7. W a y t o Y o u r H o m e










 ――ただの一人で在れば、こんな想いもせずにすんだのだろうか。
 
 
 
 その瞬間、視界に皓い光が弾けた。
 洪水のように押し寄せ満たされる、すぐ間近の存在感。
 「おかえりなさい」という言葉が一緒にあふれた。
 二つの扉が開く音が、ひどく懐かしかった。
 
 
 
《……ああ、そうだ。最初は確かに、プレイヤー側の遊戯こそが影だった》
 光が皓々と玉座を照らすさなか、今までずっと黙っていたバクラが、不意に口を開く。
「獏良くん……?」
《ビッグ5は元から、"武藤遊戯"をラスボスの思考ルーチンに利用する腹づもりでゲームに参加させた。だから、ゲームが始まったその時点で表に出ていた、もう一人の遊戯は捕まっちまった》
 そして、意識のほとんどを封じられたような状態で、ここにいた。
《だがヤツらにとって誤算だったのは、遊戯が二人いたことだ。一人が捕まっても、もう一人が出るだけ。それが、プレイヤー側のキャラクターとして処理された》
 だから、はぐれた影。
《しかしどちらも"遊戯"であることに違いない。システムにはその区別なんざ、ほとんどつけれちゃいなかったさ。設定も共有されていた。別々の場所に、同時存在していた。だからこのゲームの中に限りゃ、そうだな、どちらも本物で、どちらも影ってわけだ》
 バクラはひっそりと喉の奥で嗤う。
 心が離れ離れになってから、ずっと待っていたわけだ。
 己を影と言った遊戯は、己の在処たる遊戯のことを。
 それは、遊戯としての意識を――心を封じられてしまっていても、変わらなかった。何かあったと言うならば、ゲームのキャラクターを課せられていた自我と呼ぶにはあやふやで虚ろな人格が、本人の抱く強い感情だけを如実に反映してしまったことか。
(複雑な心境だな、王サマ…?)
 キーボードの上でバクラの指は軽やかに複雑に踊った。
 心を封じ込められて、遊戯と引き離されて。
 無意識に巣くい広がっていた孤独感が一人歩きをして。
 果てには自分の存在さえも、見失ってしまいそうになって。
(そうだ、オレたちは影に過ぎない。宿主がいないと存在すら出来ない。本体がなければ、光が当たったところで影も出来ねぇよな)
 けれどそれは、千年アイテムと選ばれた宿主、その二つが揃わなくては存在など無いに等しい、宿命。
 なぜか無性におかしくて、バクラは声を立てて嗤い出しそうになった。
《聞いてんだろう、ビッグ5さんよ…?》
 嗤う代わりに発した言葉に込められていたのは怒りではなかったが、嘲りでもなく侮蔑でもなく、およそ怒りという感情に一番似ていた、何か。
 たんっと乾いた音が高らかに響くほど、バクラは最後のキーを強く叩く。
 こんなこと、誰も気づかない。――誰も見ていない。自分たち以外に、誰も何が起こったかなんて知らない。妖精が小さな光球に姿を変じて、弾けたことなんて知らない。まして、その意味なんて知るはずもない。
《やれやれ。武藤遊戯がどうしたことか二つに分かれてしまったのも誤算でしたが》
 明滅しながら五つの色に移ろう光の柱を中心に、床に深い亀裂が刻まれ始める。それと共に、城の土台から崩壊が起こり揺らぎ始めた。
《まさか、こうも刃向かわれ、聖剣まで手放されてしまうとは。良いゲームには付き物でしょうが、意外な展開になりましたよ。本来なら、ゲーム開始の時点ですべての鍵が揃うはずだった》
 嘲笑まじりの男の声が、ゆっくりと復活しつつある魔龍神ファイブ・ゴッドドラゴンから響く。
《それでも、こうしてファイブ・ゴッドドラゴンは"勇者"の中から、"勇者"を取り込んで無事に復活を果たしました。遅くなってしまいましたが、計画は概ね成功と言えます》
「ビッグ5……」
 殺気と怒気がない交ぜになった眼差しで海馬が声の発生源を見上げた。
《我々の御用意しましたこのラスト・ボス、どうでしょう、お気に召していただけましたか。社長…?》
「最悪だな」
 嫌味を帯びた問いかけに、間髪入れず吐き捨てる。汚らしいものでも見たかのように、忌々しげに深い青の目を細めて。
「確かにホント悪趣味ね。製作者のねじ曲がった性根がシナリオにもよく反映されていて、とてもつまらないゲームだわ」
「楽しませよーっつう気概がねぇな、下んね」
「海馬くんも部下に恵まれてないんじゃない?」
 畳みかけるように舞、城之内、杏子も酷評を並べ立てた。
「ふん、役立たずに用はない。これはさっさと首を切らねばならんな」
 それを受けてか口の端を酷薄に歪め、海馬が冷笑をたたえる。
《そ、そうはおっしゃいますが、社長が勝てなかった場合は――》
「無駄だ。万が一にもありえん」
「そうだね、ボクらは負けないよ。それに」
 微笑んだ遊戯が、胸に掛けた千年パズルに手を触れた。
「もう一人のボクに辛い思いをさせたこと――」
「――もう一人のオレやみんなに今までしてくれたこと、しっかり償ってもらわないとな!!」
 一変し鋭利になった遊戯の面差しが、鮮やかに不敵な笑みに彩られ。
「遊戯!!」
「ったく、獏良のおかげでようやく抜け出せたぜ。人を無理矢理ラスボスの脳に仕立てようとしやがって」
 まさにしてやったりとでも言いたげに、遊戯は肩をすくめる。
《何だと……!?》
 紛れもなく。ファイブ・ゴッドドラゴンに取り込まれているはずの、もう一人の遊戯が現れていた。
 
 
 
 帰るべき場所を知らなかった。
 
 
 
「タイム・オーバー」
 冷めた薄笑いを張りつかせながら、ようやく扉を突破してこの地下にまで降りてきたビッグ5の手の者に、バクラは振り返った。
 二つに引き裂かれていた遊戯は無事に元通り。もう放っておいてもなんら問題はないだろう、すでに策を練っている節もあった。
「くそ…!」
 モクバはゲーム画面をちらちらと見ながら、追い詰められたこちら側の現状に歯噛みする。クリアまであともう少しらしいのはわかるが、そのもう少しはどれほどなのか。
「モクバ、離れんなよ…もうすぐ終わるさ…!」
 あのゲームで遊戯たちが勝てば、こっちも終わる。後もう少しじゃないかと、本田は己を奮い立たせながら居並ぶSPたちを睨みつけた。
 そんな緊迫感を、コンソール前のチェアに泰然と腰掛けたままバクラは鼻で笑い飛ばす。
(こいつは高くつけとくぜ、王サマ?)
 終わったも同然には違いないのだが。
 もう獏良に身体を返しても構わないのかもしれないが。
「オレの仕事はこれでオシマイと言いたいところだが……」
 服の下の、千年リングの形をなぞるように指をはわせ。
「宿主様を守らねぇと、なぁ」
 あくまでも余裕の態度で、バクラが立ち上がった。
 
 
 
 知らなかったことを忘れていた。
 
 
 
「ククク……なるほどな。確かにうまくいけば、最強のラスボスと呼ぶにたりえたかもしれん」
 愉快そうに、海馬が喉の奥で笑った。
「残念だったな。オレにまんまと逃げられて」
「貴様との闘いは、M&Wでなければ無意味だ」
 気高くも好戦的な光を宿す目線がひととき重なる。
《だが、海馬瀬人のブルーアイズは、武藤遊戯、君のおかげでもはや風前の灯火だ…!!》
 マンモスの墓場を融合されたことで生じた属性反発作用によって、すでに0にも等しい攻撃力にまで落ち込んだブルーアイズ・アルティメットドラゴンはその首を床に横たえてしまっていた。ここで撃たれれば、確かにラスト・ボスであるファイブ・ゴッドドラゴンに設定されているほどの攻撃力でなくとも、海馬のライフポイントを根こそぎ削れるだろう。
 しかし。
「フフ。それはどうかな?」
 今は心の中で見守ってくれている遊戯の手元に残していたカードの一枚を、冷ややかに笑いながら遊戯はめくった。
「発動――モンスター回収」
 召喚されていたモンスターはすべてカードに戻り、瞬く間に持ち主の手に帰ると綺麗に並んで収まる。それによって、フィールド上に召喚中のモンスターさらには持続中の魔法・罠カードも皆無になったため、使用済みカードなどのすべてにリセットが働いた。
《何…!?》
「バトル開始が宣言されていない以上、イベントモンスターといえどもキャラクター扱いだ。フィールドにはカウントされないんだぜ?」
 小さく嘲笑って、遊戯は四十枚完全に揃ったデッキを手にする。囚われの間と、そして秘やかに行われていた救出劇のさなか、一通りのゲーム・システムを把握するには充分だった。
「間の抜けたことだな」
 復活したのはもちろん海馬のブルーアイズも同じで。
「礼は言わん。貴様が勝手にやったことだ」
「はなっから期待しちゃいないさ」
 素早くささやき改めて四枚のカードを手にした海馬に、遊戯もすかさず言い返した。
「今までの分、まとめてリベンジと行くか!」
「聞くまでもないわね!」
 城之内も舞も、主力のカードを選び。
「遊戯!!」
 そして高らかに告げられる。
「さあ、ラスト・バトル――始めようぜ!!」
 
 
 
 帰るべき場所が、あった。
 
 
 
 うねりながら形を変えつつある光の柱は今や上部が五つに分かれ、それぞれ色違いの首をもたげた。五重の轟きを響かせながら、太く長い尾が脆くなりつつある床をしたたかに打ち据え、瓦礫を撒き散らす。
 そして、完全に復活を果たしたファイブ・ゴッドドラゴンがその、空を覆い隠さんばかりの巨大な翼を広げた。
「――空に上がれ!!」
 すでに手にあったブルーアイズ三体を召喚しながら海馬が鋭く言い放つ。あれが飛び立てば、おそらくこの城は完全に瓦解すると見越して。
 遊戯はすぐさま杏子を引き寄せると、喚び出したカース・オブ・ドラゴンの背に上がる。また城之内はレッドアイズを、舞はハーピィズペットドラゴンを召喚し、急いでそれぞれに飛び乗った。
 その時ついにファイブ・ゴッドドラゴンが翼をはばたかせ、残っていた天井や壁や床の崩落が、その重い余波を受けたことでまるで破裂したように巻き起こる。
「ブルーアイズ!」
 空に投げられ遊戯たちに降りそそぐ瓦礫はしかし、主を乗せていない残り二体のブルーアイズが、海馬の一声のもとに消し飛ばし払い除けた。
「礼の一つでも言ってやった方がいいのかな!」
 高度を上げつつある中で落ちないようにと屈んで片膝を落とし、杏子の手をしっかりと握ったままで、遊戯が冗談めかした言葉を投げる。
「ふ、願い下げだ。借りを返したに過ぎん」
 あえて手に残した融合のカードを長い指でもてあそびながら、海馬が皮肉げに口の端をつり上げた。
 それでか、ふと、遊戯は思いだし。
「そういえば、おまえにはまだ貸しがあったよな?」
 ひくりと一瞬だけだが、その言葉に海馬の眉根が寄る。
「これが終わったら、一つ、返してもらうぜ!」
「……考えておこう」
 彼にしては充分に色好い返事に、遊戯は満足げに一瞥すると、次いで上空のファイブ・ゴッドドラゴンに視線を移した。
「空中戦のお誘いのようだな」
 そのままいち早く上へ向かいつつある海馬を追おうとするが、ふと思案に目を伏せる。
「遊戯?」
「どうした、遊戯?」
「早くオレたちも上に――」
 はばたきをゆるめるカース・オブ・ドラゴンに、一気に上昇してきた城之内と舞も横に並んだ。
「舞。枠を一つ、開けておいてくれないか」
「枠を一つ?」
「ああ。ヤツを引っかけたいんでな」
 言われて舞はハーピィズペットドラゴンの他に、ハーピィ・レディにサイバーボンテージだけを装備させ分身させる。これで使用カードは四枚。
「ハーピィたちは守備にしておくけど……遊戯、いったい何を企んでるのかしら?」
 何の察しもつかないわけではないが、多少の期待――どこか悪戯めいた――を込めた笑みをたたえて舞が訊ねかけた。と、
「ぁん? 企むって?」
 どうやら要領を得なかったらしく怪訝に眉をひそめる城之内に、舞は呆れたようにため息をついてみせる。
「あんたね、自分で痛い目見ないと覚えててもくれないワケ?」
「どういう意味だそりゃ」
「そのままの意味よ」
 不安定といえる足場に低めとはいえヒールで立っていることもものともせず、舞は自分のデッキから目的のカードを探し始めた。
「あ、もしかして……?」
「ほぉら。杏子ちゃんだってわかったでしょ?」
「え、た、たぶん…」
 そのやりとりは見ていて、きりがなさそうに思えて。
「城之内くん、今は時間がないから――とにかく見ていてくれ」
 場をなだめるように遊戯は割って入ると。
「なに、そんな御期待に添えるほど大したことじゃないさ」
 黒き風を渦巻かせながら、一声鳴いてからカース・オブ・ドラゴンがブルーアイズめがけて急上昇をかける。
 たとえば。やたらにヒットポイントが多かったりだとか。
 たとえば、攻撃力がとても高かったりだとか、防御力がとても高かったりだとか、プレイヤー側に定期的に強力な全体攻撃を仕掛けてきたりだとか、または厄介な特殊攻撃を仕掛けてきたりだとか。または、即死またはそれに準じる攻撃への100%の耐性だとか。
 概ね、ラスト・ボスにはそのような厄介な形質を与えられながらも、それでもゲーム・バランスをぎりぎりのところで計算されてはいるのだろう。ただそれが、短期決戦の組立を要求するものか、持久戦の備えを要求するものか、そういった違いはあるだろうが。
 要求されるのは戦術だけでなく、力量のレベルそのものもある。ゲームの締めくくり、最後を飾る舞台に、あまりにおざなりな能力値しか持ち合わせないプレイヤーキャラクターで簡単に勝利を得られても、クリアの達成感は大したものにはなりそうにない。とはいえ限界値にまで時間を割いて育て上げなくてはまったく歯が立たないのも、また困りものではないだろうか。全体的にもだが、やはりラストの難易度は適当なレベルを求めたいものだ。
 しかし、この場合はどうだろうか。
「攻撃力守備力は共に7000、さらに五つの首は同時にすべて潰さないと再生する仕掛け付き、か。さらに魔法カードや罠カードなどによる破壊も一切受けつけないとなると……真っ向勝負じゃ確かに歯が立たないな」
 何でもないことのように、遊戯は知っていたゴッド・ファイブドラゴンの能力を並べ立てた。
「えぇ!?」
 風を切る音の中でも聞き逃さなかったらしく、杏子が驚きの声を上げる。
「それって反則」
「だがそれも、事前にわかっていれば攻略も難しくはないぜ!」
 不満に頬を膨らませる杏子に、遊戯は微かに笑みこぼしてから、前方に鋭い視線を送った。すでにブルーアイズ三体とファイブ・ゴッドドラゴンは対峙している。
「海馬! ヤツは7000だ、攻撃を誘え!!」
 
 
 
 知らなかったことを思い出した。
 
 
 
 攻撃を命じる寸前、吹き荒れる風の中で投げつけられた遊戯の声を耳敏く拾い上げた海馬は、煩わしげに視線だけを眼下へ落とす。
《どうしました。攻撃されないのですか、社長?》
 耳に障る笑い方をする声は聞き流し。
(7000の攻撃力……単なる力では押し切れんか)
 このゲームでは基本的にターンの概念はなくリアルタイムに状況が変化する。実際のM&Wと違って時間もタイミングも流動的だ。それだけに、見極める確かな目が必要になる。どの瞬間でどのカードを発動させるか。
「ふん、なるほど。ブルーアイズを貴様に一体でも倒されればオレのライフは0になるということか」
 鼻で笑いながらわざわざそれを口にし、ブルーアイズ三体を集わせる。そしてさらに。
「――ならば!」
 デッキから、一枚のカードを抜き取ろうと、したその時。
《そうはさせません……!》
 明らかな敗北の危険性を目前にしながら一片の動揺も示さぬ海馬に、ビッグ5は根拠もなく直感で、ただ、危険だと。
 焦った。
 ファイブ・ゴッドドラゴンの五つの顎<あぎと>が開かれ、それぞれの宿す属性を表すブレスがブルーアイズに向けて襲いかかる。
《これで――!》
 一瞬の歓喜。
 そこへ、凛とした声が割り込んだ。
「罠カード――銀幕のミラーウォール発動!!」
 五つのブレスはブルーアイズに届く前に突如現れた鏡の壁に阻まれ、さらにはそこに映し出されたファイブ・ゴッドドラゴンの鏡像が粉々に砕け散る。
《こ、これは…!?》
 それと共に、7000を誇っていたファイブ・ゴッドドラゴンの攻撃値が見る間に減じ、3500の数値を刻んだ。
「…ほう。あの女、なかなかのカードを持っている」
 なにやら城之内と騒いでいるらしい舞を見やり、海馬が薄く感嘆をもらす。
「ああ、あのカードにはオレも苦労したぜ。ところで、もう700ほど落とせないか? 五つ同時に潰さないと再生能力がある」
 海馬と高度を並べた遊戯は悠々と言ってのけた。700とわざわざ数字を口にするところが意地の悪さか。
「命令されるのは好かん」
 すでに選んでいたカードを、自身の一瞥と共に遊戯にひらめかす。
「予測済みか」
「当然だ」
 揺るぎない、絶対の自信。
「それなら――話も早い」
 遊戯と海馬が向ける、透き通った殺気の込められた視線に、気圧されたようにファイブ・ゴッドドラゴンが身じろぎながら後ずさった。
《ま、まさか……こんなことが……!?》
 ほとんど浮遊に近かったファイブ・ゴッドドラゴンの巨躯が、不意に逃れるように飛び去ろうとする。
《クリアさせるわけには……っ》
「てめぇ、ラスボスのくせに逃げるってのか!」
 闇竜族の爪のカードを抜き出し、城之内がその前に立ちはだかる。
《くぬぅ!?》
 レッドアイズの咆吼が空気を震わせて。
「逃がさん! 魔法カード――闇の呪縛!!」
 怯んだその一瞬の隙に、海馬の手にしていたカードから弾けた光の一筋一筋が頑強な黒き鎖へとその姿を変じ、無限の長さでファイブ・ゴッドドラゴンを幾重にも縛りつける。そしてさらに攻撃力から700が引かれ、結果として2800にまで落ち込んでしまった。
「晴れてあたしの手にも負えるってわけね」
 緑をなびかせ。ハーピィズペットドラゴンが。
「なっるほど、ここまで落ちりゃちょろいぜ!」
 紅をなびかせ。レッドアイズ・ブラックドラゴンが。
「貴様らの負けだ!」
 青をなびかせ。ブルーアイズ・ホワイトドラゴン三体が。
 ファイブ・ゴッドドラゴンの首すべてを、同時に灼きつくす。
 すべての首を失ったファイブ・ゴッドドラゴンは、残る部分も急速にぼろぼろと崩れ去り。かつてはその巨体を構成していた塵の中から、脈打つかのように明滅する、血のように赤い光の膜に包まれて浮かぶ、聖剣と聖杯が現れた。
「仕上げは譲ってもらうぜ」
 その心臓をひたと見据えると。
 黒をはためかせ、遊戯が一枚のカードを掲げる。
「ブラック・マジシャン――ブラック・マジック!!」
 砕け散ったその後に残ったのは。
 広い広い蒼穹に散らされる、光の粒だけだった。
 そして世界が光に満たされる。
「……ただいま」
 ささやかれたそれは、心の中に。
 
 
 
―― G a m e C l e a r ――
 
 
 
 黒く染まった画面に、角張った白い文字が浮かび上がる。
「勝ったんだ! 兄サマと遊戯が、勝ったんだ!!」
 途端、時が制止していた空間にモクバの歓声がくっきりと響いた。
 振り返ってその目で確認するなり、くつくつとせせら笑って、獏良が取り囲んでいるSPたちをぐるりと見回す。
「って、ことはだ。貴様らの雇い主は首ちょん切られるなぁ? それでも、やるか?」
 ほんの少し前まで一触即発だったコンピューター・ルームの空気は、その問いかけを引き金に完全に霧散した。
「いいえ。我々の仕事はここまでのようです」
 包囲を解き、SPたちは整然と並び直すとその中の一人が言葉を返す。
「我々は、海馬コーポレーションの敵では、ないつもりです」
「当ったり前だぜ!!」
 深い一礼を残し、押し寄せてきたときにも勝る迅速さでもって引き上げていく彼らを見送って。
「やっとオレも引っ込めるってもんだぜ…」
 しゃらんと千年リングに連なる飾りが空気を震わし鈴鳴ると、獏良の纏う雰囲気が一瞬にして、本来の獏良のものへと塗り変わった。
「…………あれ、……あ、終わったんだね」
 今まで表に出ていた人格のことを理解しているのかいないのか、辺りを見回した獏良はぽやんと気の抜けたような笑みを満面に浮かべる。
「……ああ、終わった、終わったぜ」
 獏良に伝えた方がいいのかは判断つかなかったが、千年リングの人格も何か害をなすわけでもなく去ったようだし、今はいいだろうと本田も胸をなで下ろした。どっと疲れを感じたのだ。
 と。小さくだがはっきりと、誰かの腹の虫が鳴る。
「さすがにお腹、空いてきたねぇ」
「お、おまえなぁ……」
 とはいえ、時計が示している時刻はもう。
「もう昼過ぎだもんな。オレもおんなじだ」
 二人のやりとりにモクバはひとしきり笑ってから、こう言った。
「兄サマやあいつら、迎えに行こうぜ!!」
 
 
 
 帰りたい、と。思っていた。
 
 
 
 帰りたい場所は、知っていた。









r e s e t / c o n t i n u e