――えっ、ぅわ?!」
 驚いて、そのまま椅子ごと後ろに転けそうになったフッチの、空を泳いだ腕をサスケはすかさず掴み、手前に引っ張った。
「おいおい……」
「ご、ごめん」
 動揺が尾を引いているフッチの様子に、思わず呆れたようにサスケが一笑する。
「笑うことないだろ。で、何しに来たんだよ?」
 少しむくれて、同じ軍属でありながら一つしか年の違わない貴重な存在を睨め上げる。が、用件を尋ねられた方は、ぱっと顔を輝かせて、
「あのな、これこれ」
 フッチが背を向けている、この部屋のテーブルの上に、いつの間にか置いてある――というか、サスケが置いたのだろう――大きめの包みを指差した。
「きぅ〜」
 湖に面したテラスへ出るガラス戸に張り付いていたブライトが、くるりと首を巡らした。
「なんだよ、それ?」
 椅子はテラスを向いたままに、背もたれを抱くような形でフッチが椅子に座り直す。
「へへ♪」
 いそいそとサスケが包みを開くと、出てきたのはチョコレートケーキによく似た生菓子だった。
「新しいヤツの、試作品だって。ハイ・ヨーさんからもらってきた♪」
「ああ。そういえば、試食の約束してたよな、おまえ……」
 甘いものが好きな友人に今度は逆にフッチが呆れ笑いをもらすが、向こうは目に入ってすらいないようだ。サスケは直方体に切られたそれを、サスケが下敷きの紙ごと摘み上げる。
「ん」
「っと」
 両手に持ったうち一つが差し出され、下に手を添えてフッチが受け取る。
「……へぇ、甘ったるくないや」
「何が?」
 唐突にかかった声に、二人がびくりと弾かれたように、開きっぱなしの扉を振り向く。
「あ、セファルさんとナナミさん――に、シフォンさん!」
 この本拠の中心人物たる姉弟に続いて現れた人影に、フッチが焦って立ち上がる。案の定、苦笑が返された。
「フッチ、シフォンさんの前だといつもと違うね」
 不思議そうにセファルがつぶやいて、シフォンとフッチを見比べるように視線を動かす。
「照れてんの?」
 何気なく椅子を正して座ると、横から茶化してきたサスケをフッチはぎっとにらんでから、
「いや、あの……すみません」
 失態を恥じて、縮こまる。
 シフォンはあまり、このリーヤンに長くいることはなかった。同盟軍の仲間というより、客人、もしくはセファルの友人という立場で、ときどきセファルに引きずられるままやってくる。今は、降り続く雨のために珍しく数日間滞在しているが。
「気にしなくていいよ」
 そして、目立たぬようにか滅多に口を開かないシフォンも、三年前の解放軍の仲間とは、さほど押し黙ったままということもなかった。少し、セファルなどはそれを羨ましいと感じている。普段のシフォンはいつも微笑のまま、あまり何かを言うことはなく、言ったとしても必要最低限の声量に絞られている。
「あ、セファルさんたちもどうですか?」
 会話が途切れた間を見計らって、サスケが包みを三人にもすすめる。このままぎこちない空気に陥ってしまわないように。そんなことになればフッチは完全に萎縮してしまうだろうからだ。
「何? わあ、お菓子♪」
 ナナミがぽんと手を打つ。女の子として、これは当然の反応といえるだろう。
「じゃ、遠慮なく」
 シフォンも頷いて、席に着くと三人それぞれ手を伸ばす。
「あ、あと一個か……」
 ぽつりと残った一切れに、サスケがどうしようかと軽く唸ったとき。ちょうどいいタイミングで、書類片手に兵舎へ向かっていた彼女が偶然通りがかったのを、ナナミはすかさず呼び止める。
「あ、カスミさ〜ん!」
「あ、はい?」
 声に気づいて振り返ったカスミの動きが、一瞬だけ凍りつく。が、すぐになんでもないように笑みを戻して、
「何か、御用ですか?」
「あのね、一個余ってるんだ。よかったら、どうかなって」
 ナナミは軽くなった包みを持ち上げ、カスミの方に見せた。
「え……あ、はい。いただきます」
 別段急ぎの用事を抱えているわけでもない。カスミは書類を傍らに置いて、空いていた席に座った。サスケが隣に来たカスミに身を強張らせたのに気づいて、フッチがからかうように肘で小突く。
 直後、思いっきり脇腹を小突き返されて呻く羽目になったが。




「あれ」
 最初に気づいたのは、シフォンだった。小さな声ながら、聞き逃されることのない。
「水の匂いだ」
 テラスに面したガラス戸に、その目を走らせる。
「開いてる……」
 意味に気づいて、フッチが慌てて振り返った。果たして、ガラス戸の一つに、細い隙間が出来ていた。
「ブライトは……!?」
 ガラスは温度差で曇っていて、このままでは外の様子はうかがえないが、確か、ガラス戸のそばで遊んでいたはずだ。外は雨――
「ブライト!」
 フッチがガラス戸を勢いよく開け放つと、雨に霞んだ視界が広がる。途端目に飛び込んだのは、花壇を伝って登ったらしい、手すりの上のブライトだった。
「きぅ?」
「っ、危ない!」
 主人の声に振り返った拍子に手すりの向こう側――湖の方へ転がりかけたブライトに、フッチは急いで駆け寄って腕をめいっぱい伸ばす。
「く……」
 間一髪、思いっきり手すりから身を乗り出してぎりぎり手が届くと、小さな真っ白いそれをしっかりと抱き寄せた。が。
「――え?」
 足の裏にあった石の感触が、ふっと消失する。
 ぐるりと、灰色の空と湖が入れ替わって――
「フッチ!!」
 シフォンの切羽詰まった声が聞こえたと思った刹那、ぞっとするような冷たさに包まれた。




 テラスに飛び出した面々が、勢い込んで波紋の残る湖面を見やると同時に、
「シフォン様っ」
 手すりについていた腕に力が入ったシフォンに、一瞬早く制止の声をカスミが発した。
「私が」
 振り向いた彼に一つ頷くと、軽々と手すりを乗り越える。カスミの姿が消えてすぐに、水を割る音が再び聞こえた。
「……この下は船着き場がすぐだったな?」
 それに半ば重なって、シフォンが狼狽している三人に訊ねる。
「え、あ、はい」
 こくこくとセファルが頷いた。そして、気づく。血の気が失せたように白い顔色は雨のせいだけではないだろう。そして静かだが、いつになくはっきりした声音は、セファルが今まで聞いたことがないシフォンの声だった。
「なら、サスケはタオル、大きいのを何枚かもらってきて。出来るだけ早く。ナナミは誰か人を呼んでくれ。セファルは僕と下へ行くよ」
 見て取るなり、シフォンが矢継ぎ早に指示を出す。
 一方。
「――ふう」
 湖面に顔を出すと、カスミはフッチの身体を持ち上げる。
(少し、きついかな……)
 気を失っている少年の片腕を自分の肩に回させ、水面に顔を出させた。緩んだ主人の腕から抜け出した子竜は、水に浸からないようにせっせとよじ登ったフッチの頭にしがみつく。
 カスミはふと、視線を上に――テラスに向けた。すでに四人とも駆け出した後で、そこには誰の姿もなかったが、かえって彼女は安堵を覚えた。
 少し離れているけど、きっと大丈夫。
 繰り返し自分に言い聞かせながら、カスミは船着き場の方へ泳ぎ始める。
 きっと、そこで待ってくれているから。




「ああ、シフォンさん、セファルさんも。さっき……!」
 船着き場まで下りてくると、屋根がある辺りで集まってきた人たちがざわめいている。その中にいたヤム・クーがいち早くこちらに気づいた。
「フッチがブライトと一緒に落ちた。カスミが助けに降りたけど」
 言って、人垣の方へ走り寄ろうとしたときに、
「こっちこっち!」
 ナナミのよく通る声に先導されて、酒場にいたフリックとハンフリーが来た。セファルが高く挙げた右腕を振って、こちらの位置を知らせる。
「セファル、シフォン!」
「桟橋へ……」
 しかし、騒ぎを知った野次馬まで一緒に増えてしまって、桟橋の方へ通り抜けようと思っても、大きくなってしまった人だかりに埒があかなくなりかける。
「ちょっと、みんな……っ」
 もどかしげにセファルが何かを言いかけた、その刹那。
「――騒ぐな!! 道を開けろ!!」
 苛立たしげに眉をひそめたかと思うと、シフォンがそのよく響く声で一喝した。
「……」
 はたとざわめきが途切れ、気圧された野次馬が波が引くように奥へ下がると同時に、シフォンはその隙間を縫って桟橋へ出る。
「カスミ!」
 一番遠い桟橋に、雨でぼやけているが影が揺らめいた。そこまで一気に駆け寄ると、
「シフォン様……気を失ってますが、呼吸はしています」
 すかさず追ってきたハンフリーが、冷え切ったフッチの身体を引き取る。ちょうど到着したタオル数枚に包むと、微かにフッチが目を開いた。
「……ん……」
「……もう大丈夫だ」
 ハンフリーに抱き上げられたままで何かを探すように身じろぎしたフッチの上に、気づいたセファルがそっとブライトを乗せてやった。
「この子も、無事だよ」
「きゅ」
 嬉しそうにすり寄ってきた白い影に、フッチは青ざめた唇で、自分が付けた名を呼んだ。




「御苦労様」
 桟橋に手をかけ、上がろうとしたカスミにシフォンが手を伸ばす。
「……え」
 その手を見つめカスミは戸惑い、逡巡するように視線を彷徨わせるが、
「早く」
 すぐに有無を言わせず手を取られ、一気に引き上げられた。
「あの、……ありがとうございます」
 サスケから一度シフォンに投げ渡された大きなタオルに身をくるむと、ごくごく微かに、誰も判別つかないほどうっすらと、カスミは頬を染めた。と。
「邪魔するようで悪いが、二人とも早く屋根の下に来いよ。本当に風邪ひくぞ」
 苦笑のようなものを滲ませたフリックの呼びかけが投げかけられる。
「それはどういう意味かな」
 屋根の下に戻るなりフリックにそう言い返したシフォンに、
「そのままの意味じゃねぇの」
 乾いたタオルをまた数枚、カスミとハンフリーに渡したビクトールがにやりと笑った。ぐっと呻いて上目遣いに睨み返すシフォンの頬に、微かに朱がさす。
「からかうなっ」
「へいへい。さあ、さっさと散れって!」
 掠れた小声で突っかかるシフォンを軽くいなし、ビクトールはその逞しい腕を振って、野次馬連中を突っ切って道をつくっていく。
 再びざっと人混みが分かれた間を、濡れそぼった面々が城内へ戻っていった。
「しかし、久しぶりだな」
「なにがだ?」
 聞き返してきたビクトールにフリックは、
「シフォンの命令口調」




「すみません……」
 すぐにフッチは自室で寝かしつけられていた。上がってきた熱に浮かされて、二人に向けている視線はちゃんと定まっていない。
「いや、大事にならなくて本当によかった」
 浮かんだシフォンの笑みに答えるように、フッチも精一杯笑みをつくる。
「じゃあ、もうじきホウアン先生が来るから」
 セファルがそう言い残して扉を閉めるのと一緒に、フッチも視界を閉ざした。
 そっと扉を閉め切って、静かに少し離れた大部屋に舞い戻る。途端、
「シフォン! おまえなぁ、ちゃんと拭け!」
 待ち構えていたのか、すぐそばにいたフリックにシフォンはじっとりと水気を吸ったままのバンダナの余りをぐいと引っ張られた。
「引っ張るな、痛い。……わかってるよ」
 言いながらバンダナを外した刹那、乾いたタオルを頭にかぶせられ、そのままわしわしと髪の毛を拭かれる。
「ったく、相変わらず自分が見えてないんだからな……」
「フリックっ」
 自分で出来るとでも言わんばかりに、タオルを押さえながらシフォンは逃げる。もうずっと切っていないと言っていた後ろ髪に、だいぶ伸びたなぁとフリックは笑いながら、
「セファル、ああはなるなよ? 自分が周りに心配されてることなんか、昔っからちっとも気づきゃしないんだから」
 椅子に引っかけてあったタオルで髪を拭いていたセファルにそう言った。
「でも……シフォンさんって、やっぱりすごいです」
「あ、すまない。ついかっとなって……」
 思わず声を荒げたが、シフォンの立場上あそこまでの命令口調は慎むべきだった。ただでさえ、近しくない者からは、二人を――セファルとシフォンを見比べるような、決してあるべきでない視線を向けられることがあるのだから。
「いえ、そうじゃなくって」
 そういうことには気づいていないのか気にしないのかとにかく無関係のセファルは、タオルの間からのぞかせた視線を彷徨わせ、
「えっと……すごく、びっくりした。怒鳴ったシフォンさん、迫力があったっていうか……やっぱりシフォンさんってリーダーにふさわしい人なんだなぁって……その、見習わないとって……」
 フリックが困ったように苦笑しているのに気づいて、声がどんどん尻窄みになっていく。言ってはいけないことなのかなと、不安も覚えて。
「ああ……まあ、確かにシフォンは優れた"指導者"だったんだろうけど……」
「フリック」
 自分の左手に頬杖をついたフリックの言葉をさえぎって、シフォンがさらりと割り込んだ。
「セファルは立派にやってるよ。もっと自信を持っていい」
 微笑むシフォンに、このときセファルが感じたのはきっと、憧れ。
 まっすぐなその強さは、今セファルが求めて止まぬものだから。
 遠ざかった大切な親友を、追いかけるために。――"家族"を、取り戻すために。




「けどさ、おまえも無茶するよな……」
 空の器を乗せたトレイをサイドボードにおいて、サスケが笑う。
「……咄嗟、だったからさ」
 床にしゃがんでじゃれてきたブライトの相手をしているサスケを眺めて、フッチは弱々しく言い返す。数刻眠って、だいぶ落ち着いてきていたから、声が細いのは熱のせいではない。
「また、ブラックみたいなことになったら嫌だから……」
 聞いたことのない名前に、サスケが首を傾げる。
「あ。僕が竜騎士の見習いだったってのは前に話したよな。ブラックは、三年前に……僕が無茶をしたせいで死なせちゃった、騎竜なんだ」
 消えない痛みをあまり開いていない瞳に滲ませ、フッチが苦く笑みを浮かべた。
「ウィンディの魔法から僕を庇って……」
 その女の名前は、サスケも知っているものだった。三年前、サスケの故郷ロッカクの里は、彼女によって壊滅寸前にまで追い込まれている。
「……ん? ってことは、そんときおまえって十一歳?」
 今更といえば今更だが、考えたことがなければ気づいたのは今ということになる。
「そうだけど……?」
 空気がすっと軽くなったことにこっそりと安堵をもらしながら、
「それで、解放軍にいたのかよ!?」
 目を丸くしたサスケ――今の彼より二つも下になるのだから――に、フッチが小さく頷き答える。
「一応……。ああでも、ハンフリーさんが僕の後見人みたいなこと引き受けてくれたから、いただけだよ」
 竜を喪った竜騎士は、竜洞にはいられない。
 ベッドの上に必死で上がろうとしているブライトを抱き上げて、フッチは自分の膝上に招いた。
 ――あのとき泣いたっけ?
 初めて訪れたトラン湖の城で、初めて訪れた夜に。
 思い出そうと思っても、もう記憶はぼやけてしまっていた。
「なに、一人でにやにやしてんだよ?」
 その声にフッチが現実に戻ると、気味悪そうにサスケがのぞき込んでいた。
「あ、いや……解放軍の本拠地に初めて行ったときのこと、思い出して」
 そうか。独りの時のことをほとんど覚えていない理由は。
「はぁ?」
 それでどうして笑うんだ?とでも聞きたげなサスケに、
「そんなに長い間じゃなかったよ。帝国はもう長くないって思われてた頃だったからさ。でも、その間、シフォンさんにとても……よくしてもらってた」
 まだ基礎しか習得していなかった自分に、棒術の巧い捌き方を教えてくれたのも彼だ。穂先にだけ頼らず、長い柄もちゃんと活用出来るようにと。彼の空いた時間は、ほとんど構ってもらっていた覚えもある。
「だから、シフォンさんの前であんな硬いんだな」
 フッチの話を聞いて、さもおかしそうに言ってきたサスケのからかいに、
「おまえだって、カスミさんの前ではそうじゃんか」
 お返しとばかりにフッチが茶化す。
「な、な――!? それとこれとは別だろーが!!」
「うるさいなぁ、こっちは病人だぞ?」
「ぅ……だったら、それらしく大人しくしてりゃあいいじゃんかよ……」
 サスケがぐっと詰まって、ぶつぶつと文句をたれたところに、
「もう元気そうだね」
 苦笑まじりのシフォンの声が飛び込んできた。
「シ、シフォンさん……!? いつの間に?!」
「さっきだよ」
 もちろん訊ねることなんて出来やしないが、いったいどこから聞かれていたのか。それを考えると、かっと顔が赤くなる。
「薬、ここに置いておくよ」
 シフォンが手にしている薬包に、サスケが口の中であっと声を漏らす。夕食と一緒にサスケが頼まれていたものを、すっかり忘れていたのだ。偶然通りかかったシフォンが、フッチと同じ階に部屋を借りているからということで頼まれたに違いない。
「ありがとうございます……」
「そんな畏まらないの」
 答えて微かに笑うシフォンを、フッチはうかがうように見る。
 再会したときにも気づいたが、背格好はだいぶ追いついてきた。シフォンは三年前にその身体の時間が止まってしまったから。けれども、その黒曜石のような瞳に、ひどく大人びた深い色に、とてつもない距離を感じる。でもその距離とは決して隔たりというものではなくて。
 やはり、ハンフリーに対するものとは少し違う。そちらには引き取ってもらった負い目のようなものも重なってか、少し複雑さも含んでいるのだが。強いて言うなら、被保護の立場に甘んじていたくはないが、見ていてほしいといったような。子供じみた、嫌われたくないという恐怖を抱えているのに気づいたのはここに来てからだが。
「なんかさ、うん。わかる」
 シフォンの足音が完全に遠ざかってから、サスケがふとつぶやいた。
「おまえが湖に落ちたときさ、あの人、一回だけ怒鳴ったんだ。船着き場の野次馬どもに」
 引き寄せられるようにフッチが身を乗り出して聞き入っているのを茶化すわけでもなく、淡々とサスケは言葉を続ける。
「見た目なんか、俺たちより少し上ぐらいにしか見えないのによ。あのとき、野次馬連中が一発で大人しくなったんだぜ。俺も圧倒された。普段と全然違うし、威厳っていうのかな。そういうのがあったからさ。ホント、やっぱ"リーダー"やってた人なんだなって、すっげぇ実感した」
 そこでいったん言葉を切った。そして、
「でも、すごく優しい人、だよな」
 ……そうか。そうだ。
 ブラックの死に頑なに気負っていたのを和らげてくれたのも、あの人だった。大きな哀しみを、辛いからと奥底におしこめるのではなく、己の一部として生きていくことを教えてくれたのも。
 他人のことなど完全に理解できるはずもないが、それでもよく似てるからと受け入れてくれた彼に、フッチが精神的に、寄りかかって甘えていたところは絶対にあったはずだ。
「わかる。と思う。おまえが尊敬してるの」
 お兄さんみたいな人とか、頼れる人とか。でも。
 言葉にすれば、きっとこれが一番近い。
 きっと、追いつけることはないよなとも思いながら。
 それでもいいと思いながら。
「僕の、憧れの人だからね……」
 フッチはすっきりとした笑顔で言った。






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 幻水2で初めてぼっちゃんの名前を出したのはフッチだったので、んで「シフォンさん」……懐いてます、うちのは思いっきり。
 セファルとナナミのぎこちなさは、自覚あります。2でありながら坊贔屓は、これはもうファンの性。