永遠なんてない。


 そんなこと、わかりきっていること。
 どんなものでも、いつかは終わってしまうもの。
 それでも、このままずっと続くような気がしていた。
 いつからか、ここにいるのが当然になっていた。


 このまま、時が止まってしまえばいいのに―――






九章 祭りの終わりに






 すべて終わった。
 この旅も、終わる。
 すべて……終わってしまう……


「大司祭様……アルメリアさん………」
 フィリアはひざまずく。
 祈るは神にではなく、空へ赴いた者に。
「どうか、安らかに……」


 終わったのに。
 成し遂げたのに。
 嬉しいはずなのに。
 喜ぶことなんて、できなかった。


「マリー!!」
 城への潜入路に使った王族の脱出路の途中に並ぶ、部屋の一室。
「ルーティ、みんな。終わったのか?」
 集められた毛布に横たえられた人影の傍らで、マリーが微笑み返してきた。
「ええ! 今、ダリルシェイドに行く準備してるの」
 努めて明るく答えた。
「なら……私も行かなくてはならないか」
「いえ、マリーさんはダリスさんと一緒にいてください。
 いいだろ、リオン」
「仕方ないだろう」
「で、どう?」
 マリーのそばまで行って、ルーティが問いかける。
「ああ、だいぶ落ち着いている」
 そう、と嬉しそうに答えると、ルーティは再び癒しをかけた。
「ありがとう、すまないな。疲れているだろうに」
「いいって、いいって。でさ、サイリルに帰っちゃうの?」
「いや、ダリスが動けるようになるまではこの街にいることになると思う。
 私が覚えている限り、サイリルの被害はかなりのものだった。皆も別の街に避難していると思うし、しばらくは復興もままならないだろう」
「そっか」
 じゃ、ウッドロウに頼んでおこう。
 ちょっとした感傷は、見せないように努めた。
 マリーは一瞬だけ眉根を寄せる。訝しげに。
「おい」
 不意に、リオンが何か言いかけるが、その前にスタンにがっちり首に腕をまわされ押さえつけられた。
「な、なんだ!」
 振りほどこうともがく彼の左腕をルーティがとり、治癒の光を生み出す。あふれ出る光はやがて収束し、完全に消えたところでスタンはリオンを解放した。
「あんたねぇ、怪我なら素直に言いなさいよ」
「いつまでも気づかないなんて思うなよ」
 声を揃えて言う二人に、リオンはなにも言い返せずそっぽを向いた。
 みんな、努めて明るく振る舞った。


「こうするしか…なかったんだよな……」
 風が吹く。
 足跡に、雪と土。
 混じり合った白と黒は茶色に濁っていた。
 哀しい痕もみんな、埋もれて消えてしまえばいいのに。


 空を飛ぶ飛行竜は、その羽ばたきにあわせてゆっくりと上下する。そのために、通路には手すりが据え付けられていた。
「……間違ったな」
 右手を手すりに添えたまま、スタンがつぶやいた。その直前までの通路はいたって他と変わりなかったのに、いきなりいかにも“らしい”機関室に出てしまった。
『何をやってるんだか』
「だってさ〜…」
『さすがに、ここだけは改装しなかったようだな』
 飛行竜の心臓ともいうべきレンズ機関が造られたのは、千年の昔である。
「なんか彫ってある」
 ぼんやり見回していたスタンが、壁の一点に目を止めた。
『ん……あの遺跡にあったのと同じ、古語だ。“いつか、青い空の中へ”かな』
 癖のある字で刻まれた一節を読み上げる。
「これって地上のだったのか?」
『いや、天上のだ。…あれだな、天上都市は粉塵の上にあったんだが、そこから地上を見下ろすと、延々まっ黒な厚い雲しか見えないんだ。塵の上に出たとはいえ、どこを向いても青空とはいかなくてな』
 黒々と流れる漆黒の海は、悪夢の象徴であったらしい。誰もが目を背け、忘れたくて、しかしそれはできず、代わりに地上に生きる者を虐げる。
「へぇ〜。じゃあ、書いたのはコイツを造った人?」
『そうなるだろうな。
 しかし……目敏いな、意外に』
「そうか?」
 長いようで短かった二ヶ月。その間は意図的に忘れていたことを、ディムロスはふと思い出す。だが、それを口にするつもりはなかった。本当に忘れ去るつもりは、もっとなかったが。
 運命などとは、偶然の積み重なりを、振り返ったときに呼ぶ言葉だ。そう思っている。だが、あまりにも出来過ぎた偶然というのを指すのかもしれないとも、どこかで思いだしてもいる。たとえば、今のように。
『ところで…この後、おまえはどうするんだ?』
「……おまえは? 一緒にいる?」
『研究者どもにおもちゃにされるよりはよさそうだな』
 冗談のように言ったディムロスに、スタンは苦笑する。
 だが、マスターがいなければそうなってしまう。声を聞くことができなければ、言葉を交わすことができなければ、ソーディアンもただの剣でしかない。いや、“ただの”というのは不適か。
「そっか。じゃ、一緒に帰ろう」
 還る頃には、ロスマリヌスの桜も咲いているだろうか。
 同じフィッツガルドでもリーネはもちろん、ロスマリヌスとも大きく違う、広く華やかな南の大都市ノイシュタット。だが、それは街の北部のみの話であり、明るさの一方で、薄汚れた暗い、街の南部があった。
 大富豪と貧しい人や孤児が、まさしく光と陰のように別れている街だった。
 だが、それでも咲き始めていた桜の花だけは綺麗だった。


「大司祭様は、誰に復讐をなさるおつもりだったのでしょう……」
 セインガルドで、降らない雪に影が嗤<わら>う。


「リオン、いないのか?」
 そっと部屋の扉を細めに開ける。
「………?」
『眠っているようだな』
 膨らんだベッド上のシーツに、二人は顔を見合わせ――られないが――る。
『あ。あ、ディムロスにスタンさん』
 どこかほっとしたようなシャルティエの声がする。
『どうかしたのか?』
『いえ、あの女じゃなくてよかったな〜って』
「シャルティエ!」
 ベッドの脇に立てかけられたシャルティエに、リオンが声を上げる。だが、その声は普段と違う。重くくぐもっているのは、寝転がっているからだけではないように思える。
「リオン? どうしたんだよ?」
 なんとなく気になって、スタンは部屋の奥まで入ってみる。
「うるさい……僕に…かまうな…………」
 身体は壁の方に向けたまま、リオンは目だけこちらに向けてくる。
 スタンはしばし無言で見返すが、
「………まさか、酔ったのかよ?」
 ふいっと先に視線を外したのはリオン。
「ああ、そうだよ……だから何だっていうんだ………」
「船酔いとは違うのかな……」
 セインガルドから始まって、今回の一件では世界各国を回る羽目になった。船での移動が、旅の間の大半を占めていたのではないかというほどに。
 だがその間、誰一人として船に酔ったりはしていなかった。もちろん、今飛行竜に酔っているというこの少年もだ。
「酔いには何がいいんだっけ?」
『………アトワイトにでも聞いてみろ』
『それはダメだよ。あのルーティにも知られちゃうじゃない』
「そりゃまずいわな。ん〜、冷たい水でも飲んだら、少しましになるかな?」
 そのやりとりに、リオンが耐えきれなくなったように跳ね起きる。
「いいかげんにしろ、うるさい! 僕のことは放っておいてくれ!」
 ひどく苛立ったようにそれだけを叫んで、その後顔がさっと青ざめると、またばったりとベッドに倒れてしまう。急に起きあがったりするからだ。
『…坊っちゃん………』
 何かを言いかけたシャルティエをさえぎって、リオンは顔を背けて続ける。
「なんで他人なんかにそこまでかまえるんだ。まったく、つきあいきれん!
 この際だから言ってやる。人は、信じていたっていつかは裏切られるんだ! だったら、最初から誰も、何も信じない方がいいじゃないか!」
 長めの前髪に隠されて表情は見れないが、声は絶叫に近かった。
「だから、僕は誰も信じない……!」
 誰も信じたくない。
(信じられるのは…シャルティエだけなんだ……)
 リオンはそのまま、スタンの方を見向きもしない。声も発しない。
 スタンも無言で部屋を出ていった。後ろ手に扉を閉めたところで、動きも止まる。
『…どうした?』
「――…いや、なんでもないよ」
 無理につくった笑顔で、スタンはディムロスに答えた。


 いつのまにか、眠っていたらしい。
 リオンがうすく目を開けると、部屋が暗いことに気づいた。
 あやふやとはいえ、室内灯を消した覚えはないのだが……
 顔にすべり落ちてくる前髪をかき上げ、部屋を見回す。だんだん薄闇になれてきた目が、眠る前にはなかった物を見つけだした。
「…水差し……?」
 優美にそった注ぎ口にコップが引っかけられた、水差しだった。三角錐のそれに触れると、まだ冷たかった。容器の半ばほど入れられた水に、かなり小さくなった氷の欠片が二、三個浮いている。それは水が置かれてからの時間を物語っていた。
「………莫迦が」
 どこか哀しげに、誰に向けてかつぶやいた。


 飛行竜の発着所は、セインガルド城の北の敷地に造られている。
 二ヶ月ぶりの空を横切る影に、城の上層部は安堵のため息をついたのだった。
 街の人間は不思議に思っていながらも、たいして気にはしていなかった。
 今はそんなことよりも、もっと目の前にあるものに目を向けていた。


 王への謁見を済ませ、ところ変わってヒューゴの屋敷。
 広い応接間に、今はスタン、ルーティ、リオン、フィリアの四人だけが残っている。
ダリルシェイドまで同行してきたウッドロウは“お仕事”である。
 ルーティは持ち上げると手にずっしりとかかる重みに満足しながら、出された紅茶を一気に飲み干した。すでに、あの忌まわしい腕輪からは解放されている。
「ところでさ、これからどうするの?」
 かちゃんっと音を立て、明るく問いかける。
「どうするって……俺は帰るけど。なぁ」
『そうだな』
「私は、神の眼移送の教団代表者ということなので――」
『しばらくはこの街におらんとな』
 リオンは特に言わない。
「ふ〜ん……ウッドロウは国王様でしょ。
 ってことは、もう、こうして会うこともないかもね……」
「こっちとしては、願ったりだな」
『そだね』
「うっさい」
 ぴしゃりと言って、リオンたちを軽く睨む。
『ルーティは? 帰るの?』
「そのつもりだけど?」
「そういえば、ルーティってさ、どこの出身なんだ?」
 何気ない問いかけに、フィリアの目もルーティを向く。
 思わず視線を外しながら、仕方ないといったように口を開いた。
「……クレスタよ。セインガルドの東の端っこ」


 もうじき、時間です。


 ダリルシェイドは今、祭りの中にある。
 春の始まり。
「一年の始まりを祝い、今年一年の幸福を願うお祭りですわ」
 先を行くリラが、軽やかに振り返り、解説する。
 ヒューゴの屋敷にいたところを、彼女によって連れ出されたのだ。祭り見物につきあってほしいと。邪魔な護衛を追い払う口実としてだが、普段はこっそり抜け出しているらしい。今回はウッドロウがいるのできちんと手順を踏んでいるのだ。
「急に連れ出されたときは驚いたがな」
 そう言わせるほど、説明もろくにせず、とにかく引っぱり出してきたらしい。
 ちなみにソーディアンたちは、自分たちだけで話がしたいということでお留守番である。しかし、全員揃って、というわけではないところ、なにやらいろいろとあるようだ。ディムロスとシャルティエ、アトワイトとクレメンテ、と、二組に分かれて別々の部屋――王城でスタンたちに割り当てられている個室にいる。
「もとは、二十数年前と、七年前にも大流行した黒死病を追い払うお祭りでしたの」
 猫絡みの飾りが多いのも、そのためか。
「黒死病ね〜」
 七年前、セインガルドで再び猛威を振るった黒死病。折り悪く夏の初めにそれは広まり始めたため世界中に蔓延し、死者は数え切れないほどの山となった。セインガルドで国王直属の者も何名か亡くなったのが、対策の遅れに拍車をかけたのだ。
「確かに、あのときは大変でしたよ」
「でも、今は今でかなり苦労してるな〜」
 不意に聞き慣れない声が割り込んできた。
「あら、アッシュにルートではないですの」
 あくまで軽いリラの声に、アッシュと呼ばれた男は憮然とした面もちでため息をついた。褐色の短い髪がかかった額を思わず抱える。
「勝手にいなくならないでほしいんだけどな。もしも何かあったら、こっちの責任になるだから」
 その隣で、長めの銀髪を後ろでくくった男が苦笑混じりに続ける。こちらがルートと呼ばれていた。
 二人共に、普通の街の人のような質素な服装だが、
「……どこかで見たような――?」
 ルートの顔をまじまじと眺め、スタンが怪訝な声を上げる。
「バカが、七しょ――」
「だぁっ! 声に出すな!!」
 スタンに答えかけたリオンの口を、ルートが慌てて塞ぐ。
「すいません、騒ぎになると面倒なので……」
 ちょうどそのとき、人混みの向こうで黄色い悲鳴が上がった。
「……見つかったな、アスクスとミライナは」
 苦笑いのため息と共にアッシュがつぶやく。
「いいんだ、あっちは陽動」
「――あ」
 そのつぶやきに、ルーティがぽんと手を打った。
「なるほどね☆」
 向こうで起こった騒ぎの中心は、徐々に城の方へと移っていっている。
「ひとまず、いったん物陰へお願いできますか?」


「アシュレイ・ダグです。街中では、アッシュでどうかお願いします」
「同じく、ロベルト・リーン。ルートと呼んでくれると、とても助かるな」
 七将軍の中ではまだ若い四人――ここにいるアシュレイとロベルト、先ほど見つかったらしいアスクス、そして紅一点のミライナは、城下の民にかなり人気があるらしく、不用意に街に出るととんでもない騒ぎを引き起こしてしまうそうだ。
 そんなこんなで困ったような疲れたような笑みで名乗った二人に、スタンたちも挨拶を返す。
「御迷惑をかけてすみません……リラを放っておくわけにもいかないので」
 後で聞いた話だが、リラは彼ら以外の護衛は必ずまいてしまうらしい。そのせいとはいえ王族の姫君の護衛に七将軍が二人も出るのだから、この国も概ね平和だ。
「私、そんなに危なっかしいでしょうか?」
 リラはきょとんと聞き返すが、
「……自覚、ないんですか?」
「だから、疲れるんだよなぁ〜……」
 うんざりと、アッシュとルートが肩を落とした。
「たとえばたとえば?」
 興味ありげに、裏道から出る道すがら、ルーティが訊ねる。
「そうですねぇ……一番多いパターンは、喧嘩の仲裁をしようとしてかえって騒ぎを大きくする、というものですね」
 アッシュはそう言って、先日のことを簡単に話しだす。と。
「あら、アッシュ。それは違いますわ。あの方が悪いんですの!」
「それだけですまないでしょう、あれは……」
 一見か弱い世間知らずの御嬢様のようだが、実は一通りの武術に通じていて、お得意の体術で片方を叩き伏せてしまったらしい。手加減はしていたので足を一本折っただけですんだらしいが。
「リラ様って、お強いのですね」
 感嘆をもらすフィリアに、
「あら、敬称はやめてくださいね。町中では不自然ですし、それに――いえ、歳の近い方ってあまりいないんですの。だから」
 リラは人懐っこい笑顔を浮かべた。


「あ、スタンみーっけ!」
 人の流れを押し分けて駆け寄ってきたルーティが、直前でうっと足を止める。
「……なんで、あんた……」
「なんでとはなんだ。何か文句でもあるのか?」
「まぁまぁ……」
 いきなり雰囲気悪くなったルーティとリオンを、スタンが苦笑しつつなだめに入る。まったくもっていつものこと、いつものことだ。
「あとは…フィリアさんとウッドロウさんとルートとアッシュですわ」
 その横で、今この場にいない者をリラが指折り数える。大通りで流れに巻き込まれ、気がついたらみんなばらばらだったのだ。
「いいじゃん、これで。あんまり大人数でも動きにくいしさ。どうせ、戻ったら会えるでしょ」
 これでリオンさえいなければ、というところだけは飲み込んでルーティが提案すると、
「そうですね。これだけ人がいると、後は偶然に任せるしか……せっかくのお祭りですし、楽しんでおかなくては」
 ルートとアッシュから解放されるためか、リラは妙に明るく後押しする。
「ん〜……じゃ、行っちまおっか」
 言って、スタンはちらりとリオンを見やる。
「…勝手にしろ。だいたい僕は――」
 シャルティエが席を外してほしいと言ったから、何かしでかさないか監視がてらこっちにつきあってやってるだけだ。
 続けようとした言葉は、いきなり腕を取られて引きずられたために言い損ねてしまった。
「――お、おい、離せ!」
「いいからいいから☆」
 聞く耳持たずと半ば嫌がらせのように、一同を先導して歩き出したルーティはリオンの声を無視する。からかい半分で後ろから後押ししてくるスタンやリラにもいい加減呆れて、何か言う気も失せてしまった。
「あ♪」
 何かを見つけたのか、不意にルーティが露店前に出来た人混みの中にぱっと飛び込んだ。
「100ガルド〜?! ねぇ、もうちょっと負けてよ、ね?」
 しばらくして、そんな声が聞こえたかと思うと、輪切りにしたパインをさらに二つに分けて細い串に刺したものを四つ手にして、ルーティが戻ってきた。
「誰かが持ってるの見たらさ、急に食べたくなっちゃって☆」
 上機嫌に言いながら、ルーティが一本ずつ皆に配る。
「珍しいじゃん、ルーティがおごってくれるなんて。なぁ」
「雪でも降らなきゃいいがな」
 受け取って、スタンが隣のリオンに同意を求めると、すかさずリオンがわざとらしく晴れた空を仰いだ。
「なによ、おごってあげるってんだから、素直にいただきなさいよ」
 いささかむっとしてルーティが軽くにらみつけるが、
「そうなんですか?」
「……えぇ?」
 横からきょとんと聞き返すリラにどう答えたらいいものか、さすがに視線が空をさまよう。一応、自覚はあるらしい。
「そうそう、筋金入りだよな」
「どんなときでもレンズを拾おうとするし」
「そんでもって気紛れで」
「一度言い出したらてこでも譲らん」
 ぱたぱたと続けて言い合うスタンとリオンに、
「あ、あんたたち………! ん。じゃ、お金、払ってよ。80ガルドずつ!」
「おごってくれるんじゃなかったのかよ?」
「気が変わったの!!」
 ルーティが怒鳴り返す。と、
「……なによりわがままだよな。うん」
 それをまったく無視してスタンが言うと、それを受けてリオンが、
「ふん、女でわがままなのは、救いようがないからな」
「ちょっと! それ、あたしのこと!?」
「全部本当のことだろう、否定できるのか?」
 リオンに冷めた目で見返され、またしても答えに詰まる。
「ぅ………いいわよ! 一度おごりって言ったからおごりよねぇっ!!」
「ふん。なんだ、自分のこと、わかってるんじゃないか」
「黙んなさいよ!」
 そのままぎゃあぎゃあわめき立てるルーティを、だがリオンはしれっと聞き流す。スタンも頭の後ろで腕を組み、聞こえてないふり。が。
「皆さん、とっても仲がよろしいのですね。羨ましいですわ」
 さらりとリラがいった言葉には、三人とも一斉にぎょっと振り返った。
「誰がこんな女とっ!」
「そーよ、笑えない冗談にもほどがあるわっ!」
 勢い込んで反論する二人だが、スタンは苦笑いを浮かべて肩をすくめる。
「前、フィリアにも同じこと言われた……」
「ほら、やっぱり!」
 勝ち誇った笑みのリラに、馬鹿馬鹿しい、とつぶやいてリオンはそっぽを向いた。と、同時に、
「見ぃつけた〜ぁ〜……」
 お化け屋敷のようなとても低い声がして、リラの両肩ががしっと捕まれた。声で嫌というほど察しがついて、引きつった笑みと共に振り返る。
「ルート…! それにアッシュではないですの☆ 捜してましたのよ。よかったですわ、見つかって☆」
 にっこり笑みをつくって言った言葉は、しっかり声が裏返り、かなり白々しいのは彼女自身よくわかっていた。


 空の赤みもだいぶ消えて、あとは夜闇の訪れを見るばかりの頃。
「……ルーティ?」
 まだまだ活気のあるダリルシェイドの人混みの中、偶然顔を合わせた。
「ちょ〜どいいトコに♪ ね、スタン。ちょっと」
 ルーティが言って後ろを指す。それをたどると、祭りに浮かれた軽薄そうな男が二人。
「いくらあたしが美人☆だからって、ちょっとしつこいのよ。なんとかしてくんない?」
「なんとかしろったって……」
 スタンは苦笑まじりのため息をついた。
 手に抱えていた紙袋を持ち直し、
「な〜んだ、あんたも」
 “吹っかけておきながらあっさり叩き伏せられた阿呆どもその二”で盛り上がっている輪をなんとか抜け出してから、ルーティはスタンに笑いかけた。
「ちょっと、な」
「なに買ったの?」
 意外に中身が詰まっていた紙袋を思い出し、訊いた。
「たいした…ものじゃないよ。ほら」
 答えて、スタンは紙袋の中身を一つ取り出して見せた。いろいろな種を詰めた小さな袋がいっぱいに入れられている。
「……種? でも、どうして?」
「植えるんだよ。それ以上は秘密」
 当たり前のことだけ返されて、ルーティはしばし怪訝そうにのぞき込んできていたが、そっちはどうなんだと問い返され、
「あたし? あたしのはね、んー…やっぱ、や〜めた♪」
「なんだよ、それ」
 呆れたように言ってきたが、それ以上追求する気もないのか、
「まあ、いいけどな。でも、中身ぐらい、こっちだって――」
「ねぇ。あたしって、金の亡者?」
 唐突なルーティの質問に、スタンは言葉を切って、そしてしばらくするときっぱり断言した。
「だな」
「はは。そだね。自分が一番わかってる。あんただって、なんてわがままでがめつい女だって、軽蔑してるでしょ」
「そんなことは――」
「あたし、別になりたくてレンズハンターになったんじゃないんだ〜」
 戸惑いと怪訝さが浮かぶスタンをさもおもしろそうに笑って、ルーティは続ける。
「私には、守りたい人がいるの。ずっとずっと、私を見守ってくれていた人よ。その人たちがいなかったら、今の私はなかったわ。とても、大切な人たちなのよ。
 でもね、今、その人たちが困ってる。助けるには、お金がいるの。それも、結構大きな額がね。だから、かなりのムチャもやってきた。何があってもアトワイトがいるからって、ムチャクチャしてきた。あんたのことだって、マスターだから役に立つだろうって思ったから誘ったのよ」
 その言葉に、さすがにスタンは憮然とした顔をする。
「おまえなぁ〜……まぁ、そんなところだろうとは思ってたけれどさ」
「へぇ、それでも乗ってくれたんだ」
「おかげでとんでもないことに巻き込まれるハメになったけどな。ま、悪いことばかりじゃなかったし、ん……よかったのかな」
「じゃ、ありがたく思いなさい」
「おいおい……」
 しばらくして、どこか哀しげな笑みで再びルーティが口を開く。
「少しでもあの人たちに恩を返したい。でも、私にできることなんて、せいぜいこんなことぐらいだし」
「でも、それでも、何かやってるんじゃんか。やれること、あるだけ――というか、見つけられるだけ、立派じゃないかな?」
 その言葉に、ルーティは意外そうに目を見開き、
「あんたって、そんなちゃんとしたことも言えるんだ〜」
「あんな……。妙な感心するなよな!」
 がくっと崩れ落ちてから、言い返す。
「ゴメンゴメン☆」
 笑ってごまかそうとする彼女に、
「バカにしてるよな……」
 組んだ足の上に頬杖をつき、スタンはそっぽを向いてしまう。
「あ〜、そんなに怒んないでってば。ね☆」

 このとき、二人と同じように外に出ていたフィリアがすぐ近く――といっても二人からは死角――にいた。彼女は結局声もかけず、二人に気づかれないうちにそっと王城へ戻っていった。


 夕食後。割り当てられた部屋に戻ると、ルーティは今回の一件で集まった金額を数えていた。
「あ〜らら。ん、まぁ、これで一件落着とはいかないか」
 ちらりと、今日買った子供たちへの土産が入った袋を見やる。
『あと、どれぐらいかかりそう?』
「そーね……半年弱ぐらいかな? 今日もらった報奨金、あれがね、結構あったからさ。でも、まあ、その後のことも考えると、もうちょっといるかも」
 厚いしっかりした袋に詰め直し、鞄の一番奥に押し込む。
『どこか行くたびに、いろいろと漁ってたものね。海賊退治の時だって、結構ピンハネしてたでしょ?』
「あ……ばれてた?」
『当たり前じゃない』
 荷物を整理しながら、アトワイトには背を向けたままぺろりと舌を出す。
「あー、やっぱりそういうこと、してたんだな」
 突然聞こえた声に、ルーティはがばっと振り返る。
「ちょっとぉ! なにやってんのよ!」
 大きく開かれた扉から顔をのぞかせているスタンに怒鳴る。
「なにって……なぁ。扉、もとから全開だったぞ」
「――ぅっ………」
 呆れ返りを相乗したスタンの声に、ルーティが言葉に詰まる。ルーティの部屋があるフロアはこの塔の最上階。他にはフィリアの部屋しかなく、フロアの入り口にも扉があるということで、ついつい。が、今更どうしようもないのでひとまず立ち直り、
「何か用なワケ?」
 どこまで聞かれたのかなんて訊けないなと内心思いつつ、平静を装った。
「ん〜。別に、たいしたことじゃないけれどさ。ところで、入っていい?」
「いいわよ」
 床に座ったまま部屋の一番奥にいるルーティの前に、スタンが重い音のする提げ袋を置いた。中に収まった箱の形のままに、角がある。
「必要、なんだろ?」
 ワケのわからないといった顔のルーティに視線を合わせるようにしゃがみ込み、スタンが言う。
「まあ、全額じゃないのは勘弁してくれよな。一応…その、家出同然で出てきた身だからさ、機嫌なおしてもらうのに、少しはなんか土産とか買っときたいし」
 まったく自然に言われて、ルーティがそれを理解したときにはすでにスタンは部屋から去ったずっと後だった。
 それでも呆けた頭の片隅で、どこかで理解していたのかもしれない。
「………ありがとう……」
 自然と、彼にそう言っていたのだから。



 ピンッと乾いた音を立て、懐中時計の銀色のふたが跳ね上がる。
 一秒一秒を刻む時計の向かいには、写真がはめ込まれていた。



 ことの始まりは、何気ないフィリアの一言、“記念”だった。
「冗談じゃない、こんなところで何をするのかと思えば、そんなこと!」
「あら、いいじゃない♪ ねぇ、リラ?」
 ルーティはニヤリと笑みを浮かべ、協力者へと視線を送る。
「そうですわ。それに――ここで、他に何をするというのです? あなたならすぐに考えつきますでしょうに」
 入り口の前に立ちふさがって、リラがにっこりと笑顔を見せる。
「……ふん、つきあいきれんな」
 それでも逃げようとするリオンに、
「はいはい」
「それはそれは」
 両側からアッシュとルートに腕を捕まれ、スタンとルーティに引き渡された。
「――なっ!」
 スタンは首に腕をまわしてきて、ルーティは左肩をしっかりと押さえてくる。
 そうして三人、ぴったりくっついて前列に。その三人のすぐ後ろに、フィリアとウッドロウが並んでいる。
 リオンにできる最後の抵抗は、顔を逸らすことだった。
 どこか、照れたように――


 二つ並んだ写真立ての片方に、その写真が入れられている。
 手の中の懐中時計にも、小さいが同じ写真が入れられている。
 ガラスの向こうの自分は、少し前のことだというのに、とても懐かしい。
『エミリオ?』
 もう外は暗い。それなのに灯りもつけず、窓に額を押しつけるように寄り添うリオンに、シャルティエは声をかけた。
『どうしたの?』
 そう訊ねながら、答えは返ってこないと半ば確信していた。
 明日の昼前に、スタンはダリルシェイドを発つ。ルーティは、いつかは曖昧にしていたがそんなに遠いことではないだろう。ウッドロウもフィリアも。
 神の眼の移送は七日後の早朝に決まった。神殿の修復が遅れているためだ。
 祭りの残り火が、まだ街のそこかしこに灯っている。もうしばらくは騒ぎ続けるだろう。終わりを惜しむように。
 だが、すべてが眠りに落ちれば、祭りは終わりを告げるのだ。
 そう、終わらないものなどない。
 それがたとえ、どんなものであろうとも――





 時間です。





「こんなこと言ったら、特におまえなんか怒るかもしれないけどさ…。
 いろいろあったけれど、結構、楽しかったぜ。みんなで旅したのって。
 ――ありがとう」
 そんな言葉を残し、それ以外は何も言わずに別れた。
 何かを言いかけて、何も言えなかった。
 何を言おうというのだ。十一年前とは違うのだから。


「はぁい☆」
「ルーティさん!?」
 リラに呼ばれて、フィリアがカレンジュラ邸へ来てみれば、そこにはなぜかルーティもいた。
 神の眼を移送する前日である。
「どうしたんです? 私、もう、てっきり帰られたものとばかり……」
 そこまで言って、はたと気づいた。ルーティもリラも、満面の笑みだ。
「…あの、どうかしましたか……?」
 問われた二人は、顔を見合わせ、
「フィリア――」
「――誕生日、おめでとうございます〜♪」
 すっと、綺麗にラッピングされた箱を差しだした。
「――え? えぇっ!? な、なぜそれを?!」
 なんだかわからないまま受け取って、一拍おいてから、フィリアは大声を上げる。
「あなたのご両親から教えていただきましたの。
 ……御迷惑だったかしら?」
「いえ、とんでもありませんわ。…あの、ありがとうございます」
 深々と頭を下げるフィリア。
「やぁね、友達じゃない。これぐらい、当然!」
 にっこり笑って、ウィンクをよこす。
「でも、ルーティさん、なぜまだこちらに?」
「いったん急ぎの用事片づけるために帰ってから、また来たんだけどね。帰る前、脱走して街をうろついてたリラに偶然会って、そのときに聞いたの」
「あら、脱走だなんて人聞きの悪い。私は普通に遊びに行っていただけですわ。
 ところで、明日の朝出発なのですよね?」
「あ、はい。日の入り前に、飛行竜の出航準備を整える予定ですわ。明日には、ここともお別れです」
 外の世界とも、ひとまずお別れだ。
「……これで、全員が顔を合わせることはないかもしれませんけど、ダリルシェイドに来ることがあればいつでも寄ってくださいね」
「じゃ、遠慮なく行かせてもらうわ♪ どーせ同じ国内なんだし、いつでも会えるわよ」
 先延ばしにしていた、別れの言葉を交わす。
 それでも、ある言葉だけは、誰も口にしなかった。
 それは、先にこの街を離れた仲間に対しても、同じだったのだから。
 果実酒のそそがれたグラスが、ちんと音を立てて重ねられた。
「いつまでも――」


 廊下の窓から、出航準備作業が見える。大きな照明をいくつもつけた中で、予定よりも遅めに――日の入り直前から始まった。飛行竜の発着所は、神の眼が持ち込まれてからはこの王城よりも厳しくなっている。
『どうした、フィリア?』
 机に置かれたクレメンテから声が響く。
「……いえ、なんだか………」
 気のせい。そう言ってしまえばそれまでだが、何か、胸騒ぎがする。
 闇に紛れて影が嗤(わら)う。
『…ふむ。いっそのこと、壊してしまえればよいのだが』
 そうすれば、なんの心配もいらないのだが。
『あいにくとシールドを張った神の眼は、わしらソーディアンでも、傷つけることすらかなわぬ。千年前も、そのために隠さざるをえなかったわけじゃからな』
 苦々しく、クレメンテが言った。
「そうだったのですか……」
『…考えても仕方なかろう。明日に備えて、早めに休んでおいた方がよいぞ』
「そうですね」
 ふっと外した視界の端に何かを見た気がして、もう一度だけ飛行竜に視線を走らせる。だが、何もなかたので、フィリアは足早にその場を去った。


 二ヶ月。
 長いようで、短かった旅。
(……いえ、長かった)
 いろいろなことがあった。
 あのまま神殿の中で暮らしていれば、決して体験できなかったであろうことが。
 あの時の苦しみは、消えることはない。
 しかし、もう押し潰されることもない。
 ふと、上を仰いだ。
 夜の空。
 同じ空だというのに、あのときの空よりもだいぶとくすんで見えた。
「スタンさんのおっしゃったとおりですね……」
 ノイシュタットの空はこれよりもいくらか澄んでいた。
 いつか、あのとき彼が言ったような、冴え渡った降るような星空を見てみたい。できることなら、彼の隣で――


 カーテンの隙間から、低い光がこぼれている。カーテンは束ね、窓を開け放つと、朝独特の湿った空気が広い客間へ流れ込んできた。
 出立の支度は昨日のうちに済ませてある。もともとたいしたものがあるわけでもない。こぢんまりとした手荷物だ。
 ベッドのシーツも簡単に整え、そろそろ部屋を出ようかとフィリアが思った頃に、素早く二回、扉が叩かれた。
「……? はい」
 静かに扉を開けると、七将軍の白い軍服に身を包んだミライナがいた。七将軍の紅一点である、美しい女性だ。
「何か…あったのですか?」
 すぐにそう問うたのは、勘だ。彼女の様子には、ただごととは思えないものがあった。
「時間がありません。今すぐにもこの街を出なくてはいけなくなりました。
 ――大変なことになったんです」
 声を低く潜めて、ミライナはそう告げた。


 フィリアは何がなんだかわからぬままに、ミライナの先導のもと、空虚な城内を小走りに抜けていった。
 城内を移動中、常にミライナが人目を避け、周囲を警戒しているのが気がかりだったが、“大変なこと”の規模の大きさはどれほどか。そこまで考えがたどりついて、ふと気づいた。何かあるとすれば、自分が関わるようなことといえば、一つしかないのではないか。
「あ、あの――」
「すいません。事情を説明している時間がないんです」
 あまり城の人間も近づかないような、くすんだ廊下。フィリアはあまり城内には詳しくないが、別館の外れだと見当がつく。
「ミライナ!」
 しばらく先で折れ曲がった廊下の陰から、抑えられた声が投げられる。ミライナはちらりと後方を見やってから、そこまで走り込んだ。
「ロベルトさん?!」
 大声を上げそうになったフィリアに、ロベルトがすっと人差し指を立てる。彼の服装は、この前の祭りに出ていたときのような私服だった。
「驚くのはまだ早いからな。とにかく、皆が外で待っているから」
 言って、すぐ後ろに確保していた扉から外をうかがう。周りに誰も人がいないことを確かめると、朝靄に煙る街へ向かった。


 淡い光の中、ダリルシェイドはまだまだ深い眠りの中にあった。人の気配があるのは港の辺りだけだ。
 陽が出てからさほど経っていない。特にこの南部は階級が上位の者の屋敷が多く集まっている。屋敷内ならともかく、外に人が出始めるのは遅いほうだ。
 そして、街の南門でフィリアは再び驚かされることになる。
「ルーティさんに…リラさん?!」
 こちらに向かって手を振っている二つの人影を認めるなり、彼女は駆け出した。
「いったい、どうしたんです?」
「どうしたもこうしたも。いきなりこんな早くに起こされて。あたしもさっき来たばかりで、これから話を聞くところよ」
 左手で外套の端を払いながら、ルーティが答えた。
「ああ、話すさ。あんまり時間はないから、簡単にだけどな」
 言って、ロベルトはリラの背後のいる人影に視線を送る。
 軍服のままのアシュレイとアスクスが、それぞれ馬の手綱を引いていた。
「昨晩、神の眼が、それを積んだ飛行竜ごと奪い去られました」
 深刻な面持ちでアシュレイが言ったその言葉に、
「なんですってぇっ!!?」
「そんな、まさか!?」
 という少女の声が重なる。ソーディアン二人からも、重いうめきがもれた。
「しかもだ。夜が明けた頃に、とんでもない方向に流れ出した」
「その犯人があなた方ソーディアンマスターだと」
 ミライナがため息と共に吐き出した言葉に、ルーティとフィリアは再び驚愕する。
「なんでそんなことになんのよっ?!!」
「出所はまだわからない。だが、状況はかなりまずいらしい」
 だから、慌てて行動を起こしたというのだ。
「……私たちはどうすればよろしいのでしょう?」
 全くの冤罪であるが、ついこの前まで自分たちが追っていたグレバムと同じ立場にされてしまったのだ。
「冤罪がかけられたのは、あんたたち二人と、後はスタンだ。ついさっき国王からの命も出たからな、このままじゃどうにもならない。だから――」
 ロベルトはそこでいったん言葉を切り、意味ありげな笑みを浮かべる。
「いったん逃げてください。ロスマリヌスへ」
 アシュレイが後を継いで言った。
「ロスマリヌス…ですか?」
「え、でも………」
 たとえ冤罪であろうがなかろうが、七将軍ともあろう者がこんなことをしていいはずはない。それに、何故ロスマリヌスなのだろうか?
「平気平気。見つからなきゃいいの。個人的な事情もあるしな」
 ロベルトは言って、アシュレイに同意を求める。
「まぁ、そうだけど」
「あら、私たちだけ仲間外れかしらね」
 ミライナの方には、アスクスが無言で同意する。
「そんなんじゃないさ」
 彼女ら二人と、そして城内でこちらから目を背けてもらっている残りのメンバーの中のイスアード。三人は、事情があるこの四人のために動いてくれている。
「一段落ついたなら、その話もしましょうか」
「俺のいないところではしないでほしいけどな。昔話なんだから。
 っと、こっちで話し込んでる場合じゃないわな」
「そうですわ。早くジェノスへ参りませんと。ねぇ?」
 アシュレイから手綱を受け取って、不機嫌そうにリラが言った。そしてすっかり蚊帳の外にはじき出されていたルーティとフィリアに、同意を求める。
「ところで……あの、スタン。あいつは本当にロスの出身なんだな?」
 ルーティとフィリアに目線を会わせて、やけに潜めた声でロベルトが念を押す。
「だから、そう言ってるでしょ」
 ルーティの答えにロベルトが気まずけに眉根を寄せて、アシュレイを見やる。向こうは、仕方ないとでも言わんばかりに首を横に振った。
 なんだかよくわからないルーティとフィリアは顔を見合わせ、肩をすくめる。
「……仕方ない。背に腹は代えられないし、ここは潔く覚悟を決めよう。
 アッシュ、向こうは頼むぜ」
「ああ、なんとかなるだろうさ。そっちこそ、気をつけろよ」
 短く言葉を交わし、アシュレイとロベルトは手のひら同士を叩き合わせた。


 そうして、ソーディアンマスターはすべてダリルシェイドを離れることとなった。
 去りゆく夜闇に紛れ、影は嗤<わら>う。


 忘れえぬ記憶だったもの。
 それは、棄てたい記憶。
 優しい思い出だったもの。
 それは、哀しい思い出。
 やわらかな花が、綺麗な棘に姿を変えた瞬間。
 決して失くしてはいけなかったもの。
 それすらも、何処かに置き去りにしてしまった。












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