さらさらさら……






Forget-me-not






 彼が望んだ場所は、流れる川の音色と微かな水の匂いが、息苦しくなるほどにひどく甘い場所だった。
 散らばる白い瓦礫を避けて地面に足を着け、漆黒の翼を畳み。ずっと手のひらでくるんでいた彼を、小さな花が咲いている草はらの上に、そっと横たえる。
 指で摘むだけで折れてしまいそうな細い手足も、爪を引っかけるだけで裂けてしまいそうな肌も、決して傷つけることのないように、そっとそっと。
 すると彼は今まで閉ざしていた金色の双眸をやんわりと開いて、風が吹くように微笑んだ。
「すまない、ユベル」
 だからユベルは大きな闇の龍から人の形に姿を変えて、彼の傍らに膝をついた。
「どうしてあなたが謝るのですか」
 あなたを守らなければいけなかったのに。
 あなたを守りたかったのに。
 なのに。
「僕は、あなたを守れなかった」
 言葉と共に闇色の頬を滑り落ちた涙へ、白い手を伸ばすと彼は、ゆるゆると首を振った。
「違うんだ」

 さらさらさら……

「おまえは何も悪くない。俺が、俺の中の真っ白な絶望に負けただけだ」
 彼は目をうっすら細めて、周りの瓦礫に視線を巡らせていく。愛おしげに、寂しげに。懐かしい面影はもう、水辺に咲く小さな花と広すぎる空の色にしか残っていない、故郷に。
「真っ白な、絶望……?」
 ユベルが怪訝に言い返すと、彼は小さく、そうだと肯いた。
「あの波動に飲み込まれ消えてしまった皆のためにも、俺たちのために犠牲になっていった人たちのためにも、俺たちは破滅の光に屈するわけにはいかない。ずっとそう思って、戦ってきた。おまえと共に」
 けれど。
「ほんの一瞬、思ってしまったんだ。破滅の光を滅することが出来ても、消えてしまった皆は帰ってこない。あの頃には戻れない。もう、俺とおまえしかいない。そう思ったら、たまらなく哀しくなったんだ」
 そう言ってもう一度ユベルを見上げた彼の金色の瞳は、微笑んでいたけれど、泣き出しそうなくらい痛みに揺れていた。
「それを奴らは見逃さなかった。俺もじきに、破滅の光に飲まれてしまうだろう」
 僅かな心の隙をついて彼の胸の奥に突き立てられてしまった、それを抜き取ることはもはや叶わない。
 彼の痛みを縫い止めて、少しずつ少しずつ彼の魂を真っ白に染めて、そして最後には痛みごと消えていく。
「だが俺だって、やられっ放しで終わるつもりは、ない」
 いっそ不敵なまでに色鮮やかに、彼は口の端を笑みの形に歪めてみせた。
「俺は、破滅の光もろとも眠る」
 最後の力で。
 だから。
「すまない、ユベル。俺はおまえを置いて逝く」

 さらさらさら……

「いつか破滅の光が目覚めたら、俺も目覚めるだろう。そうしたら」
 力を失った彼の手が、花の上に落ちるより早く、崩れ落ちる。

 さらさらさら……

「はい。また会いましょう。あなたが何処に生まれても、僕が必ず見つけて、会いに行きますから」
 降りそそいだ真っ白な砂が、青い花びらを揺らす。

 さらさらさら……

「そして今度こそ、あなたを守ります。あなたがもう哀しんだりしなくていいように、あらゆる痛みからあなたを守ります」
 ささやきながらユベルは、そっと彼の温かくも冷たくもない頬を撫でた。
 真っ白になっていく。
「約束します」
 絶望の白が、彼の哀しみを苦しみを、痛みを喰い荒らして、彼を真っ白に塗り潰していく。
 彼の心も命さえも、真っ白になって消えていく。
「今度こそ、あなたが大人になれる日まで」
 彼が、ふわりと微笑んだ。
 まだ小さな子供だった頃のように。
「おやすみ、ユベル」
 とても幸せだった頃のように、やわらかに、綺麗に。



 刹那、とさりと乾いた音を立てて、彼の微笑みも何もかも、白い砂になって消えた。



 ――だから。
「君はまだ気づいてないだけなんだよ。目的を果たしたその時、愛する人が世界の何処にもいないってことが、どういうことなのか」
 主を失って冷たい床に落ちた、アモンのデュエルディスクを見下ろしてユベルはくすくすと笑う。
「けどそれは、とてもとても重い罪なんだよ」
 声を立てて笑いながら、涙が一筋、右眼から流れて落ちた。
「ねえ、ひとりぼっちの王様」















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前世十代とユベルは長じて後、破滅の光との戦いの中で悲しい別れをしたに違いないと思っています。

先代覇王様は今の十代くらいの年頃だったら良いよ。前世で死んだ年齢で、現世で覇王に覚醒してたら良いよ。
前世十代の言葉遣いを幼い頃のままにしようか迷いましたが、ちょっと覇王様っぽい感じに。ユベルは敬語のままで。

破滅の光は、絶望した心を喰うと思っているよ。
抗い難い未来の災厄を見通してしまった斎王とか。十代に孤独な宇宙へ捨てられたと思い込んでしまったユベルとか。

最後のシーンはアモンが消えたとき。

BGM: "Forget-me-not" from ZEGAPAIN