何もない明日など、いらない。
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「レムよ。私は、……セレスティアへ行きたい」
迷う道などもう、どこにもなかった。
『復路となる"橋"は失われている。それでも変わらぬか?』
「もちろんです」
かつて授けられた指輪を外し、差し出す。それに手を触れることなく受け取って、また、レムが笑みを浮かべたように見えた。
『その望み、このレムが確かに聞き届けた』
ゆらりと後方へ下がったレムがセイファートの印の上空にたたずむと、レムの姿は再び光へと変じ、途端、爆発的に光量を増した。
生み出されたおびただしい光はすぐに一つの柱のように高くそびえ、そのふもとには人など数人は楽に収まりそうな大きさの、光の球が現れる。
「これが――"橋"、か……?」
バリルが石室の外を振り返ると、明らかに陽の光だけではない輝きが降り注いでいるのが見えた。この光の柱はおそらく、いや、間違いなく、天高くセレスティアにまで伸びているのだろう。
空の彼方に霞む、もう一つの世界への架け橋。
「やったな…」
ビッツのささやくような声に、ぎこちなく頷くので精一杯だった。
この時が来ることを、どれだけ待ち望んでいたことか。
けれども。その一方で。
波が引くように、取り戻した冷静さが走り出したい気持ちをかき消した。
「この遺跡が"光の橋"とわかったことで、私は学界で認められた」
「バリル?」
ここに来ての昔語りに訝るビッツに、バリルはうっすらと自嘲にも似た笑みをにじませながら、光を見つめ言葉を続ける。
「それから一度も三人揃うことなんてないまま――ロナは逝ってしまったな」
ふと振り返れば。今までで最も幸せだったのかもしれない、あの頃。
一度は別れ別れになったものの、結局はまた三人が揃っていたあの頃。
「遺跡調査ばかりしていてろくに王都にいない私が、最後にあいつに会ったのはずいぶんと前だったが、そのときにおまえのことも聞いた」
貴族に見初められた末の、望まぬ結婚。いっそ逃げてしまおうと差し伸べられたビッツの手も、結局は自ら拒んだと言っていた。
まだバリルがそれを聞いた頃は、最後に会った頃は、ロナは穏やかに時を過ごしていたというのに。それから数年の間に彼女は追い詰められ、自らの死を望むにまでなってしまったというのか。
ファロースへ向かう船上でビッツから聞き出した、ロナの最期。あの彼女が自殺に追いやられるほどに、王都のはらむ歪みはひどいのだろう。
「ロナは…なんと言っていた?」
「生涯、最高の友達」
やわらかな春の陽射しの中で、ロナはそう言って微笑んだ。
とても大切に思っているから、一緒には行けなかったと。応えられないとわかっていながら、応えるふりはもう、したくなかったと。そうとわかっていても、優しいから、一緒に居続けてくれるに違いないからと。
「私からも、ありがとう。本当に」
振り返ることなく、バリルは光へと歩み出す。
「――本当に、最高の友達だと、思っているよ」
けれども。もうこの先、二度と会うこともないだろう。
"橋"を見据えた、その刹那。
「おまえらは……置いて行ってばかりだ」
苦笑を帯びたその声に。
バリルは思わず振り向いた。
何一つ知ることのない未来への、扉。
「インフェリアに帰ってきたら、そのときは真っ先に、おまえに私の家族を紹介してやる!」
考えるよりも早く、そう、言い放っていた。
「大きくなったリッドにも会ってみたいしな。それに、私の子供と幼なじみにするのも、悪くないだろう?」
何故だか、むしょうに笑いたい気分だった。
「ああ。期待しないで待っててやるよ」
また会えたら、二人で墓参りにも行ってみようか。
「なぁ」
あいにく、こんな別れに涙する性根は持ち合わせていない。
「幸せになれよ」
――だから、思いっきり笑って言ってやった。
「おまえもな」