4. W i t c h o f t h e K e y










 ほんの昨日からだった。
 嬉しくて、夜遅くまで話したりした。
 けれど。
 
 本当は、全然、昨日からなんかじゃなかったから。
 
 
 
 闇の者に奪われたゴーランド国の城へ入り込むため、遊戯たちはメアリーの導きのもと、王家の地下道を進んでいた。
 地下道と言っても中はさながら迷宮であり、城に辿り着くまでの道は王家の人間であるメアリーにしかわからない。そのために、ノンプレイヤー・キャラクターとしてメアリーもパーティ入りしたのだ。
「この地下道はかつて、"白夜の道"と呼ばれていました」
 メアリーは手にした燭台で壁をなめるように掲げ、ゆらゆらと揺れる炎で一面に彫り込まれた幾何学模様などを照らし出す。
「白夜?」
「太陽が沈んでからも明るい夜のことよ」
 聞いたことぐらいないのとでも言いたげな様子で舞が城之内に答えた。
「千年前、勇者の戦いの折りにその力を失いましたが、かつては灯りなど要らないほどにこの道は明るかったそうです」
 同時に大部分の道は失われたものの、最も堅固だったゴーランド国の城と外を結ぶ道だけは残り、王族の脱出路として今も伝えられているのだ。
「へぇ…」
 その時、杏子の方にいた妖精がふわりと羽を煌めかせ、一同の前に出る。
《ちょっといいかな。わかったことがあるんだけど》
 そう話を切り出した獏良に、遊戯たちの視線が集う。
 いったいどんな方法でやっているのか、ヒントを得るために獏良はずっとこのゲームのプログラムを調べていたらしい。
《メアリー姫。勇者が持っているはずの聖剣のことについて、何か知っていますか?》
「聖杯を護るのがゴーランド王家に連なる私の使命。聖剣を護るのは勇者の末裔の使命」
 定められたセリフに淀みはない。
《遊戯くんは、聖剣を持ってなかったよね》
「うん。何もなかったよ。ね、杏子」
「そうね。剣なんてどこにも」
 そこでいったん獏良の反応がしばらく途切れたが。
《あと確か、遊戯くんと杏子さんだけが、他のみんなとは別の所でゲームが始まったんだよね?》
「そうよ。あたしと城之内、それに海馬は同じ所からだったわ」
 もちろんそんなメンツで雰囲気が和やかになるはずもなく、海馬が一人行ってしまいそうなところで遊戯のカース・オブ・ドラゴンが見えたので、そのままなし崩しに同行してきたのだが。
《気になってたんだ。ゲームのスタート地点。オープニングイベントも正常に流れてなかったみたいだし》
「どういうこと?」
《本当なら全員が同じ場所から始まるはずで、……しかも、闇の者に奪われそうになった聖剣を、末裔の一族であるプレイヤーキャラ全員で護るのがオープニングのはずなんだ》
 そしてその後、伝説に従ってプレイヤーたちは旅立つ。
《それに着替えも実は、旅立つときに長老に渡されるのが最初みたいで……まぁ、これは最初の戦闘で条件を満たせなかったら村は滅ぼされちゃって着替えもなしで、その予備イベントがさっきのみたいなんだけど》
 その言葉に、げっとうめき城之内が顔をしかめた。
「それってつまりバグってるってことか?」
 ふるふると妖精が可愛らしく首を振る。ふと、獏良とモクバはどうやってこの妖精を思い通りに動かしたりしているんだろうかと、端で見ていた遊戯は不思議に思ったが。
《今は正常なルートで進んでるよ。でもなんだかね、今みんながやってるのって通常シナリオじゃなくて、特別なイベントが仕掛けられてるみたいだからさ、たぶんそのせいじゃないかなぁ?》
 それはやはりビッグ5が、海馬にクリアされないために難易度を跳ね上げようと組み込ませたものだろう。
「ヤツら、狡<こす>い真似を」
「ん。なんにせよ、気をつけておいた方がいいってことだね」
 遊戯が飲み込むように頷いた、その時、鼻先をかすめて。
「風…?」
 通路の中を、強い風が走り抜けた。
「やべ。火、消えちまったな……」
 唯一の光源だったろうそくの火がなくなったので、周囲の闇が一気にその濃度を増す。今まで光に目が慣れていたこともあり、遊戯たちの視界は完全に奪われてしまったようなものだ。
「どうしたらいいだろう?」
「くっそ、こんなところに敵が来たらまずいぜ…」
 マッチもなく、火をつけ直すこともできない。
「この白夜の道が、千年前の姿を取り戻――、っ!」
 何かを言いかけたメアリーの声が急に途切れる。同時に、メアリーのすぐそばにいた城之内と舞は、何かが駆け抜けた空気の動きを察知した。
「姫さん!?」
「もう、こう何も見えないんじゃ…!」
 メアリーの返事がないことで何かがあったことは間違いないが、依然、通路は暗闇に閉ざされてしまっている。迂闊に動くこともできない。
「そうだ!」
 城之内は記憶だけを頼りに、手探りで取りだしたデッキの上から数枚目のカードを引き抜いた。
「当たっててくれよ…! 魔法カード――時の魔術師!! 白夜の道の、時間を戻せ!!」
 刹那。現れた時の魔術師が振り上げた杖から眩い閃光が生み出され、照らされた空間が流れるように揺らめき出す。揺らめきの中でみるみる地下通路の時はさかのぼり、傷んでいた箇所は元通りになった。
 そして最後に壁そのものが、薄緑のぼんやりとした光に満ちる。
「うっしゃ成功!」
「いたわ、メアリー姫よ!」
 視界が復活して、すぐさま舞がメアリーを抱えて今まさに、奥の角を曲がろうとするウォール・シャドウを見つけだした。メアリーがいるために、近づいてきたときのように壁の中に全身を潜めることはできないらしい。
「召喚――ブラック・マジシャン!!」
 相手の姿が見えなくなってしまう前に。肩からなびく黒をひるがえしながら、素早くブラック・マジシャンを喚び出した遊戯は攻撃命令を下した。
「ブラック・マジック!!」
 まっすぐ向けられた魔術師の杖から、漆黒の雷がほとばしる。直撃を受けたウォール・シャドウは砕け散り、解放されたメアリーが床に倒れた。
「メアリー姫、大丈夫!?」
「はい。私は……ですが……!」
 痛ましげに目を伏せるメアリーの手に、聖杯はなかった。
 
 
 
「急ごう。魔龍神にこんな時に復活されたら、たぶんよくないよ」
 落ち込んでいる暇じゃないとばかりに、遊戯が言った。
 聖剣がゲーム開始時から敵に奪われていた可能性は高い。この上、聖杯までを失ってしまっては。
《たぶん、復活はまだ、ないよ》
「それって」
《こっちには杏子さんがいるもの》
「え、私…?」
 杏子は驚くが、獏良は穏やかに説明を続けた。
《確かに聖剣も聖杯も復活のためのアイテムだけど、封印の魔女こそ、すべての鍵だからね》
 聖剣も聖杯も、封印を破るための物。
 しかし封印の力は、封印の魔女が握っているのだ。
《だから、あとは封印そのものである、ゆ――》
 しかし突如押し寄せた地響きに、中断させられる。
「ぅわ」
「な、地震か!?」
「っていうよりも――」
 揺れ方からして、積み荷を満載したダンプカーが列をなしてすぐ近くを走っているような感じを受ける。
「どこから…?」
 この狭い通路では巨躯のブルーアイズとレッドアイズはもちろん、飛び回るハーピィ・レディさえ行動を阻害されてしまう。何にせよこの中では龍の攻撃は倒壊の危険が伴うので、海馬と城之内は地下へ下りて間もなく、中型モンスターをすぐさま出せるようデッキを並べ替えていた。しかし主力ではないため、攻撃力においてはいささか劣ることは否めない。
 いざという時のために、喚び出したままのブラック・マジシャンにいつでも攻撃を命じれるよう息を吸うと、遊戯も耳をそばだてて震源を探る。2500の攻撃力ならばたいていの敵に対処できるはずだ。
「あれのようだな」
 複雑に交差する道の一つに姿を現した、禍々しい黄色の目をひらめかせる影を海馬が見つけた。石の壁を削りながら、こちらへとまっすぐ突進してくる。
「迷宮の魔戦車!」
 通路幅いっぱいに埋め尽くすそれの攻撃力は2400。守備力が唯一2000の舞だけはライフポイントにダメージが通ってしまう。
 だがそれでなくても、あえてあんな物に轢かれたくはない。
「ブラック――」
 猛スピードで迫る魔戦車に、遊戯が急いでブラック・マジシャンに命令しようとするが。
「遊戯、あっちからも来たぜ!」
「向こうからもよ!」
「ウソ、いくついるのよこいつら!?」
 瞬く間に、そこら中の通路から魔戦車が突き進んでくる。十は下らないのではないかと思えるほどで、
「逃げよう!!」
 咄嗟に、唯一魔戦車が見えない道を遊戯たちは走り出した。一体ずつ倒す暇などないのは明らかで、やむを得まいと忌々しげに舌打ち一つ残した海馬も後を追う。手はあるものの、それを実行するためにデッキから目当てのカードを探す時間がない。
「――きゃ」
「っと、姫さんにゃきついか!」
 足をもつれさせ転びそうになったメアリーを、すかさず城之内が引っ張り上げ、そのまま抱え上げた。小柄なためかさほど苦にはならないが。
「しっかり捕まってろよ!」
「はい!」
 城之内といえども、ほぼ全力で走りながらではあまり器用なことはできない。
《メアリー、道は!?》
「これで合っています!」
 走りながらしゃべればゲーム内といえども息が乱れてしまうので、飛んで逃げる妖精からモクバがメアリーに訊ねた。しっかりと城之内にしがみついているメアリーは、にわかに片腕をほどき、前方を指差す。
 そして。轟音に揺るがされた迷路の果てに、道が途切れた。
 
 
 
「やべぇぞ!」
 上の執務室に潜み、部屋の外をうかがっていた本田が地下室へ駆け下りてくるなり焦った声を上げる。
「どうしたんだ?」
 ゲーム内容を表示しているモニターに張りついていたモクバが、そのただならぬ様子に本田に走り寄った。
「どうやらここがばれたらしい」
「ボクらが介入してることに気づいたんだ。……困ったね」
 思案げに獏良がつぶやく。
 クリアまでにはもうしばらく掛かりそうだ。それに気になることもいくつか、まだ遊戯たちには伝えてないことも含め、残されている。何らかの助けが必要になる局面もきっとあるだろう。
 だがその思考を邪魔するように、上からどんっと鈍い音が聞こえだした。
「始めやがったか…!」
「扉を破るつもりなのか!?」
 執務室の扉は高級な木製の見た目をしているが、もちろん単なる木の扉ではない。木版で挟み込んでいる軽合金の薄板こそ強度の中核である。とはいえ、最悪の事態として扉板そのものが外されるという可能性も捨てきれない。今は単に破ろうとしているだけのようだが、いつまでもその程度で収まっていてはくれないだろう。
「とりあえず、今にも乗り込んでくるわけじゃないんだよね?」
 獏良の問いかけに、本田はモクバを見やる。
「たぶん。そう何時間も稼げるとは思わないけどな」
「なら、なるようになるしかないよねぇ。遊戯くんたちが早くクリアすることを願おうよ」
 本当にこの現状を正確に認識しているのか疑いたくなるようなのんびりした物言いでそう締めくくると、獏良はちょうどゲーム内で起こっていた事態に、解説を届けるためにマイクを引き寄せた。
 
 
 
 狭い通路が終わったそこは、まだ地下通路の中ではあったものの、かなり広く天井も高いホールになっていた。
「げっ」
 そして前方にずらりと居並ぶ、迷宮の魔戦車。
「挟まれたか」
 後方からも、魔戦車が続々と追いついてきている。
「遊戯、どーにか一掃できねぇのかよ!?」
 メアリーを抱き上げたままの城之内に問いかけられ、はっとあることを思いついた遊戯は自分のデッキを取り出して目的のカードを探そうとした。しかしそれよりも早く。
「召喚――闇・道化師のサギー!!」
 もう一枚のカードを添えて、海馬がサギーを喚び出す。そして守備の状態を命じると、そのままサギーを魔戦車の目前に泳がせた。反応した魔戦車の一つがサギーを攻撃し――刹那、二十を越えていたすべての魔戦車が崩れ落ちる。
「ふん。やはりそうなっていたか」
「そうって、どうなってるの?」
 海馬がウィルスを仕掛けたのはわかったが、それがどうして迷宮の魔戦車の全滅を引き起こしたのか、遊戯も、メアリーを床に下ろした城之内も怪訝に眉をひそめ顔を見合わせた。杏子も舞も似たようなものである。
「一括処理が仇<あだ>となったな」
 このゲーム中では、プレイヤー同士では魔法カードや罠カードの効果は自由に掛け合うことが可能なルールになっている。つまりプレイヤーのデッキはそれぞれ独立しているものの、同時に一括もされているのだ。
《それで敵モンスターも、同時に場に出ている分は誰か一人が操ってるものとして処理してるんだよ。プレイヤー側のように、敵同士の協力をスムーズに行うためにね》
 まさか海馬がいちいち解説などしてくれるわけもなく、妖精を通して獏良がにこやかにその役を引き受けた。
「なるほどぉ……でも、そんなのよく気づいたね、海馬くん!」
「次の客が来たようだ」
 遊戯の感嘆を無視し、海馬が先へ進む道に視線を投げる。
「いいえぇ、もうずっと前からここでお待ちしていましたよ」
 ホールの壁の上方、並ぶ飾り柱の影からデスサタンが現れた。
「さすがは選ばれし勇者様方ということですね。いやいや、見事なお手並みでした。ですが」
 ぽん、ぽん、と。小鉢ほどの大きさの聖杯を手の上でもてあそびながら、
「聖杯はこのとおり、我々が頂戴いたしました。これで残るは、封印の魔女様のお命のみ……」
 にぃっと瞳のない濁った緑の目を細め、デスサタンはほくそ笑む。
「しかし、あまりあなた方にうろつかれるのも、あの方が魔龍神の復活を行うのに邪魔ですので。そろそろ退場していただかなくては、ね?」
「やれるもんならやってみやがれってんだ! てめぇなんざに負けるオレらじゃねぇぜ!!」
 城之内が自分のデッキを手に収めながら吼えた。
「おや、そうですか? ではお言葉に甘えて……」
 ぱちんと音を一つ立てて、デスサタンの指が鳴らされた。
「効果発動――対象は、このホール!」
 その指先にくるくると回転しているカードが一枚現れ、それが"地割れ"と書かれた面を向けぴたりと止まった瞬間。再び、いや先ほどとは比べ物にならないほど大きな揺れがホールを襲う。
 思わず立っていられなくなって遊戯たちが膝をついたとき、亀裂の走った床石が一瞬だけ浮き上がり、直後、底が抜けたように崩れ始めた。その下は深い深い空洞になっていて、落ちて無事でいられるとは思えない。
 だがそれは同時に、このホールに唯一足りなかった充分な高度を与えることににもなっていて。
「ブルーアイズ!!」
 いち早く広い空間に白銀の翼を広げたブルーアイズが危なげもなく主人たる海馬をすくうように受け止めた。着地の衝撃を逃がすために軽く屈むと、風をはらんだ彼の青いマントがばさりと音を立てた。片膝を落としたままブルーアイズを心持ち下方に降ろすと、海馬は素早く周囲に視線を巡らせる。
「来い、レッドアイズ!!」
 力強い主の喚び声に応えるかのごとく一声吼えながら、レッドアイズも城之内の下にするりと回り込んだ。そのまますべるように黒竜は壁沿いに空を走り、尾を引くかのごとく深紅の軌跡が描かれる。
「みんなは!?」
 ホールを見渡しやすいその場所から慌てて城之内が皆を捜して見回すと、遊戯は先ほどから喚び出したままのブラック・マジシャンに抱きとめられていたし、杏子とメアリーも、舞が分身だけをさせたハーピィ・レディできっちり助けていたのを確認できた。それはお互いも同じだったが。
「…っ! 杏子!!」
「大丈夫だって! ――え?」
 新たに取り出したカードを発動させた途端に一転して顔色を厳しいものに変え、切迫した声を上げた遊戯へ、杏子が笑い返したその時。
 ひゅっという音を引き連れて空を切り裂いた影に、杏子を抱えていたハーピィ・レディが呆気なく砕かれた。
「く…っ!?」
 その刹那、自身の奥底を襲った重い衝撃に苦悶を浮かべながらも。咄嗟に杏子に向けて伸ばされた舞の手は、しかし何も掴めない。
 重力に引かれるまま、宙に投げ出された杏子の身体は落下を始めた。
「っきゃああああ――――!!」
 杏子の悲鳴が、広い空間に響き渡る。
 城之内の位置からでは、どんなに急いで向かっても、いきなり苦しんだ舞に気をとられた一瞬がなかったとしても、とうてい届かない。
 海馬も悲鳴に下方へと振り向き、同じ視界の中でモンスター召喚が行なわれたのを見て取っていた。さらにもう一つの事実に気づいて、海馬にわずかな逡巡が生じる。
《ここで魔女を失うと負けるぜ!!》
 獏良にしては荒々しい声音で、何を指してかその叫びが発せられたか否かの瞬間。
「――ちぃっ」
 ブルーアイズに下した命は、降下。
 そして、遊戯は。
「杏子っ!」
 暗い奈落へとどんどん落ちてゆく白い光を追って、召喚の光すら突き抜けまっすぐ杏子めがけて、琥珀の一条が引かれた。
 速く速く、もっと速く。
 声を上げる暇もなく、息を継ぐ間もなく、ただ祈りのように繰り返される。
「――遊戯!!」
 その瞬間に聞こえた声が誰の物かは、遊戯にはわからなかった。
 翼をすぼめたカース・オブ・ドラゴンが杏子を追い抜いて、降下の角度を変えて、二人の軌道が交差する、そのたった一瞬。
 真っ白な色をしたやわらかい布の感触と、ほっそりとしたあたたかい腕の感触。自分の腕にかかる、重み。そんな断片ばかりをはっきりと感じながら、遊戯は渾身の力で杏子を引き寄せた。
 
 
 
 耳に聞こえる風の音が、静かになって。
「……よかった……」
 いつの間にか詰めていた息が、安堵と共に吐き出される。
「遊、戯?」
 杏子は未だ呆けているのか、目の前にいる遊戯を見つめ返して目を瞬かせた。それからゆっくりと自分と遊戯を乗せて滑空する琥珀色の竜を見下ろし、次いで頭上の無事を喜んでくれている仲間たちを仰ぎ、ようやく、落ちて、そして助けられたことに思い至る。
「あ、ありがと、遊戯、助けてくれたのよね…っ」
 意識してしまったのは、引き寄せるときに杏子の手首を捕らえて今もそのままの、遊戯の手のひら。小さな子供の頃には何度となく手をつないだこともあったし、それに、かつてもう一人の遊戯に助けられたときにも、この手は知っていたけれど。
 遊戯は他の男友達はもちろん杏子より背が低くて小柄で、それだけに手も薄くて指も細めで、それでも、なんだか広くて大きくて少し固い手のひらで。
 やっぱり男の子なんだな、と。杏子は思ったのだ。
「ごめん! 杏子はデッキないから、離れちゃいけなかったのに…!」
「遊戯のせいじゃ、ないから」
 すっかり離れ忘れている遊戯の手にそっと触れて、杏子が笑った。
 足手まといになることは諦めるしかないだろう。
「でも、これからはしっかり守ってよね勇者様…!」
 そこでようやく自分が杏子の手を掴んだままだったことに気づいた遊戯が、あたふたとしながら慌てて離す。
 その時、二人からさほど離れていない空間を蒼皓い光が貫いた。
「海馬くん……!?」
 見上げれば、杏子に殺到しつつあった敵モンスターを根こそぎ灰燼と化させたブルーアイズの上で、憮然と二人を見下ろす海馬の姿。
「こんなところで負けるわけにはいかん」
 そんな素っ気ないことこの上ない返答に添えて、
「しっかり見ていろ」
 ちらりと杏子に一瞥くれてから、海馬が遊戯に言い放つ。
「うん。ありがとう」
 遊戯は海馬に頷き返すと。
 すぐ隣にいる杏子に微笑んで、言った。
「杏子は――ボクが必ず、守るよ!」









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