ウォーリア・オブ・ライトは、いつも一人だ。
 だから彼には過去の記憶を重ねられるような相手はいない。
 いるとすれば宿敵であるガーランドだけだろう。
 そのガーランドも、いつも一人だという。
 あの二人に同胞の存在がいたことなど、一度もない。
 彼らは輪廻の始まりからずっと、たった一人で存在している。
 そんなことに、もしも意味があるとしたら。



 意味が、あったとしたら。










dream scape

「かみさまの駒」










 暗い空をごうごうと風が流れているのに、ここは息を潜めたように、のっぺりと静かだった。
 崩れかかっているのに朽ちることを知らない神殿の、ぽっかりと開かれた口にバッツは足を踏み入れた。その先に伸びる、くすんだ臙脂を奥へ奥へ辿る。
──ほう、これは珍しい」
 その歩みがほぼ中央に差し掛かった時、最も奥まった高所に立つ皇帝が、揶揄めいた声でまず出迎えた。さらに横目で一瞥すれば、両脇の柱廊へ思い思いに散っている者からも好奇と思しき視線が降りそそいでいる。ゴルベーザらしき黒い影も、一瞬だけ見えた。そして。
 巡らせていた視線を、再び皇帝に差し向ける。
 カオスに属する気配しか、この場には存在しない。
「ふむ。大局を見通して変節を起こすほど賢明とも思えんが、さりとて支配からも破壊からも縁遠い貴様が、何ゆえここにある?」
「何だよ、おれが前のこと覚えてる前提なのか」
 いきなり気づかれていることに、バッツは思わず足を止めると、わずかに眉をひそめた。
 カオスの戦士に属していても、必ずしも全員が繰り返される闘争の記憶を失わないわけではないらしい。今この場に集っているのは、カオス側の中でも記憶を多く持ち合わせ、それゆえにある意図でもって結びついている者たちだという。カオス側に食い込むならば、彼らが最もおまえに興味を示すだろうとゴルベーザは言った。しかし相手があの皇帝ともなれば、手の内を晒しすぎるわけにもいかない。これはどうしたものか。そう思いかけたところで、皇帝が冷ややかに笑った。
「以前の記憶がなければ、今は同じカオスの陣営に立つ死神に、貴様がそうあからさまに憎悪を向ける理由もあるまい」
「あ、バレてたのか」
 しかもそこまで見抜かれているならば、遠慮する必要もないだろう。皇帝の言をあっさり肯定して、バッツは剣呑な眼差しを柱の影にひっそりと佇んでいた永遠の闇へ向けた。
「こないだはどうも。よくもおれたち殺してくれたな」
 そうして吐き捨てた言葉に、反応は返らない。もとより期待はしていない。
「仇討ちでも、してみるかね」
 面白がるような冷笑を強める皇帝に、苦笑いで肩をすくめてみせる。
「いや、やめておくよ。きりがない」
「では最初の質問にも答えてもらおうか。こたび翻った貴様の思惑は何だ」
 問いとともに、突きつけるように杖を向けられる。
 それをまっすぐ見返すと、バッツはちろりと唇をなめて薄く笑みを刻んだ。
「おれも、この世界は何なのか知りたくなった」
 神々の闘争は決するたび始まりに戻って、そのたびに神々の手駒が世界に配置される。その手駒の中には、記憶を失って甦る死者と、時として甦ることなく喪われていく死者がいる。ここはそんな世界だ。
「ほう……真理を求めるあまりコスモスから離反したか、探求の風よ」
「そういうことになるのかな、一応」
「なるほど」
 さも愉快そうに笑った皇帝が、ちらりと視線を横に流す。
「確かに我らが、世界の真理に最も近いと言えるだろう。死を繰り返すコスモスの駒であっては記憶を保つことなど不可能だからな。──面白い。貴様、私の配下につく気はないか。私は今、ある仮説の検証を行っている。貴様の仲間の消滅もこの世界では意味があると、私は考えているのだ」
 皇帝の誘い文句に、バッツが怪訝に目を眇める。
「仮説……?」
「駒に宿る、力の純化だ」
 この神々の戦場たる世界に配されたカオスの駒もコスモスの駒も、同じ次元に根差す存在はいずれ、一つずつに集約されるとすれば。
 繰り返される闘争によって、駒の数は淘汰され、余分な記憶は削られ、しかし宿す力は高められ研ぎ澄まされていく。幾本もの糸を一つに縒り合わせるように、残された存在はこの世界と、神々の力とより強く、より固く結ばれるようになる。
 今がその過渡期ならば。
「すべての集約が成った時、この世界に何がもたらされるか……、貴様も知りたくはないか?」
 皇帝の、熱を帯びた声が高らかに言い放つ。
 だがその意味するところは、あまりに酷薄だ。
「そんなことを確かめるために、おれたちを熱心に殺し回ってたのか……」
 わななく唇を噛みしめて、滲んだ笑みが凄絶な色を帯びる。
 コスモスが斃れれば、彼女を源としている限り、生き残っていた者も消えるしかなくなる。それでもカオスの側が執拗に、突破ではなく殲滅を狙った苛烈な追い立てを行っていた理由がこれなのだろう。
「フッ。それも真実を追究するための、プロセスだ」
 ならば今回も、きっとそんな戦いが起こってしまうのだろう。
 この世界はそんな風に出来ている。
 そして今の自分は、こちら側に立つことを選んだ、けれど。
──おれは、おれの好きにやらせてもらう。あんたたちの戦いの邪魔はしないけど、手伝いもしない」
 死に、意味が欲しかったわけではない。
 欲しかったのは、そんなものではなくて。
「切り捨てておきながら、コスモスのもとに残る輩にまだ未練があるか?」
 鼻先で笑った言葉に、何を言い返す気にもなれなかった。
「おれは、知りたいだけだ。この世界が何なのか。だから見届けさせてもらう」
 今になって、ゴルベーザの視線を重く感じた。
「気が変わればいつでも我がもとに来るがいい」
「ああ。覚えておくよ」
 答えた自分の声が、ひどく寒かった。



 白い光が満ちる聖域に、ぽつんと黒い影が落ちる。
「あの者は自らカオスを選んでいった」
 背後の影がささやく言葉に、白に座した女は、愁いを帯びた顔を俯かせるように肯いた。
「やはり、そうでしたか」
「同胞の者をすべて喪った記憶に、強く心を残してしているようだ。あれは危ういのではないか」
「まだそうと、決まったわけではありません」
 定められた輪廻の中でも、時は移ろう。輪廻に閉じられたこの世界で、闘争が繰り返されるこの世界で、しかし時だけは積み重ねられている。
「静観を続けると?」
「ええ。彼の思うとおりに」
「しかし」
「わかっています。もし彼がこのまま記憶も心も閉ざし、すべて断ち切る道を選んでしまうのなら、それも彼の運命なのでしょう」
「そなたが仕向けたのではないのか。あの者の記憶も」
 女の言葉が冷厳に響いたか、影の声に微かな苛立ちが乗った。
「いいえ、私は何も。今回の彼が力を深く取り込んでしまったのは、彼と流れを同じくしていた存在が、前回の戦いですべて束ねられてしまった影響なのかもしれません」
 ──けれど、もしかしたら。女はそこで言葉を飲み込んだ。駒として産み出された戦士たちの宿す力はおろか、女の持つ力とて、根源を辿れば元は一つでしかない。この世界の根源は、たった一つの力でしかない。
 忘れたくないと、叫んでいるのは彼だけなのだろうか。
 そんなことを思ってしまっても、どれだけ胸の奥に痛みを覚えても、引き裂かれてしまった今、もはや名前を呼ぶことさえ叶わないけれど。
「つまり今後、他の者にもこのような事態が起こりうると」
 影の危惧はもっともだろう。存在の集約は今、どの世界を起源とする流れでも進行していることなのだから。物思いを振り切って、女は言葉を返す。
「可能性としては否定できません。でも今回のことはきっと、彼の心のありようと、記憶の復活が死の間際だったことが重なって起きてしまったこと。彼の心に必要な時間が、その時にはなかったから」
 たとえば目覚める前に記憶を強引に封じていたなら、もしかしたら今回のイレギュラーは成立しなかったかもしれない。だが。
「そんなことをしても、彼の心は救われない」
 輪廻の記憶は、かりそめの死によって葬られる。それを乗り越えるだけの意思があるなら、結局は小細工など通用しないだろう。
「この世界に存在し続ける、本当の答えは与えられるようなものではないのですから。なくしてしまったら、二度と目覚めることのない、生も死もない虚ろへと落ちてしまうだけ」
 この世界との繋がりを断ってしまったら、元の世界と結びついている糸も切れるだけだ。様々な次元の記憶を映して織りなした、寄せ集めでしかない今のこの世界で、糸が切れてしまえばその記憶の鏡像も消えるだけだ。
「彼の道は、彼自身が見いだすしかないのです」
 そして彼に宿ったこの世界の光がどんな真実を見いだすのか、見届けることにきっと意味はある。それはきっと種のように、この世界にいつか芽吹く。
「あなたにも、あなたを生かしている想いがあるでしょう。ゴルベーザ。死して尚、貫く願いが」
 だからあなたは、ここに在る。
 微笑みそう告げた女の、透き通った眼差しは確かに女神だった。けれど。
「ならばコスモスよ、そなたを生かす想いとは」
 影がそう問い返せば、彼女は微笑みを哀しみに染めて、白い空を見上げた。
「……失ってしまった過去の日々を思うことはこんなにも辛いのに、大事な想い出はどうして、こんなにも優しいのでしょうね」
 まるで、折れそうな花のように。



 死に、意味が欲しかったわけではない。
 人は生きている限り、いつか誰も死ぬから。
 だから覚えていたかった、だけで。



 忘れたく、なかっただけで。



 たったひとり、荒れ野で歌を口ずさむ。
 いつかみんなが歌っていた、懐かしい歌を。
 風の奏でる音だけを、伴にして。
「……そんな情緒ある特技も持ち合わせていたとはね」
 意外だわ。歌の余韻に重ねてゆらりと姿を現した、アルティミシアが艶然と微笑んだ。
「お褒めの言葉としてもらっておくよ」
 いつから見ていたのやら。座り込んでいた低い岩の上から振り返り、バッツは苦笑をこぼす。
 あの場に身にいたからには、彼女も皇帝の仮説とやらに一枚噛んでいることは想像に難くない。ならば彼らにとっての、自分の価値とは何か。
「あんたたちにしたら、おれは今回もコスモス側にいた方がよかったんだろうな」
 ふと目にとまった、岩陰で揺れていた黄色い野花を摘み取って、指先でくるくる弄びながらうそぶく。
 コスモスの側でウォーリア・オブ・ライト以外で、ひとりきりになった一人目に、なるはずだった。中途半端になってしまった今は、果たしてどうなのだろう。
「さあ、どうかしら」
 と、気のない答えを寄越したアルティミシアが、さらさらと音を立てて少しの距離を縮めてきた。
 そして。
──過ぎ去った日々の記憶を、そんなにも忘れたくない?」
 深くまで覗き込むような金色の眼と魔女のささやきに、思わずバッツの息が詰まる。
「な、んで」
「そんなに驚くことでもないでしょう。これほど必死に叫んでいては、おまえの心に少し耳を傾けてみるだけで、まる聞こえというもの」
「へえ……それはまた、情緒のない特技だな」
 動揺を押し殺し、口の端だけで笑みを作って軽く睨めつけると、彼女はまた微笑に目を細めた。その手には黄色い花が掠め取られている。近寄ってきたのは、それが狙いだったらしい。
「それより、こんなもので本当に音が鳴るのですか」
「鳴るさ。そんなスコールたちみたいなこと言うなよ」
 不思議なものを見るような目をしている彼女の手から取り戻した花を、切り分けて茎だけにしてしまうと、バッツは片方の端を軽く潰して口をつける。
「……変わった音だこと」
 そうして響いた風のような笛のような音に、魔女はぽつりと呟くと、薄く色づいた空に目を向けた。
 ほろ苦い草笛に息を吹き込みながら音階を探しながら、バッツも境目色の空を見上げる。



 いつかもこんな風に、小さな花の、空っぽの茎を吹き鳴らして歌ったことがあった。
 暗い夜に火を囲んで誰かが歌っていた、甘いメロディに重ねて。



 ──遠い異境のラブソングを歌っていた、あの女の子は誰だっただろうか。









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捏造設定ぶちまけ。
DFFはいろいろ捏ねくり回してみたくなる世界なので、いろいろ妄想設定を織り込んでみました。バッツ中心でミクロ視点の話作りなのでマクロ要素はあんまり回収できないと思うんですが、ちょっと雰囲気作りで。
あと本編からかなり時間を遡っている設定なので、「新参」のクジャと「初めて」だった暗闇の雲は不在にしてます。ここの入れ替わりの理屈(?)とか、そもそもの駒の選抜基準とか陣営振り分け条件とか、コスモスは何なのかとか、考えるだけで楽しくなってきます。
こんな設定妄想を誰かとどっぷり語りあってみたい。


……バッツとミシア様のパートにはもう何言えばいいのかわからない。気がついたらこんな内容になってたんです。おかしいな、泳がされてます監視されてますの意味だったはずなのにな。うん、S.Iで倒した時に見た、オリジナルはFF8のラスボス戦決着時らしい言葉が、とてもノスタルジーで震えたんです。私はノスタルジーな空気にすこぶる弱いんです。