五章 砂漠の国
「んじゃ、配るわね」
よく切ったカードの束から、一枚ずつ、ピッと滑らせた。
「カルバレイスにだと?」
多少の驚きを含み、ヒューゴが言い返す。
「はい。残されていた手がかりから、カルビオラの神殿へ逃げた可能性があります。もとより、ヤツらがセインガルドに潜伏していることはまずないと思われます」
淡々と事務的に、リオンが告げた。ヒューゴは横に置いてあった資料を数枚めくり、
「ふむ……確かに、ちょうどその頃に教団所有の船が二隻出ていたようだ。カルバレイスに向かったと、登録されている。
急ぎカルバレイスへ行ってくれ。船を準備させよう。国王への報告は私がしておく。向こうとの連絡も取っておかねばな」
五枚ずつの集まりが四つできた。
「はい、見ていいわよ」
照りつける太陽。
ねっとりと絡みつく熱い空気。
「暑い」
据わった目で、何度目かのその科白である。
「暑いったら暑い! 干涸らびちゃうじゃないの!」
セインガルドのある第一大陸の北西に位置する第二大陸は、そのほとんどが火山と砂漠に占められている。大陸一つでカルバレイスという一つの国ということだが、実質はセインガルドの植民地らしい。砂漠気候のこともあって、国民の数も街の数もそれほど多くなく、港もここチェリクの一つのみ。
「騒ぐな、うっとうしい」
さすがにリオンも少しまいってるらしく、声に疲れがみえる。
「ぁんですってぇ!? 暑いから暑いって言ったのよ!」
セインガルドと同じ太陽なのかと疑いたくなるぐらい、カルバレイスに降り注ぐ太陽の光は熱い。本当に、熱い。
「すぐにケンカ始めるなよ、暑苦しい」
止めるスタンも、なげやりだ。
「で、神殿って?」
「はい、このチェリクの北にある首都、カルビオラにあります。
…あのぉ、大丈夫ですか、マリーさん?」
「………暑いのは……ダメだ……………」
マリーは完全にまいっていた。地元人でなくては平気で歩くなんて無理だろう。
「神殿よりも先に、行っておく場所がある」
リオンが顎を前方にしゃくってみせた。
「少しは涼めるだろうしな」
残りのカードは、真ん中に置かれた。
「じゃ、始めましょうか☆」
リオンに連れられていった先は、オベロンのカルバレイス支社だった。
張りついた笑顔と冷たい視線の女性に案内され、外と比べればだいぶ涼しい、地階の書斎に下りる。
「リオン、よく来てくれた。だいたいは総帥から聞いている。なにやら大きな荷物を追いかけているそうだが」
書斎の主は、リオンを見るなり笑みを浮かべ、大きな椅子から立ち上がった。
ここまで案内してきた女性が無言でバルックに一礼し、階上へ戻っていく。
「それにしても、また、ずいぶんと大所帯だな」
「気にするほどの連中じゃない」
対して、リオンは一言で片づける。
「おいおい……」
「その一言で片づけるつもり……?」
「あの〜、紹介を求められているような気がするんですけど……」
呆れ声で、次々と。
「相変わらずのようだな、リオン。
私はバルック・ソングラム。基金の運営と共に、オベロン社カルバレイス方面支部長という身に余る職務を拝命している者だ。以後、よろしく」
そっぽを向いたリオンを眺め、バルックが苦笑混じりに言った。
「スタン・エルロンです」
「フィリア・フィリスと申します」
「私はルーティで、こっちはマリー」
それぞれ、会釈する。
「ほう……若いながらなかなかいい眼をしている」
順に眺め、目を細めるバルック。
「なかなか、リオンに認められているようだし、今後が楽しみというところだな」
「えぇ〜っ?!」
バルックの言葉に、ルーティが声を上げた。
「そうですか?! 全然、偉そうですよ、コイツ」
スタンも同意する。
疑問、疑問、疑問。
「相手を対等と認めてこそ、張り合うもの。格下の者相手に熱くなったりはせんだろう」
笑って答えるバルックに、
「冗談もたいがいにしてくれ。馬鹿馬鹿しい」
リオンが不機嫌この上ないといったような顔をする。
「やっぱり腹立つ」
「本人はいっこうに認める気はないようだな。負けず嫌いというのは別に悪くないがな、上を向いている限りは。
まぁ、リオンの非礼は私が詫びるということで、よしなにしてやってくれ」
「バルック!」
もういいかげんにしろと、リオンが声を張り上げた。バルックは一笑して、
「ん? ああ。こっちも、数日前からレンズ運搬船が襲撃を受けているなんていう問題を抱えているしな。そろそろ本題に入るとしようか」
「半月ほど前だ」
「詳しく教えてくれないか。通信ではあまり穏やかではない話はできないんでな」
バルックが詳細を求め、リオンはちらりと後ろのスタンたちを盗み見るが、
「大きな荷物というのは六メートルほどの……神の眼だ」
躊躇いがちなその言葉に、バルックの表情が強ばったものになる。
「神の眼とはな……表舞台に出る前に片づけようということか。なるほど、直接聞くように指示が来るはずだ」
軽く首を振り、バルックは机に置かれていた一枚の書類に目を落とす。
「十四日前、教団所有の大型船が二隻入ってきた。かなりの人数の神官がカルビオラの神殿に向かったらしい。巨大な荷物については何も聞いていないが」
これはかなり怪しい。
「やはり神殿か……詳しい場所を教えてくれ」
一斉に手札を改めた。
「あら………」
チェリクにほど近い、大きなオアシスと広大な砂丘に挟まれた、カルバレイス首都カルビオラ。
「ねぇ、なんでこんなに冷たいワケ?」
まとわりつく視線をうっとうしげに感じつつ、ルーティが声を潜めて言った。
「何が?」
「視線よ、視線。敵意こもった視線があっちこっちから」
何かを払うように右手を振る。チェリクの町中でも感じていた。支社での案内役の女性もそうだ。視線の主は、服装からするとどうもカルバレイスの現地人らしい。
「――まぁ、な」
さっと周囲に視線を走らせる。と、慌てて明後日の方を向く人間も見られた。
「何でかしら。ま、田舎者に答えは期待してないから」
「……また、それかよ」
場をなだめるように、フィリアが割り込む。
「カルバレイスは、古代の天地戦争終結後、生き残った天上人の流刑地とされたそうです。過酷な生活を強いられたそのため、排他的な風潮があるそうですが……」
『そんなことになっていたのか』
『ある程度は仕方ないとはいえ、ね〜……』
フィリアの言葉に、ディムロスとアトワイトがつぶやく。
『そうか。わしらが戦後処理で騒いでおった頃は、おまえさんらは研究所におったんじゃったな』
「研究所?」
『ソーディアンの開発研究所。第一大陸にあるんだけれど』
シャルティエも口を挟んでくる。
「何故そんなところにいたのですか?」
『することっていったら、一つあるでしょう?』
アトワイトの言葉に、一瞬、沈黙がおりる。
「……元に…戻るため?」
『そうだ』
スタンの控えめな声に、ディムロスはきっぱりと応える。
『まぁ、結局はこの通り、不可能だったんだけどね』
『開発自体かなり杜撰だったから、逆転するにはデータが少なすぎたんだ』
『で、わしらはそれぞれ選んだ場所で、眠りについたんじゃ』
言葉が消えた中、それが響く。
『起きていても、しょうがないからな』
五枚捨て、山から五枚取った。
「……………ぉ」
正攻法でいってみましょう。
「すみません。総本山に勤める司祭、フィリア・フィリスという者です。いくつかお訊ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
カルビオラの外れの高台に立っている神殿は、玄関ホールの両脇に、大聖堂のある二階への階段がせり出している。
総本山地下で見つけた見取り図によれば、やはり大聖堂の地下には有事の際の隠し部屋があるらしい。かなりの広さがあるらしく、神殿のさらに向こう側、砂浜の外れに開いた大洞窟へと続いてもいるようだ。神の眼を運び込むならばそこしかないだろう。神殿の入り口は神の眼には狭すぎる。
それにしても、神殿はカルバレイスの民にとっては敵国セインガルドの象徴のようなものらしい。誰も神殿の動きなど気にもかけない。時折、憎しみのこもった眼差しで立派な神殿をにらむ貧しい人々が見受けられた。
「これはこれは、遠路はるばる御苦労様です。司祭様」
階段の前に立ちふさがる二人の神官が愛想よく応える。
「二週間ほど前こちらを訪ねられた神官たちの中に、グレバムという者はおりましたでしょうか?」
やわらかな笑みを浮かべたまま、いきなり核心をつく。
「参られたのは神官位の者だけです。遺跡に関する書類をあずけられていきました。総本山の方にモンスターが増えて、たどりつけそうにないと仰られましてな」
「その中に、大司祭様などいらっしゃいませんでしたな」
「そうですか」
なめらかでよどみない二人の神官の応えに、フィリアはにっこりと笑顔で、
「では、間違いだったようですね。失礼いたしました」
閉められる扉の音を後ろに、フィリアは神殿の敷地外へ出る。そしてそのまま早足で高台を下り、街の中まで戻ると、目指すカルビオラ片隅まで、黙々と足を進めた。
「ちょっとちょっと、あっさり引き下がっちゃっていいの?」
神殿からは見えず、人の行き来もほとんどない街の死角で、戻ってきたフィリアを迎えるなりルーティが言った。
「はい、あの神殿は黒ですわ」
「――は?」
いきなり跳んだ話に、ルーティが疑問を浮かべる。
「私はグレバムとしか言ってません。なのに、あの神官はグレバムが大司祭であることを知っていました」
「大司祭の名前ぐらい、知ってたっておかしくないんじゃないの?」
「無知が。大司教や司教じゃないんだ。他の神殿の連中が、総本山の大司祭の名前なんかいちいち知っているものか」
トゲのある声音に、ルーティがカチンとくる。
「なによ!」
「リオンさんの仰るとおりですわ」
他の神殿では最高位になる大司祭――最高司祭とも呼ばれる――だが、総本山にはさらに大司教と司教がいる。その下の大司祭などは何十人といるのだ。視察に来た者の名ならともかく、その他までいちいち知っているとは思えない。そしてグレバムは“その他”に含まれる大司祭位の者だ。
「グレバムはどちらかといえば研究者だったので、視察などには出ていません。この十年以上、カルバレイスで遺跡の調査などがあったこともありません」
「つまり、グレバムと何かあるってことね?」
「おそらくは」
「じゃ、どうする? 見つけださなきゃなんないんでしょ?」
『ふぅむ…ここは正攻法に、忍び込むなどというのはどうじゃ?』
ひょいとクレメンテが口を挟む。すると、
『正攻法…なんですか?』
『どーだろーねー』
『ま、お約束といったところか』
「お約束、かぁ……?」
「よろしいのではないですか」
「面倒がなくていい」
「決まりよね」
口々に話す中に、反対する理由もないそうだ。
一枚を場に捨てる。
「――ぁ」
夜から潜入開始。それまでは。
「おいおい……」
「いいんですか、あのままで」
半ば引きずられるようにずりずり引っ張られているスタンとフィリア。引っ張っているのは、眉を逆立てているルーティ。このうだるような暑さに完全に参ってしまったマリーは、待機場所とした宿屋に残っている。
「いーの! ぁあっ! もう! 腹立つわ、あのガキ!!」
わめき散らす彼女に、さわらぬ神に祟りなしとばかりに肩をすくめる後ろの二人。アトワイトの哀しいため息が聞こえてきた気がする。
「あんたたちだって、そう思うでしょ!!?」
ギンッと振り返ったルーティに、二人は即座にこくこくと頷く。
「なんなのよ、騒動起こされたら面倒ですって!? 部屋で大人しくしてろですって!? ただでさえ、こんな面倒な仕事につきあってんのよぉ! まったく、ジョーダンじゃないわよぉっ!!」
ひときわ大きな声で叫んだので、驚いた周りの視線が集まるが、本人はまるで気にせず、深呼吸一回。
「あー、ちょっと気が晴れた」
ただ単に、暑さで苛ついていたところに火がついただけなんだろうが。
『この子は怒らせた方が問題起こしやすいのにね……』
アトワイトがしみじみとつぶやいた。
「なんか言った?!」
耳ざとく柄に手をかけるルーティだが、
『いえいえ。別に、何も言ってないわ』
アトワイトは素知らぬふうにさらりととぼける。
「ま、いいわ。とにかくあのクソガキ、いつか見返してやる!」
ぐっと右拳を固めるルーティであった。
「といっても、どうしようかな〜……」
外にいても暑いだけ、ひとまず適当に酒場に入ったのだ。
グラスにそそがれた生ぬるい水を置き去りに、ルーティは、アトワイトに言わせれば言葉で叩きのめしたスタンの長い髪をいじって遊んでいる。
好意的とはお世辞にも言えない周囲の視線も、無視するのに慣れてしまえばまったくお構いなしである。
「ところでさ、暑っ苦しくないわけ、こんなに長くて?」
金髪を一束掴み、べろーんと持ち上げて言った。
「ガキんときから長かったからな〜、よくわかんねぇ」
カウンターに突っ伏したままスタンが答える。
「願掛けか何かですか?」
ルーティを挟んで反対側から、フィリア。
「ん〜…。親父もお袋も金髪で、長かったけど」
『真似か』
「さて、なぁ」
小さく笑って、木製のカウンターに浮いた粉を軽く吹き飛ばした。
「ね、くくってみない? フィリア、何か持ってない?」
ちょうどいいおもちゃを見つけたように、目を輝かせるルーティ。
「はぁ……こんなものならありますけど」
細い紐を受け取ると、嬉々として、手櫛で金髪を整え出す。
「人の髪で遊ぶなよぅ……」
抵抗にはほど遠い、気の抜けた声をスタンが上げるが。
「いいじゃない、減るもんじゃないし」
乾いておさまりの悪くなった髪に、ふとルーティはグラスの中の水に指を浸し、髪を軽く湿らせた。
「ルーティさんは髪を伸ばしたことはないんですか?」
「あたしは小さい頃からずっと短かったの。長くしたことなんてないわね」
だから、他人の髪で遊びたがるのだろう。
「フィリアは? 綺麗な髪よね。光に透けるとプラチナブロンドみたいでさ」
「あ…あの、母譲りなんです」
赤くなるフィリアに、
「ふ〜ん、母親、ねぇ〜……。フィリアの両親ってさ、どこにいるの?」
「ダリルシェイドの神殿に勤めております。ほら、出立の前に、皆さんで行かれたではないですか」
「――あ、ああ! あの綺麗な人! そう言われてみるとフィリアに似てたかな」
一応公なために他人行儀だったから、気づかなかった。
「あ、じゃね、スタンのは? 故郷ではどうせ一緒に住んでたんでしょ? どんな人?」
「え?」
振り向いたスタンはしばし虚空に目を向けて、
「ん……そーだな、見た目だったら、俺、どっちにもよく似てるんだってさ。どんな人かってのは……よくは覚えてないなぁ。でも、優しかったよ」
「は?」
伝聞、過去形。その言い方にひっかかる。
「どっちもな、ちょっと……さ」
ふと、上を視線で指した。
そのままに酒場の低い天井を見上げてから、ルーティとフィリアは不思議そうな顔をスタンに返す。
「……天井がどうか?」
「もっと上」
「空になるじゃない」
「……もっと、ずっと上…かな」
あ……
すとんと力が抜け落ちた。
「気にすんなよ。もう昔のことなんだからさ」
スタンはそう言った。
それきり、声が途切れる。
気まずい沈黙。
「俺には、リリスも叔母さんも祖父ちゃんもいたから。
で。そういうルーティはどうなんだよ? 母親似?」
触れてはいけないのだ。
なにも、なかったことにするのは、言葉だけなら。
「あ、あたし? …あたしはね、一人っ子なのよ。小高い丘の頂上にある豪邸で、箱入り娘として育てられたわ」
「…へ? なぁ、おい――」
「父は王国屈指の大商人、母は王族の血を引く、高貴な出! 千人のメイドに囲まれて、あたしは何不自由なく暮らしていたの♪」
「あの〜、もしもし? ルーティさん…?」
「でもねぇ、窮屈な社交界が嫌になって、あたしは家を飛び出したのよ!」
スタンとフィリアは顔を見合わせ、
「そーだったのか〜……」
「人は見かけによらないものなのですね……」
しみじみ言い合うと、
「な〜んてね☆」
いきなり、ルーティがぱっと手を開いた。
『信じちゃダメよ、デタラメなんだから』
アトワイトの言葉に、
「おいおい……。ホントのところ、どうなんだ?」
「え〜? さぁて、どうだったかな〜?」
立ち直って聞きなおしても、彼女は答えをはぐらかす。スタンとフィリアはもう少し突っ込んで聞いてみようと思ったが、
「あなたたち、異国人?」
カウンター向こうの少女が話しかけてきて、タイミングを逸してしまう。
「ええ、そうよ」
「この国に来て驚いたんじゃない? 異国人への風当たり、よくなくて」
少し声を落として少女が話を続けた。
実際、スタンたちが入ってきてから人はどんどん出ていっていた。
「あなたはそうじゃないみたいね?」
少女の言葉を肯定しつつ、聞き返す。
「私の母も外から来た人だったからね」
少し、哀しい笑み。
だが、納得がいく。だから話しかけてきたのだろう。周りの人が皆いなくなった時を見計らって。
「ちょっと、いいかな? この国の人間にはできない話なんだ。だから聞いてくれるだけでいいの。誰かに聞いてほしかったの」
「私たちでよろしければ」
「さっきも言ったけど、私の両親は外の人間の母とここの人間だった父なの。もちろんこの結婚はやっぱり街の人総出で大反対で、二人は駆け落ちまでしようとしたんだよ。ううん、一回したの。失敗したけど。それぐらい、二人は本気だったのよ。
でも、父が事故死したあと、母は追い出されちゃったの。だから、私はお母さんの顔もあまり覚えてない。
この島の人っておかしいと思わない!? 島民以外は仲間じゃない、話をする価値もなにもないなんて考えなのよ!
……こんな島、なくなってしまえばいいのに」
そうすれば、こんな思いもしなくていいのに。
「……でも、結局私もここから離れられないの。バカみたいな話でしょ」
自嘲的な笑みを浮かべて、締めくくる。
「でも、このままでいるわけにもいかないんでしょ?」
しばらく彼女を黙って見つめていたルーティが、やおら言った。
「親はやったのよ。なら、あなたにだってできるんじゃない?」
「……わからないの。本当に、それでいいのか」
うつむいて、弱い声で少女が返す。
「まどろっこしいわね! しっかりしなさいよ! そんなんじゃ、なんであたしたちにそんな話したのよ?!」
だんっとルーティがカウンターを叩く。
その表情は、真剣な怒り。
「……あなたって強いのね。羨ましいわ。私には捨てる勇気がないんだ。…なにも失わずに、でも全部手に入れたいなんて虫のいいこと思ってるのね」
五枚の手札とにらめっこ。
「…………………………弱い」
一般的な砂漠の特徴にもれず、しっかり冷え込む夜。
「なんか、腹立つわ………」
丘を大きく回り込んだ先、砂浜との境を横切る崖に穴がぽっかり開いていた。神殿に通じている、洞窟である。
「何がだよ」
「別に」
ちらりと、リオンの方を見やる。
『小さな子供じゃないんだからぁ』
呆れた声でアトワイトがささやいてきた。
「わかってるわよ」
だから、口には出していない。
「いつまで遊んでいるつもりだ。早く来い」
「はいはい!」
それでは、二枚引きましょう。
「……ふ☆」
無用に大きい扉を細く開けて、中をうかがう。
それまで長々と続いていた、整えてはあるが岩肌の道から一変、中は石造りの建物に変わる。灯りはついていないので、中の様子はよくわからないが。
「神殿の中……みたいだな」
「なにもないようだな……」
布をまいて光を抑えた携帯灯で、周りを照らしてみる。
石の床が淡い光を映した。
部屋の中央には、しかし丸太を組んだ即席の台座らしき物が居座っているだけだ。
「見取り図からすれば、ここのはずでしょ?」
洞窟直結のはずだ、隠し部屋は。
リオンがさっさと台座もどきの側まで入り込んでいくと、
「そこで何をしている!」
突然、部屋の向こうから大声が響きわたった。
「あ、見つかったかしら」
「どうするかな」
別に慌てる必要もないだろう。
もしかしたら、かえって都合がいいかもしれない。
一枚捨てて、一枚引いた。
「……止めるわ☆」
部屋の灯りがつき、大聖堂側から神官服の男が十数人現れた。先頭の男が、おそらくここの大司祭――最高司祭だろう、神官服が他と違う。
「ネズミが紛れ込んでいたか。まさか、こんな所まで嗅ぎつけてくるとはな……だが、残念だったな。貴様らが追いかけているモノは、もうここにはないのだよ」
高飛車で、驕慢な態度で最高司祭が言い放つ。
一瞬周りの皆と顔を見合わし、スタンは言葉を選んだ。
「じゃ、神の眼はここにあったんだな」
「その通り。だが、グレバム様の手によって再び運び出されたのだ」
予想通りと、ルーティは心の中で笑みをこぼす。
「やはりグレバムはここにいたのですね!」
何かを言いかけたリオンをさえぎる形で、フィリアが口を開いた。
「ん? ……そうか、貴様は昼間に来た司祭だな!」
最高司祭のそばの一人が声を上げる。
「どうも怪しいと思っていたが、偽物か!」
「! 偽物とはあなたたちの方ですわ!」
負けじと言い返すフィリア。
「偽物だと!? 我々はれっきとした、ここカルビオラ神殿に勤める者よ。私も、本物の最高司祭だ。
我等はグレバム様の理想に――神の眼が世界を制するという言葉に恭順を示したまで。そして、世界が征服なされた暁には、カルバレイスの愚民どもは我々が統べる。
大いなる神の力の前には、人間など虫けらも同然ということを思い知らせるのだ」
「あなたも人間の一人ではないですか!」
「我々を愚民どもと同じにしてもらいたくはないな。言うなれば、神の寵愛を受けた選ばれし民なのだ」
「そんなことはありません! 神の愛とは、すべての者に平等ですわ!」
「神の道とは、貴様のごとき小娘に理解できるほど浅きものではないのだよ」
「いいえ、神は――」
「いいかげんにしろ!!」
ずっと焦れに焦れていたリオンがついにキレた。
「禅問答なんかしてる暇はないんだ!
おい、貴様らザコに用はない。大人しく答えれば見逃してやる。グレバムは、いや、神の眼はどこだ?」
「さあて…、知らんな。もっとも、知っていたとしても教えるわけはないがな。
我々は待つだけでよいのだよ。グレバム様の従えるモンスターの大軍が世界を席巻していくのを」
勝ち誇ったように、最高司祭がしゃべる。
「モンスターの大軍ですって?」
少々予定は狂ったが、これならまだまだいける。
「モンスターの源を知っているかね? そう、レンズだよ。オベロン社が集めてくれたレンズを奪い取り、モンスターを生産するのに使用するのだ」
『モンスターを生産するだと?!』
『そんな技術、残っているはずがなかろう!』
『今の技術力で開発できるようなものでもないのよ!?』
ソーディアンたちの驚きは最高司祭に聞こえはしない。
代わって言おうとしたフィリアだが、最高司祭が再びしゃべり出す方が早かった。
「そうなれば、あとは時間の問題だ。疲弊し弱体化した国々を、グレバム様は神の眼の力で従えるのよ」
明らかに、自分たちの絶対有利を確信した体だ。
「驚きだな。レンズ運搬船を襲撃していたのはグレバムか」
気づかれないように、そっとシャルティエの柄にリオンは手をかける。
『ちょっと、本気? それ、僕一人じゃちょっと大変だよ。……そうだな。それじゃあ、僕の合図でみんな床に突き刺さってくれない?』
声を聞かれることがないソーディアンたちが、話に加わるわけにはいかないマスターたちに代わって作戦を立てていく。
『何をする気じゃ?』
『手っ取り早く片づけるの。だから増幅してよ』
『ああ、なるほどな』
『ということは、私たちが床に突き刺さればいいわけね?』
マスターたちにわかりやすいように、アトワイトが確認する。
『そうそう。よろしくね』
そうしている間も、最高司祭はしゃべり続ける。
「セインガルドへのレンズ供給を妨害する。それだけでも十分意義あるものだ。合理的ではないか。手駒を増やしつつ、それがそのままセインガルドへの抑えになるのだからな。
さて、おしゃべりはここまでにしようか。グレバム様の邪魔をさせるわけにはいかんのでな、貴様らには消えてもらう」
長い長い演説を終えると、最高司祭がさっと腕を振り上げる。
『――今!!』
ほぼ同時に、シャルティエも合図を出す。
マスターの手によって素早く抜きはなたれたソーディアン四本は、そのまま床に突き立てられた。刹那――
「ぅわわぁああぁっっ!!?」
前方から悲鳴がいくつも上がる。
神官の一団をすっぽり囲む形で、何本もの石柱が床から伸びてきたのだ。一本の太さは大人が一抱えして余るほどある。石柱はそのまま天上に突き刺さったところで、やっと動きを止めた。天上からパラパラと石材の欠片が降ってくる。
『はい、終わり』
「こんなザコども、いちいち相手にしてられるか。
後始末はバルックにでも任せよう。先を急がねばならないしな」
リオンがシャルティエを鞘に戻す。
「次からフィッツガルドか〜」
スタンがやれやれといったように伸びをした。
それは石の牢獄とでも言おうか。
とにかく、その一瞬で勝負はついた。
「やっぱ強いなぁ〜」
そのままスタンは座り込むと両足を投げ出し、リオンに笑いかける。船の縁に背を預け、大きく深呼吸。
「ふん、お上りのわりにはできる方だな」
すぐそばにあった大きな荷箱に深く腰かけ壁にもたれかかると、リオンも大きく息をついた。
『二人とも、完全に本気だったでしょう…?』
『ったく……』
それぞれの手許から呆れたような声が上がる。シャルティエもディムロスも、抜き身である。
「莫迦を言うな。誰が」
「そうかなぁ〜?」
すぐさま否定するリオンを、スタンが疑わしげに見上げた。
「そんなことより――」
「あら……スタンさん。その頬、どうしたのですか?」
まさにリオンの言葉をさえぎるタイミングで船室の扉が開き、フィリアが顔を出した。
「ぁん?」
言われて思わず頬に手をやると、その指先に血がついた。
「あ、さっきのだな」
かわしきれなかった切っ先がかすったのだろう。ぱっくりと開いた傷は、まだ乾いていなかった。
『なんじゃ、試合っておったのか』
「大丈夫ですか?」
駆け寄ってきたフィリアがその手を見て目を見張る。右手の人差し指と中指の、第二関節と指の付け根の間である。皮がずる剥けたようになっていて、血が滲んでいたのだ。
「こっちは……峰で殴られたヤツだよな」
『リオンの方が身軽だな』
スピード負けしていたことを思い出し苦笑するスタンは、傷にフィリアが取り出したハンカチを当てようとしているのに気づいて慌てて手を引っ込める。
「いいよ、こんなのたいしたことないから」
「ですが……!」
なおも食い下がるフィリアに、
「いいって。血で汚れたらなかなか落ちないだろ」
船旅で真水は貴重品である。そうそう自由に使える物ではない。
「この場合、アトワイトが治しちゃえばフィリアも引き下がるんじゃない?」
「ルーティさん」
陽の下に出るなり大あくびをすると、ルーティは思いっきり伸びをした。昼寝でもしていたのだろう。
『いちいちそんな、騒ぐほどでもないだろう』
「ですが――あっ」
突然吹きつけた風に、フィリアが髪を押さえる。もちろん手にしたままだったハンカチは舞い上げられ、帆柱に寄り添う縄ばしごに絡まった。甲板から手が届く高さではない。
「あ〜……」
「あ〜あ、何やってんのよ。もう」
ルーティは軽く笑うと、縄ばしごをするすると上ってハンカチを回収する。折りもおり大きく揺れた船体に足を滑らすも、三メートル弱の高さから見事に着地を決めた。
「ぅわ、あっぶな〜い」
本人がいたって気楽にそんなことを言うと、
「ルーティさんってまるで猫のようですね」
ハンカチを受け取ったフィリアがお礼の後にこんなことを言った。
「猫ぉ〜?」
思わぬ言葉に、ルーティが素っ頓狂な声を上げた。
「はい。そんな感じがします」
「ふ〜ん……狐って言われたことはあったけどぉ……悪い気はしないな、フィリアからなら特に」
ほんの少し照れをのぞかせてルーティがつぶやくとすかさずアトワイトが、
『狐の方が似合ってるわよ』
「ぁによ。誰もあんたには聞いてないよーだ。
…フィリアだったら何かな?」
「え、私ですか?」
「白鳥なんてどう? ね、スタン」
「え? なにが?」
完全に蚊帳の外を決め込んでいたスタンは急に話を振られて、間の抜けた声を上げる。
「聞いてなかったのぉ? これだから田舎者は」
「いちいちそれ言うなよ。えっと…」
『動物にたとえるなら、だろ』
「あ、フィリアが白鳥って?」
猫がどうのとかいう辺りまでは聞いていたので、ディムロスの助け船でなんとか筋がつながった。
「白鳥って冬に来る、あの真っ白な鳥だろ。ああ、あってるかも」
「あたしも、何か動物になれるならそういう綺麗なのになってみたいなぁ」
「あら、黒猫も美しいと思いますわ、私は」
さらりと――特に深い意味はないのだろうが、フィリアがそう言って、ルーティはきょとんとする。が、すぐに立ち直り、
「スタンなんかは犬っぽい感じがあるよね。小さくてころころしたヤツ。なんとなくだけどね」
言われたスタンはまっさらな瞳を不思議そうに瞬き、
「そうかなぁ……? あ、なってみたいんだったら、俺は鳥かな。それも渡り鳥みたいな。やっぱ、一度はあんな風に飛んでみたいじゃんか」
『渡り鳥……?』
「あ、それもいいな〜。
ねぇ、リオン。あんたは?」
まだしびれが抜けきらない左手首を解すように振っていたリオンが、はっと顔を上げる。
「何がだ?」
「あんたも聞いてなかったのぉ〜?」
やれやれといったようにルーティは大きくため息をついてみせるが、
「もし動物になれるんだったら、なんになってみたい?ってコト」
「もし……?」
どこまでも高く澄んだ青空。
白い翼が遙かを滑った。
「………鳥。何にも縛られなくていいからな」
「あらあら、詩人さんですコト〜」
ルーティが茶化すと、
「特に、おまえらのようなガキのお守りからとかな」
リオンは口の端を歪めてしっかりと切り返した。
「フルハウスよ!」
「…スリーカード止まり」
「…同じく」
次々と手札を披露していく。
「――あら、さっきのでフォーカードになりましたわ☆」
「……………え」
パラパラと、支えを失ったカードが落ちた。そこへ、
「のんきに何をやっているんだ」
憮然とした声と共にリオンが船室へ入ってきた。
「見たらわかるでしょ!」
「……ったく、つきあいきれんな。
もうじきノイシュタットに着くぞ。とっとと支度を始めろ」
「わぁったわよ!」
つんけんと言い返し、ルーティはどかどかと階下の船室へ下りていく。
それを見送って、スタンとマリーは小さく苦笑した。