二章 錯綜する記憶
「ぅ〜わ、言ってくれんじゃない? ガキのくせに。
ほら、スタン。再戦、行け行け」
抜かれた少年の剣を見て、ルーティがスタンの背を叩く。
「え゛、なんで俺が?」
押し出されたスタンは不満そうに抗議の声を上げるが、
「周りが復活してきちゃってるのよ。ひとまずあのクソ生意気なガキ、さっさとたたんどいてよ」
小声でささやかれ、しぶしぶディムロスを抜く。
先に仕掛けてきたのは向こう。無造作に、だが素早く一瞬で間合いを詰め、低めからすくい上げるように剣を振る。ディムロスをはじき飛ばそうという魂胆のようだ。
スタンは下手に逆らわず力を受け流しにかかる。
一瞬、少年が口の端に笑みを浮かべた。
受け流される途中で力の向きを変え、刀身をからめ取ろうとする。
だがそれは予測済みだったのか、スタンはあっさりと押し返した。
「くっ…」
押されて、たまらず少年が後ろに下がる。
「へへ、単純な力勝負じゃ、俺の方がちょっと上かな」
言いながら、スタンはディムロスを構えなおした。
「ふん……」
少年も、構えを取る。
その一瞬の攻防に、二人の周りの動きの方が止まってしまっていた。
「なに…あいつら………」
「ほう……二人とも、なかなかやるな」
周りの兵士たちも唖然と観戦モードに入っている。スタンやルーティたちは知らないことだが、彼らが敬語を使うことを甘んじて受けているのは以前に完膚無きまでに叩きのめされたからだ。
「それと…どうもあの二人、流派が同じのようだな」
マリーが二人の動きを見て、つぶやいた。
「そうなの?」
「ああ。基本の型が同じのようだ」
「あたしにはよくわかんないけど」
剣術に関してはマリーの方が明らかに目はある。
「とにかくこいつら、片づけちゃいましょ」
こっそりと、ね。
『なるほど』
アトワイトがつぶやき、ルーティの意の通りに水象を操る。
「こっそりとやっちゃえ☆」
『任せなさい』
兵士の足下にこっそりと流した水が、瞬間的に量を増し、兵士の足を包み込んだ状態で凍りついた。
「な――なんだぁ!?」
兵士たちが今更騒ぎ出すが、両足を膝上まですっぽり氷に飲み込まれたままでは動くこともできない。
「ぼんやりしてるからよ、バーカ☆」
言ってルーティがぺろりと舌を出す。それから、
「スタン〜、こっちは片づいたわよ〜!」
膝下あたりまで氷につながれた兵士八人の剣が届かない辺りから、ルーティがお気楽な声を上げた。声は、広い石室に大きく反響する。
「どうする? 兵士たちは動けなくなったぜ?」
三対一。よほどの力量差がなくては、この人数差は痛いだろう。
「ふん、貴様らなど僕一人で十分さ」
先に仕掛けたのはまたも少年の方。真っ正面からぶつかってくる。耳障りな音を立てて両者の剣がかみ合ったとき、少年がちらりとルーティとマリーに視線を走らせた。
『まずい、離れろ!』
「――?!」
ディムロスの焦った声が響いた途端、目の前で何かが破裂したような音が響き、視界が歪んだ。刹那、今さっきまでいた場所から遥か後方で、石の床に強く身体を打ちつけた。
「ぐっ……」
衝撃に、一瞬呼吸ができなくなる。
『スタン、大丈夫か?!』
身体を折ってせき込むスタンの手には、それでもなんとかディムロスが握られたままだった。が。
「そこまでだ」
いつのまにか間近まで来ていた少年が、切っ先をスタンの喉元に突きつけた。
「向こうの二人も動けん。大人しくするんだな」
スタンがちらりと視線を走らせると、いつのまにか氷の束縛から解放されていた兵士たちが、やはり吹き飛ばされ壁に叩きつけられた二人を拘束していた。
『……シャルティエだな?』
ディムロスが苦々しくつぶやいた。
「ほぅ、やはりそれもソーディアンか」
『………久しぶりだね、ディムロス。それとアトワイトも。また会うなんて、…しかもこんな形でなんて、思ってもみなかったよ』
どこか困ったような口調でシャルティエの声がした。
「シャルティエ? あの剣のことか…?」
スタンがかすれた声で訊ねる。視線は、少年の下ろされた剣に。
『そうだ。昔の――…仲間だ。
おい、先ほどの晶術は風象だろう?』
『そう。地属性の僕じゃあ、あまり強い力は集められないけど。でも、それなりにきいただろ?』
シャルティエの声に少し得意げな色が入る。
「ちょっと、同じソーディアン使いなら見逃してくれたっていいじゃない!」
衝撃のダメージで息の荒いルーティが叫ぶ。
『そんなこと言われてもね…。坊っちゃんに逆らうからだよ』
苦笑まじりに、シャルティエが答えた。
『……シャルティエ? その“坊っちゃん”って……?』
『坊っちゃんは坊っちゃん。僕のマスターだよ。セインガルドの客員剣士なんだ』
「客員剣士様がわざわざ不法侵入者をやっつけに来たってわけ?」
シャルティエの言葉に、ルーティが皮肉気に反応する。
「ふん、冗談じゃない。別件だ」
少年は鼻で笑う。
『そうなの。ってことでディムロス、君のマスターの名前は?』
『…なんで私に訊くんだ?』
『だって、まだ苦しそうだもの。僕たちの用事はその、君のマスターにあるんだけど』
「……俺に?」
スタンが不思議そうな顔で聞き返す。息はだいぶ落ち着いてきた。
「そうだ。だが、不法侵入のほうも放っておくわけにはいかんな。そのうえ国軍の兵士と剣を交えたこともな」
言いながら、少年はシャルティエを鞘に戻し、スタンの手からディムロスを取り上げる。
『それはそうと…シャルティエ。おまえ、口調が変わってないか』
『そうねぇ。前はもうちょっと――』
兵士に取り上げられたアトワイトも口を挟む。
『そう? 坊っちゃんの影響かな? ……まぁ、僕もいろいろありましたから』
「シャルティ!」
少年がシャルティエの言葉をさえぎる。
『わかってます。もう黙ってますから怒らないでくださいよ』
「貴様らもおしゃべりはここまでにしてもらおうか。
おい、こいつらをダリルシェイドまで護送しろ」
「はっ」
スタンを後ろ手に縛っていた兵士の一人に言い放つ。
「ちょ、ちょっと! あたしたちをどうするつもりよ!」
しばらく静かにしていたせいか、ほとんど元通りのルーティが騒ぎ出す。
「連れていけ」
ルーティは無視した少年の言葉に、兵士たちが三人を引っ立てていく。
「ちょっと! なによっ! 放しなさいよ!! バカーっ!!」
「……うるさい女だ」
少年が鬱陶しそうにつぶやいた言葉に、
『あ〜ぁ〜………』
『アトワイトも苦労してるんだねぇ』
『まったくだ』
長い長いアトワイトのため息に、他の二人が頷きあった。
「あ〜あ、なんでこうなっちゃったんだろ………」
護送用の馬車の中、スタンがぼやく。
ルーティとマリーは一つ後ろの馬車に連れていかれたはずだ。
まだ出発しないようだが、ひとまずそれはどうでもいいのかもしれない。
殺風景な馬車の中。格子の向こうに、ソーディアン二人が置かれていた。
『いつかはこういうことになるんじゃないかと心配していたんだけど……あの子は心を開いてくれないから、何を企んでいるのかわかり辛くって』
『……今更言ってもどうにもならんだろう。
それにしても、暇だな』
『ディムロス、あなた、今の事態わかってるの?』
アトワイトが疲れた声で問う。
『わかってるさ。騒いだところでどうにもならんことぐらい』
「気楽なもんだな」
苦笑まじりにスタンが言う。
『開き直りに近いんじゃない?』
「そうかもな。
ところでさ、遺跡で俺たちを吹っ飛ばしたあれも晶術なんだろ? 結局、晶術っていったい何なんだよ?」
この際、ソーディアンたちと適当に話に興じるしかないだろう。
『どう説明すればいいかしらね。私は科学者じゃないから、細かなことはよくわからないんだけど。
晶術というのは、レンズに集めた力――晶力を意のままに操る術のことなの。レンズはあくまでも力の媒体。レンズに集めた力を操るには、人間の意志、精神の力が必要なのよ。力が大きくなればなるほど、強い意志の力が必要になるわ。
レンズに集められる力は、自然界における様々な力。主に四つね。火の力、水の力、風の力、地の力。他にもあるけど、それはひとまず置いといて。
この四つは、扱う者によって相性があってね。
ディムロスなんかは火の力――火象と相性がいいんだけど、風の力である風象とは相性が最悪なのよ。私は水象とよくて火象とはよくないの。さっきのシャルティエ、あの人は地象とよくて、ダメなのは水象。
相性が悪い属性の力は集めようとしても上手く集められなくて、術としては弱くなる。けど、最悪のものじゃなければ、割とそれなりに扱えるのよ。相性ぴったりのものには遠く及ばないけれどね。
こういうところ、マスター自身の属性や、ソーディアンとマスターのつながりの強さにかなり影響されるんだけれど――。
…あ、一気にしゃべっちゃったけど、わかったかしら?』
ちょっとこういう話を振ったことを後悔しているかもしれない。スタンはぽかんとした顔で、それでもなんとか話を聴いていた。
「――あ、あ〜と、わかったような、わかんないような……」
ひきつった笑いで、頬を掻くスタンに、
『それでいいんじゃない? ディムロスも理論なんてほとんどわかってないでしょ?』
『ほっとけ』
ちゃかされ、ディムロスがそっぽを向く。
「でもさ、ディムロスやアトワイトって、なんだか人間みたいだ」
そんな二人を眺め、スタンが言った。
『人間だったのだ。昔はな』
『いろいろあってね。それぞれ、コアクリスタルに自分の精神を封じ込めて、ソーディアンになったの』
「それって……前も言ってた天地戦争のことか?」
先ほどとは違った意味で、振った話題に気後れする。
『そうだ。天地戦争の決着をつけた最終兵器が私たち、ソーディアンだ。
こうなる前は、地上軍の将校だった』
『私は医者――軍医でしたけど。
――そのときのマスターが亡くなって、それ以降、もう誰も私たちの声は聞こえないものと思っていたんだけどね……』
彼女の声も感慨深い。
「あ…普通の人間には声が聞こえないっていう、あれか」
『ああ、そうだ』
「へぇ…すごい偶然なんだな」
声が届くのは、応えられるのは、まるで奇跡のような瞬間。
時の流れに置き去りにされた淋しさ。
『みんなして、なに難しい話してるんだよ』
不意にシャルティエの声が割り込む。馬車に、あの少年が乗り込んできたのだ。
『うるさい』
『アトワイトの今のマスターのほうがうるさいよ』
ディムロスに一蹴され、シャルティエが言い返すが、
『黙りなさい』
『うぅ………』
アトワイトにまでにらまれた。
「いちいちしょげるな」
呆れたように少年が腰の相棒に言う。そのまま馬車の壁に据え付けられた長椅子に腰かけて、
「さて、貴様には訊きたいことがある」
今度はスタンに向かって。
「はいはい。セインガルドの客員剣士様が、俺なんかになんの御用ですか?」
ほとんどなげやりな様子でスタンが応えた。
「ふん、変な呼び方をするな。僕の名前はリオン・マグナスだ」
スタンに、少年――リオンが不機嫌そうに言い返す。
『……は…?』
『なんですって……?』
何に対してか、ソーディアン二人が奇妙な反応を見せた。
「どしたんだよ……? まぁいいや。
それを言うなら、俺にも名前はあるよ。スタン・エルロンって、ちゃんとな」
『え……?』
次はシャルティエである。
「いったい、なんなんだ?」
リオンがいらだたしげにシャルティエに問いかける。
『あ、いえ……たいしたことじゃないから。ねぇ?』
慌てたシャルティエが他の二人に振った。
『あ、ああ……個人的なことだ』
『ええ…気になさらないで』
三人とも、どこか声がうわずっている。スタンとリオンは怪訝な顔をしていたが、
「ふん、ならいちいち騒ぐな」
リオンは言い捨て、その話は終わりとばかりにスタンの方を向いた。
「ラティルス・フェムプを知っているな?」
押し込めた記憶を無理矢理引きずり出す言葉。
脳裏をかすめたのは、鮮やかすぎる赤と、むせ返るような匂い。
「おい」
黙り込んでしまったスタンに、リオンはいらだたしく答えを促す。
「……知ってる。一緒にいた」
しぼり出すような、小さな声で答えるのにも、大きな力がいる。
見てはいけない。
また薄れてしまった霧の向こうを見てはいけない。
時間がもっともっと経てば、霧も、もっともっと厚くなる。
それまでは、見てはいけない。
「――殺された」
「やはりな。ったく、さすがに埋葬されているのを掘り起こすなんてわけにはいかなかったからな…」
『シャルティエ!』
ディムロスが突然怒鳴り声をあげる。
ひどく怒気をはらんだ彼の声に、スタンの方が驚いて顔を上げた。
『な、なに……?』
完全に気圧されながらも、シャルティエが問い返す。
『知りたいのはあのディスクのことなんだろう? そうじゃないか?』
押し殺されてはいるが、かなりの圧迫感がある。
(こういうところ、さすが上に立ってただけはあるわよね……)
アトワイトがふとそんなことを思うほどに。
「そうだ。ふん、貴様に訊いた方が早かったようだな」
リオンはさらりとその怒気を受け流し、薄く笑みを浮かべる。
『あの…その、ゴメン。でも――』
何かを言いかけたシャルティエをさえぎり、ディムロスが答える。
『とっくに奪われているよ。誰にかはわからんがな。もっとも、あのディスクの中身はずっと前に破壊してあったから、わざわざ御苦労なことだ』
その言葉に、リオンは一瞬眉をひそめるが、すぐにどうでもいいといったように、
「そうか。それならもう用はない」
一言つぶやき、後は重い沈黙だけがおりた。
馬車は、いつのまにか動き出していた。
雪ではなくて、雨が降っていた。
あのときは、稀にみる大雪だった。
ロスマリヌスもなにもかも、静かな雪に包まれていた。
街外れの、小さな森の片隅も。
雪花を咲かす、二本の若木に挟まれた墓石。
その前で、幼い少女が一人、たたずんでいた。
白い中に浮かび上がる少女の金髪は、冷たく濡れていた。
かなり老いた樹の傍らに、少女と同じ髪と瞳の少年が姿を現す。
「リリス……」
少年の呼び声に、瑠璃の瞳に涙をいっぱいにたたえ、少女は振り向いた。
「お兄ちゃん……っ」
少女ははじかれたように少年に駆け寄り、抱きつく。
「どこにも行かないよね? お兄ちゃんは、私を置いて、どこかにいなくいったりしないよね……!?」
少年は泣きじゃくる少女を抱きしめたまま、墓石に目を移す。
ずっと前に刻まれた、父の名前。
刻まれて一年経っていない、母の名前。
思い出したのは、小さく咲く青い花と、涙に濡れた母の笑顔と、約束。
そして、鮮烈な赤――
「は〜ぁ〜…………」
スタンが深くため息をついている場所は、セインガルド城の牢の中。
だが、ため息の原因はそれだけではなかった。
夢見の悪さも、理由の一つである。時間が経てば、また霧はすべてを厚く覆い隠してくれるだろうか。
「ちょっと! もう! なんでこんなとこに入ってなきゃいけないのよっ!!」
一つ隣の牢で、きゃんきゃん叫んでいるルーティの声も、もちろん一つだ。これはなかなか、頭痛までしてくる。
それだけならまだよかった――いや、あまりよくない――のだが。
「スタン! あんたが悪いのよ! 兵士なんか倒しちゃうから!!」
いきなり矛先がこちらに向いてくる。
「おい……じゃあ訊くけど、そういう状況を招いたのは誰だよ。一番最初にはっ倒したの、取り返しつかない事態まで追い込んだのは誰だよ……」
疲れた声で反論するスタンだが、
「――ぅ、うるさいわよ! とにかく全部あんたのせいっ!!」
彼女のむちゃくちゃな言いぐさには、もう反論する気にもならない。
「マリーも! なんとか言ってやりなさいよ!」
なぜ、石造りの部屋というのはこんなにも声が響くのだろうか。一つ壁を挟んでいるから、ずいぶんましだろうが。
「ケンカはよくないぞ。怒ってばかりもよくない。疲れるだけだ」
どうも気が抜ける。普段はこんな風にのんきなようだ。
「……あんたねぇ……ぁん、もういい………」
石の牢は音がよく響きわたる。ルーティがさすがに飽きたのか少し静かになったときに聞こえてきたその靴音も、石段で高らかに反響した音だった。
「……?」
何だとばかりに格子に寄ったスタンの耳に、ここからは死角になって見えない、この地下階と上を結ぶ階段の辺りから、途切れがちの声――複数人の話し声が聞こえた。
(何だろ……?)
声が小さく、まるで内容はわからない。そうこうしているうちに、また足音が聞こえた。さらに近づいてくる音だ。
「おい、出ろ」
スタンの入れられている牢の前に、看守とは違う兵士が来た。鍵が開けられ、引っぱり出されたかと思うとすぐに後ろ手に縛られる。後ろでまた騒いでいるルーティの声を聞くと、彼女たちもそうらしい。
「どこに連れていくつもりよっ?!」
「謁見の間だ」
「……は? 謁見の間だって?」
意外な答えが返ってきたものだ。
「そんなとこで、何が始まるってのよ?」
「答えてやる義務はない」
「役に立たないわねぇ……」
階段付近に残っていた、一人、周りの兵士たちとは違う男が、強気なルーティに呆れた視線を送る。ルーティもその視線に気づき、不敵な微笑みを返した。
「行くぞ」
その男の命令で、取り囲む兵士たちによって階段へと歩かされる。
引っ立てられたスタンたちが階段の下まで来たとき、男が何気なくスタンに視線を走らせ――
「どうなされました、アシュレイ様?」
驚愕したように目を見開き、動きを止めた彼に、兵士が怪訝な顔で問いかける。
「――いや。なんでもない」
普段なら開放されたままの、謁見の間に通じる大扉。今は珍しくぴったりと閉ざされ、その前に立つ近衛兵も倍の人数がいた。
「連れてまいりました」
「うむ、ご苦労」
謁見の間に入り玉座の主に向けて一礼した後、その男は、彼のものと同じ白の軍服に身を包む七人の中に入る。と、数人に微かな動きがあった。
謁見の間にはその七人の他に、近衛兵が少数と、兵士とは毛色の違う男が一人。そしてあのリオンもいた。いずれも、玉座と大扉をつないだ、真紅の絨毯の両脇に居並んでいる。
どうも、スタンたちが連れてこられる前から何かを話し合っていたようだ。
「王様直々に、なんの用かしら?」
意外にもけろりとした顔でルーティが口を開く。すぐ後ろにつく兵士たちに肩を押さえつけられその場に無理矢理膝をつかされたときは、さすがに不機嫌丸出しの顔になるが。
「自分のしたことを、よく思い出してみることだ」
「何かした、あたし?」
不敵な笑みを浮かべてとぼけるルーティに、
「ちょ、ルーティ?」
どういうつもりなんだとばかりに、慌ててスタンがささやく。
「王室管理の重要遺跡への不法侵入。さらに国軍の兵士に逆らい、あまつさえ抵抗し剣を交えたな」
「そういうこともあったかもしれないわね。
で? “あたしたち”になんの御用かしら?」
相も変わらずのルーティに、王が眉をひそめる。
「……ヒューゴよ、このような者がソーディアンの使い手というのは真なのか?」
下に控える、兵士とは異なる男に王が言葉をかけた。
「はい。報告によれば、未熟ながらも使い手としての資質を有しているとのこと。むろん、ソーディアンも本物です」
ヒューゴと呼ばれた男が答える。
「未熟とはなによ、未熟とは」
ルーティの抗議は、あっさりと無視される。
「ふむ……」
「恐れながら、陛下。この私めをストレイライズ総本山へご派遣ください。もはや一刻の猶予もございません。何事か起きた後では手遅れになりましょう」
発言したのは先ほどの男だ。焦燥をひたすら押し隠した声音が、少し不思議に見えた。
「それはならぬ、アシュレイ。七将軍の一人が動けば、民衆の不安を煽ることになるであろう。それだけは避けねばならない。事を大きくしてはならぬのだ。なにより、アクアヴェイルも未だ予断を許さぬ」
どうも、スタンたちとは遠いところで、込み入った話があるようだ。だがそんな話し合いの真っ最中の場に、なぜ犯罪者として扱われているスタンたちが連れてこられたのやら。
「しかし陛下。慎重でいてばかりでは何もできませんぞ」
「うむ……」
ヒューゴの言葉に、国王はしばし七将軍に視線をさまよわせる。
「……わかった。だが、本当に大丈夫なのか? 犯罪者でもあるのだぞ」
いつのまにか話が変な方向になってきているようだ。あくびをかみ殺していたルーティは、どうも自分たちに向いてきている話の流れにスタンと顔を見合わせた。
「囚人監視用として作らせました、この装置がございます」
ヒューゴが、手の平ほどの幅のある腕輪を三つ取り出した。
「この腕輪は、遠隔操作によって人間を気絶させるだけの電流を発生させることが可能です。むろん無理矢理に外そうとすれば自動的に致死量の電流も流れます。
これをつけ、監視役の一人もつければなんの心配もございません。
また、万が一逃げ出されても、これが発信機にもなっております故、どこへ逃げようとも取り押さえることが可能です」
「ほう。……監視役はどうする」
「リオンを使いましょう。ソーディアンマスターを抑えるには、やはりソーディアンマスターであった方がよろしいかと」
「ふむ……わかった。この件、後のことはそちに任せよう」
なんだか、本人たちのあずかり知らないところで何かをやらされる羽目になってしまったようだ。
「では、その三人にこれを」
近衛兵が二人、ヒューゴの手から腕輪を受け取り、スタンたち三人の左手首にそれぞれはめる。分厚い金属製で、鈍く光を反射する銀色をしていた。
「綺麗な腕輪だな☆」
「マリーさん……」
「気楽ねぇ」
そして、縄を解かれた、その途端。
「ちょっと、そこのおっさん。なにさせるんだか知らないけど、ちゃんと報酬はくれるんでしょうね? そうでなきゃ、お役所仕事なんてやってらんないわよ!」
いきなりルーティがヒューゴに詰め寄った。
「おい、貴様、自分の立場をわかっているのか。口をつつしめ」
彼の後ろに控えていたリオンが割ってはいるが、
「ぁによ! こっちだってね、好きでやってんじゃないのよ!」
さらに何か言いかけたリオンを手で制し、ヒューゴが口を開く。
「元気のいいお嬢さんだ。自由だけではまだ足りないと言うか。
ならばどうかな、成功報酬ということでは? 君たちが見事任務をやり遂げた暁には私からそれなりの報奨金を出すこととしよう。それだけ責任の重い任務だ。何か励みがあった方がよかろう。
構いませんな、陛下?」
「うむ」
ヒューゴの言葉に、ルーティは怪訝そうに一瞬眉をひそめたが、
「でよ。あたしたちは結局何をすればいいわけ?」
ルーティには国王も何もあまり関係ないらしく、あくまで普段どおりだ。見ているスタンの方がひやひやする。
「詳しい話はヒューゴより聞くがいい。
では、これにて散会とする」
国王は近衛兵の手を借りて玉座から車椅子に移り、退出した。次いで、七将軍も足早に謁見の間を立ち去る。
それらを見送って、
「んじゃ、おっさん。説明してよね」
「その前に、場所を移そう。立ち話もなんであろう。
それとお嬢さん。私はオベロン社総帥、ヒューゴ・ジルクリフトだ。決して“おっさん”という名前ではないので、覚えておいてくれたまえ」
それを聞いて、ルーティの顔色がさっと変わる。
「オベロン社って……あのオベロン社ぁ!?」
「そういうことだよ。レンズハンターのお嬢さん」
頷き、底の知れない笑みをたたえた。
ひきつった笑みを浮かべるルーティをよそに、
「あの、ディムロスたちはどこに……?」
おずおずとスタンが問いかける。
「ああ、君たちのソーディアンだね。確か――」
「ここですわ☆」
唐突に謁見の間の扉が開き、一人の少女が割り込んできた。
肩口で切り揃えられた、緩やかに波打つ青紫色の髪。ソーディアン二本を抱え、その夜空の紺をした瞳を輝かせている女性。年は二十代前半だろうか。
「おや、リラ様。それをどこで?」
「はい、外でマリアンさんにお会いしましたの」
ヒューゴの問いに、明るく鈴のように高い声で少女――リラが答える。
「リラ様!」
ちょうどそのタイミングで、慌てた様子の女性が駆け込んでくる。こちらは色の薄い黒髪を長く伸ばした女性。二十代半ばあたりだろう。そして、誰も気づきはしなかったが、彼女を見てリオンの表情がごく微かに変わった。
「あ、あの……」
「誰、この女?」
スタンとルーティ、二人の声が重なる。
「あら、失礼いたしましたわ。
私、リラ・イリンギウムと申します。現セインガルド王の姪にあたりますの。以後お見知り置きを」
にっこりとやわらかに微笑む。現セインガルド王には子供はいないので、彼女は次期国王にもっとも近いところにいるのだろう。だが、そんな様子はあまり感じられず、どちらかといえば、砂糖菓子か何かのような、いかにも世間知らずのお嬢様した雰囲気だ。
「も、申し訳ございませんっ」
後から入ってきたもう一人は、どこか弱々しいうつむき加減の空気をまとっていた。
「彼女はマリアン。私の屋敷でメイド長を務めているものだ」
ヒューゴの紹介にルーティは見向きもせずに、
「でさ、早く返してくんない、相棒」
リラの持つアトワイトを目で指す。
「これですか? あなたのですか?」
「そうよ! だから早く返して!」
言うが早いか、ルーティは彼女からアトワイトをひったくった。
リラは一瞬きょとんとするが、
「おい!」
「なら、こちらはやはり、あなたのなのですね?」
「――え? ……あ、はい」
スタンがルーティに一歩身を乗り出したとき、するりとディムロスを手渡した。
『一時はどうなることかと思ったな』
『本当にね。このお嬢様も、私たちをどうするつもりなのか怖かったけど』
マスターの手に戻り、二人とも安堵の声をもらす。
「まぁ、代わりに、なんか厄介ごと背負わされたけどね」
「しかも、あのクソガキと一緒」
ルーティがちらりとリオンを見て吐き捨てる。
『無事ならそれでいい』
『そうね、それ以上望むことはないわ』
「ヤケに優しいじゃない、今日は」
アトワイトの珍しいセリフに、ルーティが茶化しを入れた。
『あれだけ心配させられると、どんなにどうしようもない子でも、こうなったのが思いっきり自業自得でも、そう思っちゃうのよね』
さりげなく入れられたきつい言葉に、ルーティは頬を膨らませ、スタンとディムロスは苦笑する。
「あの〜……」
ふと、リラが不思議そうな顔で声をかけてきた。
「お話がよくわからないのですけど?」
「ああ、そっか。ソーディアンの声」
「なるほど」
申し合わせたようにスタンとルーティが顔を見合わせ、次に手許の相棒に視線を移す。
「さてリラ様、私はこれからこの者たちに用がありますので、これで失礼させていただきます。
リオンと、君たちもついてきなさい。マリアンもだ」
「はい。私も七将軍の方たちとお話がありますので」
リラはにっこりと会釈をした。
王城の奥にある、窓もない会議室に通される。この室内の声は、扉の外にも漏れないように設計されているのだ。
今はいたって平和だが、セインガルドは数十年前には隣国アクアヴェイルとの戦争が激しかった。向こうに先代の公王が即位した際、その戦争は事実上終わったが。この部屋はそんな時代の遺物だろう。
「大げさよね、こんなところ」
中央の円卓に手をつき、部屋をぐるりと見回してルーティがつぶやく。
「いや、実際にこの部屋が造りに相応しい扱いを受けることは、この数十年間なかったのだよ。だから別にここを使っても、誰も怪しいとは思われないさ」
「あ、そう」
言うなり、ルーティは手近な椅子の早々と腰かける。その反対側にヒューゴ、彼の隣にリオン。マリアンはヒューゴの後ろに控えたまま。スタンとマリーも、ルーティを挟んだ両側の席に着く。
「さっさと本題、どうぞ」
「君たちにしてほしいのは、まず、ストレイライズ神殿の状況視察だ。
先日、総本山のある山のふもとの村で、ひどく衰弱した神官が保護された。神殿で何かが起きていると言っていたらしい。事実その少し前から神殿のある山に出没するモンスターの数が突然激増してもいる。参拝もままならないほどにな。
ストレイライズ教団を統括するマートン大司教に会い、何が起きたのかを確かめるのだ。だが、万が一ということもある。大司教がいなければ誰でも構わない。
そして、もし“何か”が起きていた場合、全力を持って阻止すること。その際の手段は問わない」
「何か…ってなんです?」
「それは現場の判断による。リオンの指示に従ってもらうことになるな」
その言葉に、ルーティが露骨に嫌そうな目で、リオンを見やる。
「子供にそんな大事なことを任せちゃって大丈夫なのかしら?」
「おい」
「なによ、正直な感想を言っただけよ」
二人のやりとりに、ヒューゴは笑って、
「リオンの技量は七将軍に次ぐほどだ。心配には及ばんよ」
「それはそれは! とっても頼りになることで!」
ヒューゴの言葉に、つまらなそうに言い捨てるルーティ。
「貴様らこそ、僕の足を引っ張るなよ」
しばしにらみ合い、両者ほぼ同時に顔を背ける。
『これは苦労しそうだな』
「そーだね……」
『頭痛の種が……』
険悪な二人に、スタンたちは別の意味で前途多難になりそうな予感がする。
「君らの成功を祈っているよ。
では、城門までマリアンに案内させよう。頼むよ」
「はい。みなさん、こちらへ」
見た目のわりに意外と軽く開いた扉をくぐり、マリアンの先導で複雑な城の廊下を抜けていく。
「ぅわ、さすがに、お城は複雑ね」
廊下の所々に飾られた美術品を眺めながら、ルーティは感嘆の声ももらす。
敵に攻め込まれにくいようにという配慮からだろうか。城内はさながら迷路。ここで先ほどの場所に戻れと言われても、すぐに戻れるかどうか。
地上の部分はかなり増改築をしたらしいが、城の地下には広大な遺跡が埋まっているらしい。一説ではダリルシェイドよりも広いといわれているほどの地下遺跡だ。
回廊を渡って別館へ抜け、そこから城の中庭へと下りた。
正方形の狭い石畳の上に置かれた噴水の向こうに、東門が見える。確か、東門は街の外壁の門に一番近かったはずだ。
「それではみなさん、お気をつけて」
「行くぞ」
マリアンの声にかぶせるように、リオンが先へ促す。
だが、城門をくぐって幾ばくも行かぬうちにはたと立ち止まり、
「用事を思い出した。しばらくここで待っていろ」
そして、こちらの返事も待たずに踵を返す。門の影に消える直前、不意に振り返って一言付け加えたが。
「逃げようとしても無駄だからな」
その背中に向けて、ルーティが思いっきりあかんべをしたのは、言うまでもない。
しかし、しばらく不機嫌だったルーティはやおら何かを思いついて、
「ね。ね、スタン。ちょっとちょっと☆」
満面の笑みを浮かべたのであった。
「マリアン!」
まだ噴水のそばにいた彼女に、リオンは声をかけた。
彼女は驚いたように手を口元にそえる。
「どうしたの?」
「マリアンにしばらく会えなくなると思ってね。
…挨拶、するのを忘れていた」
言いながら、リオンは小さな噴水の隣まで歩く。
弾ける水の音と匂いがした。
「…それだけのために?」
「そうだけど」
当たり前じゃないかといったリオンの言葉に、マリアンは小さく笑みをこぼす。
「仕方のない子ね。そんなでは、ヒューゴ様に叱られるわよ」
「――っ………」
マリアンの言葉に、リオンは何かを言いかけるが寸前で思いとどまる。
そして、何事もなかったように、
「……それじゃあ、行ってくるよ」
「気をつけてお行きなさい、エミリオ」
そっと、彼女の左手が頬に触れる。リオンが片時も外すことのない、鈍い金のイヤリングをしていない側に。
「大丈夫だ。心配いらない。シャルティエがいるから」
すっと身体を後ろに引き、そしてくるりと身体を反転させる。が、石畳から出たあと、顔だけマリアンの方を振り返る。
「なに?」
笑顔のまま首を傾げる彼女に、
「…………なんでも…ない」
つぶやきだけを残し、門まで走っていった。
三度(みたび)門をくぐり、そこに三人の姿を見つけたリオンはぎょっとする。辛うじて表情には出なかったが。
門のすぐ脇で、城壁にもたれかかって待っていたのだ。
「どこに行ってたのよ?」
「…僕の勝手だろう。いちいち教えてやる義理はない。
出発するぞ」
市街地の終わりに向かってすたすた歩き出すリオン。
スタン、マリーが続いて、ルーティは――
「シスコン」
ぴたりと立ち止まったリオンを見て、ルーティがニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。見ていたのだ。門の陰から。さすがに、噴水の音で声は聞こえなかったが。
「マリアンは僕の姉じゃない。孤児だった僕の面倒を見てくれた人だ。第一、貴様らには関係ないことだ」
「…………」
リオンの言葉に、ルーティはしばし空に視線をさまよわせ、
「じゃ、マザコンか」
「…………………………………うるさい女だ」
怒りを押し殺した声で、言うが早いか。
「ったぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっい!!!!!」
ルーティが金切り声をあげ、目尻に涙を浮かべて左手首を押さえた。
「あんた! いきなりなにすんのよ!!?」
どうやらあの例の装置のようだ。電流はほんの一瞬で、かなり弱めにしてあったようだが。火傷はしていないようだと、アトワイトはこっそり確かめている。
「もう一回喰らいたいか?」
「…………こ、このぉ………!!」
悔しさと怒りに燃え上がる目で、リオンをにらみつけるが、
「何か言ったか?」
「いーえっ! なぁーんにもっ!!」
『あーあ〜……』
『ふむ……』
「予感…的中だな……」
この様子では、何かあるたびにやらかすだろう。
三人は、二人の神経を逆なでしないように、こっそりとため息をもらした。
「どう思います?」
アシュレイが東門から視線を戻し、問いかける。
南東に面した、大きなバルコニー。
そこに、七将軍が集っていた。文武両道に長けた者から特に選ばれた七人で構成される、国王直属の将軍である。
「さて……ありえないとは思うのだがな」
一人が、判断がつきかねているといったように、眉をひそめる。
「どう思う、ロベルトは? あの人たちのことは一番よく知っていよう」
「………どっちも符合が多すぎる」
続けられた問いに、手すりをきつく握りしめた一人がつぶやくように答えた。
「けれど、ありえない。…許すはずがない。もし、もしも気づかれれば、同じように殺されるかもしれないんだ」
首を振り、強く苦しげな声で否定を口にする。
「殺されるって……あの、話が見えないんだけど?」
そこへ七将軍の紅一点であるミライナが、物騒な単語に怪訝そうに口を挟んだ。
「同感だ。さっきから、いったい何を言っているんだ?」
その隣で、七人の中では割と年少であろうもう一人も頷く。
「いや、なに。昔のことでな」
見るからに最年長といった一人が二人をなだめに入った。
「昔のこと?」
「十年以上前のことです。兄さんも生きていたし、七将軍も結成されてすらいませんでしたからね」
アシュレイが懐かしげに微笑んだ。どこか、苦いものがまじっていた。
「ならアスクスも、仕官すらしていなかった頃ね」
隣の彼――アスクスにミライナが言う。
「そうだな。イスアードもまだアクアヴェイルにいた頃だったか。だが、そんな昔のことが、どうかしたのか?」
「――…ずっと昔のこと、か………」
苦々しげにつぶやかれたロベルトの言葉に、アシュレイが遠くに視線を上げる。
「そう……昔のことなんです。それが今になって………。
出来過ぎていますよ。まるで、仕組まれているみたいだ」