Untitled
これからどうしようか、と。
一瞬たりと考えなかったわけではない。
ただ。
悩む暇などなかったのも、また確かだった。
訊かれたときに、返す言葉に詰まった。
何とはなしに、傍らのシャドーを見上げた。
それは隣にいた少女もほぼ変わらず。
だから、生まれたのはぎこちない沈黙だった。
――
結局のところ。
それがこの現状を引き起こしたに違いない。
「なに、むくれてるのさ」
呆れ笑いをまじえた声が、レイヴンの頭上から降ってきた。
「……大したことじゃないさ」
目の前のリーゼに言わせれば長すぎる足
――
またしても開いた身長差がお気に召さないらしい
――
を投げだし車中に寝そべっていたレイヴンは、上体を起こすと。
「珍しいな」
車の傍らにたたずむリーゼを見やるなり言った。
いつもはほっそりとしたスラックスの系統を好むリーゼが、膝下まである長いスカートをはいているのだから。
「今日の用は、それか」
彼女の髪よりも少し深い、空の色。
「まぁね。……似合う?」
たっぷりと広がるスカートの裾を片方、指でつまんでリーゼは描かれた刺繍を露わにする。慣れぬ装いに緊張でもしているのか、唇に笑みを乗せてはいるものの、レイヴンを見つめる眼差しは真剣そのものだ。
だから、なのか。
「ああ。綺麗だ」
それでなくても整っている顔に、落ち着いた微笑までたたえて言葉を返したレイヴンに、リーゼはまともに顔を赤らめる。
下手に飾ったり誤魔化したり、するような言葉なんて知らないから。
「……あ、ありがと……」
と、その時。
「よー、レイヴン! 人ン家前でお熱いねぇ!」
「綺麗だって言ってもらえたね、よかったねリーゼ♪」
レイヴンとリーゼのいる側に面した窓が景気よく開いて、バンとフィーネが顔を出した。その二人の後ろでは、呆れて見守るマリアの姿。
「な、なっ!?」
リーゼはさすがに面食らって慌てふためくが。
「ほぅ。盗み聞きとはいい度胸だな、バン?」
口の端をつり上げたレイヴンの凄絶な笑みに、バンの笑いが引きつり凍る。
「……え?」
刹那レイヴンは立ち上がると、車の荷台に積まれた籠の一つから、収穫されたばかりで固い殻に覆われた実をバンめがけて投げつけた。
「のわっ!!」
「あ、直撃」
相も変わらずにこにこと動じないフィーネは、額に赤い跡を付けて見事にひっくり返ったバンを和やかに見下ろす。
「帰るぞ」
呆気にとられていたリーゼはその声に笑って頷くと。車の縁に手をついて、そのままふわりとスカートをひるがえし助手席に舞い降りた。
「じゃ、またねー」
「うん、またねー」
リーゼとフィーネが手を振りながら笑みかわす。
「おー痛て」
額をさすりながら起きあがったバンは、足元に転がる実を拾い上げ、
「忘れもんだぞー!」
投げ返したそれは、綺麗な放物線を描いてレイヴンの手のひらに、乾いた音を立てて収まった。
これからどうしようか、と。
悩む暇も、今ならあるかもしれないが。
ただ。
これはこれでいいのだろうと、思えた。
空は今日も、晴れていた。
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バンとフィーネとレイヴンとリーゼ。
何でもない、たあいない一日を重ねて、幸せになろう。
たくさんありがとう。
2001年6月30日。『ZOIDS/0』最終回を見終えて。