選択。――前へと進むこと。
選択。――立ち止まること。
選択。――流されること。
選択。――逃げ出すこと。




選択。――すべては、あなたが選んだ道。




岐路に在るもの




 かた…
 三度目の、ごくごく微かな扉の開閉音に、シフォンはすっとまぶたを開いた。
「まぁ――いいけど」
 寝台から上体を起こすと、ふぅとため息をつく。
「今更って気もするけどね」
 同じく起きあがったルックが、憮然とつぶやいた。
「そろそろ限界だろうなとは思ってたよ」
 引き金というモノがあるとしたら、きっと夕方のジェスだったか、彼の言動だろうか。もしくは。
「まぁだ安眠妨害やってるの、あの人は?」
「僕に言われても知らないんだけど」
 うんざりとしたシフォンのセリフに、迷惑そうにルックは顔をしかめた。
「……セファルも大変だな。フッチ、起きてる?」
 肩をすくめると、この部屋の三人目へとシフォンは声をかける。二階にある一人部屋四つをセファル、ナナミ、ビクトールで割って、この中部屋を三人で借り受けたのだ。
「え――まだ……ちょっと」
 眠そうに目を擦りながらの彼に、シフォンは小さく笑うと、
「あとを頼めるかな。僕らはあの二人を追いかけるから」
「ちょっと待って、それ僕も?」
 すかさず嫌そうなルックの声が上がるが、シフォンはあっさり無視すると、
「後発の方から先行して来てるはずだ。たぶん……サスケ」
 事前に聞き出していた断片的な情報から察するに。
 舞台にも引きずり出せるだろう、そうすれば時間が出来るはずだから。
「シフォンさんは……説得に行くんですか?」
 木の板が軋む音。潜めた足音を、それは表していて。
「説得?」
 思ってもいなかった言葉なのか、きょとりと目を瞬かせる。
「まさか。シフはそこまで甘くないよ」
 そのそばで、組んだ足に渡した自分の腕に片頬杖をつき、ルックが鼻で笑ったのに、シフォンはにらむように細めた一瞥を送る。しかし、
「ああ、そういえばそうかもしれませんね」
 思わず同意したフッチには、がくりと肩をこかして苦笑を滲ませた。
「どーゆー目で見られてるんだよ僕は…」
 そして、今のままじゃ危なっかしすぎるから、こうでもしなきゃどうしようもないじゃないかと、愚痴をこぼすようにつぶやく。
「……じゃ、行ってくる。また後でね」
「はい。お気をつけて」
 そっと扉を後ろ手に閉める。他にまで気づかれれば逃亡劇は失敗に終わるだろう。だが、消化不良は後々に尾を引く。
「来た、ね」
 階段を下りる音、もうすぐ、二人がここに来るだろう。
「説得してあげないってことは、荒療治?」
 どんな思いで、決めたのか。
 どういうことなのか、わかっているのか。
「答えは彼らに、自分で出してもらうよ。こうすることを、選んだからには」
「ぅわ、性格悪……」
 ルックが茶化したようにつぶやく。シフォンはまた苦笑しただけで、否定しなかった。




 だって。
 そうすることを選んだのだから。




 夜明け前。
 細い月が空を我が物顔で照らしているうちに、屋敷の哨戒に急用があるから出ると伝言を頼み、先行している小隊――シフォンの読み通り、そこにサスケが含まれていたわけだが――とフッチはすぐに合流した。タイムリミットが来るまでに、然るべき舞台を整え終えなくてはならないからだ。
 しかし。
 ティント市が、襲撃を受けた。
「早すぎンぞ……!」
 フッチの伝えたことの重大さから、このままティントへ向かう者と後発隊へ戻る者との二手に分かれた隊の、ティント側へ属したサスケが吐き捨てる。
 事態が一気に悪化した。
 セファルはティント市内には、いないのだ。
 その情報が皆に伝わっていると、祈りたかった。そうでなければ、取り返しのつかないことにもなりかねない。なってしまう。
「どうしようか?」
「どうするって――向こうは、シフォンさんとかも合流するし、このまま行って助けた方がいいだろ……」
 同じように先発隊へ伝令に向かった他の者が、無事に合流できるとは限らない。常に最悪の事態を慮って。
「俺たちなら、絶対だしな」
「それもそうだね。落ちる先はクロムだろうけど、ティントも見に行ってみよっか」
 にやりと子供らしい自信を湛えた笑みを浮かべるサスケに、槍を握りなおしたフッチも笑い返した。




 あなたたちは。
 それを、選んだのだから。




 ティント陥落。
 翌朝、クロムでその事実を聞き、さすがにシフォンも眉をひそめた。
「厄介なことになってなきゃいいけど……」
 ルックの漏らした吐息は、なにに対してか。
 そして、そんなではないのに、無事に脱出できたのですねと喜んでくれる人たちを前に、ふと、二人はどう思っているのだろうと目を向ける。
 今は夜にそなえて仮眠をとっているが、気まずそうに落ち着きを失いかけていたナナミ。それは、この部屋に案内されたときに発した言葉からも十分に予想しうるものだ。
「セファル?」
 優しく穏やかな様を装って、シフォンは声をかける。
「どうして、一緒に来てくれたんですか……?」
 逃げるのに。逃げ出したのに。
 ふっと顔を上げると、セファルは読みとりにくい曖昧な色を湛えた目を向けてきた。シフォンはそれが何を意図したものか思案しながら、問い返す言葉を選び取る。
「どうしてだと、思う?」
「え……」
「僕らに止めてほしかった?」
 ルックが視線を窓の外に向けたままで口を挟んできた。
「そういうワケじゃ……」
 困惑。逃亡の罪悪感からか、それとも?
「放っておいたら危なっかしかったから」
「……へ?」
 にこりと笑ったシフォンの一言に、セファルが呆気にとられる。
「わかるよね?」
「自惚れていいのなら……、――心配してくれたと、思ってもいいですか?」
 何を当たり前とすればいいのか、本当はわからないから。
「上出来」
 望む答えを引き出せて御満悦らしいシフォンに、ルックはまた呆れたため息をついた。
「じゃ、僕もいいかな。どうして、急にこうすることを選んだの?」
 なんでもないことのように軽くシフォンが問いかけたのに対して、ひくりと、セファルは身を強張らせる。
「どうして、って……」
「別に、そのことで責める気はないんだけど」
 ちらりとルックが、つまらなそうに半眼をシフォンへ向けた。
「悪趣味な好奇心」
「…………」
 さらりと滑り込んできた一言に、シフォンが見事に凍りついた。
「否定は?」
「……しきれない自分が、ちょっと情けなかったかも……」
 彼はつぶやき、軽く声を立てて苦笑いをこぼす。
 ――自分は別に、聖人君子かなにかなどという大層なものではない。
「シフォンさんは、逃げたいと思ったことなかったんですか?」
「あった、よ。けど、思っただけ」
 自分にもかつては、きっとそういう道が存在していたのだろう。
 けれど。
 選ばなかった。
 選べなかった。
 思いついて、冗談として口にして、笑って、終わり。
 当然内容が内容なだけに、それをする相手は限られた人物になるのだが。
「最後の最後で逃げなかったっけ?」
「あ〜、それは――また別、じゃない?」
 ルックから投げられた言葉に、シフォンはまともに答えに窮した。
「……いいけどね。僕はどうでも」
「なら言うなよ……わかってるくせに」
 不和の種と、天秤の事情。確かに、あれが解放軍の指導者として最良の消え時だったとは思っていないが、それはまた他の理由が絡まってくる。
「あ〜、さっきからなんかルックに言い負かされてる気がする……ったく」
 かなり不満そうに片手で頭を支えるように抱えると、首を傾げているセファルには笑って誤魔化して、切り替えた。
「似てるけど、違うし。いろいろと。僕は君じゃないし、君は僕じゃないし。だからちょっと訊いてみたんだけど。ダメかな?」
 再び話がそこへ戻ったことに、セファルは少し淋しそうに苦笑する。ナナミがまだ眠っていることを目で確かめてから、
「もう……やめてしまいたかったんです。ホント言ったら、まったく後悔してないわけじゃないけど……でも、昔みたいにって言われて、ティンランは僕なんかいなくてもなんとかなると思って……」
 一瞬だけ、シフォンの瞳が怜悧にすっと細められる。
「だから、選んだんだね、こうすることを?」
 セファルは無言で、首肯した。




 選んだのだ。
 あなたたちは、選んだのだ。




「ビクトールさん!」
 甲高い剣戟ではなく、ただ腐肉を断つ音、死肉を喰らう咀嚼音、そんな生理的不快感をもよおすものばかりに支配された空間で、少年が上げた必死の叫びは思いの外、清冽に響いた。
「フッチじゃねぇか! 無事だったのか――にしても、なんでサスケが一緒なんだぁ?」
 側にいたゾンビ数体を一気に薙ぎ捨てると、朝から姿が見えなかった一人の姿に喜色を向ける。
「何も、聞いてないんですか…?」
 ビクトールの反応に事態の転がった先への不安を覚え、フッチの顔がさっと青ざめた。サスケも察したのか、舌打ちをこぼす。
「俺は……さっきナナミの置き手紙見っけて、さっさとこっから出ようってとこだが?」
「セファルさんとナナミさんに、シフォンさんとルックさんが一緒に行ったんです。僕はシフォンさんに、後発に連絡を取るよう頼まれて……」
 哨戒への伝言は、やはり回らなかったのだ。このようなことになってはそれも仕方がないが、ナナミの置き手紙ということは、二人がすでに逃げ出した後だというのは知れたのだろう。
「後発?」
「増援です。クラウスさんがコウユウさんに密使として発ってもらってたので、たぶんそうだろうって」
「あいつ……」
 抜け目のないシフォンに、さすがにビクトールも苦笑する。
「とりあえず、詳しいこたぁあとだ。生き残ったヤツらとはクロムで落ち合うことになってる。…ちょいとばかり、まずいことにもなったしな」
 きりがないとぼやきつつ、二人をせっついて占拠されたティント市を脱出し、ある程度の距離をとれると、おそらくからくりの大部分は知っているだろうフッチに、気にかかっていた疑問を投げかけた。
「しっかし、シフォンとルックのヤツは何考えてンだ?」
 ただ逃亡を助けた、それだけとはどうしても思えない。いろいろな意味で、という前提付になるのだが。
「危なっかしいから、って」
「はぁ?」
「たぶん――。前からも言ってましたし」
 どうにも要領を得られない言い方ばかりされている。情報を限ることが、必要ということなのだろうか。
「……そういえばさ、さっき言ってた"まずいこと"って?」
 横から問うてきたサスケに、そらされたことを蒸し返すこともなく、ビクトールは歯切れ悪くだが答えるために口を開いた。
「いや……な、この置き手紙見つける前に――」
 告げられた現実に、少年二人ともが愕然と目を見張る。
 その後クロムで合流できたクラウスらも、見せた反応にそう大差はなかった。
「……急いで、シュウ軍師にお知らせを……」
 心理的な衝撃に上擦った声で、それでも若い副軍師は急使を向かわせようとした、そのとき。
 純白の閃光と、きゅんっという甲高い音、現れたのは――
「到着ぅ〜♪」
 ほんわかした少女が、この場にはそぐわないほどに、自身の雰囲気そのままの声音で言い放つ。ついで、
「っ、シュウ軍師……!? それにフリックさんにアップルさんまで……」
 ビッキーの移動魔法で突如転移してきた四人に、単純な驚きで、クラウスは目を瞬かせた。
「とんでもない報告が先ほど届いてな。クラウス、現状を報告しろ。いったい何がどうなっている?」
「あ、はい。セファル殿とナナミ殿は――出奔、なされました。シフォン殿とルックさんが同行しているそうです」
 そこまで言い切るとクラウスは、ちらりと目でフッチとサスケの方に確認してくる。首肯を見て取ると、再びシュウに視線を戻し、
「それと……リドリー将軍が、戦死なされました」
 細い眉を苦しげにひそめた彼は、息の詰まった声でなんとか繰り返す。息をのむ気配と、喉を引きつらせるかすれた音と。
 そして、顔を背けた。




 選んだのだから。
 だから。あなたたちは――




「そろそろ、かな」
 シフォンは出かかったあくびをかみ殺すと、だいぶ顔色もよくなってきたセファルと、その傍らについているナナミに目を向けた。
 竜口の門に差し掛かった途端に、セファルは意識を失い倒れた。こちらの方にもネクロードの手が回っていたのか人気の失せた村で、とりあえず物置小屋を借用し、そこで回復を待つことにしたのだ。
「ずいぶん眠そうじゃない?」
 シフォンと同様、小屋の奥に陣取っていたルックが、冷ややかに視線を送ってきた。
「そりゃ……さすがにね。でもこれじゃあさすがの僕でも頭の回転鈍りそうだなぁ、このあとに差し支えなきゃいいけど」
 冗談を言うように笑いを忍ばせ、ナナミには届かない小声で話す。
「ルックもさぁ、もう少しぐらい紋章使ってくれればね」
「治療はしてあげたんだから、それぐらい我慢しなよ」
「ったく……きついなぁ……」
 山の中腹で囲まれたときは、割って入ったゲオルグに助けられ、ソウルイーターの力を大きく引き出す必要がなくなってくれたわけだが。小出しによる疲労の分でも蓄積すればかなりになる。
「そういえばあの人、知り合いになるの?」
「なる――のかな。僕はまだ小さかったから。向こうも、僕のことは気づいたのか気づいてないのか」
 一途に弟を思うナナミや、セファルの方に目がいっていれば、気づいていないかもしれない。
「まるで、気づかれたくなかったかのようだね……」
「案外そうかも。しょせん――」
 自嘲気味にシフォンが何か言いかけた瞬間。
「……目が覚めた?」
 ナナミがほっと安堵の声を上げた。申し合わせたかのように、シフォンもルックも口を閉ざす。
「セファ……やっぱり……戻ろうか? こんなんじゃあ……どこにも行けないよ……」
 上体を起こしたセファルに、ナナミが心配そうに言った。
「……ごめん」
 ――心配をかけて? 逃げられなくなって?
 セファルはうなだれたままつぶやいた。
「ううん……ごめんね。私が……私が言いだしたわがままだったね……みんな、何もかも捨てて……逃げるなんて、わがまま……だったね……」
 ナナミのあふれ出した後悔の念に、セファルが何かを言おうとして、しかし結局、言葉は何も紡がれなかった。
「……」
 何を言うでもなく、ただ二人を見ていたシフォンとルックが、微かに目線を交わらせる。もう、潮時だ。結果が見えた。
 結局、崩れかかっていたのは土台に他ならなかったのだ。
 いつ崩れてもおかしくなかっただろうほどに、脆かったのだ。
 と。
「な、なに!? またゾンビ?」
 小屋の外から聞こえた争う音に、ナナミが立ち上がる。
「セファ、お願いします……」
 三人が止める間もなく、きっと三節棍を握りしめナナミは小屋唯一の入り口に張り付き、隙間からうかがっていたかと思うと、飛び出した。
「――っ、脅かすんじゃねえ……!! 危うく、斬っちまうところだったぞ!」
 刹那響いた怒声、その主に思い当たってシフォンとルックは目を瞬かせる。そして、起きあがってナナミを追いかけたセファルのあとに続いて、小屋の外へ出た。
 呆然とへたりこむナナミと、その前でどっと疲れたように立つ、やはりフリックだ。シュウとアップルもいることを認め、どうやら狙い通りにはなってくれたことをシフォンは察した。さすがに、リドリーの死をシュウが告げたときは、どうしようもない不運を恨んだが。
「セファル殿。私は主君に手をあげました。その罰は受けます。だが、その痛みは忘れないでもらいたい。あなたを信じる人々がいることを、忘れないでもらいたい……」
 セファルの頬を張ってシュウが続けた言葉に、シフォンはようやく、安堵にも似た息をつく。




 あなたたちは、その道を選んだ。
 だから、負わねばならない。




「なんで止めてやらなかったんだ……?」
 そこに非難の色はなかったが、フリックの問いは当然だろうとシフォンは胸中でつぶやく。肩をすくめるルックを一瞥してから、
「止めたって、先送りにしか過ぎなかったからだよ」
 いつか必ず訪れただろう、"反動"。
 深々とため息をつき、前に立ったシュウを見上げた。
「そうでしょう?」
「……事の次第、お聞かせ願えますか?」
 複雑な面持ちなのは。
「簡単なことだよ。まさか、こんな代償になるとは思ってなかったけれど。それについては、見誤った僕の非も認める」
 不安定な上でかろうじて保たれている安定は、不慮の力にあっさりと突き崩される。それが、偶然今回だっただけのこと。
「それに……これは、セファルだけでなく、あなたの選択の責任でもあると思うけれどね。シュウ軍師。セファルに、自分は"飾り"と思い込ませて。そのことで確かに、セファルは決定の重責の多くを逃れられたかもしれない。でも、そのことは同時に、セファルが己の価値を軽んじることを招き、結果、今回のようなことを引き起こしてしまった――」
 淡々と言葉を綴りながら、まっすぐと静かに見据える。
「――なんていう見方もありじゃないかな。事実、セファルは自信を持っていなかったみたいだよ、自分に。軍は自分がいなくても大丈夫だなんてことを、軍主に言わせてどうするのさ。ったく。軍主と軍師がそんなザマじゃ、いつ破綻してもおかしくないようなものだろう」
 奥底に隠れた、捨てられた子犬のように、何かに怯える色。
 自分への自信のなさは、もともとのセファルの性質も起因しているのだろう。シフォンはよくは知らないのだが、彼が孤児だったとは聞いている。周囲と自分との距離に、いつも不安を抱いていてもおかしくはない。嫌われたら終わり、無意識下にそういうものへの強い防衛反応が働いている感もあった。だから。無償だと信じられる場のために、その他を切り捨てられるのだ。無条件に信じられる大切な場から、見捨てられないために。そんなことはありえないと理解していても、働いてしまうのだろう。
「セファルが流されたというのなら、セファルには流されることを選んだ責任を負ってもらわなくちゃいけないんだよ。どんな状況、理由があったとしても、最終的に決めるのは本人なんだ、その選択には責任が在る」
 だから、他人が勝手に引き受けるものではない。
「……それについては、俺に反論できる言葉はないな」
 今までに信頼など、本当の意味で在っただろうか。と。
 気づかず目を背けていたらしい現実に、シュウは自嘲を浮かべる。
「手厳しい御指摘、痛み入る」
 実際ここまでこの少年に見通されているとは、思いも寄らなかった。
 ふと、不透明な面持ちで黙りこくっていたフリックが薄く口を開いた。
「おまえは、どうだった?」
 彼がそれを訊ねたのは、なぜだろうか。
 突然の質問にシフォンはしばしきょとりと、その年相応の仕草で目を瞬かせるが、
「なんかマッシュには、嫌な選択させられてばっかりだった気がするけどな」
 他ならぬ、笑って答えられた自分にシフォンは心の中で驚きながら。
 その場にシュウを残し、言い出した自分のせいだと沈み込むナナミを慰めているセファルのもとへ、歩き出した。
「行こう。まだ、終わってないよ」
 ナナミが目に見えて混乱を露わにしているせいか、セファルは表面上、少しは落ち着いたように見える。とはいえ、あくまでも表面上だ。今はまだ、理解が達し切れていないのだろうとも、容易に予想できる。
「僕のしたことって、とてもずるかったですね」
 立ち上がったセファルが、不意に言い出した。
「どうして、一緒に来てくれたんですか?」
 不安、なのだろうか? 何が?
 見えていなかったモノは、あまりにもありすぎて。
「それはまた、変なことを訊くね?」
 シフォンがにやりと笑んで問い返す。
「なんて答えられるかなって。"悪趣味な好奇心"です」
 透明すぎる微笑みを添えて、答えを返した。
「危なっかしくて心配だったから、だよ」
 セファルは鬱屈した空気を吐き捨てるかのように大きく深呼吸をすると、
「僕、もっとちゃんと、しっかりしないといけませんね。なにも見えてなかったんだ、周りの人のことも。それに、自分のしたことにも責任を持ててなくて。流されてここまで来たんだって、僕がそうしたかったんじゃないって、言い訳がましくて」
 己で選んだ道への、責任。
 前へと進むこと。
 立ち止まること。
 流される、こと。
 逃げ出す、こと。
 すべては、己が選んだ道。
 他の、何物でもない。
 逃げたところでいつかは追いつかれ。
 選択は、突きつけられる。
 逃げたところでいつかは追いつかれ。
 責任は、突きつけられる。
 己で、受け入れなくてはいけないのだ。
「ありがとうございます。本当に……」
 痛ましくも、泣き出しそうにも見えるほどにまっすぐな、少し大人びた笑顔で、シフォンとルックに向かってはっきりと言った。
 と、その頭を、フリックがくしゃりと掻き回す。
「ほら、行くぜ。ビクトールのヤツ、待ちくたびれて唸ってるぞ」
 続いたフリックの場を和ませるかのような冗談に、ナナミが顔を上げた。
「急いでるんだったらぁ、私が送ってってあげよっか〜?」
 村の外から、アップルと一緒にやってきたビッキーがお気楽な声を挟んでくる。
「こんな時に失敗しないだろうね……?」
「ひどいなぁ、ルック。クロムでしょ〜? たまにしか失敗しないから平気平気〜♪」
「ったく。そのたまにが怖いんだよ……」
 うんざりとルックが吐き捨てて。そのやりとりで、笑みがこぼれた。
「ホントに大丈夫、ビッキー?」
「シフォンさんまでひどいなぁもう〜。え〜と――」
 ふだんのほえほえしたしゃべり方とは違った、淀みないすっきりとした声音で呪句を唱え始める。刹那。
「セファル殿。お気をつけて」
 鬼軍師とも裏でささやかれる彼にしては珍しく、穏やかに微笑を浮かべて小さく一礼した。
「うん。行ってきます――」
 残光散る中、向けられた笑みにシュウはやれやれと息をつく。
 痛みを抱えたままでも笑顔を見せれるのは、悲しくないからじゃない。
「俺はまだまだ、師には及ばないか」
 そして、その師の信頼を得、また信頼した、あの少年にも。






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 ティント逃亡ルート。選択の責任の話。IとIIで選択肢で決定する重みが違うように感じていたのが、『CHRONO CROSS』のルート分岐によるイベントの変化に触発されたらしい。
 しかしリクエスト「シュウが坊ちゃんには勝てないとつくづく思い知るお話」が果たせたかどうか。なんとも説教くさいお話になってしまった感があります。しかも坊っちゃんえらく饒舌。セファの掘り下げの甘さは拭いきれず……

 ティント逃亡イベント、今回の執筆のためにメモカから直前データを呼び出し、セリフ書き取りなどもやってみました。のわりに、使ったのは最後のところだけでした。書かない本筋の確認、という意味合いが強かったんですが、ゲームと同じシーンを書くのは難しいです(苦笑)