今から、だいたい半年と少し前のことだったろうか。あの人のもとに、遠く王都から一通の手紙が届いたのは。
差出人にあった女性の名は、貴族に嫁いだ幼なじみに子供の頃から仕える侍女のものだと言うのは、嘘だとは思わなかった。手紙の文面に目を走らせていくうちに、顔色が青ざめていったことの方が、重大だった。
その数日後、あの人は姿を消した。
残されていたのは、たった一言の書き置きと、その手紙。
――幼なじみの自殺未遂。
王都からの手紙はそれを知らせていた。あの人がいてもたってもいられなくなったことは、すぐに察しがついた。
あの人の、想い出の中に眠った恋心のことは知っていた。出会ったばかりのあの人の中では、それはまだ想い出になれないほど、ひどく痛いものだったから。
それから一ヶ月経って。
終わりを見つけて、あの人はここへ帰ってきた。
だから、今回もそうなのだと信じている。――いや、信じるなんてものよりも、ずっと。
「明日から出るの?」
黙って台所に顔をのぞかせるあの人に、振り返ることなく私は小さく笑う。
一緒に行きたい気持ちも、行きたくない気持ちも、どちらも本物なのだ。だから、この人は悩むのだ。
「……もう、待たせたくない」
だから、私がせっついてやらないとならないのだ。
「あら。別にそんな大層に思っていないわよ?」
どんなに遠くまで出かけていったとしても。
「ちゃんと、帰ってくるでしょう?」
いつかと同じように。
「……」
それは、泣き出しでもしそうな顔、とは少し違うけれど。
「行かなかったら、一生、後悔するわよ」
女の勘は当たるのだ。
「…………すまない」
だから、笑ってやってよ。私にも、あの人にも。ね?
「いってらっしゃい」
リッドと一緒に、今度もちゃんと笑って迎えるから。