曲げられぬ時に紡がれたままに。
 紡ぐ先に与えられるままに。
 時は廻り続ける。






十四章 廻る時の輪






 海底から現れた天上都市――ダイクロフトは、一気に遥か高みへと昇りつめた。
 あんな巨大なものが海を割れば生み出される津波は並外れたものになるはずだ。だが、ダイクロフトが浮上した海域一帯を囲むように光のヴェールが降り、それに触れた高波は急速に、穏やかに鎮まっていっていた。
 そう、上にある影がなければ、なにもなかったかのように。
 厳しい眼差しで上を仰いだまま。
「あれ…は……?」
 誰かが発した問いが、津波の遠い爆音が過ぎ去った後に響いた。
『……千年前、"災厄"によって引き起こされた氷の暗闇から逃れようとした者たちが造り上げた、最初の天上都市――ダイクロフトじゃ』
 忌々しげに、というのとはどこか違う声音でクレメンテが言った。それは――悔恨?
『――ちょっと待て、あれがダイクロフトということは……』


 突如、空から光が降った。
 まっすぐ降りた光の柱は水平線の彼方に消え、刹那、閃光が空を白く染めた。同時に、黒い霧が空に向かって伸び始める。
「…なんだ、今の……っ?!」
 船の縁から身を乗り出しスタンが言った。大気の揺れに彼の長い金髪が乱される。
 ここからでは、何が起こったのかは見えない。だが、光を放ったのが先ほど天に昇ったダイクロフトであることは知れた。黒い柱は真上のダイクロフトに向かって一気に立ち上りながら、砂時計を逆さに見ているように拡散していく。
 その一部が都市底部までたどりつくと、波打ったようにその濃さがうごめき、ついには細く不規則な、網のような姿に変じた。その触手は恐るべき速さで空を浸食し、その網を伸ばしていく。
 やがて、ダイクロフトを中心とした網の目状の大地が天空の一角にできあがった。拡散した黒の霧はそのまま空を漂っている。
『ベルクラントだ……』
 忌々しげなつぶやきに聞き慣れぬ音を見つけ、怪訝が浮かぶ。
「――無差別地殻破砕兵器ベルクラント。天地戦争時代につくられた、天上の最大最強、最凶の兵器よ。威力は…そう、楽に大地を抉り取れるわね。あれはセインガルドの首都の方角……さっきのは巻き上げられた土砂なんでしょうけど……」
 解せない。
 ディムロスの言葉を継いだシャルロットはそこで唐突に言葉を切った。
「あの網の目状のは何? 千年前にはなかったものだわ」
 顎に手を添え、眉をひそめる。
 千年前のベルクラントは、ただでさえ沈降の気配を見せない空の粉塵をさらに増やしていただけだ。今でもそれは変わっていないようだが、能力を一つ増やしているではないか。
『なんにしろ、あのダイクロフトには神の眼があるのう。にしても、ヒューゴにしてやられたわ。まさか、中枢を再起動させることができるとは思いもよらなんだ』
 苦々しい口調でクレメンテが言った。
 ――今度の"生贄"には誰がされたのだろうか?
『…ダイクロフトが完全に復活してしまった以上、中枢が連動している他の都市も目覚めたでしょうね……』
『厄介じゃな。これでは、使命が果たせるかどうか』
「使命?」
 クレメンテの言葉を聞きとがめ、ウッドロウが問う。
『千年前に果たせなんだ、神の眼の破壊じゃよ。ダイクロフト復活の手だてをなくす、というのもじゃが、あんなもの、あってはならぬものじゃからな』
「そんなこと、全然おっしゃってなかったじゃないですか」
 驚いたフィリアに、
『すまぬな。破壊する手だてが見つかっておらんのだ』
 今も。
『とにかくあれを止めないと。ヒューゴらの目的がなんであれ、このままになんてしておけないわ』
「あんな代物、どうやるつもりなんだ?」
 そう問いかけたジョニーに答える形で、シャルロットが思考の海から戻ってくる。
「手がないわけじゃないわ。神の眼を止めるなりしてしまえばいいのよ」
 そして、そうあっさりと言った。
「だが、どうやってあそこまで行くというのだ?」
「かつて地上軍はこれと同じ状況だったのよ。そのときは船を天に上げたの。
 そうやってソーディアンチームをダイクロフトに送り込み、そして……そして、中枢で"天上王ミクトラン"を討ち取ったのよ」
『まさか、またあれを上げるのか?』
 ディムロスの声に、
「もちろん。他にないでしょう」
『……ラディスロウ、ね』
 軽い物言いのシャルロットに対し、アトワイトが重々しくつぶやいた。
「らでぃすろう?」
『地上軍統合本部ラディスロウ。
 リコリスの山奥に遺跡があっただろう。その奥にあるんだ』
「ああ、――あれが!?」
 ディムロスの答えに、スタンがひどく驚いた。確かに覚えている。子供の頃に四年ほど暮らしていた村のすぐそばにあった遺跡だ。途中で隔壁が下りていて行き止まりになっていたのだが、人が入った形跡はあった。
『………あそこは、俺が寝ていた所でもある』
 ぽつりと、ディムロスがつぶやいた。
 スタンの顔がはっと強ばる。だが、それも一瞬だけで、すぐにいつもの顔を取り繕っていた。
 シャルロットはさっと視線を走らせ、そんなソーディアンとそのマスターを順に見やる。そして一瞬だけ難しそうに眉をひそめると、最後に船室の扉を見た。そこにまだいるであろう、アトワイトのマスターを。


「どうだい?」
 船室の扉の前で、アトワイトも連れたフィリアが首を横に振るのに、ジョニーは思わず肩をすくめた。
 ルーティが閉じこもった部屋だ。
 島の地下であったことのあらましはフィリアやウッドロウから聞いて知っている。
「どうしたもんかね〜」
 担いだリュートで肩を叩きながら、ジョニーがつぶやいた。
「食べないと、お身体に障りますよぅ」
 食事を乗せたトレイを手に、チェルシーが何度めかの言葉をかけた。そして今回も、反応はない。
「ひとまず、お嬢ちゃんたちも食べてきな」
 二人からそれぞれアトワイトとトレイを受け取り、ジョニーが食堂に続く廊下を顎でしゃくった。
「では……お願いします」
 二人が角を曲がってしばらくした頃、ジョニーは廊下に座り込み、組んだ長い足にリュートを立てかけた。
 少々不自然な態勢だが、そのまま一度かき鳴らす。それから、曲を奏で始めた。ゆったりとしたやわらかな曲だ。そしてどこか少し、もの悲しい。
『……いい曲ね』
 ぽつりとアトワイトが言った。
「だろ? 俺のお気に入りさ。…エレノアが歌ってたなんだ」
 ジョニーが好きだった女性。だが、フェイトも彼女のことが好きだった。ジョニーは身をひき、二人は婚約する。けれど、その直後に、力ずくでアクアヴェイルの王の座を奪った男は、エレノアをも奪っていった。
 その後、彼女は亡くなった。自殺。ジョニーは以来、ずっと復讐の機会をうかがっていた。そしてグレバムの一件で、偶然出会ったスタンたちと共に、復讐を果たすことができた。だが――
 最後の音がつま弾かれ、弦に余韻が響く。
 と、そのとき、どさっと乾いた音が割り込んだ。
『……ルーティ』
 そっと呼びかけると、答えはなかったが、応えがあった。
「怖いか」
 一言だけ、ジョニーは問いかけた。
「…だって、わからないよ。あたし……」
 苦しげに絞りだした声。今の彼女の心そのままに。
「……わからない。あのヒューゴがあたしの父親で、リオンがあたしの弟で……。"本当のこと"なんてのがわかったら、やっぱりあいつもいなくなっちゃってさ、あいつ、あたしの父親が殺したんだって、言ったのよ。
 わかんないよ、そんなの。あたし、知らないもの……本当のことがわかったら、どうしてみんな、いなくなっていくの………」
 その扉越しの声に、必要なものに気づいた。
「とにかく、食ってくれよ。みんなが心配すっからさ。
 それと……だな。ん〜、スタンも、心配するから。あいつ、自分の心配をしないみてぇなんだからな、昔っから。周りしか見ちゃいねぇっていうか…。だから、おまえさんが見ててやらねぇと危なっかしいんだよな」


 斜陽が雲の切れ目から射し込んで、船の縁に肘をつき、頬杖をしていたスタンはすっと目を細める。
 なにもしていないと、駄目なんだ。
 なにかしていないと、駄目なんだ。
 なにもしていないと、考えてしまう。
 なにかしていないと、考えてしまう。
 よけいなこと、考えなくていいから。
 ずっと今までやってきたことだから。
 だから、振る舞う。
 だから、振る舞える。
 ちらりと光が弾けて、ひどくゆっくりと緩慢に、閉じていた目を開く。
 その一瞬だけ、何もかも消え失せていた。


「ところで……シャルロットさんて、何者なんですか?」
 首を傾げ、とても不思議そうにスタンは訊ねた。
「私が何者かって? ……ああ、千年前の人間であるはずのディムロスたちと知り合いなのはいったいどうして?ってことね」
 茜を映し込んだ金色を揺らし、彼女はクスリと微笑む。
「そうよ、私も千年前の人間なの。
 私は……科学者なの。いつか来る日のために――そう、こんな日が来たときのためかしら。今、ここで生きているのよ。"災厄"、そして天地戦争のために失われた科学も、極一部では残ってたから、それを使ってね。
 それが、私にできる"償い"だから………」
 そして、なんともいえない哀しげな笑みを浮かべた。
 つられるようにスタンの表情も変化したのに気づいて、
「ごめんなさい。変な話しちゃったみたい。
 あなたも…いろいろあったんでしょう」
 すっと、スタンの手にある金色の欠片に視線を落とす。
 いつのまにか手すりの上に降りていたヒギリがその手に顔を寄せたので、スタンが思わず手をゆるめる。ピンッと音を立ててふたが跳ね上がった。
 時計の針が、止まっていた。
 あの瞬間から。
「……年長者からの忠告。
 自分の心を偽っていても、苦しいだけよ」
 ぽんぽんと、うなだれたスタンの肩を軽く叩いて、その場をシャルロットは離れた。船室への扉を通りすぎて、スタンからは見えないところまで来て、彼女はやっと立ち止まる。
(偽ってるのは……私の方だ………)
 きつく自分を抱きしめるようにして支える。
 苦しくて。
 哀しくて。
 今にもあふれそうな涙ににじんだ視界に、ヒギリとよく似た銀龍が舞い降りてきた。心配そうに、翼を動かしのぞき込んでくる蒼を、シャルロットはそっと抱きしめる。
 こぼれ落ちた雫が、銀に弾けた。


「エミリオ・カトレット、か……」
 床に座り込んで、ベッドに状態を預けたまま立てた右手から、時計が揺れている。
 夕食のトレイに添えられていた、リオン――エミリオの懐中時計。
 動かない時計が、振り子のように目の前を往復していく。
 時計に、みんながそれぞれ刻んでもらった名前。
 最後に刻んでもらってたのは、そういうワケなの……
「ねぇ、アトワイト。あんた、どこまで知ってた……?」
 ぱたりと右手を倒して、傍らの彼女に問いかける。
『実を言うと、私もほとんど知らなかったの。クリスが教えてくれたのは、あなたの名前と、彼女自身の名前。そして…気をつけてって……。
 セインガルドの遺跡から私がクリスに発掘されてすぐ、そのまま彼女は逃げるようにあなたを連れてクレスタに向かったわ。そして、私とユーフにあなたのことを頼んで、行ってしまった。やらなくてはいけないことがあるからって』
 彼女がやらなくてはいけなかったこととはなんだったのだろうか。
 リオンが――エミリオが生まれる前のことである。この家族が崩壊していたのなら、何故、彼が生まれたのだろう。今回のことは、まだ裏に何かあるのだろうか。そして…シャルティエは何を思っていたのだろうか。
 静かな沈黙の中、疑問を一つ一つ、確かめていく。
「……いつまでもこんなのって、あたしらしくないよね」
 この、二つの苦しみ。
 怯えていても、仕方がない。一度、会えば。それで決めよう。だから――
「過ぎたこと……だものね」
 ――無理だよ。
 不意の声に、アトワイトははたと現実に戻った。
『…ルーティ。何も、我慢する必要なんてないのよ』
 ――そんなこと、できやしないんだよ。
「あたしを泣かそうっての? そうはいかないっての」
 別に、ずっと孤独だったワケじゃない。
 いつでも誰かがそばにいてくれたから。
 けれど。
 "家族"を求めたことがなかったと言えば、それは嘘になる。
 だから、突っ張って生きてきた。
 気を強く持っていないと、ふとした淋しさに飲み込まれてしまいそうで。
 でも。それでも。
『泣いて、何が悪いの? 泣いたっていいじゃない。
 心なんて、自分で思ったとおりになるほど楽なものじゃないのよ。平気なふりしたって、歪(ひず)みは隠されてるだけで、消えてるわけじゃないのよ。
 いいじゃない。少しぐらい素直になっても。大丈夫よ、誰にも言わないから』
 ――泣いたら、案外スッキリするもんなんだ。
 昔、彼女自身が言われた言葉。
 彼からもらった言葉。


「風ぁ邪ひくぜ」
 言って、ぼさっと青の外套を頭から掛ける。
「ぅわっ!?」
 突然かけられたそれにしばし悪戦苦闘すると、スタンはなんとか顔を出すと、
「いきなり何すんですか」
 スタンよりまだ背が高いジョニーに、自然と上目遣いになって抗議する。
「冬が終わったとはいえ、まだまだ海は寒いぜ。なぁ、ディムロス、ヒギリ」
 ジョニーはにかっと笑って、スタンの左隣と右肩にいるそれぞれに言った。ヒギリは言葉を返すことはできないが、顔を外套に突っ込むことで意志を示す。
『…………あ、…そうだな。風邪でもひいたらどうするんだ。ったく』
 それを"視"て、ディムロスがかなりの間を空けてから、気が抜けた声で言った。上の空というのも生やさしいほどだ。
(しょーがねぇなぁ…)
 思わず苦笑せざるをえない。
 どうやら相棒の方もかなりこたえているようで、まるで頼りにならない。
 同じ二重苦だというのに、こちらはルーティのようにストレートな反応を見せない。向こうは今もあいかわらずだが、アトワイトを部屋に入れたし、食事もちゃんととった。だが、こっちはいつも通りに振る舞っておきながらも、やはりかなりこたえているらしく、夕食も十分にとっていなかった。
 無理に繕っている分、このまま誤魔化して塗り固めてしまいそうで、どうにも心配でしょうがない。だが、根が深すぎる。長すぎる時間が彼の手には余る。
「…ルーティは?」
「ああ、まあ、大丈夫だろうさ。後は…時間、だな」
 そっか、とだけ短く返し、スタンは夜の闇に目を戻す。青い瞳に星と夜闇が映り込んで、それはひどく危うげに揺れていた。
(他人の心配なんてしてる場合じゃないってのによ……)
 その様子にジョニーが大きくため息をつくと、不思議そうにスタンが振り返ってきた。その青い瞳を真っ向から見返し、
「ちったぁ素直になろうぜぇ。こっちの方が息詰まりそうだ。
 ……自分の気が済むまで、好きなようにしたらいいさ。今は、周りのことは気にするな。面倒ぐらいみてやっからさ」
 そして、幼い子供にするように、軽く髪をかき回した。
「あ、あの――」
 戸惑いながら何かを言いかけたスタンをさえぎる形で、苦笑を浮かべてジョニーはリュートの弦を弾く。旋律とは呼べない短さは、それでもあの妙な力を有していたらしい。スタンは糸の切れた人形のようにその場に崩れた。それを片腕で受け止めると、傍らに立てかけられたままのディムロスにニヤリと笑いかける。
「どうだい、俺の腕前は?」
『そこまで使いこなせたヤツはいないだろうよ』
 ジョニーはすっかり熟睡してしまっているスタンを抱えなおし、
「にしても、もうちっとしっかりしろや、保護者さんよ」
『…は? 保護者?』
 そう言われたことは心底意外らしい。
「コイツのは相当に根が深いからな、明日にも完璧な演技ができるだろうぜ。嘘つきに慣れさせちゃいけねぇよなぁ?」
『……わかってるさ』
 ずっと嘘で塗り固めていると、じきに嘘が真実を覆い隠してしまう。
 脆さに気づかないまま、いつしか罅(ひび)が広がってしまう。
 霧深い森の中。亡くした時間が霧の奥。
 導もないまま、ただ迷う。


『どうじゃ、イクティノスは……?』
 翌朝、二つある食堂の一つで、どこから持ってきたのか、シャルロットがテーブルの上に小型のコンピューターを持ち込み広げていた。その脇から伸ばされたコードはイクティノスのコアクリスタルにつなげられている。
「いったい何があったのよ、コイツ。コアは無傷だからひとまず生きてるけど、ソーディアン本体との連結が異状を起こしてる。厄介ね。
 とにかく、ここで修理できるレベルじゃないわ」
 お手上げとばかりに肩をすくめるシャルロットに、同じテーブルを囲んでいたウッドロウがまともに落胆する。
『どうする?』
「私が眠ってた施設に持ってくわ。この程度なら、あそこでもなんとかなるし。ただでさえ一人いなくなってるんだから、これ以上の欠員は致命的でしょ」
 ぱたりとコンピューターのディスプレイをたたみ、努めて淡々と言った。
『しかし……』
「どーせラディスロウもすぐに浮上できるわけじゃないし。その間でも十分よ。私を誰だと思って?」
 シャルロットはクレメンテに向かっていつもの不敵な笑みを浮かべる。
「そんなにすごい方なんですか?」
 と、当時のことを知っているはずもないフィリアが、当然のように訊ねてきた。
『…地上軍には二人の天才科学者がおった。一人は、後にソーディアンの一人となり、今は亡いハロルド・ベルセリオス。そしてもう一人が、そのシャルロットなんじゃが――』
 感嘆に口笛を鳴らすジョニーと重ねて、
「そんなにすごい人だったんだ?」
 ひどく驚いた声が割り込んできた。
「スタンさん…! あ、あの…えっと――」
 入り口の方を見て思わずはっとするフィリアだが、
「もう大丈夫だよ。ゴメン、心配かけて」
 笑って、スタンは空いている席に着く。しばらくうかがうように彼を見ていたフィリアだが、視線に気づいた不思議そうな目とあうと、慌ててそらしてしまった。
『まあ、自他共に認める稀代の大天才だとかいうのは確かなんだが……』
「あら、ディム。何か言いたそうねぇ?」
 にこりと、今度は満面の笑みをシャルロットがディムロスに向ける。
『…いや、別に……』
 どうも納得していないようだが、シャルロットはそれ以上追求しようとせず、
「あらそう? なら、今後のことだけど――」
「ああっ、皆さん揃ってる〜っ!」
「ごっめーん、寝過ごしちゃった☆」
『もう、だから早くしなさいって言ったじゃでしょう!』
 三つの明るい声が飛び込んできた。


「へぇ、これがヒギリか〜」
 空いていたスタンの隣に座って、ルーティはヒギリを抱き上げた。
「可愛いじゃない☆ ね。これ、この子しかいないの?」
 物欲しそうに言うルーティに、
「ん〜、そんなことないんだけど」
 シャルロットが機材の影から銀色の龍を抱き上げた。ルーティの目がキラリと輝いたのに対して、
「こっちはヒエンっていうの。でも、この子は私が預かってるから、ダメよ」
 すかさず釘を差す。先手を打たれたルーティは、思わず出かかった言葉を飲み込むしかなかった。
 すっかり彼女は調子を取り戻している。特に気負った様子も感じられなかった。
「んで、これからどうするかってことなんだけれど。
 ラディスロウは"西"からしか行けないようにしてあるから、え〜、ロスマリヌスだっけ? そこに行くことになるワケだけど……。
 ここからだと、ダリルシェイドとロスマリヌス、どちらの方が近いのかしら?」
 ちょうど顔をのぞかせたフェイトが間髪入れず答えた。
「ダリルシェイドの方が近いですよ。今日の夕方には入れます」
「じゃ、そっちまわりがいいわね」
『シャルロット……実は、ちょっとそれは無理そうなのよ』
 即決した彼女に、アトワイトがため息混じりに返した。現在スタンたち三人にかけられている冤罪のことを簡単に説明すると、
「……厄介ね」
 大げさにシャルロットが呆れたため息をつく。
「ああ。それなら、なんだか事態が変わったようですよ」
 手にした紙をひらひらさせて、フェイトが食堂に入ってきた理由を告げる。
「"ソーディアンマスターの皆様方、冤罪は晴れました"と、セインガルド王室名義で今さっき、通信が来ました」
「ってことは…このままフェイトの船でも入れそうか?」
 ジョニーの質問に、
「ああ、詳しい事情はわからないが、入港許可も出たよ」
 少し不思議そうにフェイトが答えた。無理もない。だが、通信には連名でロスマリヌス領主代行の名もあったから、内容に関して信用はできる。
 もしかしたら。
 戦争が終わってからも冷戦状態が続いていたセインガルドとアクアヴェイルの二国間に、本当の和平が見出せるかもしれない。
 それはそれで、願ってもないことだった。


 セインガルドの桟橋に降りたスタンたちを迎えたのは、予想通りの人たちと、意外な一人だった。
「なんで叔母さんがここにいるんだよ?!!」
 微笑むリラの隣にいるアステルに、スタンは思いっきり叫んだ。アステルはスタンを見て一瞬だけ眉をひそめるが、すぐになんでもなかったように元に戻って、
「うるさいわねぇ。ちょっと手伝ったのよ」
「何を?!」
「クーデター」
 あっさりと恐ろしいことを言う。
「ただの国王交代だから、クーデターなんて言うほど大げさじゃないがな。ちょいと退位してもらったんだ」
 ルートも続けて。
「即位が多少早まっただけと思うことにしましたわ。
 伯父様とは以前からいろいろとありましたの。ヒューゴ絡みのこともですがね。なにより七将軍全員が味方ですし、手早く内輪で片づけてしまいましたのよ☆」
 新しく女王として即位したリラが、相変わらずのやわらかな声で言った。
「後始末がまだ残っていたんですが……昨日のあれのせいで、それどころじゃなくなりましたよ」
 やっとアッシュがまともな話に戻す。"あれ"というのは他でもない、ベルクラントの砲撃だ。
「やっぱり、こっちに落ちたのね?」
 ヒエンを左肩に乗せたまま数歩前に出てきたシャルロットに、セインガルド組が怪訝な顔をした。慌てて、忘れていた初めて会う者同士の紹介を手早く済ませると、急いで本題に戻る。
「街や村からはかなり離れた海岸線だったので、実質的な被害はなかったのですが……いつあれが街に落とされるかと不安が広がっています。はっきり言って、北に入り江が一つ増えましたからね」
 言って、暗い空を仰ぐ。昨日と同じ、ダリルシェイド上空にダイクロフト以下天上都市群は居座っていた。むろん、粉塵もこの付近が一番濃い。
「上層部の人間なら御存知でしょう? セインガルド城地下の巨大都市遺跡。そこに用があるんですけれど」
 同じ空を一瞬だけにらみ、シャルロットが笑顔で言う。
「かまいませんよ。どうぞご自由に」
 そして、地下への入り口を簡単に説明した。
 その通りに進み、セインガルド城の地下室から長い通路と階段を抜けると、
「ぅわ、ひっろいわね〜」
 そう言ったルーティの声が、果てが見えないほどの地下遺跡にわんわんと響きわたる。ダリルシェイドの地下は巨大な空洞が広がっていたのだ。
『私、この奥にいたの』
「ふぅん」
 ルーティは気のない返事を返す。
「ここはどの辺りかしらね〜」
 天地戦争時代に使われていた施設の一つで、むろんシャルロットもソーディアンたちも知っている。だが、"災厄"以前の地下空洞都市を流用した場合は広すぎて、よく似た場所はいくつもあった。ここも例外ではない。
 しばらく洞窟が続いた後、明らかに人工物の入り口に着いた。何かの搬入口だったのか、人間用にしては大きめの通路だ。
『ここは…第三区じゃないのか?』
 ディムロスが古い記憶を引きずり出し、言った。
 シャルロットも、入り口の横に刻まれた記号を見て、
「……東側ね。物資搬入口……の、第六……ということは、ここを入ってすぐにあるのって……」
 シャルロットが入り口をくぐってすぐのコンソールに触れる。
 しんとした細長い暗闇に、人工の灯りが所々ちらつきながら奥に向かって走る。弱々しい白い光に照らし出され、無惨に崩れ土砂が流れ込んだ通路が露わになった。
「これは……?!」
 古代を知らない者たちがはっと息を呑む。
『千年前に戦場になった場所の一つよ』
「奥は居住区に続いてる。この辺りは医療施設――…そうか、アトワイトもここを選んだんだっけか……」
 アトワイトの言葉を継いだシャルロットが、決まり悪げに言葉を切った。
『ここに眠ってるんですもの、私の家族は……』
 天地戦争終結後、ソーディアンは永い眠りについた。
 その場所は、それぞれが選んだ場所に。
「アトワイト、あんたの家族って――」
『私が…あなたより少し下だったかな、あれは。その頃にここが天上軍の襲撃を受けちゃってね。みんな死んじゃったわ。私の両親もね、ここで医療に携わっていたのよ』
 突然の、別れ。
 永遠の、別れ。
『……やぁね、変な顔して。あの当時はよくあったことよ。
 早く行きましょう。のんびりしてられる時間はないんだから』


 シャルロットの先導のもと、広い都市遺跡をひたすら奥に向かう中。
『ところで今思い出したんだが、ここからどうやってヴェストリに行くんだ?』
「ああ、それね。それなら大丈夫」
 答えにならない答えを彼女はディムロスに返す。
「ヴェストリ…って?」
 知らない名前を耳にして、スタンが問い返す。そういえば、船の上でも言っていたような気がする。
『生き残った地上人の大半が集まっていた大都市の名前だ。ロスマリヌスの地下にあって、戦後海に沈められたラディスロウへの連絡通路を唯一持っているんだが』
「ディムロスが寝てたって所か」
『そうだ』
 そんなやりとりを聞いていたルーティが、ふと思い立ったように口を開いた。
「じゃ、ここにも名前があるの?」
『ここはノルズリ。千年前は地上の――地下だけど――四大都市の一つだったの』
「ふ〜ん」
『で、どうやってなんだ?』
 一区切りついたところで、それた話題を引き戻す。
「ここのゲートを強制的に開くの」
「げーと? なに、それ?」
『遠く離れた場所同士をつなぐ、転移装置よ。
 けど…そんなことできるの? 向こうも機能停止しているんだし……』
 アトワイトの言葉に、シャルロットは不敵な笑みを浮かべて、
「任せなさい。私にとっては簡単なことだわ」
 確固たる自信の上に、きっぱりと言い切った。


 天井の高い円形の部屋だった。
 どこか、機械らしさよりも神殿などの碑のような趣がある。この部屋独特の、不思議な照明のせいだろうか。丸い天井のどこにも照明器具らしいものはなく、部屋全体が淡い光を放っているように見えるのだ。
 部屋の中央には正三角形を互い違いに重ね合わせた六芒星が描かれ、その各頂点に先の丸い石柱が一本ずつ、白亜と漆黒が交互で突き立っている。
 その一回り外側で、東西南北によって配された、透明な宝石のような四色の石で造られた、正四角柱四本が囲んでいる。
「これがゲート」
 言いながら、シャルロットは部屋の奥の壁を探るように手を滑らせた。その手が、いきなりすっと壁の中に沈む。そしてがちゃがちゃと、しばらく何かをいじる音がした後、かちりという乾いた音が響きわたった。途端、外側の柱と柱の間に、四色のガラスのようなものが浮かび上がった。おそるおそるルーティとフィリアが触れると、手はそれをあっけなくすり抜ける。なんの手応えもない。
 ガラスのようなものの色は、どうもゲートの中央を向いて左側の柱の色に準じているらしい。紅、青、緑、黄の四色だ。
『本当に作動させおったわ……』
 クレメンテが感嘆のため息をもらした。
 シャルロットが壁から手を抜くと、ルーティが触れていたガラスの色に、いきなり四枚ともが染まった。
「――ぅわっ?!」
 思わず触れていた手を引っ込める。
『大丈夫よ』
 その姿をアトワイトがクスリと笑った。
「なんだか不思議ですねぇ」
 チェルシーが触れることのできないその色に手をかざし、言った。
「これで、一回だけなら使えるわ。どうせだから、ヴェストリでホストも起動させておきましょうか」
 シャルロットが紅い柱に触れ、四枚ともが柱と同じ紅に染まった。
「さて、と。さ、早く早く、この内側に入って」
 全員を星の上に追い立てると、六芒星の中央にはめ込まれていた透明な球を踏む。すると、六本の石柱から光が生まれ――


 眩い光にくらんだ視力が戻ってくると、そこはゲートだった。だが、周りの色は紅ではなく四色に戻っている。
「……ここは――」
『ヴェストリだ。本当に強制開通できるモンなんだな……』
 スタンのつぶやきにディムロスはしみじみと答える。
「さあさ、ラディスロウに行くわよ!」
 シャルロットにせっつかれ、ゲートルームを出る。
 よどみなく通路を歩き続けるシャルロットの後を、五人は戸惑い周囲を見回しながらついていく。動力が生きたままなのか、シャルロットが隔壁のロックを外すたびにその先のエリアに照明が灯るので視界に不自由はなかった。各層をつなぐエレベーターも稼働している。
「まだなの?」
 このエリアに入ってから延々と続く、折り返しながら下っていく長い通路に飽きたのか、ルーティが疲れた声を上げた。
『もうじきだ。ここが連絡通路だからな』
 終戦後はここに来たことのないアトワイトやクレメンテに代わって、ディムロスが言う。
「おし、これが最後!」
 狭く長い通路に、コード受理を示す電子音が響く。そして、ひときわ厚い隔壁が空気の抜ける音と共に開いた。そこから先の壁は、ヴェストリのライトブルーとは一転してダークグリーンに変わっていた。
『司令室に急ぐんじゃ』
 こちらは動力が復活していないので、今度は複雑に入り組んだ通路を行き階段を登る、を繰り返す。そうして、最上階の扉の前まで来ると、両開きの自動ドアが閉まっていたが、ここにだけは動力が来ているのか近づくとすっと開いた。
 広く四角い部屋だ。前方と両横の壁に何やらびっしりとコンソールなどが据え付けられている。それでも、部屋の中央はかなり広く開けられていた。
『遅かったではないか。待ちくたびれたぞ』
 突然、苦笑混じりの男の声がどこからか響いてきた。
『そう思うたのなら、せめてここに来るまでの通路に予備動力を回すぐらいのサービスはせんか! ここまで全部歩きじゃったんじゃからな』
 どこか喜びを隠しきれない声でクレメンテがその声に答える。
『仕方なかろう。起動にかかる分を差し引くと、今はそこまでしてやれる余分がなかったのでな。
 さて、よく来てくれた。ソーディアンの使い手たちよ。
 それと、久しいな。ディムロス、アトワイト、シャルロット。どうやらよからぬ事態を招いてしまったようだが…』
『申し訳ありません』
 声に対し、アトワイトが恐縮する。
 そのアトワイトに対し、ルーティが、
「ねぇね、誰?」
『そうか。まだ説明していないのだな。
 私はメルクリウス・リトラー。天地戦争において地上軍総司令を務めていた者だ。今ではソーディアンらと同じく、このラディスロウのメインコンピューター内のコアクリスタルの中に存在しているがな』
「ソーディアン以外にも、コアクリスタルの中にいる人がいるの?」
 ルーティがひどく驚く。
「ラディスロウみたいなのは特別よ。絶対に悪用されてはいけない施設だけど、今みたいに必要になるかもしれない。だから、リトラー総司令はご自分で望まれたのよ」
『特別というのは君の方こそそうではないか、シャルロット。
 ところで…シャルティエはどうしたのだ? 一緒ではないのか? イクティノスも眠っているようだが』
 リトラーの問いに、はっと気まずい空気が流れた。
『シャルティエは…わしらを裏切りおったよ。おそらくは、もう亡いであろう』
 クレメンテが皆の代わりに答えた。と。
「申し訳ありません」
 シャルロットがいつになく硬い声で頭を下げた。
『…そうか。シャルティエが……逝った、か』
 ふと気づいて、スタンがディムロスに小声で訊ねる。
「なんでシャルロットさんが謝ってるんだ?」
『………後で教える』
 こちらもぎりぎりまで声を潜めてディムロスも答えた。
「イクティノスは、後ほど私がアウストリで修理します。ですので、急ぎラディスロウの起動を行いたいのですが」
『ああ。君がいればすぐに片づくだろう。ただ、数カ所修理が必要な部位がある。時間がかかるな。マスターの君たちは起動作業終了まで休んでいなさい。浮上してからはそんな暇はないだろうからな』
『ヴェストリに戻っていてもかまいませんか?』
『ああ、ヴェストリ内にいるのならかまわないが……』
 突然そんなことを言いだしたディムロスに、リトラーは怪訝な声を返す。
『スタン、行ってほしいところがあるんだ』
「え、あ、うん、わかった」
 ディムロスとヒギリを連れて、スタンが言われるままに司令室を出た。
「……………」
 一瞬躊躇ってから、ルーティがスタンの後を追った。
『わしらは……そうじゃな。マザーコンピューターの再起動を行おうか。ゲートのメインシステムを起動させねばならんだろう、イクティノスの修理をしに行くには。案内しよう』
 クレメンテの言葉に、残った面々は先に出た二人とは別方向に向かう。
 シャルロットだけが部屋に残ったとき、
『ふむ……"スタン"か……』
 そう言ったリトラーの声には多分に苦笑が含まれていた。
「彼は似てますでしょう、特にあの頃のディムに」
『しかし、ディムロスが同じように"彼"に似てきたとは、とうてい思えんな』
 シャルロットが顔を上げた。
「それは同感です」


『何で来るんだ』
 元来た道を戻りながら、ぽつりとディムロスがつぶやいた。
「いいじゃない。退屈なんだし」
 にこりと返したルーティにため息一つ、ディムロスは道案内を続けた。そして。
『ここだ』
『ここって…ヴェストリのサブ・コントロールルームよね?』
 アトワイトの問いに、ディムロスは短くそうだとだけ答えた。
「ここで何したいんだ?」
『ちょっとな、おまえに見せたいものがあるんだ。
 …っと、奥だ、そこのケース。それに俺をつないでくれ』
 部屋の奥に、ガラスのような物でできた筒が据え付けられていた。筒の上面は壁から迫り出した機材とつながっている。
『その両端の透明なヤツで俺を固定して、その太い白のコードをコアクリスタルにつなぐんだ』
 言われるままに、スタンがディムロスを接続する。
「これでいいのか?」
『ああ、これで……よし』
 ちょうどその上に埋め込まれていた巨大ディスプレイに光が入った。漆黒の画面に白い字が高速で上に流れていく。
『ちょっと待ってろ。今データを探してる』
 そう言ったディムロスの声に、微かな違和感を感じた。
「あれ、今の声、ちょっと違うような?」
 いや、声は同じだが、響き方が違う。
 スタンとルーティが首を傾げると、
『さっきのリトラー司令の声もなんだが、今のこの声はマスターの素質がないと聞こえないような精神波じゃないんだ。実際に耳で聞いているんだよ。データバンクの中に放り込まれていた私の音声データが自動で立ち上がったんだ』
 事も無げにディムロスが言った。
『音声データって……どうしたのよ、それ?』
『シャルがな、なんか知らんが全員分を作ってたぞ。ほら、昔遊びで録画した物がいくつかあっただろう。あれから拾ったらしい』
 それを聞いたアトワイトがひどく呆れた。シャルロットの行動の意味はいまいち掴みきれないことがよくあるが、これもよくわからない。
『…登録日が――っと、これだな』
 ディムロスのつぶやきと共に、ディスプレイに何かが映し出された。
《そんなことができるのか。どうやるんだ?》
 ピントがずれていてしかも暗い映像は、何が映っているのかよくわからないが、人影が大きく映っているのは確かだ。
「――これ……!!」
 映像と同時に流れ出してきた音声に、スタンが愕然と目を見張る。映像はなおも続く。
《もうやってる。…機械を通すのは久しぶりだからな、うまく調整できない》
 呆れたようなこの声は、ディムロスの声だ。記録された映像の声と直接聞く声とはやはり響きが違う。
《へぇ。じゃあ、もう繋がっているのか》
 徐々にピントと明度が合ってきて、のぞき込むようにしている誰かが見え始めた。
《ちょっと待て。シオン、そこに立つな。何も見えんだろうが!》
 そのとき出た名前に、ルーティやアトワイトにもスタンが驚いた理由が知れた。
 これは彼の、父親の声。
《ああ、悪い》
 苦笑混じりのシオンの声と共に、映像に映る範囲が一気に広がった。そして、映像もはっきりとしていく。
 映っているのは金髪の男女と、その女性の腕に抱かれている赤ん坊だった。
「あれって……あんたの両親よね……?」
 ルーティのかすれた問いに、スタンがディスプレイから目を外すことなく小さく頷いた。その拍子に揺れた、映像の中のシオンがしているものと同じ金のイヤリングに、スタンの右隣にいたルーティが気づく。さっと視線を外し、そのままディスプレイを再び見上げる。
《よぉく見とけよ、ディム。これが俺とファルンの息子だ。可愛いだろ》
 どこか子供っぽさののぞくシオンの仕草も、どこかスタンに似ていた。
(あの人たちを、あたしの"父親"が殺したんだ……)
《ねえ、ディム。あなたはどっちに似てると思う?》
 ファルンが、腕に抱いた息子をディムロスの方へ見せる。赤ん坊は大きな青い瞳をまっすぐ向けて、小さな手を伸ばしてあどけなく笑っていた。
《どっちにもよく似てるが……俺としては、ファルンに似といてほしいかな》
《おい、それはないだろ》
《おまえみたいなヤツが二人になったら手に負えんだろうが》
《それもそうね》
《ファルンまで…》
 さらに会話は続く。
《ところでな、ディム。この子にはまだ名前つけてないんだ。で、一つ頼みがあるんだが……》
《まさか、あいつの名前をくれとでも言い出すんじゃないだろうな》
《そのまさかだよ。いいだろう?》
《だめかしら?》
《………………なぁ、おい。おまえら、もうつけてるんだろ?》
《……。なんでわかったのかしら》
 きょとんと、シオンとファルンが互いの顔を見合わせる。
《何年つきあってると思ってんだ。おまえらの考えぐらい、いい加減読める!》
《じゃあ、いいんだな?》
 勝ち誇ったようにシオンがニヤリと笑った。
《ぅ…ん……しかし、なんでまたあいつの名前なんだ?》
《嫌か? …まあ、おまえにしたら先立たれた無二の親友だし、兄代わりだし、最初のマスターの名前でもあるから――ううん、…やっぱり、嫌か?》
 言っているうちに、シオンの表情に不安がわき起こる。
《そうじゃないが……、わかったわかった、もう好きにしろ!》
 わがままを通された諦めと苦笑。シオンが幼い頃から変わらない、関係。
 シオンが幼い息子を抱き上げ、嬉しそうに言った。
《よし、これで本決まりだな!
 おまえはスタン。――スタン・ディールライト!》
 そこで映像は途切れた。


 たとえ、それが辛い過去であったとしても。
 思い出に変えることも、叶うかも知れない。












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