息が苦しくなった。






水の向こう側






 亮が目を開けると、ピントも合わせられないほど間近に手があった。鼻に圧迫感があった。息が苦しいのはそのせいかと気づいて呼吸のために口を開けたら、おやと気の抜けた声が聞こえた。とてもよく知っている声だった。
「……何をしている。吹雪」
 口で不足している酸素を吸い込んで、なんとか発した声はやはり鼻声だった。
「やあ」
 目の前の手の向こう側で、吹雪が朗らかに笑う。
「いい加減、離せ」
 苦しい。鼻声のまま要求すれば、摘まれていた鼻はあっさりと解放された。
 ようやっと呼吸が楽になる。
「何のつもりだ」
 呆れ果てて発した、声は思っていたほど出なかった。
「さあ、何だろう」
 戯けたように肩を竦めた吹雪は、少しも悪びれた風のない笑顔を返す。
「苦しかった?」
「当たり前だ」
「そう」
 その時、ふと気づいた。
「久しぶりに、なるのか?」
 面食らったように彼が目を瞠ったのは一瞬。
「――……そうだねえ」
 吹雪は間もなく、声を立てて笑い出した。
「少しは反省しなよ。翔くんと十代くんを泣かせた、悪いお兄さん?」















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人間は水の中で息ができない。
亮は「異世界から帰ってきた人」というより「死から生き返った人」なんですよね。