will
2nd day
僕の願いは叶わない。
草はらに、強い風が吹き荒れる。
青い光を纏った龍と、赤い光を纏った鳥が、上空に現れたのだ。
四聖獣のチンロンモンと、スーツェーモンが。
黒髪の女性と赤髪の男性は眩しげに目を細めながら、パートナーを見上げた。
「君たちも、大きくなったな」
ゲンナイの呟きに、大河が笑う。
あれから七年が経った。十二歳だった大河とセシルは十九歳に、九歳だったリュシーは十六歳になった。
「いろいろ変わったけど、変わってないところもあるさ」
再びこの世界に来ることを、再会することを選んだように。
「シャオリーは来ていないのか」
「あいつは」
と、ここにいない、シェンウーモンのパートナーの名を出したバイフーモンを見上げて、笑みを困ったような色に変えると大河は、大輔たちに向き直った。
「もう一人、シャオリーという仲間がいるんだが、連絡がまだついていない。勤務先の研究所にも数日前から休暇を取っていて、まるで居所が掴めなくて。すまない」
ふと光子郎が眉をひそめる。
「四人、なんですか」
四聖獣に対して、四人の元『選ばれし子供』。
それだけなら何もおかしくない、けれど。
「……ああ、四人なんだ」
大河がひどく奇妙な、ひどく苦い微笑を浮かべて肯いた。
それ以上に立ち入ってはいけない気がして、光子郎は口を噤む。
「一人足りないけど、何とかなるだろう?」
『海』の何処かにいるはずの、太一の行方を捜すこと。
するりと表情を塗り替えた大河がバイフーモンを振り返ると、白き聖獣は鷹揚に肯いてみせた。
「おまえとなら」
「よし」
これまで太一の紋章の力を借り受けていたバイフーモンが、四聖獣の中では最も太一の存在と近しい。今は断ち切られてしまったが、かつて結んでいたリンクの痕跡を辿ることは出来る。
そして、何より。
「兄をお願いします」
頭を下げるヒカリの、肩を大河は軽く叩いた。
「大丈夫だよ。君たちのその気持ちが、意志があれば、必ず見つけ出せる」
力強く微笑んで。
「それが、僕たちの力だから」
「大河とリュシーと、セシル」
声が教えてくれた名前を、太一は聞こえたまま繰り返した。
太一たちの前にデジタルワールドを救った『選ばれし子供たち』。
あの三人と、それにシャオリー。その四人が四聖獣のパートナー。
声は、太一の心の中に囁いた。
「あの大河って人、見た目は完全に外人なのに日本人の名前なんだな。ヤマトやタケルみてえ」
黒い柱に背をもたせかけて、目を閉じたまま。
太一が小さく笑うと、声も笑ってくれた。
同じ、お兄ちゃんだしね。
そう言って。
「そうだな。妹がいるってのは俺とも同じだ」
と、ばちんと音がして、視えるものが切り替わる。
ヒカリと、その腕に抱えられているコロモン。
チビモンを膝に抱き上げて座っている大輔。
「めちゃくちゃ心配かけてるよなあ、やっぱ」
大輔の怪我は、大丈夫だっただろうか。
ごめんね。
「俺に謝るなよ」
小さくないヒカリ。小さくないタケル。小さいヤマト。小さい空。小さい光子郎。小さい丈。小さいミミ。
「でもこれで、デジタルワールドは大丈夫なんだよな」
きっと大丈夫。来てくれた今のみんななら大丈夫だって、ボクも信じてる。
「そっか……だったら俺も信じられる」
重たい瞼を力ずくでこじ開けて、太一は地面に投げ出していた自分の手を見下ろした。
小さな手。
四年前のあの頃と同じ、あの頃のままの。
「なあ、コロモン」
この手を伸ばしたかった。
もう一度会えるはずだった、あの夏の日に。
過ぎてしまった時間を取り戻すことは、出来ないけど。
「行こう」
太一?
「聞こえてきただろ」
呼ぶ声が。
太一は柱が突き立てられた天を見上げる。
高く高く、灰色の空の果てまでそびえる柱の、終わりは見えない。
このモノクロームの世界の、終わりは見えない。
それでも。
「この向こうから」
うん、太一のこと、呼んでる。太一の仲間が。
それを聞いた太一がおかしそうに笑って、首を横に振った。
「よく聞いてみろって」
え?
「ヒカリの声、おまえにだって聞こえるだろ?」
おまえの声が、ヒカリに届いたように。
うん。聞こえた。
声が嬉しそうに答えた。コロモンの声が。
「おまえも俺の、パートナーなんだ。だから一緒に帰るんだ」
右手に握りしめた、デジヴァイスに金色の輝きが灯る。
無彩色の空を貫いて真っ白な光が一筋、鮮やかな眩しさで射し込んだ。
きっとバイフーモンだよ。
コロモンの声に、太一も肯いた。
射し込む白い光はみんなの呼び声、助けたいという願い、会いたいと想う気持ち。
強く輝く、意志の力。
「俺は、俺たちはここだ……!」
意志こそがあの白い力を生むならば。
「俺たちは、ここにいる!!」
呼び合う意志が、世界をも繋ぐ。
降りそそいだ膨大な純白の光を、振り返った。
「あれは」
すうっと目を細めて。
「バイフーモンと大河の力か……」
ずきりと、自分の中の何かが軋む。
もう叶わない願いしか、ない。
あの場所には太一がいた。太一とコロモンがいた。
けれど。
「これでもう、選ぶしかなくなるんだね」
止まっていた時間は、再び動き出す。
白い光が薄れ始めた中で、見間違えることのない輪郭が結ばれた刹那、ヒカリはその中に飛び込んでいた。
「お兄ちゃん!!」
そのまま抱きついた、勢いでその場に倒れ込む。
「ヒカリ……ちょっと苦しい」
「だって、だってっ」
太一は泣きじゃくるヒカリの髪を片手で撫でながら、苦笑した。まるで力の入らない身体では、ヒカリに抱きつかれたまま上体を起こすことすら出来ない。
それに今は、体格差もほとんどなくなってしまっているから。
「おまえも小さくなってたんだな……それに何だよ、ふらふらじゃないか」
立ち位置のおかげで、地面に完全に倒れてしまう前に咄嗟に受けとめることが出来たヤマトを見上げて、その逆さの顔に向かって太一が笑う。
「だって、仕方ねえだろ」
「何がなのよ、もう、太一は」
ほとほと呆れた顔をしながら上体を支える空の、手も優しい。
「太一センパイっ!!」
転がるように駆け寄ってきて傍らにしゃがみ込んだ、今にも泣き出しそうな大輔を見て、太一はまた笑った。ほっとしたせいか涙が止まらないヒカリに小さく声をかけて、しがみついていた腕がほどけると、ヤマトと空の助けも借りて何とか座った体勢に落ち着く。
「大輔。足の捻挫、大丈夫だったか?」
「そんなの、俺、全然俺なんかより……っ」
結局堪えきれずに泣き出す大輔に、つられたようにチビモンもわんわん泣き出した。
張り詰めていた糸が切れたのはヒカリだけでなく、この二人も同じだ。一緒にいながら何も出来なかった。ずっと自責を飲み込んでいた。だから、賢とワームモンがそれぞれ慰めるように良かったねと囁いている。
そして。
「太一」
少し震えたパートナーの声に、太一は両手を伸ばした。
「コロモン」
そのまま腕の中に飛び込んできたコロモンを、しっかりと抱きしめて。
「ごめんな……」
「ううん、いいんだよ、太一。わかってるから」
太一の気持ち、わかってるから。
その長く伸びた耳でしっかりと抱きしめ返しながら、小さな小さな声で囁く声。他の誰にも聞こえないくらい、そうっと小さく。
ずっと、モノクロームの海を見つめていた。
遠い遠い、海の彼方を見つめていた。
向こう岸は見えない。
立てるかというヤマトの問いには、太一は苦笑いして首を横に振るしかなかった。
「無理。ぜってー無理」
肩を借りるにしても、足どころか腕にも力が入らない。よしんば立ち上がることまでは出来たとしても、歩けるとは思えない。
「ヒカリ。んな顔するなよ、大丈夫だから」
顔を曇らせている妹に、太一は苦笑いを滲ませた。
「でも、お兄ちゃん」
動けない。ヒカリが小さい頃に何度か経験した、それは決して兄の身に降りかかるものではありえなかった。そのはずだった。
「大丈夫だって」
「何がなのよ」
空が繰り返した、同じ言葉でも微かに咎める色が濃く混じっている。大丈夫と言う太一の声は落ち着いていて、ともすれば信じそうになってしまうから。
「本当にもう、何でそんなぼろぼろなのよ、あんたは!」
「もうGWは寝たきり確定って感じね、太一さん」
「というか、冗談抜きで病院行きなんじゃないですか」
「ミミちゃんに光子郎までっ」
「でも、二人の言う通りだよ……今どんなひどい顔してるか、自分でわかってるかい?」
「え、ええと」
片手で太一の手首を取った丈が、もう片手に持った腕時計の文字盤を見つめる目は、安堵の入り交じった呆れの口調とは裏腹にこの上なく真剣だった。それに太一自身、その言葉を否定できないことは理解している。
気安い辛辣は心配をかけた裏返しでも、確かに今回は洒落にならないだろう。
「少し衰弱してる感じだけど、意識の方ははっきりしてるね?」
脈拍を数え終えたらしい丈の問いに、慌てて太一は何度も肯く。
「念のためにも一度、ちゃんと診てもらった方がいいと思うけど……」
ちらりと丈がゲンナイを振り返る。
太一を病院に連れて行くには現実世界に戻るしかない。だが、太一も四年前の姿になってしまっているのだ。
「ヒカリやタケルのようにゲートを越えられるか、元に戻れるかが問題だな」
「ええ、二人は僕らと違って、デジヴァイスがD−3だという要素もありますから」
もともと、何がどうして姿を変えられたのかすらわかっていない状態だ。ゲートに何らかの作用をもたらしたのが、デジヴァイスだからなのかD−3だからこそなのか、そも何を引き起こしたのかすらわからない。
「まだまだ問題は山積みのようだが、とりあえずその子、ちゃんとした場所に寝かしてやったらどうだ」
ひょいと子供たちの輪に身を乗り出した、赤毛の青年が口を挟んだ。セシルだ。
「今後の話はそれからでもいいだろう」
いささか線の細い印象のある大河と違って典型的に長身の彼は、太一の脇に屈み込んで、その顔を覗き込む。
「おまえが、あの太一か」
「えっと、スーツェーモンの?」
「ああ。セシル・キーツだ」
四聖獣唯一のウィルス種であるスーツェーモンのパートナーだからということもないだろうが、少しきつめの碧眼はシニカルにも映る。
その視線が、つと太一の足の方に向けられて。
「っうわ!?」
ほとんど前振りらしい前振りもなく、セシルが太一をすくい上げるように抱き上げた。
「めちゃくちゃ軽いんだな……日本人の子供って」
思わずこぼれた呟きに違わず、軽々と。太一の膝の上にいたコロモンも、さすがに驚いたらしく慌ててその耳で太一にしがみついていた。
「セシル。せめて一言断ってからにしなさい」
少し茶色味を帯びた黒髪を京ほどに長く伸ばした女性はセシルの背を非難がましく小突くと、次いで太一に向けて綺麗に微笑んでみせた。
「ごめんなさいね。私はルーシア・タヴァナー、リュシーよ。会えて嬉しいわ」
「チンロンモンの……。あんたはバイフーモンの、だよな」
最後に視線を向けられた、大河が肯定の意味を込めて笑みを強める。
「五堂大河だ」
すっと持ち上げた太一の視界に、地上のバイフーモンと上空のスーツェーモン、そしてチンロンモンが映った。
四聖獣の三柱。
太一は奥歯をそっと噛みしめた。
もう時間も何も、残されてはいない。
右手を顔の前に持ち上げて、太一は沈黙しているデジヴァイスを見上げた。
こうして横になっていれば弱り果てた体も随分と楽で、腕を持ち上げることも簡単に出来たのだが、間もなく自分の腕の重さに耐えられなくなって、支えきれなくなって、結局ぱたんと布団の上に倒れた。
本当に、ぼろぼろだ。
「太一?」
薄く自嘲を滲ませると、頭のすぐ横に寄り添っていたコロモンが、どうしたのと問うてきた。
「大丈夫だよ」
小さく笑い返せば、コロモンは何も言わず頬に擦り寄ってきた。
肺の奥から中の空気を絞り出すように息を吐くと、目を閉じて太一は耳を澄ます。
廊下を歩く足音。歩幅の大きい、子供のものではない足音。
近づいてきたそれは、この部屋の前で止まる。
「太一。少し構わないだろうか」
案の定のゲンナイの声に、ゆっくりと瞼を開けた。
「ああ」
端的な了承だけを投げると次に、部屋の奥にいたヒカリへと目を向けて。
「ヒカリ。ちょっとの間、みんなのところに行っててくれないか」
「お兄ちゃん……?」
「頼む」
重ねられた言葉に、ヒカリは黙ってテイルモンを抱き上げると、ゲンナイと入れ違いに廊下へと出ていく。
そうして襖を閉め切られた途端、太一は口の端を苦く歪めた。
「これでいいんだろ?」
「何の話か、気づいているということか」
「どうせ俺の紋章のことだろ。いいよ、ちょうど俺も話があったんだ」
妹の足音は遠ざかって、もう聞こえない。
「ならば単刀直入に言おう。太一」
畳の上で静かに膝を折ったゲンナイは、懇願するような声で続けた。
「今すぐに、君の紋章の発動を止めるんだ」
途端、太一の目がすっと細められる。冷ややかに。
「どういう意味だ」
「君もわかっているだろう、衰弱の原因が、あの紋章の力を使い続けていることに他ならないと」
「――違うだろ」
吐き捨てて、太一は鋭く目を細める。
そういう意味だとは思いたくなかった。だが、引き返すことは出来ない。
身体を捩って肘をついて、無理やり上体を起こして。
真っ直ぐに、睨むように見据えて。
「おまえらでも駄目なのかって……こいつを助けられないのかって訊いてるんだよ!」
掠れたように上擦る叫び声を、止めきれなかった。
たったそれだけの動きだけでも息が上がってしまう。
それでも、ほんの少しの時間が欲しかった。可能性を繋ぐために。
そのために、すべてを懸けたのだ。
けれど。
「こたえろよ」
ぴしゃりとした声に息を飲んだゲンナイは、視線から逃れるように俯いて、そして首を振った。横に。
「パートナーを取り戻した今の四聖獣でも、たとい我々エージェントの母体にもなっているホメオスタシスの力を持ってしても、君が内側に抱えているそのデジモンを救うことは不可能だ。デジコアを損傷している。もはや再生することも出来ない。君と再会するまで存在を保っていたことすら奇蹟だった」
望みは、絶たれたのだ。
「そ、んな――っ」
力なくくずおれた太一は、そのまま突っ伏すようにして布団に顔をうずめる。
硬いデジヴァイスを強く握りしめた痛みすら、どうでもよかった。
「八年前に君とヒカリが光が丘で出会ったデジモンは、こちらに強制送還された時には君たちの記憶の、大部分を失っていた」
「それが、ボク?」
言葉もなくただ太一の傍に寄り添っていたコロモンが、ふと初めてゲンナイに目を向けた。
「ああ、そうだ。その時にロストしてしまった記憶のデータはあの、暗黒の海の中でも最も深い領域に流れ着いたのだろう。それが何らかの影響でこちら側に干渉出来るだけの力を得て、パートナーである太一を呼び寄せたのだろう」
太一は何も言わない。
「酷なこととはわかっている。だが、その紋章の力を、限界を超えて引き出し続けることは、君の命を削る行為だ。我々は……君を死なせるわけにはいかない」
バイフーモンは太一の行方がわからなくなって間もない時点で既に、勇気の紋章が陰り始めていたことを察知していた。その後リンクが強制切断されていなければ、とうに太一は力尽きていただろう。
今の太一が行っていることは、それだけの力を要することなのだから。
「太一」
「わかってるよっ!!」
額を押しつけたまま、太一が絞り出したような声で叫んだ。
「わかってるさ、けどさ……! だからって、今すぐはいそうですかって、そんな簡単に出来っかよ!! 見殺しになんて、出来ねえよ!!」
だって。
「俺が紋章でコロモンの時間を止めるのをやめたら、こいつはもう、死んで消えるだけなんだぞっ!!」
血を吐くような声で、叫んだ。
死んで、消えて、輪廻にも還れない。
「……本当に、すまない」
頭を下げたゲンナイに言えたのは、それだけだった。
「辛いね」
廊下を歩くゲンナイの背に、大河が潜めた声を投げてきた。
「仕方がない」
本来ならば、立ち聞きしていたのかと咎めるべきなのかもしれないが。
「彼の決断を待たず、強引に引き離すべきではないか」
そう言ったバイフーモンのエイリアスは光球ではなく、四足歩行で虎ほどの体躯の猫系デジモンという、何処か昔を思い出させる姿を取っていた。
「そんなことをしても彼は見抜くだろう」
閉め切られた部屋に向けた目を、色濃い自嘲が染める。
「我々が憎まれ役になることで太一の心を少しでも楽に出来るなら、何だってしよう。だが、太一はそれに甘んじてくれるような人間ではないだろう。いずれ我々の考えも見抜いて、そのすべてを一人で抱え込んでしまうように思う」
どうすることが最良だったのかなんて、わからない。
助けてやりたかった。
助けられなかった。
結局、打ちひしがれた子供の背を、また見ていることしか出来ない。
「もう二度と子供たちを傷つけたくなくて心を学んだというのに、結局、いつまで経っても無力を思い知るだけだな、私たちは」
生物ならざる電子の存在。世界の維持と管理を担う存在。そんな在り方だった故に、かつて死と悲嘆を理解することが出来なかった。
その時から、どれだけ変われただろう。
死は、今また目の前にある。
「……辛い、ね」
小さく呟いた大河が、唇を噛んだ。
「お兄ちゃん……起きてる?」
そっと声をかけて、そっと襖を細く開ける。その隙間から室内を覗き込んだヒカリは、すぐに襖を大きく開け放った。
「お兄ちゃん?」
兄が寝ているはずの布団は空っぽだった。
動き回ることなんて、まだ出来ないはずなのに。
太一の姿もコロモンの姿も、部屋の何処にもなくて。
「ヒカリ」
テイルモンが部屋の奥を指差した。
縁側に面した、ガラス戸が開いていた。
「太一がいなくなったぁ!? あの状態で!?」
テイルモンの言葉に、信じられないといったように丈が立ち上がる。
立つことも出来なかったのは、何時間も前のことではない。
「ヒカリちゃんは?」
「庭に降りたような跡があったの。だから、先に探しに行ったわ」
それを聞いて、即座にタケルがヤマトを振り返った。
「僕たちも探しに行こう!」
「ああ、そうだな」
「待て」
立ち上がった全員が庭に飛び出すより早く、スーツェーモンのエイリアスが、二対の大きな翼を横に広げて庭に降りる道を遮った。
「何だよ!」
噛みつく勢いで大輔が突っかかる。
「急くな。おまえたちの足で闇雲に探し回るには、このエリアは広すぎる」
光子郎がゲンナイを見ると、彼も首肯した。
「湖からこの屋敷に降りてくる時に見えるより、ずっとこの庭は広い。空間を圧縮しているようなものだからね」
「じゃあどうすれば」
「探すまでも、ないようだ」
静かに歩み出たバイフーモンの言葉に、子供たちが怪訝に首を傾げる。
「柱の側にいる」
「あんな場所にか!?」
驚愕で瞠目するゲンナイの目の前を横切るようにして、
「ヒカリは私が見つけて連れてゆこう。おまえたちは先に行け」
ウィザーモンにも似た、小柄な人型デジモンの姿をしたチンロンモンのエイリアスが、大木の枝のような杖を手に立ち上がった。
「とにかく太一さんの居場所がわかってるんなら、早く追いかけよう!」
「ならばついてこい」
大きく羽ばたいて滑るように飛び立ったスーツェーモンの後を追って、次々と子供たちがパートナーと共に庭に駆け下りていく、その後ろで。
「やはり太一の意志を待たず、紋章を抑えるべきだったかもしれぬな」
潜められた声が微かに聞こえて、思わず足を止めた大輔は声のした方を振り返った。
その先にいたのは、バイフーモンとゲンナイで。
「あれ、大輔ー?」
「大輔?」
チビモンと賢が、不思議そうに首を傾げる。
「あ、ああ……」
その言葉を聞き流せないと感じたのは、何故だったのだろう。
モノクロームの空に懸かる、金色の月は輝きを失いつつあった。
どうしても目をそらせなかった。
痛い。
苦しい。
辛い。
悲しい。
会いたい。
けれど、会えない。
もう二度と、会えないから。
月を見つめたまま、昏い昏い笑みに口の端を歪めた。
だから始めよう。
望むのはもう、これだけだから。
――本当に?
風が、震えていた。
鼓動のように、規則正しく。
「お兄ちゃん!」
「太一!」
「太一さん!」
「センパイっ!」
繰り返し繰り返し空気を波打たせている、艶もなく深すぎる闇の色のような、真っ黒な直方体の柱。一見ダークタワーに似ているが、突き立てられたように真っ直ぐな柱は頂から根元まで同じ太さで、濃淡もない。
その前に立っていた太一は、彩の消え失せた貌で振り返った。
ヒカリがいる。ヤマトが、空が、光子郎が、丈が、ミミが、タケルが、大輔が、賢が、京が、伊織が。
そして、大河が、リュシーが、セシルが、ゲンナイが。
「太一! そこから離れるんだ!」
ゲンナイの言葉に、ひどく昏い笑みが太一の口の端に浮かぶ。
「礼を言うよ、ゲンナイ。君が追い詰めてくれたおかげで、僕の望んだ通りに事が運んだ」
太一の足下でコロモンが、悲しそうに俯いた。
その奇妙な物言いに疑問を覚える間もなく、無造作に伸ばされた太一の手のひらが、奇妙な黒い柱に押し当てられる。刹那、黒い柱から一筋、金色の光が立ち上り、七色に揺らぐ天井を貫き、引き裂き、その上の湖の水をも消し去って、すべてを夕空の下にさらけ出した。
「結界を破っただと!?」
驚愕した四聖獣のエイリアスたちが慌てた様子で子供たちの間をすり抜け、立ちはだかるように前に出る。
と、急に太一の身体は糸が切れたように力を失ったが、そのまま地面に崩れ落ちてしまう寸前、ふわりと彼の背後に現れた人影の腕が受けとめた。
「おまえは!」
ヤマトが鋭い視線で睨みつける。
長い金髪、真っ黒なマント。
「やっと、ここまで来れた」
腕に抱いた太一を見下ろして、何処か虚ろな微笑みを滲ませたのは、あの少年だった。大河によく似た面影を持った。
つと子供たちの間を抜け、ふらついた足取りで大河が歩み出る。
見えない何かに殴られたように、ひどく蹌踉めきながら。
そして。
「……ゆう、と……?」
大河の呟きは、絞り出したような声だった。
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