できること



 すっかり日に焼けたページは少しごわついているのか、彼の指がそっと一枚めくるだけでも乾いた音を立てた。
 古いインクでそっくり写し取られた計器類の絵と、目の前の実物とを真剣な目で見比べながら、一つ一つを確かめている。
 思わず声を掛けそびれて立ちつくす、アークにも気づかず黙々と。
 彼の膝の上にあるのは、シルバーノアのマニュアルのようだ。隣の椅子にも何冊もの分厚い本が積み上げられている。背表紙のタイトルから察するに技術書だろうか、アークでは文字は読めても理解が及ばない。
 とても、邪魔をしてはいけないような気がして。
 アークはそっと足音を忍ばせて後ずさりながら操縦室を抜け出そうとするが、何故かこういう時に限って普段は存在していないも同然の物が存在を主張する。開ききった状態で静止していた分厚い扉の鉄の戸板は、アークの肩が軽く触れただけで動き出してしまった。
 停泊中のシルバーノアは完全に動力機関を停止しており、賑わしい面々も外の森に出払っている。静かすぎる船内で、がちゃんという間延びした音は莫迦みたいに目立って聞こえた。
 さすがに気づかれないわけがない。
「なんじゃ、おったのか」
「うん、まあ」
 弾かれたように振り返って、少し決まり悪げに、照れた笑いを滲ませた。
 お互いに。
「何してるんだ?」
「うむ? こいつのことか」
 言って軽くマニュアルを掲げたので、アークは一つ肯いた。
「いや何、ちょいとシルバーノアの操縦方法でも覚えてみようかと思ってな」
「操縦方法を? 何でまた」
「儂はおまえさんらと違って、剣も武術も魔法もからっきしじゃからのう。あいつらも儂の手を離れてもうたし……」
 確かに彼が連れている召喚獣たちも最近、召喚の壺の中に戻らずに外で自由に過ごしている時間が増えた。皆の後をついて回って、艦内の掃除を手伝っている時もある。トウヴィルのククルのもとに残る時すらある。ゴーゲンが言うには、普段から壺の中にいなくとも壺の力が召喚獣たちへ供給されるようになったから出来ることらしい。
 それは彼と召喚獣たちの絆だ。
「さすがに暇になってな!」
 そう言って、がははと笑う彼が最近チョピンのいる操縦室に入り浸っているのには気づいていた。
 それは、いつ頃からだったろうか。
 世界各地の五精霊を訪ねる長い旅をようやく終えたシルバーノアは、再び世界を放浪することになった。しかもスメリアから指名手配された今、これまでのような補給や整備を受けることもままならない。
 だが、それ以上に問題なのは、人がいないということだった。中型軍艦と外見こそ同型だが、シルバーノアは国王専用客船として大幅な改装が施されている。操船に必要な人数は軍艦に比べればずっと少なく、飛行だけならば、それこそ一人でも構わない。
 だが、一人だけでは立ちゆかなくなる。人は、休まず働き続けることは出来ないのだから。
「チョンガラ……」
「スメリアに援助してもらっとった今までと違って、これからは儂らだけでやっていかにゃならんしなあ。しかも地に足を着けとるより、空の上にいる時間の方が長くなるじゃろ。シルバーノアを動かせる奴が一人でも増えた方が、お得かと思ってな!」
 また声を立てて笑ったチョンガラに、アークも肯いて笑い返した。
「そうだな、お得だ」



どうにも行える機械





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 そしていつの間にか船長になってたり。